18回目の誕生日 |
- 日時: 2015/03/05 21:39
- 名前: ネームレス
- 「お姉ちゃーーーーーん!!!」
「うわあああ! ヒナごめんなさーい!」
その怒声は学園中に響いたという__。
「お姉ちゃん! なんでまた理事長からお金借りてるの!?」 「ち、違うんだって! 給料の前借りを……」 「何ヶ月分前借りしてると思ってるのー!」
バシーン! 生徒会室から乾いた音が響く。 というのも、原因は白皇学園の教師である桂雪路にあるのだが。 今朝、ヒナギクの元に理事長からの手紙が送られてきたとのこと。 内容は、「雪路がまた給料の前借りを頼みに来たのでヒナギクの方からなにか言ってやってくれ」とのこと。 もちろん、ヒナギクはキレた。 過去の経験からお金にはかなり厳しい性格のヒナギクは、借りたのであろうと前借りであろうと正当な手続きを踏み倒してお金を手に入れるという行為が大嫌いである。 雪路もヒナギクと同じ経験をしているのだが、ヒナギクと比べると自分への規制はかなり緩い。 故に、こういったことは桂一家からすれば珍しいというほどでもないのだが……。
「は、ははは。何ヶ月分だっけ?」 「五ヶ月分よ! ご・か・げ・つ! あと一ヶ月で半年よ!わかってる!?」 「ならいっそあと一ヶ月借りれば切りがい」 「なにか言った?」 「ナニモ言ッテマセン」
その時のヒナギクの顔は、正しく修羅であった。
「あー、もう……今日は他に行事もあるんだから、行っていいわよ。でも、次は無いから」 「……はい」
これではどっちが姉なのかわかりゃしない。 雪路は情けない後ろ姿を晒しながらその場を後にし、ヒナギクは深いため息をつくのだった。
「あーもう! お姉ちゃんったら!」 「ヒナギクさんも大変ですね」
所変わって、中庭。 そこでは多くの生徒がなにか作業していた。中庭だけでなく、白皇学園全体でだ。 ヒナギクは全体の指揮をとり、頼れる執事はその手伝いであった。ちなみに、主は準備があると言って一度帰宅している。
「お姉ちゃんもお姉ちゃんよ! 過去にあんなことあったのに、どうしてあんなに金使い荒いのかしら!」 「あはは……」
執事は笑うしかない。正直言えば、自分の親の方が酷かったから、そういう意味では迷惑極まりない雪路もそこまで酷いとは思えないからだ。 誰かが怒り狂うと周りは逆に冷静になる、というのもあるだろうが。
「むしろ、昔と違ってお金があるから使いたくなるのかもしれませんね」 「……」
反動ということだろう。 ヒナギクとしてもそれは理解している。雪路が妹である自分のためにいろいろ無茶やらかした事だってある。お金ではいっぱい苦労した。だから今、あれば使いたくなるというのはしょうがないとも言える。 できれば楽させてやりたいとも思う。お金で苦労なんてさせたくないとも。ただ、それ以上に加速的にダメになっていく姉を見て「このままではダメだ」と思ってしまうのだ。
「……それでも、このままじゃ」 「……そーですね。なら、僕がなんとかしますよ」 「え? なんとかって?」 「前借りしなくても済むようにする、ということです。少し抜けますね」 「え、あ、ハヤテくん? 行っちゃった」
どういうことだ? ハヤテにはなぜ雪路が前借りしたのかわかったのか? いや、そもそもいつも前借りしといて今回だけ違う理由が? 幾つかの疑問が頭に湧くが、その疑問を払うかのように頭を振る。 執事のことは信頼している。だから、今は生徒会長としての職務を全うしよう。 __白皇学園伝統、「ひな祭り祭り」までもう時間が無いのだから。
「ヒナー!」 「誕生日!」 「おめでとー!」 「ありがとう、美希、理沙、泉。……て、なにこれ!」 「私からはウサ耳だ」 「私からはバニー衣装だ」 「私からはウサ尻尾だよー!」 「……」
笑みは引きつっていた。
ひな祭り祭り開催日、三月三日は同時にヒナギクの誕生日でもあった。そのため、普段は近寄りがたい生徒会長にもこのイベントなら自然にお近づきになれると挙って多くの生徒がヒナギクにプレゼントを渡していく。 その度にヒナギクは心からの笑顔で応えていった。 途中、ナギとメイドのマリアにも会い、プレゼントを貰ったのだが、ハヤテの事を聞くとナギは顔をしかめ、マリアは困ったような笑みを浮かべる。
「こっちは大変な目にあったぞ」 「え?」
ハヤテについて尋ねたのに、なぜ自分が責められているのか。詳しく尋ねても「後でわかる」の一点張り。同時に、「ハヤテからのプレゼントは期待するな」とも言われて泣きそうである。 去年のように一緒にテラスから夜景を眺めたかったのだが、それは叶いそうにも無い。一人で見る勇気も、当然ない。
時間は経っていく。たくさんのプレゼントを貰ったヒナギクはそれを一度生徒会室に置きに行こうと移動する。 誰もいない静かな時計塔。今更怖がるものでも無いが、やはり不気味である。
「ふぅ。嬉しくはあるんだけど、流石に多いわね」
多くの生徒、特に同学年の生徒からはほぼ全員から貰っている。 毎年こんな調子だとヒナギクも困るだろうと、実は全校生徒の間でヒナギクへのプレゼントは消耗品か、三人娘のように複数人でワンセット、もしくは一つを渡すようにという暗黙の了解があることを本人は知らない。
「少し休んで行こうかしら」
そう呟いて深くソファに座る。 そして思い出していた。 __たしか、このソファに座ってハヤテくんを待ってたんだっけ。 その時は全く来ないもので眠りについてしまい、起きた後も大遅刻したハヤテに大激怒したものだ。その時にテラスにも初めて立ったのだが、恥ずかしくもあり嬉しくもあり、今でもヒナギクの中で輝き続けている記憶。 だが、今年はそういうことになりそうにもない。 なぜなら主であるナギの口から「ハヤテからのプレゼントは期待するな」と言われてしまったのだから。
「ハヤテくんの、バカ」
呟き、疲れたように目をつぶる。 少しだけ休んで、下に行こう。どうせ今年もあの三人がなにか変なイベントを催しているに違いないのだから……。
現実は非情である。
「……これ、壊れてない?」
壊れてません。
「いや、壊れてるわよ。だって」
11:45
「時間がこんなに過ぎてるんだからああああああ!!!」
深呼吸。 状況整理。
「……つまり、寝てしまったのね」
日中、姉への怒りやそれを押さえ込んでの祭り準備の指揮。さらには祭り中の多くの生徒からプレゼントを貰うさいの対応など、ヒナギク自身にその気はなくとも想像以上に疲れは蓄積していたらしい。
「ふ、不覚だわ」
しかし、時間は巻き戻しようがない。 意識を切り替え、とにかく降りようとエレベーターの前へと移動する。
「……ん?」
エレベーターの扉が開かない。というより、まだこの階まできていない。 この時計塔に自分の他に誰かが出入りした? 僅かな疑問が残るが、エレベーターは直ぐに来た。 考えるのは後にして、とりあえずは入ろうと
「え?」 「あ」
__止まる。 動けない。視線が合った。 いや、それだけならいいかもしれない。が、目の前の人物はある意味、今日最も会いたくない人物であった。
「や、やっほー。ヒナ」 「お、お姉ちゃん」
「……」 「……」
姉妹間の気まずい沈黙。ヒナギクも帰るタイミングを失い、雪路も急な事態にあたふたしている。
「ねえ」 「あの」 「「……」」
声がもろ被りである。 またしても沈黙__かと思いきや、ヒナギクは遠慮しなかった。
「ハヤテくんと何かあった?」 「あ、綾崎くんと? ま、まあその手伝って貰ったかな?」 「なんの?」 「あ、えーっと……」
いまいち反応が鈍い。 はっきりしない雪路の態度にどんどんイラつきが溜まり始めて、そして
「ごめん!」 「え?」
雪路が謝った。
「こ、今回ね。給料前借りしようと思ったのは一応理由があって。普段から借りてるから信じてもらえないだろうけど、でも結局借りれなくて、だから、それで綾崎くんに助けてもらって……」 「……」 「その、ごめんね」 「……それで」 「え?」 「どんな理由」 「……これ」
雪路が取り出したのは、クッキーだった。 可愛らしくラッピングされており、雰囲気から手作りだというのがわかる。
「これ……」 「誕生日おめでとう。ヒナ」
それは、姉から妹へ送る言葉だった。
「給料前借りしてヒナにプレゼント買おうと思ったんだけど、いやー、日頃の行いって大事ね。あはは……ヒナ?」 「……ばか」 「え?」 「バカ! お姉ちゃんの大バカ! 私が前借りしたお金で買ってもらった物を貰って嬉しいと思ってるの!? 私は、私は」
__お姉ちゃんがそばにいてくれればそれで……
「……ありがと。クッキー」 「う、うん」
ヒナギクは泣きそうになる気持ちを抑え、時間を確認する。
11:55
もう少しで特別な日が終わりを告げる。 このままでいいのだろうか? そんな気持ちが浮かび上がってくる。 その時、去年の風景を思い出した。
「お姉ちゃん」 「え?」 「テラスに出よう」 「え? え?」 「ほら。早く」 「ちょ、ちょっとヒナ」
ヒナギクは雪路の手を取り、テラスへ出ようとする。 ヒナギクの高所恐怖症を知っている雪路はその行動に戸惑っているが、なされるままにテラスに出てしまう。
「ヒナ! あんた大丈夫なの!?」 「うん。……あ、少し怖いかな」
雪路はヒナギクの手が震えているのに気付いた。 でも、その表情はどこも無理しているようではない。
「……綺麗だね」 「うん」
11:57
「お姉ちゃん」 「うん」 「来年はちゃんとしたプレゼントが欲しいかな。前借りとか、助けてもらったとかじゃなくて」 「うん」 「あと、普段からお金の使い方とかにも気をつけて欲しい。そうすれば宿直室に無理して住まわなくてもウチに住めるもの」 「うん。気をつける」 「だから」
11:59
「__ありがとう。お姉ちゃん」
00:00
「さ、終わり終わり。戻りましょう」 「あ、ヒナ!」 「お姉ちゃん。次は無いからね」 「……ハイ」
最後の最後に修羅の部分を垣間見せ、雪路は来年の誕生日はこうはなるまいと心に決めるのであった。
「ハヤテくん」 「ああ、ヒナギクさん」 「昨日はありがとう。直接は貰えなかったけど、最高のプレゼントだったわ」 「いえ。お役に立てて幸いです」 「あと、迷惑もかけたみたいで」 「あはは……」
昨日のナギとマリアの様子を見て、雪路が迷惑を掛けたのは容易に想像できる。
「じゃあ、行くから。まだ後片付けが残ってるし」 「ええ」
そう言ってその場を後に
「雪路ー! てめえ五千円返せー!」 「待って待って待って! 改心するから来月まで待って」
__目の前を二人の教師が走り去っていく。
「……」 「あ、あの。ヒナギクさん?」 「……お」 「お?」 「お姉ちゃーーーーーーーーーん!!!」
ヒナギクは一つ歳を取り、大人に一つ近づいていく。 その時に雪路はヒナギクに人生の先輩として立っていられるか。 桂ヒナギクは18歳になりました。
END
ということで大遅刻ヒナギク誕生日SSです。 時代は一年後、つまりヒナギクが18歳(だよね?)の誕生日の時の妄想です。 雪路をいいキャラにし過ぎた気がしますが、雪路はヒナギクの前だと意外といいキャラ補正が入ってるような気がするんで許してヒヤシンス。 そんなわけでネームレスでした。
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