Re: 憧憬は遠く近く 第四章 〜 本当の君と |
- 日時: 2016/01/04 22:01
- 名前: どうふん
- 「今のままではダメだ」
やっと気付いたハヤテですが、どうすればいいのかはわからないまま時間は過ぎていきます。 そして、この日はヒナギクさんの誕生日。 アリスが去るにまであと11日。 もうやるしかない。
【第3話: 最後の勝負】
3月3日−白皇学院恒例のヒナ祭り祭りは間もなく終わる。 僕は生徒会室でヒナギクさんを待っていた。 3年続けて遅刻するわけにいかない。実を言うと去年も事故に巻き込まれ、二年連続の大遅刻となった。ボロボロになって到着した僕を見て、ヒナギクさんは呆れていた。
「あら、今年は早かったのね」相変わらず時間に余裕を持ってやってきたヒナギクさんの第一声は予想どおりだった。 「それは、今年は意気込みが違いますから」 「そうでしょうね。もう役員を退任した私たちが、こうして生徒会室にいるんだから」ヒナギクさんが意味ありげに笑った。 「はい、ちゃんとシャルナ会長代行には了解をもらいましたよ」 僕たちが三年生になっての役員選挙で、あのおバカ三人組の代わりに、僕と二年生二人が新たな役員となって加わった。 白皇学院では一年生でも生徒会長になれる代わりに、生徒会役員が三年生ばかりであってはならないという規約があり、二年生以下の役員が最低二人必要となる。三年生の卒業後、春の選挙まで生徒会役員ゼロという事態を避けるためだ。 ※「規約」・・・言うまでもなく作者の勝手な設定です。 それがわかっているからこそ、あの三人組も身を引くことを受け入れてくれた。
もっとも花菱さんだけは「心を入れ替えて働くから残りたい」と縋ってきたが、それでは僕が役員になれないので断固拒否した。 「他ならぬハヤ太君がそこまで言うなら仕方ない。ヒナを頼んだぞ」最後はそう言ってくれた。
「シャルナさんと(日比野)文さんのコンビは面白かったですね。あの文さんは間違いだらけで手が掛かりましたけど、シャルナさんとコンビを組むといい仕事をしてくれました」
立候補にあたり、文さんの公約は『ライフセーバーとして白皇学院の生徒を救いたい』シャルナさんは『文ちゃんの暴走を防げるのは私しかいない』だった。これが意外に受けて二人とも当選した。
「あの二人、来年は生徒会長と副会長に立候補するみたいね」 「へえ。やっぱりシャルナ会長に文副会長ですか?だとしたら、学院初の留学生会長が誕生しますけど」 「逆みたいよ。シャルナちゃんが、『私は文ちゃんに引き摺られて生徒会に入ったんだから、会長はあなたが責任持ってやりなさい』って説得したんだって」 ヒナギクさんはくすくす笑った。ここでいう説得とは多分鉄拳制裁のことだろう。
「それとね、何と言ってもハヤテ君が入ってくれたのが大きかったわ。三期目に会長の仕事がきついとか大変とか思ったことはなかったもの」 「それは光栄です。会長秘書と呼ばれて頑張った甲斐がありました」 二人で声を合わせて笑った。
話が一段落したところで、僕は、立ち上がって流し台に行き、ヒナギクさんのお気に入りのティーカップに紅茶を淹れた。 ヒナギクさんは、久しぶりに使うティーカップで美味しそうに紅茶を味わっている。 「こうしていると、一緒に生徒会役員をやっていた時みたいですね」 「ええ。ハヤテ君が入れてくれる紅茶の味は全然変わらないわ」 その後も暫く他愛ない話をしていたが、その話題は全てこの一年半の間のことだった。 そしてその期間、二人の不自然というのか微妙な関係がずっと続いていたことを改めて思い出していた。
どれくらい時間が過ぎたのか・・・時計を見ればわかることだが、そんなことは関係ない。最初から決めていた。 ヒナギクさんが紅茶を飲み終わった時に僕は勝負を掛ける。
あのバレンタインデーにあーたんから発破をかけられ、色々とやってはみたものの全て不発でここまで来てしまった。あーたんのタイムリミットまであと11日しかない。 もちろんヒナギクさんはそれを知らない。 このままヒナギクさんとあーたんをお別れさせるわけにはいかない。 何としても、今度こそ。もう後はない。
「ごちそうさま、ハヤテ君」 ヒナギクさんがティーカップを置いた。 その時が来たんだ。
「ヒナギクさん、テラスに出ませんか」 「いいわよ」ヒナギクさんは即答して立ち上がった。右手を差し出しながら。 僕は左手でその手をぎゅっと握った。しまった、と思った。僕の手は汗にまみれている。 気付かれたかな・・・、ヒナギクさんの顔をそっと覗いたがヒナギクさんの表情は変わらない。
外には、いつかと同じ風景が煌めいていた。 「きれい・・・、あの時と同じ」ヒナギクさんが呟いた。 「そうですね。いつか・・・じゃなくて、あの時・・・でした」 「え、何のことかしら」 「僕にとって、あの時は大切な瞬間だったということです」 「ハヤテ君にとっても?」ヒナギクさんは意外そうな顔をした。 それに答える前に、僕はヒナギクさんとつないだ手を右手に持ち変えて背中に回り、左手で肩を押さえた。
「これで、あの時と本当に一緒ですよ、ヒナギクさん」 「そうね・・・。そんなことまで覚えてくれたんだ、ハヤテ君」
「言ったじゃないですか、僕にとっての大切な時間だったって」 「・・・もう少し、詳しく教えてくれるかしら」
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(いよいよだ)ハヤテは気付かれないよう静かに深呼吸した。 「僕は一年半前に、あの海でヒナギクさんに告白しました。 だけど、僕がその頃にヒナギクさんを好きになったとは思えないんです。 もっと・・・ずっと前から、僕は自分でも気づかないうちにヒナギクさんに魅かれていたと思います。 ただ、いつからだろうと考えると良くわからないんです」 「それで・・・わかったの?」 「多分・・・。あの時しかないと思うんですよ」 「あの時?」 「ちょうど二年前のこの時、この瞬間です。 あの時、ヒナギクさんが過去の辛い記憶、苦しみを教えてくれました。僕に伝わってきました。 その時まで知りませんでした。あの完璧で誰からも尊敬され愛されているヒナギクさんも、僕とよく似た過去と苦しみを抱えているんだ、って。 今思えば、ほんの一かけらだったわけですが」 あの時、ハヤテがヒナギクに掛けた言葉。それは自分自身に対するものでもあった。 口先の慰めでも気休めでもなく、心から思っていたこと。だからこそヒナギクの胸に響いた。心を動かすことができた。
「そして、ヒナギクさんは怖かったでしょうけど、僕を信じてテラスまで付いて来てくれました。そして今と同じ姿で僕の前にいてヒナギクさんの手や肩から緊張が解けていくのを感じました。 その時に、凄くホッとして・・・。内心ビクビクものだったんですよ。 でも無理にでも連れてきて良かった、と嬉しくて。胸が一杯になったことを覚えています。 その時に僕はヒナギクさんに魅かれ始めたんだと思います」 「とても・・・その後のことを考えたらそうは思えないんだけど」ハヤテは頭を掻いた。
「済みません。今思えばとんでもない勘違いをしていましたから。 ヒナギクさんは僕にとって手が届くような存在じゃないと思っていましたし、ヒナギクさんに嫌われていると信じ込んでいました。 ただ、ヒナギクさんに嫌われている、と思うほど辛いことはなかったのは確かですよ。 そして、それ以上に僕自身が過去を吹っ切れていませんでしたから」
「過去」と言う言葉にヒナギクがぴくん、と反応した。 (気に障ること、言っちゃったかな)しかし今が正念場ということはわかっていた。 「でも、あの頃の僕は、ヒナギクさんへの気持ちに気付いていても、多分何も出来なかったと思うんです。 ギリシャでヒナギクさんに言いましたよね。『好きな人』がいるって。 だけど、あの時の僕は、昔好きだった人への、過去の清算が済んでいなかったからそう思いこんでいた・・・。今はそう思っています」 「だから・・・私にも過去を清算してほしい、と言うのね」 「あ、あの・・・それは違うんですよ」ハヤテの声がちょっと上ずった。 「じゃ、何でそんな話をしたのよ」 「僕は昨日今日じゃなくて、一年前でもなくて、もっとずっと前からヒナギクさんのことが好きでした。それを伝えたかったんです」
ずきん、とヒナギクの胸が痛んだ。確かにハヤテが自分をいつ好きになってくれたかは興味がある。そして、二年前のこの場所でハヤテを好きだと意識した。 同じ瞬間にハヤテが自分に魅かれていた、というのはすごく嬉しいことだと気付いた。 それなのに身構えて、喜ぶ前に全く別のことを考えていた。
(私の過去・・・。まだ私は囚われているんだ)
1/9 ご指摘の点修正しました(白皇学園 ⇒ 白皇学院)。 ありがとうございました。 3/5 ご指摘の点修正しました(ヒナヒナ祭り ⇒ ヒナ祭り祭り)。 ありがとうございました。
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