Re: 憧憬は遠く近く 第四章 〜 本当の君と |
- 日時: 2016/01/17 15:36
- 名前: どうふん
【第6話:本当の君へ】
ハヤテは止まらない。 「ショウタ君は、ヒナギクさんを守ってくれた。それだけじゃなく最後まで生きようと頑張ったんですよね。
何故です?決まってるじゃないですか。 ヒナギクさんのためですよ。 大好きなヒナギクさんに笑顔になってほしかったんですよ」 「だから・・・だから何なのよ!」ヒナギクは顔を夜景に向けたまま叫んだ。 「今のヒナギクさんは、微かな記憶にすがって、自分にウソをついて無理に無理を重ねているとしか僕には思えません」 ヒナギクの呼吸が荒くなっている。
「よく・・・よくそんなひどいことを・・・言えるわね」 「すみません・・・。ひどいことかも知れません。 だけど僕はヒナギクさんにこれ以上苦しんでほしくないんです。 それに・・・ショウタ君の気持ちがわかるんです。僕だって負けないくらいヒナギクさんのことが・・・。 僕にはわかります。自分のためにヒナギクさんが苦しんでいると知ったら、一番悲しむのはショウタ君ですよ。
そんなヒナギクさんを・・・ショウタ君は絶対に望んじゃいない!」
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二人を沈黙が包んだ。 そのまま、どれくらい時間が過ぎたのか・・・。
もともとこんなことを言う気はなかった。ただ、自分のヒナギクへの想いを囁こうとしただけだった。 それが想定外の展開の中で胸に詰まった思いの丈を叩きつけてしまった。 思いの丈、それは。 想像しただけで、身を切られるように苦しいこと。 死んだのが自分で、ヒナギクがそれを嘆き悲しんで時を過ごしていたら・・・。 好きな人がいるのに、自分に義理立てして苦しんでいたら・・・。
ヒナギクが泣いていることには気付いていた。 これで良かったのか。何か言わなきゃいけないんじゃないか。 だが、もうハヤテにはヒナギクに掛けるべき一言も思いつかなかった。 できることは、ただヒナギクの背中に自分の温もりを伝えることだけだった。
ヒナギクの両手が、自分の肩を抱いているハヤテの腕をそっと抑えた。 「ハヤテ君・・・手を離して・・・」 「はい・・・」ハヤテは全身の力が抜けていくような気がした。 (やっぱり・・・ダメだったのか・・・) もうこれ以上自分にできることはない。
いや、一つあった。思いついた。 ハヤテはヒナギクを抱きかかえた。お姫様抱っこの格好だった。 「ちょ、ちょっと、ハヤテ君」 「あの時のお返しです。さ、部屋までお連れしますよ」努めて明るくハヤテは会長室に向かって歩き出した。 会長室で降ろしたヒナギクは黙って去っていくだろう。それを引き止めることはできない。 もしかしたら、これが本当のお別れになるんだろうか。
会長室に戻ったハヤテは腕の力を抜いて、ヒナギクを降ろそうとした。 だが、ヒナギクはハヤテから離れようとしない。ハヤテの服を両手でつかんんだまま身を固くしている。 「ヒナギクさん・・・?」 「・・・ハヤテ君。そのままでいて。少し・・・もう少しだけ」 「はい?」 俯いたままのヒナギクの手に力が籠った。 「お願い・・・そのままで」
わけもわからずハヤテは言う通りにした。 ヒナギクは瞳を閉じ、身を固くしたままハヤテの腕の中で動かない。
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ヒナギクが上を向いた。その瞳がまっすぐにハヤテに向いた。 「ハヤテ君、もう一度お願いしていいかしら」 「・・・何をです・・・か?」 「ハヤテ君の気持ちを」 ハヤテの心臓が大きく跳ねた。その顔に歓喜が広がっていく。 ハヤテはヒナギクの瞳をしっかりと見詰め返した。
「は、はい、何度でも・・・。い・・言いますよ、ヒナギクさん。 ヒナギクさんは本当に素敵です。天女です。僕は・・・そんなヒナギクさんが本当に・・・大好きです」 かすれた声を発しながらハヤテはせき込んだ。改めて大きく息を吸った。
「ヒナギクさん、僕と・・・付き合って下さい。本当の恋人として」 ヒナギクは瞳を潤ませながら、身を震わせながら口は開かない。 「あ、あの・・・、ヒナギクさん、お返事を・・・もらっていいですか」
「もう一言・・・、お願い」 「え・・・?」首を傾げたハヤテだが、はっと気が付いた。そうだ、肝心なことが抜けていた。 「僕は絶対ヒナギクさんを一人にしません。ずっと傍にいてヒナギクさんを守ります」 ヒナギクの瞳から涙が溢れ出して止まらなくなった。顔を両手で覆った。 「ありがとう、ハヤテ君。約束よ・・・。 私は・・・天女なんかじゃない・・・。弱くてズルくてわがままで・・・。 だけどハヤテ君が大好きだから・・・。だから・・・許してくれるなら・・・今からでも遅くないなら、あなたの恋人になりたいの。 私も・・・ハヤテ君を・・・きっと大切に・・・する・・・から」 声を絞り出すヒナギクの手に顔に大粒の雨が落ちて来た。 ハヤテの涙雨だった。
改めて思った。ハヤテもまた苦しんでいた、自分のために。 ヒナギクはハヤテの首に腕を回した。ハヤテの首に縋り付いた。 二人の頬が重なり、涙が融けあって一つになった。 「ごめん、ごめんね、ハヤテ君。今までのこと全部・・・」 「そんな、ヒナギクさんこそ・・・。ヒナギクさんに比べれば、この程度・・・。 でも・・・ホントに、ホントに・・・もうだめかと思いましたよ。手を離して、って言われた時は」 「ばか・・・。私はね、あのままじゃ動けないから、手を緩めてもらってハヤテ君に向き合おうとしただけなのよ。あのままじゃ答えなんか言えないでしょ」 実はもう一つあった。今にもあの時の発作が押し寄せるような気がしてハヤテの胸にすがりつきたかった。結局は腕の中でじっと堪えることになったわけだが。 (もう大丈夫・・・)確信できた。蘇った記憶に引きずられたような発作に襲われることはもうない。
「そ、それは想定外でした、あはは・・・。だけど、今僕は本当に・・・今までの千倍も幸せです」 「じゃ私は・・・二千倍ということにしとこうかしら」 「この・・・どこまで負けず嫌いなんですか」 「今、私はね、世界で一番幸せなの。ハヤテ君よりもずっと・・・。私にはハヤテ君がいてくれるから。ハヤテ君がそうしてくれたんだから」
感極まったハヤテの腕に力が籠った。その足は小躍りを始めていた。
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