Re: 憧憬は遠く近く 第四章 〜 本当の君と |
- 日時: 2016/02/01 21:47
- 名前: どうふん
ハヤテとヒナギクさん・・・こんなめんどくさい二人がようやく心を通い合わせて10日が過ぎました。 この日はホワイトデー。しかし二人にとってはそれどころでない大きな出来事が・・・
【第7話:最後の親子】
3月14日、A.M.5:00−
ハヤテは腹に強烈な衝撃を受けて目が覚めた。 アリスが馬乗りしていた。
「あ・・・あーたん。ちょ、ちょっと苦しいんだけど」さすがにハヤテの体力と腹筋をもってしても、無防備の状態で8歳児に飛び乗られるのはきつい。ゴホゴホとむせこんでいる。 「あら、パパ。ここはまず娘の早起きを褒めるべきではありませんの?」確かに、アリスがハヤテより早起きしたのは初めてかもしれない。 しかし、それよりはっきりしていることは、最後、ということである。 今日、アリスはムラサキノヤカタを去る。
「さ、今日も楽しい一日が始まりますわよ」 朝日が次第に差し込んできていた。 隣に寝ていたヒナギクもこの騒ぎに目を覚まし、目を擦っている。
大学入試の結果も間もなく出てくる。二人にとって一緒の大学に行けるかどうかは不明だが、それ以上にアリスとの別れが重大事項だった。 卒業式も終わり、毎日が休み、という中、連日三人でお出かけしていた。 一度、ムラサキノヤカタ全員で送別会を、というヒナギクの提案はアリスに却下された。 「私はいずれ戻ってきます。だけどアリスとしてではありません。 残り少ない時間はあくまでアリスとしてパパやママと過ごしたいのです。だから周囲に知らせることも不要です。 お二人がもっと早くくっついていればそんなことはありませんでしたが」 そう言われると二人は何も言い返せず、アリスの希望に任せることにした。
この日、アリスは三人でのハイキングを希望した。 あまり遠くへ行く時間はない、ということで電車に乗って高尾山まで出かけることにした。
空いた電車の中で向き合ってゆったりと座り、アリスははしゃいでいた。 「山の中を走る電車は揺れるんですのね」 「大丈夫?気分が悪くなったりしていない?」 「とんでもないですわ。楽しいです」 「本当に楽しそうだね、あーたん」そういうハヤテの口調にはちょっと寂しさが混じっていた。 「当たり前ですわ。パパとママとお弁当持ってハイキングに出かけるのですから」 (でも、これが最後になるのよね・・・)ヒナギクは思ったが口には出さなかった。
山道は険しかったが、アリスは幼児にしては意外なほどの強靭さで山道を登っていく。 「アリス、この山にはね。タヌキやウサギも住んでいるのよ」ハヤテは噴き出しそうになるのを堪えていた。 「何がおかしいのよ、ハヤテ君」 「い、いえ・・・確か他にクマもいたなあ、と思いまして」 「その時は私がアリスを守るから、ハヤテ君は私を守るのよ」 「ちょっと分が悪いような気もしますけど・・・、お任せ下さい」
「ママ、あそこから沢に下りられますわ」 「え」 「下りてみましょうよ。水が冷たくて気持ちよさそうですわ」 「あーたん、気を付けてね。落ちないように気をつけなきゃ」 「大丈夫ですわよ」と言った傍からアリスは足を滑らせて転がり落ちそうになった。
間一髪。ヒナギクはアリスの手を掴んだ。尻餅だけで済んだ。 ヒナギクは痛みに顔をしかめているアリスをそのまま抱きかかえて沢へ降りた。 ハヤテも続いた。
まだ春とも言えない時期、触れた水の冷たさが気持ちよかった。 「パパ、ママ、お魚がいますわよ」アリスが歓声を上げる。このあたりは子供の感性が残っているのだろう。 「よし、じゃあそこで見ていてごらん」ハヤテは手持ちのペットボトルのお茶を飲み干した。ナイフを取り出しペットボトルの飲み口の狭くなっている部分を切り取って川に浸した。
しばらく、川の中でペットボトルを器用に動かしていたハヤテが戻ってきた。 「はい、あーたん」ハヤテがペットボトルをアリスの目の前に差し出すと、その中にはメダカのような小さな魚が何匹も入っていた。アリスはまた歓声を上げてペットボトルを受け取り、覗き込んでいる。 「へえ、ハヤテ君、凄いのね」感心したヒナギクだが、次の瞬間凍りついた。 「いや、昔良くこうやって晩御飯のおかずを取っていたもので」 「あのね、ハヤテ君。子供の前で言う話じゃないわよ」 確かに・・・アリスの目が大きく見開いて、ペットボトルを背中に隠していた。 「ご、ごめん、あーたん。あくまで昔の話だから。そのお魚さんはあーたんがじっくり見たら逃がそうね」
対岸でがさごそという音がした。 目を向けると大きなイノシシが二頭、草むらの中から現れた。 「ハヤテ君。ここは逃げた方がいいみたいね」 「そうですね、興奮させないようにゆっくりと」 ハヤテはアリスを担いで、沢を登って登山道まで戻った。イノシシはハヤテたちには目もくれず沢の水を飲み、石をひっくり返してカニを漁っている。 「大丈夫みたいですね」 「ええ、あのイノシシの家族、食事に夢中みたいね」 「パパ、ママ、ウリボウもいますわよ」 大きなイノシシの足元には、小さなイノシシ・・・・ウリボウがまとわりついていた。 「ホントだ、イノシシの子供って可愛いですね」 「まるで、アリスみたいね、あのウリボウ。ほんとに瓜みたいな模様があるんだ・・・」 「あら、それはどういう意味においてかしら。可愛いから?パパやママにまとわりついているから?」 「両方だね(よね)」ハヤテとヒナギクのセリフが被った。
「ところでパパ。昔だったら、あのイノシシの親子も晩御飯のおかずにしていたのかしら」 「ちょ、ちょっと勘弁してよ、あーたん」
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