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対象スレッド 件名: Re: 憧憬は遠く近く 第三章 〜 恋人の肖像
名前: どうふん
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Re: 憧憬は遠く近く 第三章 〜 恋人の肖像
日時: 2015/12/02 21:57
名前: どうふん


先ほど最終話を書き上げて改めて最初から読み返してみました。

どうもバタバタしすぎたかな、と思っています。
考えてみればほぼ24時間内に起こった出来事なんですよね。
(第二章も似たようなものですが)
第三章は本作のキモの部分ですので、張り切って詰め込み過ぎたかもしれません。

とにもかくにも、以下、第三章最終話です。
ハヤテの必死の姿がヒナギクさんの心に光をもたらすことができるでしょうか。


【第9話:その先にあるもの】


ヒナギクがくれたオレンジジュースは、ハヤテのカラカラに乾いた喉に、疲弊しきった体に染み込んできた。生き返るような気がした。
だが今はそれよりもヒナギクのことだ。黙ってアップルジュースを飲むヒナギクの思いつめたような表情は変わらない。
「ヒナギクさん・・・いつまでそうやって自分を責め続けるんですか」
「仕方ないでしょ。今の自分を許せないから」
「許すとか、許さないとか・・・。
だったら僕はどうなるんです。子供の頃の過ちなんて、ヒナギクさんに百倍・・・というか比較にもなりませんよ。それでも僕を好きになってくれたんじゃないんですか?
僕のことを好きなら、僕の気持ちを受け入れて下さい。お願いです」

ヒナギクは前を向いたままだった。ハヤテと目を合わそうとしない。
だが、その表情がちょっと動いた様に見えた。
「いつか・・・ハヤテ君からそう言ってもらえることを夢に見てたの。もう涙が出るほど嬉しいわ。だからこそ、あなたを傷つけるかもしれないことはできないのよ」
「傷ついたってかまいません。ヒナギクさんだって僕にどれだけ傷つけられてきましたか。あなたは立派すぎます。いつ戻るかわからない記憶のために、自分に幸せになる権利なんかない、と言うんですか」
「記憶のため、じゃないわ。私と愛し合って、私を守ろうとして、私のために命を落とした人のために、よ。
私の記憶にすら残ってないんじゃ、その人があまりに可哀想じゃない。

そして今は好きでも・・・多分・・・いずれ愛せなくなる人のためよ。


そうねえ・・・
いつか記憶を取り戻して、それでもその人より好きと思える人がいたら、そしてこんな私でも構わない、という人がいたら、その時は私も恋ができるかもしれないけど・・・

今は無理よ・・・」

ちょっと違うんじゃないですか・・・、ハヤテは思った。
ヒナギクの十年前の記憶は微かにしか蘇っていない分、相当に美化されている。
それだけでなく、自分を責めるあまり、ヒナギクは感情を押さえつけ、混乱している。
だが、ヒナギクの心情を思えば、それを口に出す気にはなれなかった。
それ以上に、ヒナギクの辛さが伝わってきた。痛々しかった。
自分の思い込みに欠けているものにも気づいた。
申し訳ない気持ちで一杯になった。

病院で千桜の言った意味が今こそわかった。
(ヒナギクさんは自分でも気づかないで僕なんかよりずっと重くて堅い鎖に縛り付けられていたんだ。
それなのに、必死になって僕の鎖を引きちぎって救ってくれた・・・)
千桜、アリス、ナギ・・・仲間たちのセリフや一喝が頭に次々蘇ってくる。
『今度は君の番じゃないか!』
『ヒナは自分自身で苦しみに向き合おうとしていることを忘れてはいけませんわよ』
『それはヒナギクに言え!ヒナギクに約束してやれ』
『ヒナを救えるのはハヤテしかいないのよ』


「ヒナギクさん・・・済みませんでした」
「何を謝っているのよ。ハヤテ君は何も悪くない。私の気持ちの問題だから」
「その気持ちです。僕はヒナギクさんの気持ちも考えず、自分勝手なことばかり口走っていました。
辛い思い出がいきなり蘇って苦しんでいるヒナギクさんに、一方的に僕の気持ちだけ押し付けてました・・・。
本当に済みません。

それでも・・・僕はヒナギクさんが大好きです。今の話を聞いてもっと好きになりました。だったら恋人でなくてもいい。ヒナギクさんの傍にいさせて下さい」
ヒナギクは虚をつかれたような顔をした。
「そんなことして・・・あなたに何の意味があるの」
「ヒナギクさんがかつて好きだった人の気持ちを大切にするように、ヒナギクさんが僕を救ってくれたように、僕も最愛の人のために力になりたいんです。
ヒナギクさんが記憶を取り戻して、気持ちを整理できるまで、僕は待ちます」
「でも・・・でも・・・、いつになるかもわからないのよ」
「百も承知です。僕の愛する人はヒナギクさんしかいないんですから、いつ、なんて問題じゃありません」
「ばか・・・」ヒナギクが笑ったような気がした。かすかに頬を緩めただけであるが。

ハヤテの目に。
ヒナギクの胸に微かな光が点ったように見えた。
それが一かけらの希望の灯に思えた。
それが果てしなく遠くにあるのか、すぐそこにあるのかはわからなかったが。

信じることができた。
今はまだ遠くてもきっと自分の想いは届く。ヒナギクが受け入れてくれる時が来る。


「僕は確かに馬鹿です。だけどそれを貫きたいんです。
ヒナギクさんだってあれだけ苦しんで僕に想いを伝えてくれたんです。そんな簡単に僕をお払い箱にはできませんよ」
ふっ、とヒナギクが力なく笑った。いや、ため息だったのかのかもしれないが。
「あなたが一流の執事であることを忘れていたわ・・・。
好きにしたらいいわよ。だけど、私のことが嫌になったら・・・気持ちが冷めたらいつでも止めていいんだからね」
「ヒナギクさんの気持ちが整理できれば、僕はいつでもOKです」
「意味が違うわよ、ばか・・・」


***************************************************************::


夜遅くなって、二人はムラサキノヤカタに戻った。
真っ先に玄関まで飛び出してきたのは歩だった。
「ヒナさん、ハヤテ君、お帰りなさい・・・って、大丈夫かな、ハヤテ君」
ハヤテはまだ足腰がしっかりと立たず、ヒナギクに支えられて立っていた。
続いて現れたルカはそんな二人をじろじろと見ていたが、
「でも・・・その様子じゃ結果は上々みたいね」
ハヤテとヒナギクは気まずそうに顔を見合わせた。

 
 憧憬は遠く近く 第三章〜恋人の肖像・完