Re: 憧憬は遠く近く 第四章 〜 本当の君と |
- 日時: 2016/03/05 19:19
- 名前: どうふん
ちょっとやりすぎたかな・・・。前回投稿の二人のことです。 まあ、本作品は大部分がカップリング成立までのプロセスですので、そのほとんどで二人を苦しめることになってしまいました。その分の反動、ということで。
以下、最終話をもって、本作は完結となります。 第一回目の投稿が6月22日ですから、休み休みとはいえ、8か月以上かかりました。 感無量、というとオーバーですが、自分なりの感慨はあります。
二人と、その仲間たちに幸あらんことを。
頂いた感想、質問、指摘、皆私にとっての励みでした。 この長い話に最後までお付き合いいただいた方々、そして前作を含めると一年半もの間、発表の場を提供してくれた管理人さんに心より御礼申し上げます。
【最終話:微笑みは陽ざしのように】
「ちょっと薄暗いわね」 「でも、雨の心配はなさそうですよ」 午前中の講義の後、学食でハヤテと私は一緒に食事していた。人差し指を向けると、ハヤテは笑って頭を掻いた。 午後のスケジュールを聞いた私に、ハヤテはちょっとはにかみながら答えた。 「ええ、今日はお屋敷に戻って仕事があり・・・あってね」 ハヤテの敬語と普通語がちゃんぽんの日本語はまだ直っていない。それでも一生懸命直そうとしている姿は本当に可愛いくて愛しい。 だから半分以上は聞き流しているんだけど、何回も続くと指で差すことにしている。 ハヤテはこれを、また刺されちゃった、と言っているんだけど。
私はできるだけ何気ない風を装いながら、その表情に注目していた。 私に『執事の仕事があって』と言いにくいのはいつものことだけど、それとは違う雰囲気を感じた。目をわずかに逸らしている。 間違いない・・・。
「じゃ、私は図書館で夕方まで勉強してから部屋に戻るわ」 「そうですか。では、また明日ということになりますね。ええと・・・。一緒に受けるのは二時限目の民法と食事を挟んで国文学・・・だね。」 「大丈夫?ハヤテは国文学の方はいつも寝ているじゃない」 「え、それは・・・。その後のデートのため英気を養っているわけで・・・」 「そう?それならいいんだけど」 「え、いいの?」私もハヤテもほとんど同時に笑い出した。
周囲から変な視線が一斉に集まったような気がするけど・・・気のせいよね。大学生にもなると公然と付き合っているカップルなんか沢山いるんだもの。 ハヤテが女子学生のアイドルなのは相変わらずで、時々やきもきさせられるんだけど、今この周囲には男子生徒の方が圧倒的に多いんだし。
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ハヤテと別れた私は図書館に入館したが、書棚を眺めただけで10分後には外に出た。 空を見上げると相変わらず一面に雲が広がっていた。でもハヤテの言う通り、雨は大丈夫そうだ。 私は駅に向かう途中で近くの花屋さんに小さな花束をつくってもらった。 そして電車に乗ってショウタ君が眠る墓地へと向かった。 だけど今日の目的はお墓参りだけじゃない。
12年前− 私には好きな人がいた。 そのショウタ君は私を守って大怪我をして、泣いて縋る私に「必ず元気になる」と約束してくれた。 約束は果たされることなく、私に謝りながらいなくなってしまった。 憶えてはいないことだけど。 ショウタ君と一緒に、ショウタ君の思い出さえも私は喪った。 心の奥に閉じ込めなければ自分を保つことができなかったから。
10年を経て、新たに好きな人ができた。 その人はショウタ君のことを承知で私と付き合ってくれている。 その人にとって、ショウタ君は恋人を救ってくれた恩人、という位置付けなのだろう。
それだけなら別にいいんだけど。
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ショウタ君の小さな墓周りは綺麗に箒で掃かれていた。墓石は磨かれたばかりのように濡れて光っている。
周りに人の姿は見えなかったけど、明らかに感じるものがあった。 (やっぱりね) 私は持参していた花束から茎も花もしっかりしている一本を抜き取り、残りをお墓に供えた。 抜き取った一本は顔の前にかざして、目を閉じ、気を凝らした。
「そこよ!」少し離れた大きな黒い墓石のやや上を目がけ、ダーツの要領で花を飛ばした。 墓石の後ろから腕が伸びて、飛んできた花の茎を掴んだ。しゃがみこんで隠れていたハヤテが姿を見せた。 「さすがヒナ。よく僕の気配に気づきましたね」 「そんなに殺気を溢れさせては隠れてもムダよ」 「殺気・・・ってことはないでしょ」 「じゃ愛情の間違いかしら」 「全く敵わないな、ヒナ。全てお見通しだったわけですか」 ハヤテは苦笑いしながら近づいてきて、掴んだ花を私に差し出した。
私は手を出さなかった。 「これはハヤテがお供えしてちょうだい」 「え、でも・・・」 「いいから。一緒にお参りしましょ。ショウタ君に私の恋人を紹介したいの」 「・・・わかりました」
ハヤテはずっと私に黙ってショウタ君のお墓を掃除していた。それは恋人を助けてくれた恩人へのお礼だけでなく、気後れでもあるのだろう。その証拠に、ハヤテはショウタ君の墓を掃除するだけで線香の一本もお供えしたことはないようだ。 『僕はそんな立場じゃない・・・』『ショウタ君は僕のことなんか知らないし』そんなことを考えているに違いない。 そんな意識は今この場で拭い去ってもらわないと。
ショウタ君は私の初恋の相手であって命の恩人。それは変わらない。 そのショウタ君を思い出せないということにちょっと後ろめたさはある。 だけど、それでもいいんじゃないか、と思えるようになった。 記憶が戻ってもショウタ君が還って来ることはない。そして今の私が小学生の姿をした思い出の人に恋することも。 当たり前のことだが私だって大人になっていくんだ。 ショウタ君には感謝の気持ちを、そして思い出せなくとも私の人生の一頁に大きな大きな存在であったことは忘れずにいよう。
そして、ハヤテと付き合うことに何も疚しさを感じることはない。 それだけのことに気付いて、気持ちの整理がつくまで一年半かかった。 ハヤテが辛抱強く待ってくれただけでなく、あれだけ血相を変えて、必死になって私に訴えかけてくれなければ今でも私の気持ちは曖昧のままだったろう。 出口が見つからず迷路を彷徨う私を、ハヤテは迷路ごと叩き壊して助けてくれたんだ。
二人でショウタ君のお墓に手を合わせた。 眼を閉じるとショウタ君の顔が浮かんできた。
ふと気づいた。遺影と・・・私が知る唯一のショウタ君とちょっと違う。 今のショウタ君は寂しそうじゃない。安心したようで、ちょっと悪戯っぽく笑っていた。 胸の奥がちょっと熱くなっている。その笑顔は、懐かしさに似たものを私に運んできた。 多分・・・いや、きっとこんな風にショウタ君は幼い私を見詰めていたんだ。
(ショウタ君、今までありがとう。そしてごめんなさい。長い間心配かけちゃったわね。 でももう大丈夫よ。私はこの人とずっと一緒に歩いていくから。 今度こそ・・・きっと)
ハヤテが目を開けて、空を見上げた。少し不思議そうな顔をしている。 「どうかしたの?」 「え、いや、何か急に陽が差してきたような気がしたんですけど・・・気のせいかな」
私にはわかった。 「それはね、ハヤテ。ショウタ君が今、微笑んでくれたのよ。素敵な恋人を紹介したからきっと安心したのね」 ハヤテは照れたように笑った。 私の言うことを信じてくれたのかしら。
私たちはショウタ君にお別れの挨拶をして、お墓に背を向けた。 ハヤテの手が伸びて私の手を握ってくれた。 私たちは目を合わせて軽く頷き、歩き出した。
雲に覆われた空から陽ざしは零れてこない。 それでも私たちは感じていた。何より暖かい微笑みが背中に届いてくることを。
憧憬は遠く近く【完】
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