Re: 憧憬は遠く近く 第三章 〜 恋人の肖像 |
- 日時: 2015/11/14 19:23
- 名前: どうふん
- 真実を知り、仲間たちに支えられようやく固まったハヤテの想い。
今までは周囲に流されていた感がありましたが。 しかし、それを想い人に伝える前に、当のヒナギクさんは行方不明となっています。
【第五話:もう一つの想い】
携帯電話を握り締め、ハヤテはヒナギクとアリスの部屋に飛び込んだが、もちろんヒナギクの姿はない。 部屋の外に出たハヤテは送話口に顔を近づけた。 「一体なにがあったんです」 「それがわからないのよ。朝起きると、ヒナがベッドから消えていて・・・。携帯は置きっ放しだから連絡もつかないの。病院中を探して放送も流してもらったんだけど出てこないし、家にもいないし」 「どこに行ったか、何か思い当たらないですか?」 「さっぱりわかんないわよ。私はヒナが昨日意識を喪ってから、全然話もしていないんだから」 ハヤテはギリギリと歯を鳴らした。何てことだ・・・。雪路が何と言おうと、不審者扱いされてでもヒナギクに付いているべきだった。 「と、とにかく僕もヒナギクさんを探します」電話を切った。 駆けだそうとしたハヤテを呼び止めたのがアリスだった。部屋の入口に立って、寝ぼけ眼を手でこすっている。 「朝っぱらから騒々しいですわね。まだノックも覚えていないのかしら。私はヒナほど優しくはありませんわよ」突っ込みたいことはあったが今はそれどころではない。
「あーたん、大変なんだ。ヒナギクさんが」 「どこに行ったかわからない、わけですね」 「な、何でわかるのさ」 「横で電話を聞いていただけですわ」 「あ、ああ。横と言うか下で聞いていたわけだね」ハヤテは脛に一撃をくらって飛び上がった。 「口を慎みなさい。レディに対して失礼ですわよ」 「そ、それ、親に対する態度としてどうかと思うけど」
「そんなことより、ヒナの行き先です。あなたは見当が付かないんですか?」 「う・・・うん」 「いいですか、ハヤテ。ヒナは過去の記憶やトラウマが蘇って気を喪ったんです。あの負けず嫌いのヒナが、そんなことを許せると思いますか?」 「な・・・なんだかさっぱりわからないよ、あーたん」 「トラウマを抱えたその現場に行くに決まっていますわ」確かに・・・言われてみればそんな気がした。 「いいですか、ハヤテ。ヒナは自分自身で苦しみに向き合おうとしていることを忘れてはいけませんわよ」 アリスが何を言いたいのか、漠然とではあるがわかるような気がした 「わかったよ、あーたん。僕はもう迷わない」アリスは頷いた。 「それともう一つ、これだけは頭に入れておきなさい」
ハヤテは改めて雪路に電話した。 「例の公園の場所を教えて下さい」 雪路の頼りない記憶と下手な説明をやっとの思いで解読し、場所や行き方を調べるのに一時間かかった。
簡単な手書きの地図を握り締め、ハヤテはムラサキノヤカタを飛び出し、自転車に跨った。 漕ぎだそうとしたハヤテだが、門の前の人影をみて立ち止まった。
ナギが立っていた。腕組みして道を塞いでいた。
「お嬢様・・・」 「どこへ行く気だ、ハヤテ」 久しぶりに見たその眼差しが只ならぬ光を放っていた。 (あーたんが言ったとおりだ・・・)
ハヤテはたじろぐ思いを胸に閉じ込めた。 (僕はもう迷わない)ナギの目を見てきっぱりと言った。 「愛する人を救いに行きます」 「それは誰のことだ」 「ヒナギクさんです」 烈しい打撃音と共にハヤテと自転車が地面に転がった。 「お前は・・・、お前は・・・、自分の言っていることがわかっているのか。もう私のことなんかどうでもいいのか」 「そ、そんなことはありません。僕はお嬢様の恩を忘れたことはありません。僕はあくまでお嬢様の執事です」 「だったら!」 「だけど僕が愛しているのはヒナギクさんなんです。わかって下さい」 「馬鹿!わかるか、そんなこと!」 「お嬢様・・・。僕は馬鹿です。だけど、馬鹿でもそれを貫きたいんです。お嬢様の恩も愛する人も、大切にしたいんです」 「私のことなど愛していない・・・そう言うんだな、ハヤテ」 「お嬢様は僕の命の恩人です。かけがえのないものです。約束したことも忘れていません。僕は執事としてお嬢様を一生守り続けます。
だけど・・・、お嬢様が許してくれなくても、僕はヒナギクさんを愛します」
「馬鹿だ、お前は。救いようのない馬鹿だ」 「仰る通りです・・・すみません」 「だったら勝手にしろ」ナギはハヤテに背を向けた。
「す・・・すみません、お嬢様」ハヤテは自転車と起こし、俯きながらナギの横をすり抜けようとした。
「嘘・・・だろ」背を向けたままのナギが呻くような声を出した。 「へ、何がでしょう?」 「これからも私を守る、という話だ」
ハヤテはナギに向き直った。真っ直ぐにナギを見た。 「お嬢様。僕は人生に絶望して悪の道に入ろうとした時も、ぼろきれのように殺されそうになった時もお嬢様に助けられました。お嬢様は僕が苦しんでいる時、全財産を投げ打って救ってくれました。 今の僕があるのはお嬢様のお蔭です。だから、あの約束は、僕の命そのものなんです。必ず守ります」 「ふん・・・。く、口でなら何とでもいえるからな。第一そんなことヒナギクが受け入れる訳ないだろう」 「受け入れてもらいます。僕が必ず説得します。 それでもヒナギクさんにわかってもらえなければ・・・僕はヒナギクさんと別れます」 「・・・・・・!」
ナギはハヤテに向き直った。絞り出すような声がした。 「・・・いいのか、ハヤテ。そんなことを言って。 私はお前を遠慮なくこき使うぞ。ヒナギクとデートする時間だってないぞ。ヒナギクと結婚したって、私は・・・私は・・・」 感情がこみ上げて来たナギは、ハヤテの胸にすがりつき顔を埋めた。
ハヤテは涙が溢れそうになった。 やっとわかった。ナギは自分を本気で愛してくれている。アテネより、ヒナギクより純粋な愛情であるかもしれない。 だからこそ、何度となく何の代償も求めることなく自分を救ってくれた。 それなのに、それをなぜかと考えてみたことさえなかった。
いや、それは違うかもしれない。口に出さずともナギが求めた唯一の代償が愛されることだった。 (お嬢様・・・。いや、お嬢様だけじゃない。あーたん、ヒナギクさん、西沢さん、ルカさん・・・。僕は・・・僕はいつだって僕を愛してくれる人に助けられているんだ。そして僕はそれに甘えるばかりで、その人達に報いたことも、応えたことさえない)
ナギを抱き締めたかった。だが、それはできない、許されない。 その代わりに両肩に手を乗せて力を込めた。
「お嬢様。何と言われても僕の気持ちは変わりません。お嬢様は一生僕が守り続けます」 「バカハヤテ・・・。 それはヒナギクに言え。 ヒナギクに約束してやれ。一生そばにいる。ヒナギクを一人にしない、と。 今のは聞かなかったことにしてやる」 「お嬢様・・・」 「いつまでそうしてる。私の気が変わらないうちにさっさと行け。ヒナギクを救って来い。 それができなければお前はクビだ!」 「お嬢様、ありがとうございます」 ハヤテは改めて自転車に跨った。その姿はすぐに見えなくなった。
ハヤテに背を向けたナギは自分の部屋に向かって歩き出した。 肩を落とし、涙が流れ落ちる顔に誰も声を掛けられなかった。
一人、部屋に戻ったナギの前に、アリスがちょこなんと座っていた。
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