Re: 憧憬は遠く近く 第三章 〜 恋人の肖像 |
- 日時: 2015/10/30 21:37
- 名前: どうふん
【第二話:恋人の肖像】
ヒナギクの病室のドアをそっと開くと、ヒナギクに覆いかぶさるように雪路が眠っていた。妙な格好で。 「あいつはこんな時まで一升瓶を抱いて眠るのか、全く妹が倒れたというのに。酒を病室に持ち込むか、フツー」 「でも、雪路ちゃん、凄くない?栓は抜いてないよ」 「なるほど、全然酒に手を付けていないということか。やはり妹のことが心配なんだな。 お、おい、何するんだよ、千桜」 「しっ」
千桜は、ヒナギクが目を覚まさないようにそっと雪路を揺さぶった。一升瓶を抱いて寝ぼけ眼の雪路を強引に連れ出し、エレベーターで3階の休息スペースまで来た。
「何の用よ。あんたたち」 雪路は不機嫌丸出しで、ソファの上にあぐらをかいていた。反射的に酒をラッパ飲みしようとしたが、栓を抜いてないことに気付き、忌々しそうに床に下ろした。 千桜は構わず雪路の目を見据えた。 「雪路先生、教えて下さい。ヒナが『愛する人が皆自分から去ってしまう』と考えるようになったいきさつを」 「んー、あんた、知ってるでしょ。ヒナは幼いとき親に捨てられて・・・」 雪路の話を遮って、千桜はきっぱりと言った。 「そっちじゃない。ヒナが恋人を喪った時の話です」 周囲にいた全員が息をのんだ。
「何で、そう思うのよ、千桜ちゃん」雪路は苦しげに横を向いた。 「ヒナは親を喪っても、苦しくても必ず愛する人が近くにいた。雪路先生、あなたが。だからその件だけで『愛する人はみんないなくなる』と思うでしょうか。それに、ヒナが臆病になるのは家族じゃなくて恋愛に関してです。
だとすると、ヒナの意識を喪うほどのトラウマには、他にというか加えてというか、別の原因があるはずです。それは恋愛問題じゃないか、と考えるのは当然でしょう」 「そ・・・それは変だよ、千桜さん。ヒナさんは、ハヤテ君が初恋の相手と言ってたし・・・。そんなこと聞いたことも・・・」 「その記憶が間違いだったとしたら? 別に隠すつもりはなくても記憶を失うことだってある。 特に小さな子供は、あまりに辛い記憶を時に心の奥底にしまいこんでしまう。そうしないと自分を保てないほどの辛いことを」
沈黙している雪路から目を離さず千桜は続けた。 「幼馴染の美希が知らないようだから、幼稚園のころじゃないかと思いますけど。
ヒナは、小さい頃の恋人との別れを無理矢理心の奥にしまいこんだ。 まあ、片思いだったのかもしれませんが・・・。 それでも辛い記憶は潜在意識として残り、ヒナの心を傷つけ続けている。 『私の好きになった人は皆いなくなってしまう』、という形で。
だからこそヒナは綾崎君を好きになっても自分からアプローチすることができなかった。 両想いということがわかっても、いざ、というとき、綾崎君がいなくなってしまうんじゃないか、という不安に勝てなかった・・・。 告白しようとした時、昔の記憶が蘇ったのかもしれない。 ヒナが意識を喪ったのはそういうわけだ、と思うのですが間違っていますか」
「負けたわよ、千桜ちゃん」雪路はため息をついた。
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雪路はぽつりぽつりと重い口を開いた。 「ヒナはね。親が前触れもなくいなくなった時、私としばらく二人で暮らした後で、今の両親に引き取られた。あの頃のヒナが大変なショックを受けて心が弱っていた事は本当よ。新しい親にももちろんすぐに懐くことなんかできなくて、私が一緒だといいけど、一人で部屋に閉じこもっていたことも多かったの。 そんな頃に、ヒナの好きな男の子が近所にいたのよ。
ショウタ君っていうんだけど、ヒナの2歳上だったかしらね。 私がいない時、いつもヒナはショウタ君に会いに行ってたわ。その子は小学生だったからヒナとはスケジュールが合わないことも多かったんだけど、妹みたいに可愛がってくれたの。 ショウタ君もヒナに恋していたんだと思う。
もちろんヒナもショウタ君のことを大好きだったわね。 『あたし、ショウタ君のお嫁さんになる。約束したんだ』って私にだけ教えてくれたわ。 ヒナがショウタ君にチューしていたことも見たことあるわ。あ、ほっぺよ、ほっぺ」
(昔のヒナはそんなに積極的だったんだ・・・) (今のヒナちゃんからは想像できないね) (確かにヒナさんの本来の性格を考えればその方が自然かな) 不謹慎は承知の上で、その場にいた全員が似たようなことを考えていた。
「でも・・・。ショウタ君とは何か事情があって別れたわけですか」ちょっと顔を赤らめながら千桜が先を促した。
「そのころ、ヒナが新しい両親に懐いていなかったことは言ったわね。幸か不幸か・・・結果から見れば不幸な事だったかもしれないけど、ショウタ君の親は今の両親とも仲良しだったのよ。ご近所さんだったし。
それでね、お養父さんはショウタ君も一緒に家族ぐるみで遊びに行けば、ヒナと自分たちが打ち解けることができるんじゃないかと思ったの。 それで、二家族揃って海辺の公園に行ったのよ。二人とも大はしゃぎで遊びまわって。 事故が起こったのはその時よ」
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