Re: 憧憬は遠く近く 第四章 〜 本当の君と |
- 日時: 2016/02/15 19:17
- 名前: どうふん
- この作品を書こうと思い立ったとき、主題とその脇にあってイメージした項目は全部で4点ありました。
@ヒナギクさんの過去とその後のカップリング Aアリスちゃんを交えた親子関係 B千桜さんの推理 そして、もう1点。 言わば、最後のネタ、ということになりますか。
【第9話:その日の三千院家】
ハヤテとヒナギク、そしてアリスが最後の親子行事としてハイキングに行っている時。 ナギは三千院家の屋敷の自室で漫画を描いていた。
ナギが王玉を再び手に入れ、マリアと共に屋敷に戻ったのは一年ほど前である。ハヤテはムラサキノヤカタとの間を往復する日々を送っている。 今、ムラサキノヤカタにはヒナギクの他、自宅に戻った歩を除き、千桜とカユラが一緒に住んでいた。 そして今、屋敷でナギの漫画をサポートしているのは千桜でもカユラでもなかった。
「ナギ、このコマはおかしい。下町の商店街にこんな高級ショップが並んでるわけないだろ」 「あ、あってもいいではないか。下町ではロケットだって作っているんだぞ」 「(それは部品だろ・・・)あのね、ナギ。お前の漫画には不自然な点が多すぎるんだよ」 「な、何を偉そうに。まだ入賞したこともないくせに」 「だからナギの発想は認めるよ。だけど入選理由には僕のサポートもきちんと認めてほしいな」 「ふ、ふん・・・。アシスタントの分際で」
ナギの漫画が念願のコンクール入選を果たしたのは先月。卒業を控えた2月のことだった。それは、「佳作」として「三千院ナギ」の名前が載っただけで、作品そのものが世間の目に触れることはなかったが。 それでも初めての経験にナギは躍り上がった。 そして次のコンクールには名前ではなく作品を載せるのだと張り切って、ネームを作っている最中だった。
そのナギのアシスタントというより共同執筆に近いレベルで協力しているのは東宮康太郎だった。 漫画家の足橋剛治のアシスタントに加わったナギは、自作の漫画を時々見てもらっている。その程度には漫画を真面目に描くようになった。
半年ほど前にナギは足橋から呼ばれた。 「ナギ君。君の発想は面白いよ。だからアイディアそのものは悪くない。だけど突拍子もない展開や不自然な状況が多いね。もっとストーリーを練り上げる段階で誰かと相談した方がいいんじゃないかな」 「そ、そうなのか?いや、そうでしょうか」 「そうだね。康太郎君、手伝ってあげてくれないか。君は丁寧に常識的にきちんと話をまとめているが逆に突き抜けたところがない。二人で協力しあえば、お互いステップアップが図れるんじゃないかな」 以来、コンビを組むような形で、足橋のアシスタント業務だけでなく自分の作品をお互いに手伝うようになった。 そして今では「ナギ」「康太郎」と呼び合うようになっていた。
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「な、なあ、康太郎。このあたりで一休みしないか」 「もう休むのかい」とは言いながら康太郎も心得たものでペンを置いてナギの後ろに回り肩や腕を揉んでいた。日課のようなものだった。 ハヤテほどうまくはないが、ちょっとした気分転換にはなった。
(全くコイツも変わったものだ。昔は単なるヘタレお坊ちゃまとしか思えなかったが) それを言うなら、ナギとてひきこもりのぐうたらお嬢様に過ぎなかったが。
ハヤテと出会ったころから、康太郎は明らかに変わり始めた。 遠くから眺めるだけだったヒナギクに告白した。振られはしたが、そもそもヒナギクに告白できる男などそういない。大半は何とか気を引こうといじましい真似をするのが精一杯なのである。 余談ながら、そういうわけでヒナギクは自分が同性はともかく異性にどれだけ人気があるかの自覚が乏しい。
そして今、康太郎は漫画家のアシスタントを務めながら、本物の漫画家を目指している。 康太郎もまた、執事をもつ立場でありながら、ナギ同様に親の財産ではなく自分の力で何かを成し遂げようとしていた。 (こいつも、私と同じ夢を目指しているんだな・・・)
「康太郎、今度はお前も入選するんだぞ。せっかく私が手伝ってやってるんだからな」 「何言ってんだ。まず自分のことを考えなきゃ。最優秀か、せめて次点にならなきゃ作品は載らないんだから」 「まずは名前だけでも載らないと意味ないだろ。私はとりあえずの第一ステップはクリアしたのだ。お前はまだ私の境地に達していない」相変わらず可愛げのない言い方だが、ナギなりの思いやりがこめられていることはわかっていた。 「そ、そうだね・・・。ありがとう、ナギ」その反応が面白くなかったのかテレたのか。 「何を覇気のない。そんな風だからヒナギクに振られるのだ」
ナギにしてみれば、康太郎がヒナギクを射止めれば、自分がハヤテの恋人になれたかも知れない、と思っているのだろう。 ナギは今でもハヤテのことが好きなのかな・・・、康太郎の胸がチクリと痛んだ。ハヤテは自分にとって数少ない友人の一人だが、この件についてはそれとは違った感覚がある。
康太郎は軽く頭を振った。それよりも大事なことがある。 「ナギ、受け取ってほしいんだけど」 「ん、何なのだ?」 康太郎が取り出したのはチョコレートの小箱だった。
「こ、これを私に?康太郎、お前が私に?」 「あ、あの、そんな深くは考えないでほしいんだけどさ。ほら、入選のお祝いというか、一緒に漫画に取り組んでいる仲間として、っていうかさ」
ナギはチョコを康太郎を見比べながら黙然としている。そのサイズと入念な包装は義理チョコというレベルではない。 ナギは手を伸ばしてリボンを解き始めた。 康太郎は強烈な喉の渇きを覚えていた。
有名なメーカーのチョコの粒が宝石のように並んでいた。 ナギの胸の奥にしばらく忘れかけていたどぎまぎするような感覚が動いていた。 「ふ、ふん。全く気が利かないやつだな」 「え」 「私はホワイトデーを待つまでもなくゴ○ィバのチョコなどいつでも食べれるのだ。私に気持ちを伝えたいのなら、せめて手作りにしてくるぐらいの心掛けがないと響かんぞ」 「そ、そんな言い方・・・」 「まあいい。受け取ってやる。たまには安物のチョコというのも悪くはない。ただな、条件があるぞ」 「な・・・何だよ」 「今、マリアに頼んでコーヒーを入れてやる。このチョコは二人で食べるぞ」
二人のお気に入りのコーヒーは決まっている。「いつも」のコーヒーを運んできたマリアは、部屋に入って首を傾げた。ちょっと違和感があった。 普段ならそれぞれの机にコーヒーを運んでいる。 しかし、今、二人は休息スペースの丸テーブルに向き合って座っていた。 部屋の中にはかすかにチョコの香りが漂っているが、それらしいものは見えない。ただ、ナギの両手がテーブルの下から出てこない。
(そういえば今日はホワイトデーでしたね。私としたことが、何とうかつなことを) 二人の顔が幾分朱に染まっていることには気付かない振りで、マリアは口を開いた。 「あら、お二人ともテーブルで休憩ですか。コーヒーだけでは寂しいでしょう。何かお菓子をお持ちしましょうか」 「い、いや、何もいらないぞ。コーヒーを飲んだらすぐ始めるから」 「おいしいクッキーがありますよ」 「し、しつこいな、マリア。とにかくコーヒーだけでいいから」 「あら、それは残念ですね。クッキーは私が頂きますわ。ここでご一緒させてもらってもいいですか」 「ば、ばか。目の前でチョコなんて食べられたら気が散る。一人で食べてこい」 「(バレバレですわね。私はクッキーと言っているのに)はいはい。それでは二人でごゆっくりなさって下さいね」 マリアは優しい笑顔を崩すことなく部屋を出た。
廊下を歩きながらマリアは次第に顔が綻んでくるのを抑えることができなかった。 ちょっとだけ寂しさも感じていたが。 (これはちょっぴり想定外でした・・・。やっぱり受験の必要はなかったかしら。いや、そうでもなさそうですね)
鼻歌を歌うようにサン=テグジュペリの名言を口ずさんでいだ。 「Love does not consist in gazing at each other, but in looking together in the same direction.」
その懐には、アリスから託されたアパートの住民一人一人への手紙が入っていることをまだ誰も知らない。
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