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対象スレッド 件名: 絶対に負けないんだから!(仮)
名前: 明日の明後日
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絶対に負けないんだから!(仮)
日時: 2015/03/03 23:41
名前: 明日の明後日

 街灯と、ネオンと、信号機が織り成す煌びやかな街並みの中を私はタクシーに乗って駆け抜ける。外からの光はぎゅんぎゅんと流れさっていき、タイムトラベルでもしているかのような錯覚さえ覚えてしまう。
 そんな景色の移り変わりに目を奪われていると、気付けば周囲の建物は随分と少なくなっていて、ランプみたいな形をした街灯の綺麗な並びの奥の方に、何やらシックな感じの建物がポツンと佇んでいるだけだった。
 どうやら目的地に到着したらしい。私が悟るのよりも数瞬早く、運転手のおじさんが振り向きざまにその旨を告げた。会計を済ませて車を降りる。思ったよりも涼しくて身体が勝手に縮こまる。
 ドアがバタンと閉じられて、タクシーはだだっ広いロータリーの中を小回りを利かせて旋回し、もと来た道へと走り去った。
 その様子を見届けてから、周囲をキョロキョロと見渡して、どうやら今日のお相手がまだ来てないらしいことを確かめる。
 まったく女の子を待たせるなんてなってないわね、と手元の時計に目をやれば、時刻はまだ六時を五分と少し過ぎた頃。待ち合わせの時刻は六時半だから、どうやら約束より二十分以上も早く着いてしまったらしい。張り切りすぎだろうか。

「っていうか、寒っ」

 普段は絶対に着ない様な贅沢、という表現が正しいのかは分からないけれど、とにかく高価なドレスのスカートを、冬の名残とでも言おうか、冷たい風がひらひらと翻す。
 もちろん袖なんてものは付いていないから、寒風が直接肌を突き刺す様で、痛いとまでは行かないでも、正直この寒さは尋常ではない。
 少しずつ和らいで来たとはいえ、三月に入ってからまだ一週間も経っていないのだからそれも当然。夕方の六時ともなれば尚更である。
 暦の上では一ヶ月も前に春を迎えたというのに。旧暦がどうとか詳しいことはよく知らないけれど、春の訪れはまだまだ時間が掛かりそうだ。
 一応ストールを羽織っては来たけれど、ドレスそのものが薄手の生地で作られているせいか、申し訳程度の温もりしか得られない。
 着慣れないものを着た所為だろうか、せっかくの待ちに待った約束の日だというのにこれでは風邪をひいてしまう。

「先に入ってようかな」

 遂には耐えがたいその寒さに屈し、建物へと足を向けたそのとき、背中に私の名を呼ぶ声が掛かった。
 振り向けば、そこにあるのは空色の髪と、漆黒の執事服。いいな、普段着がそういう礼儀正しい服装の人は、なんて思ってしまう。
 いや待て、普段着がどうこうとかいう問題ではないのではなかろうか。学校の制服からも見て取れるように、そもそも男性に求められる服装と女性に求められる服装では
 寒さへの耐性が明らかに違っているのだ。主に下半身が。いや別に下品な意味では無くて。男性が足元までピタッと降りたズボンであるのに対し、
 女性は脚全体で見たときのせいぜい六、七十パーセント程度しかないスカートを履かなければいけないのだ。それは脚を囲う様には造られていないから、対表面からの熱の放散が激しい上、
 足元から吹き上げてくるくる冷気に対して一切の対策が施されていない。頭寒足熱と言う様に、下半身では体温を高めに保つ必要があるというのに、一体これはどういうことだろう。
 ストッキングを履いているとはいっても、男性だってどうせアンダーウェアを身に着けるのだ。不利な点は変わりない。

 そんなことを頭の隅っこで考えながら、目の前にいる、冴えない顔の執事くんに向かって一言。

「よかった」

 彼は少しだけ不思議そうな顔をして、

「え、何がですか?」
「時間通りに来てくれて。また二時間半も遅刻されたらどうしようかと思ってたから」

 言うが早いか、彼は急に慌て出す。「いや、あのときはその、ホントに、その…」と、今更になって弁解しようとする姿がなんとも可愛らしい。

「もういいから。早く行きましょ、お腹空いちゃった」

 もう少しだけイジメてやりたい気持ちもあったけれど、それよりは早く中に入って暖まりたいという気持ちの方が大きかったから、彼の言葉に無理矢理割り込んでその話題を終わらせた。





「で?何か私に言うことがあるんじゃないのかしら、ハヤテくん」

 メインディッシュも終え、口直しのデザートの皿を待っている最中。それまでずっと続けていた取り留めもない会話を、そんな言葉で私はブッタ切った。
 向かいの椅子に座った彼は、気圧された様な顔をして「えっと、」と首を傾げる。

「あ、凄く綺麗なドレスですね、とっても似合ってますよ」
「あらありがと。で?」
「えと……そういえば、いつもと髪型違うんですね。いつもみたいにストレートに下ろしているのも可愛らしいですけど、後ろで束ねてアップにするのもよくお似合いです」
「そう?ハヤテくんはどっちの方が好き?」
「そうですねぇ、どちらかと言えばいつものストレートの方が……って痛い痛い ! ! スネ蹴らないで下さい ! ! 」
「で、他には?」
「えっと……あ、そのバッグ、ヒナギクさんらしいセレクトと言うか、ドレスとのマッチが…」

 もう一度、今度はさっきより三割増しの強さで私は彼のスネを蹴った。痛みに顔を歪める彼に、私は笑顔で詰め寄ってみせる。

「ハヤテくん?今日は何月何日で、あなたは一体何をしに此処へ来て、私と一緒に御飯を食べているのかしら?」
「え?えっと、今日は三月三日で、ヒナギクさんの誕生日のお祝いとして………あ ! 」

 漸く気付いたらしい。彼は椅子に座りなおして、少し決まり悪そうに咳払いをする。

「お誕生日、おめでとうございます、ヒナギクさん」
「……ありがと」

 丁度そのとき、ウエーターがやって来て、よく分からない料理の名前を言いながらデザートの乗った皿を置いて、また去って行った。





「ねぇハヤテくん、今更言うのもなんだけど、ホントに全部奢って貰っちゃってよかったのかしら?私、少しくらい払おうか?」
「そんな、とんでもないです。僕からのお祝いなんですから気になさらないでください」

 三十メートル位の間隔で、ポツン、ポツン、と設えられた街灯が薄明るく照らす中。今日のお店についてだらだらと意見を交わしながらゆったり家路を歩む。
 そのうちなんだか申し訳なくなってきて、そんな提案をしてみたのだけれど、返事の言葉を受けて失言であったと内省する。
 今、私が抱くべき気持ちは感謝であって、申し訳なさではないはずだ。謝辞と謝罪を穿き違えることは、彼の厚意に埃を被せるに等しい。

「そっか。それなら有り難くご馳走になるわ」

 お礼の言葉に「余計なこと言っちゃってごめんね」と付け加えて、でもそれだけだとちょっぴり照れくさいから軽口も一緒に押し付ける。

「それにしても、ホント、ハヤテくんってお人好しよね。別に送ってくれなくても大丈夫なのに」
「いえいえ。いくらヒナギクさんでも、こんな人気の無い夜道を、一人で帰らせる訳にはいきませんよ」
「でも、いくら誕生日だからって私にばっかり構ってると、怒りんぼのご主人様がうるさいんじゃないかしら?」

 それに紛れのない善意で答えるハヤテくん。しかし何か含みのあるような言い方をされた気がして、やっぱり軽口で返す私。彼はアハハ、と笑って、

「それなら大丈夫ですよ。お嬢様だってヒナギクさんにはすごく感謝してるんですから」

 言いながら、ハヤテくんは私の左手に視線を向ける。

「その時計だって、お嬢様の気持ちの現れです。それはヒナギクさんだって分かってるでしょう?」
「渡してきたときは無愛想な顔してたけどね」
「お嬢様らしいですね」

 苦労性の執事くんは苦笑まじりに言って、私もそれに同調する。
 その後は、コレと言った会話も無くて、彼の三歩前を件の腕時計を眺めながら歩いていた。


 楽しい時間は過ぎるのが早いというのは実に的を射た言葉で、家に着くまでたっぷり三十分以上は歩いたというのに、ちっともそんな気はしなかった。

「今日はありがと、ハヤテくん」
「いえ、こちらこそ。ありがとうございました」
「ご主人様のご機嫌もしっかり取っておかないとダメよ」
「アハハ。そうですね」

 ハヤテくんは頭を掻きながら苦く笑う。
 名残惜しい気持ちもあるけれど、それをどうにか押し込めて。

「それじゃ。おやすみ、ハヤテくん。気をつけて帰ってね」

 お人好しの少年に、帰りを促す。ここで話題を振れば、もうしばらくは――それこそナギからの催促の電話が鳴るまで――付き合ってくれるだろう。
 だからといって、わがままばかり言っていられないし、厚意に甘えてばかりもいられない。今の私はそんな立場でもないしそんな権利も持っていないのだから。

「おやすみなさい、ヒナギクさん。また明日」

 岐路に着く彼の背を見えなくなるまで見送ってから、私も玄関のノブに手を掛けた。





「ふぅ」

 玄関を潜ると、すぐ部屋に上がって、ベッドの上に倒れ込んだ。ドレスがシワクチャになっちゃうかもしれないけれど、どうせしばらく着ることはないだろうから気にしない。
 時計だけ腕から外して、枕元にそっと置く。針が指し示す時刻は十時ちょうど。ナギはどうせすぐ壊すと言ってくれたけど、あれから一年経つ今日この日もこの時計はきっちり時を刻んでいる。

「もう、一年経つのかぁ」

 この時計を貰ってから。それから、ハヤテくんのことをスキだと気付いてから。そして今日も、彼は私といてくれた。どこかへと消えてしまわずに、一緒に同じ時間を過ごしてくれた。

 窓辺に寄って、ガラス戸を引く。カラカラッ、という音の向こうにはもう何千、何万回と見た、近所の夜景。夜景というには余りにありふれていて、ありきたりな景色。
 もし、一年前のあのときのように、あの人と一緒にこの景色を見ることができたなら、この景色もやはり特別なものになったのだろうか。
 そこまで考えて、それはすなわち夜遅くに好きな男の子を自分の部屋に招き入れることに他ならないと気が付いて、顔が熱くなる。

 いやいや待て待て落ち着きなさい桂ヒナギク、去年の今頃にハヤテくんをうちに泊めた事だってあったじゃない、何を今更そんなに恥ずかしがることがある、いやまぁあのときは離れだったけども。
 いやでもよくよく思い出してみると、遅くに様子見がてら離れまで足を運んだ気がする。自分から。夜遅くに。同年代の、しかも好きな男の子が一人でいる部屋に。
 マズイ。別に何も起きちゃいないけど、今考えると色々マズイ。何がマズイか知らないし、もう一年も前のことだから今更言っても仕方ないけど。

 一つ思い出すと色々と恥ずかしいことが次から次へと思い出されて、更に顔を熱くしながら頭を抱えて窓際で一人もがく私。
 「一緒にお風呂入りたい?」とか「ハヤテくんになら何をされてもいい」とかスパッツを履いてたとはいえ自分からスカートの中を見せたりとか。あれか、これが美希たちの言う黒歴史というやつか。なんて恐ろしい。

 もがき苦しむこと十数分、漸く落ち着きを取り戻す。ベッドの上に戻り、手足を広げて「ふぅ」と脱力。
 改めて思い返してみると、なんと挑発的な態度をとってきたことか。それに比べて、今の私はどうだろう。
 思わせ振りで挑発的な言動はおろか、告白の一つですらまともにできやしない。嫌っていると誤解させたことすらある。

「ダメだな、私」

 零れた一言。吹き込む風に攫われて、窓の外へと逃げてゆく。
 応援すると言った。でもできなかった、自分もスキになってしまった。
 惚れさせると言った。でもできているか分からない。自信もない。
 気持ちを伝えると言った。でもやっぱりできなかった。相手の気持ちに押し潰されてしまった。

「ダメダメだ」

 完璧超人だの、完全無欠の生徒会長だの、ちゃんちゃらおかしいというものだ。
 口先ばっかりで何一つまともにできやしない。こんなんじゃ嘘吐きの臆病者だ。

 拳を握って、持ち上げる。強く強く、力を込める。視線は拳の向こうの天井の、更にずっとその先。

「よし」

 意気込んで、身体を持ち上げる。ベッドから降りて、窓際に立つ。
 このままじゃいけない。このままでいて、いいはずがないのだ。

「私の名前は ! 桂ヒナギク!」

 だってこのままじゃ負けっぱなしだから。私は負けるのが、高いところの次に、大っ嫌いなのだ。

「絶対に、負けたりしないんだからーーーーーーーーーっ」

 だから自分にだって。絶対に、負ける訳にはいかないのだ。



「ヒナちゃん?今大声上げてたみたいだけど大丈夫?」
「ああ、ゴメン大丈夫。なんでもないから」
「ならいいんだけど。あ、お風呂沸いてるから早く入っちゃってね」
「はーい」

 桂ヒナギク、17歳。今度こそ、絶対に絶対に、勝ってみせる。



「覚悟しなさい、ハヤテくん」


-おわり-



はい、そういうわけでヒナギク誕生日記念一話完結小説でした。こんばんわ、明日の明後日です。

もしかしたらお気づきの方もいらっしゃるかもしれませんが、本作はひなたのゆめ時代に同じくヒナギク誕生日記念で投稿した「あの星空に向かって」というお話をシチュエーションだけ引き継いで書き直したものです。
あちらは誕生日記念にもかかわらず失恋物という前衛的なお話でしたが、それだとアレだってことで別ルートに書き換えました(笑
まぁ、どっちにしろ最終的にはヒナギクが「これからは頑張ったるぜい」という前向きな終わり方なので根本的なコンセプトは変わってません。多分。きっと。
原文の方も個人的にはなかなかいい出来だと思ってるのでその内投稿したいなーとも思ったり思わなかったり。

なぜ完全新作でないのかというと、まぁ、ネタがね、うん・・・(汗
シチュや文章は浮かんでもオチがイメージできないってアレです。今更ながら、小説書くのって難しいですね。

タイトルに(仮)とか付いてるのは書き上がったのが結構ギリギリだったのでそこにこだわってたら日付の変わる前に投稿できなさそうだったので暫定ということで(実はこの後書きも投稿後に記事修正機能を使って書いてるのは内緒

それではこの辺りで失礼したいと思います。最後に、


ヒナギク誕生日おめでとー!


明日の明後日でした。