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対象スレッド 件名: 例え手が届かなくても
名前: ネームレス
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例え手が届かなくても
日時: 2015/03/31 00:16
名前: ネームレス

「くっ、綾崎! いつか必ず!」

 そこには、身体中ボロボロの状態の背の高いイケメンがいた。
 彼の名は瀬川虎鉄。名前通り男。生まれはかなり良く、金持ちの家系に長男として生まれた。
 身に纏うのは質の良さそうな執事服。彼は妹の執事をしていた。教養もあり、知識もあり、そして常識もある。さらには身体能力も高いという、まさに完璧超人であった。ただ二つ……鉄道オタにして同性である綾崎ハヤテが好きであることを抜かせば。

「しかしなにも、視界に入っただけで吹き飛ばさなくても……まあそこも綾崎のいいところなのだがな」

 そんな事を言いながら、彼は懐からデジカメを取り出した。もちろんというか流石というか、メモリの中はハヤテの画像でいっぱいだった。

「うーむ。最近は綾崎の怒った顔しか撮れないな。もちろんそんな顔も可愛いのだが、たまには笑顔のも欲しいところだ」

 それはハヤテですら知らない盗撮の記録であるが、彼自身は気にしていない。いや、有る意味気にするより問題があるが。
 そんな風にカメラを捜査していると、不意に声がかかった。

「おや。君は」
「ん? ……あんたは、お嬢の」

 虎鉄は声のした方向を振り向くと、そこにいたのは一人の女子生徒。
 その生徒は、虎鉄もよく見知った生徒だった。

「さて、少し珍しい組み合わせになるかな。瀬川兄よ」
「これは花菱お嬢様。つい失礼な言動を」
「気にしてない……というか、やはり執事としての君は違和感満載だな。いつも通りでいい」
「あ、ああ。済まん」

 花菱美希。
 虎鉄の妹であり、使えるべき主でもある瀬川泉の親友の一人。

「ん? というかなんであんたがここに?」

 それは素朴な疑問。
 虎鉄がハヤテに吹き飛ばされて行き着いた場所は校舎裏の裏庭。ひと気はなく、面白い噂もなにもない。
 日々面白さを追い求め、そうでなくとも自らこんなつまらないような場所には来そうにない動画研究部部員でもある美希がなぜこんな場所にいるのか。それは当然生まれる疑問でもある。

「理由か? まあ、特には無い。強いて言うなら」

 そこで一旦言葉を切り、美希は空を__実際には高くそびえる“それ”を見上げた。

「__時計塔がよく見えるから、かな」

 その顔には哀愁のようなものが浮かんでいた。
 欲しいものは最も近くにあるのに、触れることを禁じられた子どものような表情。

「……ほら」
「む。これは」
「缶コーヒーだ。落ち着くぞ」
「ほう。ここまで気が利くとは思わなかったよ」
「とあるわがままなお嬢様に執事というもののあり方について説教されたものでね」
「そうか」

 少し不貞腐れたような虎鉄の表情が可笑しかったのか、美希は笑った。

「ならきちんと相手の好みに合わせるべきだな。ファンタを買い直してくるがいい」
「おい」
「冗談だ。ありがたく頂こう」

 どうも苦手だ。
 虎鉄はそう思った。
 しかし主の友人である以上、執事として人として無下にすることもできない。
 そんな風に困っている虎鉄を美希は興味深そうに見た。

「ほう。君にはそんな一面もあるのか」
「どういうことだ」
「いやなに。これでも幼い頃からそこそこ君のことを見てきたつもりだったんだが、どうやらただの変態では無いらしい」
「そもそもどこから変態という発想が来るのかを聞きたい」
「……」

 これだから自覚のない変態は……。
 ぼそりと美希はそう呟いた。
 虎鉄からしたら、なぜか急に呆れた表情に変わっただけであり、不服だ、とでも言いたげな表情となる。

「まあともかく、君でも常識的な思考が出来るということに少々驚いたんだ」
「お前は俺をなんだと思ってる」
「変態」
「……。なにを指してそう言っているのかはわからないが、同性である綾崎のことが好きだから、ということならそれは大きな勘違いだと言っておく」

 もちろん、虎鉄が変態足る由縁はその程度の理由だけではないのだが、美希はあえてなにもつっこまなかった。

「いいか! 俺は同性が好きなのではない! 綾崎が好きなんだ」
「そうやって時と場所を選ばず相手の迷惑も試みず告白するのも、ハヤ太くんから嫌われる要因の一つだと思うのだが」

 美希は呆れ混じりにそう言った。
 しかし、その声音は随分と複雑な心境が混じっていたが、虎鉄は気づかない。

「そうかもな。だが、それでも俺は愛を叫ぶ。俺の本気を伝え続ける。何故ならそれが俺の“愛”だからだ!」

 ただただ真っ直ぐな瞳で、そう言った。誇るように宣言する。
 そして我に返ったように虎鉄は美希の様子を伺った。普段こそあれだが、これでも常識を持った人間。さらに相手は主の親友。流石にはしゃぎ過ぎたかと心配する。そして当人である美希はその言葉を聞いて__

「ふ……ふははははははは!!!」

 __笑った。

「ひぃ、ひぃ……ははは、まさかそこまではっきり宣言されるとは。恐れ入った」
「あ、ああ……というかあんたは大丈夫か?」
「ああ。大丈夫だ。__少し羨ましいと思っただけだよ」
「羨ましい?」

 自分の宣言になにか羨むところがあっただろうか?
 虎鉄にしてみれば当たり前なことをカミングアウトしたに過ぎず、引かれても羨ましがられる要素など一つもないと思っていたのだが……。

「いや……そうだな。少し話をしよう」
「……」

 唐突になにを、とも思ったがぐっと堪えた。
 失礼のないように、という考えもあった。しかしそれ以上に、美希の雰囲気の変化に気付いたからだ。

「昔々あるところに、一人の少女がいた」

 それは、よくある物語だった。

「その少女はよくイジめられていました。毎日毎日泣いて、日々はとても暗いものでした」

 虎鉄はあることに気付いた。しかし、口出しして話を切るような真似はしない。

「そんな少女の前に、少し過激なヒーローが現れました。ヒーローは少女が止めるのも聞かず、イジめっ子たちをボコボコにしました。以来、少女とヒーローはずっと一緒に成長しました。おしまい」

 平凡な物語だ。しかしそれは、この物語がただの物語であれば、の話だ。
 この物語は、恐らく語られていない部分がある。そして、今も続いている。虎鉄はそのことに気付いたのだ。そしてこの少女とヒーローが指す人物は__。

「__私は君が羨ましいよ」
「……」
「私は届かないと知ってしまったから。手を伸ばすことを諦めてしまったから。だから……君のように自らの愛を自由に表現出来るものが羨ましい。それが例え、間違ったものでも」

 美希はただ見上げていた。
 手の届くことのない遥か遠く。時計塔の最上階。そこにいるはずの人物を、ただ見上げていた。
 虎鉄には見えない。しかし、美希にはきっとそこの光景が見えていたのかもしれない。

「……済まない。こんな話をしても意味がないのにな。私は行くよ」

 そう言って美希は視線を落とし、またいつものように皆の元へと

「待て」

 __行けなかった。

「なんだ?」
「あんたの事情は何と無く察した。が、こっちからも一つ言いたいことがある」
「言いたいこと?」
「それはだな」

 虎鉄は息を吸い、そして、叫んだ。

「間違ってねえええええええええええええええ!!!」
「……は?」
「いいか! 俺の綾崎への愛はなに一つ間違いという言葉で片付けていい問題ではない! いや、人が人を愛すということにいかなる理由があろうとも、そこに間違いが入り込む余地などない! 俺が綾崎を思う気持ちは、頭のてっぺんから足のつま先まで、全て本物だ!」

 ただしその愛は歪んでいるということに本人は気付いていない。
 が、そんなことは虎鉄にとって些細な問題らしい。
 そして、そんなことを真顔で主張してくるものだから、美希も思わず驚いてしまった。

「だから、あんたが俺を羨ましがる必要なんてない」

 そしてその言葉は、間違いなく美希に向けられたものだった。

「え?」
「どんな愛でも、心から相手を思っているならそれは本物だ。世界中の誰もが否定しようと、この俺が、綾崎大好きな俺があんたの愛を肯定する。あんたの愛は本物だ。そんなあんたが愛してるって言うなら、それがどんな愛し方であれそれは誇れるものだ。あんたの手が届いてないってことはない」

 虎鉄にとっては、どんな形であろうとも、どんな経緯であろうとも、自分がそれを“愛”だと言うのなら、それは誇るべき“愛”なのだ。
 それは過去に数々の女性に振られ、行き着いた終着点が世間一般では間違ってるとされている同性愛というゴールに行き着いた虎鉄だからこその答えとも言えた。
 しかし美希には、その答えが何よりも頼もしかった。

「……全く。君は少し自分を抑えるということを学んだ方がいい。また捕まるぞ?」
「うっ、だ、だが! 昔のように後悔しないように、俺は全力で向き合うと」
「その結果が、かなり嫌われているという現状だが」
「あれはただの照れ隠しだ」

 そう心の底から断言するのだから恐ろしい。

「はあ。まあいい。だったら君に一つプレゼントがある」
「プレゼント?」
「ハヤ太くんにヒゲが所持している泉に着てもらいたいコスプレ集ベスト10のコスプレ衣装を着てもらった時の写真だ」
「花菱お嬢様。なんなりとご命令ください」
「プレゼントだと言っただろう……。だがそうだな。せっかくだから……泉の恥ずかしい写真でもくれ」
「そんなのでいいのか。なら、明日お嬢から手渡すようお願いしておこう」
「本人に渡させるのか?」
「中身は見ないように注意するから大丈夫だ。お嬢は素直だからな」
「そうだな」

 そして美希は懐から出したハヤテのコスプレ写真集を虎鉄に渡した。

「ふぉぉぉおおおおおおお!!!」
「どんな声を出しているんだ……。さて、私はもう行くよ」
「ああ! この恩は忘れん!」

 虎鉄はその場に座り込み写真を堪能す、その様子を見て呆れ半分苦笑半分の美希はその場を後にしようとし、

「ありがとう」
「ん? 何か言ったか?」
「いや、なにも」

 ただ一言、虎鉄は聞き取れなかったが残して、皆がいるであろう場所へ向かった。



「綾崎ー!」
「げぇ! 変態!」
「照れるな照れるな。実は今日、お前と見たい映画があってだな。一緒にどうだ」
「断固お断りします」
「釣れないこと言うなよ」
「うっさい!」
「ぐふっ!? こ、これが愛の痛み……」
「ああもう! しつこい!」



「ヒナ」
「うん? 美希。どうしたのってきゃっ!」
「ふぅ。いい匂いだな」
「なに変なこと言ってるのよ。なにか変な物でも食べた?」
「そうかもしれんな」
「仕事やりにくいんだけど」
「ん。もう少し」
「もう……少しだけよ」
「ああ。ありがとう、ヒナ」

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 初めましての方は初めまして。
 またお前かの人はこんばんは。
 ネームレスです。
 今回は虎鉄と美希という結構珍しいんじゃないかな? と思われる組み合わせで書いてみました。
 書いてて思ったけど……キャラが安定しないでござるの巻。
 でも個人的には書いてて楽しい二人なので楽しかったです。
 さて、最後となりますが……私はヒナミキを応援します!
 それでは。