解のでない方程式 |
- 日時: 2015/05/09 02:10
- 名前: タッキー
- どうも、タッキーです
今回は中編ということで、だいたい10話くらいでまとめたいなぁ、と思っています(まとめるとは言ってない とりあえず前作で消化不良だった部分もこのお話でスッキリできると思うので、全部読んでくれるとありがたいです。文はやっぱりアレですが、どうか温かい目で見守ってください。 それでは『解をだせない‘想い’の方程式』… 更新!!
「くそっ!くそっ…!」
これで僕が乗った客船が沈むのは二度目。まったく、どれだけ運が悪ければ気が済むのだろう?もう腰あたりまで浸水してしまっているし、水圧のせいか、もしくは重い家具とかが外から部屋を塞いでしまっているせいか、いくら叩いても目の前の扉は頑として僕をこの個室から出してくれなかった。あいにくケータイは紛失してしまっていて、助けを呼ぶどころか一緒に乗っていたお嬢様たちの安否を確認することもできない。 唯一よかったと思えるのは、もうすぐ海の青に隠されるだろうこの船に自分の妻と娘が最初から乗っていないことだった。まぁ、あんなことさえなければ僕もこの船に乗る予定はなかったんだけど…
「………」
扉を叩くのをやめ、ダラリと腕をさげると当然ながら僕のいるこの部屋は静かになる。さっきよりはっきり聞こえるようになったはずの水が流れる音も、遠くで船内が崩れていく音も、今の僕には常日頃聞いていた自然音のようにしか感じなかった。 別に諦めたわけじゃない…と思う。ただ、この胸の痛みを思い返す度にだんだんと自分がなにをしたかったのか分からなくなってしまっていて、なんだかここから脱出することの意義も見失っていくようだった。
「ヒナ……」
もう肩下まであがってきた海水に、僕の体はどっぷりと浸かっている。服が張り付いているところから伝わる温度も、服の合間から流れ込んできた水の温度も、冷たいのか熱いのか…もう分からなかった。
「どうして…こんなことになっちゃたのかな……?」
第1話 『 足りない言葉で 』
ナギお嬢様が高校を卒業されたことで、三千院家は前にもまして遺産相続のごたごたが騒がしくなった。三千院家の執事長を務めている僕こと綾崎ハヤテがその件についての仕事をほったらかしにして家族と一緒にいることは当然許されず、月に一日でも休みをもらえれば多いほうだったし、娘であるアカリが生まれてからの4年間はそれに拍車がかかったかのように忙しくなった。
そしてそれはつい昨日、そんな生活がやっと終わり、これからの家族との日々に胸を膨らませながら家に帰ることができた日のことだった。
「ただいま〜」
返事はなかった。水の流れる音が聞こえていたから、きっとキミは食器を片付けている最中だったのだろう。案の定キッチンまで足を運ぶとそこには愛おしい妻がいて、黙々とお皿を洗っていた。
「ヒナ…ただいま」
「あ、おかえりなさい…ハヤテ…」
なんだかそっけなかった。多分この時点でキミの表情が曇っている理由を理解していれば、いや、それが分からないまでもそのことに思考を馳せることさえしていれば、もしかしたらあんなことにはならなかったのかもしれない。でもこの時の僕は久しぶりに会えたことに浮かれていて、キミが無理をしていることに気づきもしてやれなかった。
「えっと…アカリは?」
「幼稚園よ。平日なんだから当たり前じゃない。それにしても仕事のほうはもういいの?」
「うん。遺産の件もようやく片付いたし、後始末まで全部終わらせたから…これからは毎日帰ってこれるよ」
「そう…なんだ」
僕はここで初めて違和感に気づいた。それはキミがもっと喜んでくれると思っていたからなのもあるし、それに…
「ねぇ、ハヤテ…?」
「ん?」
「なんでさっき……」
キミが、今までにないほど悲しい顔をしているのを見てしまったから……
「天王州さんと、一緒にいたの…?」
「え…?」
何か言わなくちゃいけない。今すぐ誤解を解かないといけない。そう思ったのに、なぜか僕の唇はとっさに動いてくれなかった。
「ねぇ、何か言ってよ…。家族ほったらかしにしてまで仕事してたのはなんで?私たちのためじゃなかったの?」
「ち、ちがう!僕はずっとヒナとアカリのためにって…!!アーたんはただ買い物に付き合ってもらってただけで……」
「じゃあなんで…!!」
僕の言い訳をさえぎったキミの言葉はまるで火のようだった。その激しさも、それが僕に与える焼け付くような感覚も…。
「なんで、彼女にネックレスをあげてたのよ…!!」
「そ、それは…!」
「私ずっと待ってた!寂しかったけど、心細かったけど…!それはきっとハヤテも同じだからって思って…ずっと我慢してた!!なのにハヤテは仕事が終わってもすぐに家に帰ってこないし、それどころか先に天王州さんと会っていて…!」
「だ、だからそれはヒナがちょっと誤解してるだけで…!!」
「誤解!?あんなに楽しそうに笑っていたのに!?」
キミは僕が思っているより、ずっと寂しい思いをしてきたのだろう。だからこんなにもキミは怒り、声を枯らし、今までになく感情の波を僕にぶつけてきた。なのに僕はそれに応えることも、受け止めることもできず…ただ弁明を求めるだけ。今思い返してみても、どうしてこうすることしかできなかったのか自分でも理解できないけど、きっとキミはそんな僕を見てもっと怒りを募らせていたのだろう。
「ハヤテにとって私たちはなんなの!?あなたが私を大切だと言ったことも…特別だって言ってくれたことも全部うそなの!?」
「うそじゃない!!結婚だってしてるんだから……」
その瞬間、まるで世界中の音を一瞬だけ消してしまったような錯覚がした。
「結婚してるから…アカリがいるから……私は特別なの?」
さっきまでの激しさからは想像できないほど、この時のキミの声は静かで、そして冷たかった。そしてそれは再び何倍もの温度で燃え上がり、僕の胸に消えない傷を残すことになるのだけど、もしかしたら僕はそのことをうすうす感じ取っていたのかもしれない。だってこの時がきっと、僕が生きてきた中で一番恐怖に身体をふるわせていたのだから…。
「ち、ちがう…。僕は…そんなんじゃ……」
「もういいわ……」
「僕は…ヒナとアカリのこと、ずっと……」
「もういい!!」
「………」
この時に感情を、なんと表したらよかったのだろう?どういう言葉をかけてあげれば、キミのその先の言葉を止められたのだろう?
「もうハヤテなんか…!!」
どうすれば……キミにあんな寂しいことを言わせずにすんだのだろうか…?
「ハヤテなんか…!
いなくなっちゃえばいいんだーーー!!!」
どれくらいの静寂が流れたのか正確には覚えていない。1分以上だったのかもしれないし、10秒にも満たなかったのかもしれない。だけど、その無意味な時間を終わらせたのが僕の頬につたうモノだったのは覚えている。それに気づいた僕は思わず取り乱してしまって、キミも突然のことにすごく驚いているようだった。
「ご、ごめん…!辛いのはヒナのほうなのに……!」
「……」
何も言われなかったけど、あまり気にならなかった。それよりも部屋を出るためにドアに手を伸ばしたとき、一瞬だけ見えたキミの申し訳なさそうで…つらそうな表情が、とても印象的だった。
「ちょっと…出かけてくる……」
ドアノブを回している最中も…部屋を出てドアを閉めた後も、僕に返ってくる言葉はなかった。
「ガハ…ッ……」
肺から残り少ない酸素が逃げていき、その代わりに塩辛い海水が喉に流れ込んでくる。もう僕のいる部屋は完全に浸水していて、きっと船自体も沈没してしまっているだろうから僕が助かる見込みは限りなくゼロに近いだろう。 でももし僕が名前を呼んで、その声が海に溶かされずにキミに届いたとして…キミはあんなことをした僕を救い上げてくれるだろうか?いや、ここに疑問をもつことは絶対に間違いだろう。誰よりも優しいキミは自分の危険を顧みず、きっと助けに来てくれる。だから僕の声は届かなくていい。届かないほうが…きっといい。
(このままさよならしてしまったほうが…きっと……)
思わず手を伸ばしてみるけど、ただ水を切って力なくユラユラと揺れるだけ。いろんな感覚がなくなっていくと同時に、だんだんと瞼も重くなっていった。
(でも…やっぱりイヤだな……。まだ、一緒にしたいこととか…たくさんあったのに……)
視界のすみでチラリと何かが光る…。たぶんケータイだろう。もっと早く見つけてさえいれば僕も助かっていたかもしれない。もしそうだったら…いや、たとえこの状況が変わらなくても……また………
(ヒナ……
また、会いたいよ………)
その瞬間、僕の意識は真っ黒になった。
どうも この中編でハヤテ視点の回はこれを含めて二回ほどかと。取り敢えず次はヒナさん視点で、それ以降もヒナさん視点が多くなると思います それでは
|
|