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対象スレッド 件名: 憧憬は遠く近く 第2章〜 紫色の風が
名前: どうふん
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憧憬は遠く近く 第2章〜 紫色の風が
日時: 2015/08/29 15:52
名前: どうふん

しばらく、間があきましたが、「憧憬は遠く近く」第2章の投稿を開始します。
第1章から時間にしておよそ2週間程度(かな?あまり厳密に考えてはおりません)経過したところです。
二人の居住空間の環境は変わりましたが、二人の間柄は全く進展していない状況です。
二人にとっての憧憬はほんとは近くにあるのですが、彼らの目にはいまだずっと遠くに見えています。



【第一話:埋まらない溝】


土曜日の午後、ムラサキノヤカタ

「ヒナ、ちょっとこっちへお越しなさい」
下校して部屋に戻った私を呼んでいるのは私の娘、ということになっているアリス。

ムラサキノヤカタの住民も大分増えた。元からいた千桜やアリスの他に、私の親友の西沢歩、ちょっと謎めいている剣野カユラ、現役アイドルの水蓮寺ルカまでいる。
入る動機は様々だが、皆、それぞれの目標や夢に向かって邁進している。
ムラサキノヤカタは夢の溜まり場みたい・・・そう思っている。

だけど、私は・・・。

アリスに引き摺られてムラサキノヤカタに入居することになった私は、アリスの世話と友達との語らいだけで時間を過ごしている。
それはそれで楽しくはあるけど、私はこのムラサキノヤカタで何かを成し遂げたわけでも、なそうとしているわけでもない。
密かに願っていた想い人との仲を深めることもできていない。


「一人にしてもらえませんか」
あの日、想い人・・・綾崎ハヤテ君に冷たく言われた後、アリスのお蔭で一応仲直りした格好だが、気まずさはそう簡単に消えるわけではない。
本人は否定しているけど、ハヤテ君は明らかに私を避けている。
しかもその度合いは次第に強くなっている。


アリスを交えた三人での家族行事も、遊園地に行ったあの一回だけで途切れている。
ハヤテ君は私たちにしきりに謝りながら、自分は用があるから、と、いつも他の誰かを代わりに呼んでいる。明日の日曜日もそうなるらしい。
アリスが私を呼んでいるのは、その件に違いない。


アリスは部屋の椅子にちょこなんと座っていた。その姿は相変わらずお人形さんみたいで可愛らしかったが、私を見る目は鋭く、幼児のものとは思われない。
これはアリスが本気で怒っている時の顔だ。
「ヒナ、あなたの気持ちを知りたいの」
やはり、その口調まで天王州さんのものだった。

「え、そうね。確かにハヤテ君が一緒じゃなくて残念だけど。でも、まあ仕方ないわね。用があるみたいだし」
「そんなこと本気で言っているわけじゃないでしょう、ヒナ」
「・・・ごめん。でも、私にはこれ以上・・・」
「ヒナのセリフとは思えませんね。あなたはそんな簡単にくじける人なのですか」
「・・・物事には節度というものがあるのよ。私はハヤテ君に嫌われている立場だし・・・」
「やれやれ・・・。誰から聞きました、そんなデタラメ」
「誰からって・・・。聞かなくてもわかるわよ、そんなこと」


************************************************************************:


アリスはヒナギクの顔をじっと見ていたが、ため息をついて立ち上がった。
「それは単なる思い込みではありませんか。
それで、どうするんです?ろくに確かめもせず、自分から想いを伝えることもなくハヤテのことは諦めるのですか?敵前逃亡と変わりませんわね。
別に私は構いませんわよ。お二人が私にとってのパパとママであることに変わりはないのですから」
こういう時のアリスは、常に刺激的で挑発的である。実際に「ドSお姫様」などというニックネームも囁かれている。
「べ、別に諦めるなんて言ってないわよ。要は明日ハヤテ君と一緒に外に行きたいんでしょ」
(だったら話は簡単よ。私の方が代理を立てればいい。ハヤテ君やアリスと一緒に外出したい女の子なんて何人でもいるんだから)
「まだ、わかっていませんね、ヒナ。わたしはパパとママと三人で行きたいんです。
当たり前じゃないですか」
やはりアリスが一枚上手だった。
逃げ道を塞がれたヒナギクは、仕方なくハヤテの部屋へ向かった。



案の定、ハヤテは困惑していた。
「はあ、でも僕は明日予定がありまして・・・」
「丸一日ってことじゃないでしょ。朝でも夕方でも、ちょっとでいいからアリスに付き合いなさい。ハヤテ君の大切な可愛い娘のためなんだから」
「アリスに」「娘のため」というところに、やけに力がこもっていた。
「わ、わかりました。それじゃ夕方にでも」

ヒナギクは口に溜まったものを呑込んだ。
「そ・・それで、私も一緒だけどいいわね。私はハヤテ君に頼まれてアリスの母親代わりをしているんだから」
ハヤテは沈黙した。
「やっぱり・・・嫌なの?」ヒナギクの声が次第に小さくなっている。
「あの・・・ヒナギクさん・・・。あーたんに頼まれたんですか?」
(もう。こんな時だけ何で鋭いのよ)
「あーたんになら・・・、僕の方から話をしましょうか?」
「な・・・何の話よ」
「僕はいつもヒナギクさんに迷惑かけて困らせてばかりで・・・。これ以上無理させてしまうのは本当に申し訳なくて・・・」
ハヤテはその言葉通りの態度で、上目づかいにヒナギクを見上げていた。


ヒナギクは困惑していた。何でハヤテがこんなことを言っているのかさっぱりわからない。
ヒナギクの頭の中で、何かが弾ける音がした。