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対象スレッド 件名: Re: 憧憬は遠く近く 第2章〜 紫色の風が
名前: どうふん
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Re: 憧憬は遠く近く 第2章〜 紫色の風が
日時: 2015/10/02 23:09
名前: どうふん

約束の場所へ一足早く辿り着いたハヤテはヒナギクさんを待っています。
ヒナギクさんの想いは報われるのか、ハヤテは鎖から解き放たれるのか。
以下、第8話をもって、第二章を締めくくります。



【第8話:花束の中のDaisy】


公園の街灯が点くのはもう少し後だろうか。夜空、と呼ぶには少し早い空を眺めると一番星が見えた。次第に薄暗くなってきた負け犬公園には、誰もいなかった。

まあ、当然だ。子供たちは公園から帰る時刻だし、待ち合わせの時刻よりは30分も早い。
本当に僕はこの公園に縁が深い。
一人で逃げ込んでいつも誰かに助けられて来たこの場所で、僕は今、僕を好きだという人を待っている。

ムラサキノヤカタでこれ以上待つことに耐えられず、一時間も前に飛び出そうとしたのだが、マリアさんに呼び止められた。他の皆さんも出てきて、まるで壮行会だったな。
恥ずかしかったが、皆さんの気持ちは涙が出るほど嬉しかった。

僕なんかのために・・・というのはうぬぼれが過ぎるだろう。僕に告白してくれる女性のため、でもなければあれだけの人たちが応援してくれるとは思えない。
あの中には、僕を好きだと言ってくれた人もいたんだし。

でも、問題はこれからだ。
僕に告白をしてくる人が誰なのかまだ聞いていない。
僕の「好きな人」って・・・。
いきさつから考えるとヒナギクさん以外考えられないけど・・・。

本当だろうか。
僕が夢に見て、遠くから見ているだけで心臓が高鳴る程、大好きな人が僕を好き・・・?
やっぱりおかしい。ヒナギクさんは僕を嫌っているんじゃなかったっけ?

いや、嫌いじゃなくても、ヒナギクさんなら、自分が望めばどんな恋人だって持つことができるだろう。それが、僕・・・?
ヤガミヒメから愛された大国主みたいな話が本当に現実にあるんだろうか?

仮にヒナギクさんだとして、僕はどうすればいいんだろう。
僕は借金持ちで甲斐性はないし・・・。
い、いや、今さら悩む問題じゃない。

偉そうに言うことじゃない。今朝、千桜さんからこのことを告げられてからずっと、ヒナギクさんが僕のことを好き・・・かもしれないと思うだけで、心臓が破裂しそうだ。


朝、一度だけヒナギクさんと廊下で顔を合わせた。
「お、お早うございます、ヒナギクさん」
「お早う、ハヤテ君」
ヒナギクさんは僕と目を合わすことなく通り過ぎて行った。
今までなら僕は、『やっぱり嫌われているんだ』と思っただろう。だけどこの時、僕はヒナギクさんの顔が朱く染まっていることに気付いた。

もしかしたら・・・、初めて思った。

僕はヒナギクさんを呼び止めようとしたが、声がかすれた。そのままヒナギクさんは気付かずに歩き去って行った。
その後、ヒナギクさんはずっと外出していて全く見ていない。


街灯に明かりが点いた。
光の下でもう一度、マリアさんが用意してくれた花束に目を遣った。
『待ち時間があれば、その花束をじっくりと眺めてみなさい』
花束の真ん中には、真っ白で小さなdaisy・・・雛菊が一輪だけ入っていた。
周りを取り囲んだカラフルな大きな花に負けることなく輝き、それだけでなく周りまで輝かせているように見えた。
『これがヒナギクさんなんですよ』そんな声が聞こえてきたような気がした。
これがヒナギクさん・・・。綺麗で可憐で、そして周りを幸せにする花。

マリアさんは、女の子への御礼と言っていたけど、もしかしたら僕へのメッセージだったのだろうか。


*****************************************************************:


足音が近づいていることには気付いていた。
だが、公園の外に背を向けたまま動かなかった。
顔を向けるのが怖かった。何を今さら・・・とは思いつつ、体が動かなかった。
足音が僕のすぐ近くで止まった。

僕は、金縛りにあったような体を懸命に動かし、目を固く瞑って向き直った。
そおっと目を開けた。
僕のすぐ前に立っていたのは、紛れもなくヒナギクさんだった。
その表情は強張っているようだった。
ヒナギクさんも緊張しているのか・・・。

(僕の方から話し掛けなきゃ・・・)そんなことが頭をよぎったが、何を言っていいのか全く考えていなかったことに気付いた。

頭をフル回転させたものの、いや空回りだろう。何も考え付かない。
汗が噴き出してくる。

ヒナギクさんが口を開いた。
「ハヤテ君・・・」
「は、はい・・・」
やっとそれだけを声に出した。カラカラに渇いた喉からはかすれた声しか出てこない。
ヒナギクさんの表情は変わらない。

ヒナギクさんがもう一度口を開いた。
「月がきれいですね」
「・・・?」

ええと、今、月はどこに?きょろきょろしながら振り向くと、確かに満月と半月の間くらいの月が綺麗に輝いていた。
「は、はあ。そうですね」だけど、ヒナギクさんは何が言いたいんだろう。
さっぱりわからないまま、ヒナギクさんに向き直った。


(え・・・)
ヒナギクさんの様子がおかしい。
両腕で自分を抱き締めガタガタと震えている。顔は真っ青で汗に塗れている。
「ど・・・どうしたんです、ヒナギクさん」

ヒナギクさんが顔を僕に向けた。その目が必死に何かを訴えかけている。
ヒナギクさんの口がぱくぱくと喘ぐように動いた。声は出てこない。
スローモーションのようにヒナギクさんが崩れ落ちていく。

「ヒナギクさん!」
ヒナギクさんに駆け寄り、抱き止めた。
「ヒナギクさん、しっかりして下さい」
僕の腕の中で、ヒナギクさんは目を閉じてピクリとも動かない。
気を喪ってるのか?

一体、何が起こったんだ。
呼ばなきゃ。救急車を。


「ヒナギクさん!ヒナギクさん!!」
駆け寄ってくる人影がある。


マリアさんの花束が地面に転がっていた。


 【憧憬は遠く近く 第2章〜 紫色の風が・完】