Re: 憧憬は遠く近く 第2章〜 紫色の風が |
- 日時: 2015/09/27 23:11
- 名前: どうふん
- ヒナギクさんの告白の時が迫っています。
ハヤテとヒナギクさん、二人とも緊張を隠せないでいます。 周囲の皆は、その瞬間までサポートを続けています。 もちろんその中には心で泣いている人もいるわけですが。
【第7話 : 約束の場所へ】
翌日夕方、ムラサキノヤカタの玄関先。 歩、カユラ、ルカ、アリスそしてマリアがハヤテを取り囲んでいた。
ハヤテはもう一度自分の姿を見直した。執事服は不可、と指示され私服姿だった。 「おめかしした、とは言えないが、うん、なかなかカッコいいぞ、ハヤテ君」ルカはハヤテの安物のTシャツとズボン姿をチェックしていた。ちなみに15分前、ハヤテの服を強引に剥ぎ取り、アイロンを掛けたのはマリアだった。 「安心なさい。女装させたりしませんから」
「あの・・・、ホントに行かなきゃいけないんですか?」慣れない私服を着、女の子たちに囲まれて「告白」の場=負け犬公園に赴くハヤテはちょっと、というか大いに恥ずかしかった。 「当たり前でしょ、約束したんだから」 「でも、ルカさん。僕は・・・」ハヤテからすれば、ルカも自分に想いを告白した一人である。 「ルールは聞いているわよ。安心なさい、待ち合わせに行くのは私じゃないから。私を振る必要はないわよ」ハヤテは顔の向きを変えた。 「西沢さん・・・」 「案外、私かも知れないよ、行くのは。私が好きならしっかり受け止めてね。好きなら、ね」 ハヤテはもう一度体の向きを変えた。 「あーたん・・・」 (なぜ、ここでアリス?)ほぼ全員が内心で首を捻ったが、当のアリスは至極当たり前のように親指を立てて応えた。 「Good Luck、ですわよ、ハヤテ。Good Job、期待してますわよ」
「それにしてもお嬢様のことが気になるんですが・・・」 まだナギは部屋に閉じこもった状態が続いている。ハヤテとも顔を合わせようとしない。 その原因を、ハヤテは知らない。誰も教えていない。 「それは私に任せなさい。今はハヤテ君のなすべきことだけ考えなさい」マリアが答えた。 「わかりました。行ってきます・・・」
「さ、これを持って。もし受け入れるんなら・・・その子が好きだったらちゃんと渡すんですよ」マリアがハヤテに花束を渡した。マリアが今朝三千院家の屋敷に戻って花壇の花を見繕ってきたものだった。小ぶりだが、さまざまな色や大きさの花がセンスよくまとめられていた。 「これはマリアさんがご自分で・・・?あの・・・そこまでしてもらっては・・・」 「女の子に告白させるんだから、そのくらいのお礼は準備していきなさい。待ち時間があれば、その花束をじっくりと眺めてみなさい」 「はい・・・。ありがとうございます」
ハヤテは門に向かって歩き出したが、門の前で振り返った。 「あ、あの・・・。まだよく事態が呑み込めないですが・・・。それでも皆さんが僕のために真剣に考えてくれたのはわかります。 僕は、僕なりに・・・皆さんのお気持ち、しっかりと受け止めさせてもらいます」 ハヤテが久々の笑顔を見せて、門を出て行った。
「あの笑顔・・・ホント罪だよね。でも、あんなハヤテ君の笑顔、久しぶり」 「もっとも受け止めるべきは私たちじゃなくて無敵センパイの気持ちだけどな」 「それにしても、さすがはマリアさんですわね。ヒナはまだ半信半疑でしょうが、ハヤテが花束を持っているのを見ればきっと安心できますわね」 「さすが、アリスちゃんは賢いわね」 「歩、ちょっと部屋でヤケ食いしようか。お菓子を買いこんでるんだけど」 「何を言ってるのかな、ルカ。ここは決定的瞬間を瞼に焼き付けないと」 「・・・歩、覗きに行く気?」 「覗くなんて人聞きが悪いなあ。恋愛コーディネーターとしては、成果まできちんと確認しないと、責任を果たしたことになりません」 「・・・ほとんど千桜とマリアさんの働きじゃなかったっけ」 「おや、何のことかな。でもあれだけ不器用な二人がどんな感動のラブマシーンを演じるのか、マンガのネタになるかもよ」 「ラブシーンでしょ、それは」 「う・・・、いやいや、あの二人のことだからマシーンみたいなぎくしゃくとした動きが予想されるという意味で・・・」 結局、ルカも歩に引き摺られることになった。
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同時刻−負け犬公園の近くにある喫茶店
千桜とヒナギクが向き合って紅茶を飲んでいた。 昼前に千桜はヒナギクを連れ出し、ゲームセンターやボーリング場で、とにかくヒナギクの緊張をほぐそうとしていた。それほどヒナギクは表情が硬い。 (それにしてもこんな日に普段着か。もうちょっとお洒落してくればいいのに) 千桜は思ったのだが、指摘はしなかった。その方がリラックスできるかもしれない。 いや、恐らく、この負けず嫌いな生徒会長は決戦の場に武装して赴くこと自体、負けたような気がするのだろう。 (まあ、今までの経緯が経緯だからな・・・。無理もないか)
千桜の携帯が鳴った。 「歩から連絡があったよ。綾崎君が今、出たそうだ。負け犬公園までもうちょっと時間がかかるが、約束の時刻より30分も早く着くぞ。 やっぱり、綾崎君も本気だな、これは・・・。
どうしたヒナ・・・?顔色が悪いぞ」ヒナギクの顔が青ざめている様に見えた。 「ご、ごめん。ちょっと緊張して・・・」 「何を言ってる。日頃全校生徒の前で堂々と話をしている生徒会長が。それに比べれば軽い軽い」 「でも・・・何となく怖くて・・・」ヒナギクがちょっと震えているように見えた。 千桜は違和感を覚えた。ヒナギクの様子が、無理やり高いところに連れてこられた時に似ている。 半信半疑の今、不安が残るのは当然だが、それだけでこんなに怯えるものか?
「何が怖いんだ、ヒナ?」 「あの・・・私が好きになったら・・・私のこと好きになってくれたら・・・ハヤテ君はどこかへ行ってしまいそうな気がして」
(そっちの方か・・・) 千桜は聞いたことがある。ヒナギクが幼いころに大好きだった両親が失踪し、姉と養父母の元で育てられたこと、それがトラウマとなり、好きな人は皆自分から去って行くのではないか、という思いを拭えないでいることを。 「ヒナ・・・。子供のころの辛い思い出がトラウマになるというのはわかる。だが、今そんなことを考えてどうする」 「・・・そうよね。ごめんなさい、変な事を言って」 「大丈夫だ、ヒナ。綾崎君は必ずヒナを受け入れてくれる。関係ないことは考えるな」 「え、ええ」 「さ、そろそろ行かなきゃ。どうする?私も公園まで付いて行こうか?」 「だ、大丈夫よ。ここまでやってもらったんだもの。結果はどうあれ、後は一人で決めてくるわ」 「その意気だ、ヒナ。自信を持っていけ」 (そうよ。あの時とは違う。あの時はハヤテ君に気付いてももらえなかった。今は、ハヤテ君は私の気持ちも、何が起こるかも知っているんだ)
ふと、思った。 それは必ず何らかの決着をもたらすことになる。 背筋に凍りつくような悪寒が走った。いつかも同じものを感じたような気がしたが思い出せなかった。 (な、何を怖がっているのよ。千桜の言う通りよ。勇気を出すのよ、ヒナギク)
ヒナギクは立ち上がり、喫茶店を出ていった。もう振り向くことはなかった。 (やれやれ・・・。本当に手のかかる二人だこと)千桜はホッと息をついた。 喉がしきりと渇いていた。もう一杯紅茶を頼もうとした千桜だったが、ヒナギクの震える姿や不安げな眼差しが頭の中に蘇った。
妙な胸騒ぎがした。 (あまり感心できたことではないが・・・)千桜はヒナギクの後をつけることにした。
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