Re: 憧憬は遠く近く 〜 不思議の姫のアリス |
- 日時: 2015/07/10 21:53
- 名前: どうふん
- テーマパークから帰って来た三人の団欒は続いています。
何か、二人の気持ちに変化はあったのでしょうか。
【第5話: 親子の寝室】
「でも、まさかヒナがあんなに高いところが苦手とは思いませんでしたわ」 「し、仕方ないじゃない。怖いものは怖いのよ」 「でも、不思議ですよね。あれだけ怖いもの知らずのヒナギクさんが。これ、昔からだったんですか?」 「・・・多分」 「多分?」 「い、いや、きっとそうよ。ずっと昔からそうだったもん」 遊園地に行ったその夜。夕食後、三人は部屋でくつろいでいた。
「でも、一番楽しそうにしていたのはヒナでしたわね」 「え、そんなことないわよ。アリスが一番はしゃぎ回っていたじゃない」 「まあ、それはそうですけど。でも僕にはヒナギクさんも同じくらい、というかもっと楽しそうに見えましたよ。以前、二人で行った時の、目がキラキラしているヒナギクさんを思い出しちゃいました」 「そう言えばちょっと気になっていたんですけど、二人で行った事があるんですの」 「はい。あの時のヒナギクさんは、全身が笑顔みたいな感じで、初めて『本当のヒナギクさん』を見たような気がしました。 そばにいた僕まで幸せな気分になっちゃいまして」 「ちょ、ちょっと、ハヤテ君」真っ赤になったヒナギクの頭から蒸気が噴き出しそうな雰囲気だった。
「ふうん・・・。つまりこれは、私はお邪魔虫だったということかしらね」 いつの間にかアリスの目が拗ねたような光を放っている。 「そ、そんなことないよ、あーたん」 「今日はアリスが一緒だったから、もっと楽しかったわけだし」二人がかりで必死にアリスの機嫌を取る羽目になった。
「ヒナ、今日は一緒に寝ますわよ」 いつも押入れに寝ているアリスがこんなことを言ってくるのは初めてだった。しかし、遊園地を遊び倒したアリスにしてみれば興奮冷めやらぬものがあるのかもしれない。何と言っても、どこまで子供でどこから大人かよくわからないのだ。 アリスの本当の姿を知っている二人にしてみれば何となくおかしかったが、それが「微笑ましい」という感情なのかもしれない。
ハヤテはアリスの布団を押し入れから出し、ヒナギクの布団と並べて置いた。 「じゃ、僕はこれで失礼します」 「お待ちなさい、ハヤテ。あなたも一緒ですよ」
ハヤテとヒナギクは茫然自失して顔を見合わせていた。 「私は一度川の字になって寝てみたかったんですわ。当たり前じゃないですか、家族なんですから」 「そ、それはね、あーたんは良くても、それはちょっと」 「あら、娘の頼みをパパは聞いてくれないんですの?ママ−、パパが私を苛めるんですの」 こうなると、アリスに歯が立つ二人ではない。
ハヤテはもう一人分布団を持ち込んで川の字に並んだ。 「あ、あの・・・電気を消した方がいいですか・・・?」 「ハ、ハヤテ君、変なことを言わないの。とにかくアリスが境界線だからね。領空侵犯したら撃ち落とすわよ」 「は、はい・・・」 アリスはそんな会話にお構いなしで両手を伸ばし、ハヤテとヒナギクの手を握って目を閉じた。 「パパ、ママ、お休みなさい」
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「くーくー」と可愛らしい寝息を立てるアリスは、その傑出した美貌を除けば普通の少女と変わりない。 「あーたん、寝ちゃいましたね」 ハヤテはアリスの寝顔と寝姿を飽きることなく眺めている。 (昔と同じだ。僕と手をつないで眠るあーたんもこんな感じだった) ただ、あの頃と違うこと。 アリスは、自分だけではなくヒナギクとも手を繋ぎ、ヒナギクに顔を向けている。
羨ましいような、ちょっと妬けるような思いがして、自然と視線がヒナギクに移った。
どきん、とした。 ヒナギクはアリスの横に身を横たえ、片手でアリスと手を繋ぎ、もう一方の手でアリスの頭を愛おしそうに撫でている。 愛娘を慈しむ母親がそこにいた。
ハヤテは目を奪われていた。 母性愛に満ちている今のヒナギクは、凛々しい、清楚、正義の味方、あるいは短気、子供っぽいとか、ハヤテがヒナギクに抱いているイメージからは出てこない。 (こんなヒナギクさん初めてだ。でも、なんてキレイなんだ・・・。まるで天女みたいな・・・。これもきっと本当のヒナギクさんなんだ・・・)
つい先ほども口にした「本当のヒナギクさん」。 そう思ったのは二回目、ということになる。 今まで自分はヒナギクの何も知らなかったのか。いや、知りながら目を逸らしていたのか。 そして、「本当のヒナギクさん」は何て素敵なんだろう・・・。
ハヤテは呆けたように意識が飛んでぼんやりしていた。 得体の知れない奇妙な感情が胸に湧いていた。
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