Re: 憧憬は遠く近く 〜 不思議の姫のアリス |
- 日時: 2015/07/20 13:06
- 名前: どうふん
- ヒナギクさん、ハヤテにアリスが加わった家族デートの翌日です。
アリスはマイペースを崩しませんが、ヒナギクさんとハヤテにはちょっと変化が起こったはずです。 ただ、この二人の事ですので、一直線とは行きません。
何より、まだハヤテは疑心暗鬼、というか迷い子の状態です。
【第7話 : 勝負に賭ける女たち】
昼前−ムラサキノヤカタの食堂。
三人で川の字になって寝た翌日(本当に眠っていたのはアリスだけだったが)、ヒナギクは、昼近くになってあくびしながら起きて来たアリスの隣に座り、アリスの食事を手伝っていた。 給仕をしているハヤテは、先ほどからヒナギクの顔をちらちらと見ている。 (ヒナギクさん・・・、あんな優しいお母さんの顔をするんだ・・・。女の人はみんなそうなんだろうか?『家族』ってこれが本当なんだろうか?)
昨晩眠ったアリスの頭を撫でるヒナギクの姿が蘇る。 ハヤテの知らない世界がそこにあった。 「みんな」じゃないことは確かだった。少なくともハヤテは一度として親からあんな慈愛の籠った顔を向けてもらった覚えはない。「家族」というものに幻想など持ちようのない環境で生きて来た。 むしろ、傷ついている自分に手を差し伸べてくれた天王州アテネやマリアに似たようなものを感じたことがある。 (あんなに素敵なお母さんや可愛い娘が僕の家族だったら・・・
な、何を考えているんだ、僕は。僕は1億5千万円の借金持ちで、一生ナギお嬢様を守る立場だ。そもそもヒナギクさんみたいな人が僕なんか相手にしてくれるわけないじゃないか)
ヒナギクとお喋りしながらナイフとフォークをかちゃかちゃしていたアリスが顔を上げた。 「ハヤテ、さっきから何を一人で百面相をしているんですの」ハヤテは狼狽した。 「え、やだなあ。そんなことないよ、あーたん。あ、水が切れてるね、持ってくるから」 ハヤテは慌てて台所に向かった。
台所ではマリアが洗い物をしていた。 「あら、ハヤテ君はテーブルに戻って下さい。こちらは私一人で十分ですよ」 「え、いえマリアさん、お手伝いしますよ」 「もうほとんど終わりです。アリスちゃんが寂しがりますよ」 「え、大丈夫ですよ。ママが・・・、いえ、あのヒナギクさんがついていてくれますから」 マリアはくすくすと笑った。 「ママねえ・・・。だったらパパも居てあげないと。娘が父親離れするのは早いんですから」 なおも言い訳のように抵抗するハヤテをマリアは台所から追い出した。
アリスの食事が終わり、三人は部屋に戻った。 やはり雨が降り止む気配はない。 「今日は日光浴もできそうにないですし、お部屋でうだうだすることになりそうですわね」 「まあ、折角三人が揃っているんだから何かゲームでもしましょうか」 「それだったら、私、トランプをもっているわよ」 「いいですわね」 「アリスが知っているゲームは何かしら?」 「ポーカーでもセブンブリッジでも何でもできますわよ。レートはどうします?」 「一体、あなたはどこでそんなこと覚えたのよ」 「王家のたしなみですわ」 「どんな国なんです?モロッコですか、香港ですか?ま、まあ、とりあえず、オーソドックスにババ抜きから行きましょうよ」 「ババ抜き?それは知りませんわね」 「・・・やっぱり、普通の子供のゲームを覚えた方がいいよ、あーたん」
ババ抜きを三回やり、負けたのは全てハヤテであった。 「単純ではありますがなかなか面白い遊びですわね」アリスはご機嫌な笑みを浮かべている。 子供相手に本気でやってこの成績か・・・。ハヤテは軽く落ち込んでいた。 「ハヤテはすぐ顔にでるから負けるんですわ」 「ババを引こうとすると、凄く嬉しそうな顔をするからすぐわかるわよ」 「は、はあ・・・」
「でも、ハヤテ。あなたにも勝つ方法がありますわよ」 「え、どうゆうこと?」 「そもそも最後に残る一枚がジョーカーとわかっているから、反応してしまうのです。ハヤテは単純ですから」 (うう・・・。娘にここまで言われる僕の立場って一体・・・) 「それでしたら、ジョーカーを最初から省いて、それとは別の一枚も引いて隠しておくのです。そうすれば、最後に残った一枚がババということになりますわ。それはその時まで誰もわからないのです」 (あーたんの知能指数って幾つなんだろう。こんなことをすぐに思いつくんだ・・・) ヒナギクも呆れている。体は小さく、記憶や知識はなくても思考能力は天王州アテネ並みということか。 こうして、三人でいわゆるジジ抜きをすることになった。
「やった。僕が一番だ」 ハヤテが満面の笑みを浮かべて踊り上がった。アリスの言う通りだった。 そんなハヤテの姿がヒナギクとアリスにはおかしかった。 そればかりでなくヒナギクは、こんな無防備なハヤテの笑顔が嬉しかった。滅多に見られない姿に胸が熱くなった。
だが、ヒナギクとアリスがお互いを見る目は火花を散らしていた。 (最下位になるわけにいかないわ)もともと負けることが大嫌いでプライドの高い二人の勝負に賭ける執念はいずれ劣らず、と見えた。
ご機嫌なハヤテは二人の手持ちのカードを交互に覗き込んでいる。 ヒナギクの手持ちのカードは二枚、アリスは一枚となっていた。 そしてアリスの番。1/2の確率で引くカードを間違えなければアリスの勝ちとなる。
今ヒナギクはどちらがジジであるのか知っている。さっきアリスから引いたカードはペアがない。となると、こちらが・・・。 百も承知のアリスは心理戦を仕掛けた。こちらを引こうかな・・・、と言わんばかりにカードをつまんでは手を離し、ヒナギクの反応をチェックしている。 だが、ヒナギクも負けていない。普段は真っ正直でも、剣道の達人がフェイントが苦手なわけがなく、こと勝負と割り切るとポーカーフェイスを通している。
しかしアリスは、ある意味ヒナギク以上に狡猾な勝負師だった。ヒナギクの表情からジジを見抜くのは難しい、と思ったアリスはターゲットをハヤテに切り替えた。 相変わらず、引くカードを迷っているそぶりをみせながら、ヒナギクのすぐ隣でカードを覗き込んでいるハヤテの反応を横目で探っていた。
ヒナギクはアリスの視線がずれていることに気付いた。その理由も。 「ハヤテ君。顔が(カードに)近すぎるわよ。離れて!」鋭い声でハヤテを叱咤した。 びくん、としたハヤテはヒナギクから身を離した。
念のために書いておくと、ヒナギクはトランプの勝負に夢中になっていただけで、ハヤテに対する思惑など全くなかった。 そして、この発言がどういう効果をもたらしたかにも全く気付いていなかった。
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