Re: 憧憬は遠く近く 第四章 〜 本当の君と |
- 日時: 2015/12/30 22:17
- 名前: どうふん
- オペレーション・パープル自体はさすがに自然消滅している状況です。
まあ、二人が恋人同士に近い時間を過ごしている今、やれることはない、というところでしょうか。 しかし今、煩悶するハヤテを見守る、というより見かねたあの人が行動を再開します。
<第二話:女神のタイムリミット>
その日−バレンタインデーの放課後、ムラサキノヤカタへ帰ったハヤテは、部屋に入ってため息をついた。 「あら、愛しいヒナからチョコをもらってご機嫌なのかと思いきや、随分と凹んでますわね」 気付かなかったがハヤテのベッドにアリスが腰掛けていた。 「あーたん・・・」
アリスもヒナギク同様、再登場した時の姿で今もムラサキノヤカタに住んでいる。 ヒナギクが当人に尋ねたところ「まあ、理事長より、あなたたちの子供をやっている方が楽しいですから」といって笑っていた。
子はかすがい・・・実際その通り、アリスを交えると三人は自然と距離が近づき、外出先で何度となく本物の夫婦と間違えられている。アリスが二人を、専らパパ、ママと呼んでいることが主因とも言えるが、ハヤテはもちろん、ヒナギクも大した抵抗はなく受け入れている。
「で、ヒナからはチョコがもらえなかったんですの?まさかそんなことはないでしょうけど」 「チョコはもらったよ。だけど・・・いつまで経っても僕はヒナギクさんの恋人にはなれないな・・・と思って」 「また変なことを言ってますわね。いつもヒナとあれだけ一緒にいながら、恋人でなくて何ですの」 「そうだね・・・。天女かな・・・」アリスは吹き出した。 「何を言い出すのかと思ったら・・・それはのろけているんですの?ハヤテ」 「そうかな・・・。僕に微笑みかけてはくれるんだけど、高い空の上にいて手が届かなくてね・・・。ずっと待っているんだけど下りてきちゃくれない」
「・・・まあ、ハヤテにしては上出来な形容ですわ」 「それは褒められているのかな?」 「残念だけど馬鹿にされているんです」 (・・・変わらずのドSお姫様だね、あーたん) 「あなたはまだ、大好きな人が本当に苦しんでいることに気付いていないのですから」 「え、え?」 (苦しんでいるって、それは僕のことじゃないのか?) 聞き返す前に、ハヤテの目の前が歪んだような気がした。 腕で目を擦った。 目の前にいたのは天王州アテネだった。
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「ハヤテ、私はもう去らなければなりません。 それまでに私は・・・あくまでアリスとして、あなたが・・・あなたとヒナが幸せになるのを見届けたかったのですが、間もなく時間切れです」
アテネが王玉の呪いを受けて幼い頃の姿に戻り、元に戻る力を蓄えるために、パワースポットであるムラサキノヤカタに、白桜を持つヒナギクの側にいることは知っていた。しかし、時間切れ、とは一体・・・?
茫然と口を開けているハヤテに向かい、アテネは続けた。 「本当のことを言いましょう、ハヤテ。 私は、半年前には元に戻れる力は取り戻していたのですが、あなたたちの子供としてお二人を祝福したくてずっと待っていました。 しかし、もう行かなければなりません。我が庭城・・・ロイヤルガーデンを取り戻さなければなりません。ロイヤルガーデンが滅びる前に。 ですから間もなくお別れです」 「ま・・・待ってよ、あーたん。よくわからないけど、とにかく急すぎるじゃないか」 「そう来ると思って、早めに伝えたのです。3月14日、今から一ヶ月。それでお別れです」 「で、でも・・・何があるのかわからないけど、また会えるんだよね」 「ええ、ロイヤルガーデンを取り戻したら帰ってこれます。ただし、天王州アテネとしてね。アリスはもうさよならです」 「そんな・・・。で、でもそれ、早くヒナギクさんにも伝えなきゃ」 「その必要はありません。ハヤテだけが知っていればいいことです」 「ど、どうして。ヒナギクさんは君の・・・」アテネは人差し指を立ててハヤテの口を塞いだ。 「今は言えません。いいですか。ヒナにもナギにも誰にも言ってはいけません」 「そんな・・・」 「ただし、ハヤテとしては恋人に隠し事はできないでしょう。ヒナとハヤテが、本当の恋人同士になったのなら、その時はヒナにだけは伝えてもいいですわよ」
アテネの言わんとすることがやっとわかった。 どうやって・・・、というセリフを呑込んだ。 (いつまでも甘ったれてどうする。今度こそ人に頼るんじゃなくて自分の力で何とかしなきゃ)
うなずいたアテネが改めて口を開いた。 「一つヒントをあげましょう・・・。ハヤテは永遠の愛というものが存在すると思いますか?」 ハヤテは思い出していた。かつて幼いアテネと永遠の愛を誓ったことを。しかし、今は・・・。 存在するとも、しないとも答えることができず、ハヤテは黙っていた。
「存在しないわけではありません。しかし愛情とは時間が経つと、ずっと遠くに離れていると、いつか疎遠になっていくものです。自然に醒めていくものです」 「え?う、う・・・ん」 「時の流れとは残酷なのよ・・・。だから、人を愛し続けよう、愛され続けようと思ったら、それなりのエネルギーと努力が必要なの。
ただし、自分自身が思い込みに囚われてそこに縛られる、ということならあります。 ハヤテ、あなただってそうでしょう。 私たちが別れて十年が過ぎても、あなたは私を『好きな人』と言ってくれたのは知っています。 でも後で気付いたのではありませんか?あなたの本当の気持ちは他にあった、と。 それを自分一人の力で突き抜けることができましたか。
そして今、ヒナもあの頃のあなたとそっくりの境遇にあって、同じ想いを抱いているのですよ」 「それは・・・」 ハヤテは思い出した。あの頃抱いていたものは、甘酸っぱい初恋の思い出ではなく、罪悪感と申し訳なさが入り乱れ、自分にのしかかる苦しいものだった。 だからこそ気が付かなかった。ヒナギクの想いに。 自分の本当の気持ちさえ。
そして今、ヒナギクは思い出すことさえできない初恋に縛られたまま、好きな人と無理に一線を画している。 (何でこんなことに気付かなかったんだ。僕だけじゃない・・・。ヒナギクさんも苦しんでいるんだ・・・)
ハヤテが顔を上げた時には、アテネはおろかアリスの姿も消えていた。
(もし十年も離れ離れにならなければ、今でもきっとあなたは私を愛してくれていたはずよ、ハヤテ。 そして・・・私はそれだけの間、あなたを想い続けましたけどね)アリスの姿に戻ったアテネは歩み去りながら胸の中で呟いた。 ハヤテは気付いていないし、気付かれてはいけないことだった。
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