Re: 想いよ届けB〜王族の庭城が滅びるとき |
- 日時: 2015/02/07 20:36
- 名前: どうふん
- 天王州アテネについて、補足しておきます。
以前、第三部のコンセプトは「天女VS女神」と書いたことがあります。
それはつまりアテネの失恋と言う意味なのですが、アテネもまた不幸になっていい存在ではありません。 私の考えとして、不幸になっても構わないのはハヤテの両親くらいなものです。
では失恋したアテネを幸せにするにはどうすればいいか、を考えました。 まず思いついたのは、アテネをアリスに戻すことなのですが、あまりに都合が良すぎるのでやめました。 それで、ロイヤルガーデンを消滅させることにしました。 ロイヤルガーデンにアテネが拘る理由が、私にはわかりませんから。
それに、アリスとしての生活を経験したアテネは、今ならヒナギクさんやハヤテ以外にも友達ができるのではないかな、と思います。
第11話 :キューピッドの祝福
終業を意味するチャイムの音が流れて来た。結局午後の授業を全部スルーしてしまった。 そのことに気付いたヒナギクは恥ずかしそうに笑った。 「天王州さん、ありがとう。ちょっとはスッキリしたみたい」 「それは良かった。早くハヤテとは仲直りなさい」 話は終わった・・・そんな感じでアテネは立ち上がった。
「でもね、天王州さん。あなたもあまり無理はしないでね」 アテネの肩がピクリと揺れた。 「何のことかしら」 「あなたにだって想いはある。大切な想いが。それを私がどうこう言う立場じゃないけど・・・ 。」 アテネの表情が固くなった。 「・・・ なら、それは言わぬが花ってところね」 「そうかもしれないわ。でもね、今のハヤテ君があるのはあなたに助けられたからなの。これはハヤテ君だけでなく私も感謝しているのよ。 そして、今でもそんなに気を遣ってくれて。隠そうと思っていればできたのに」 「・・・馬鹿ね、あなたって。あなたが感謝することなんて何もない。私がヒナにしたことと、その逆とはあまりに差がありすぎます。正も負も。私のやったことなんてせめてもの罪滅ぼしに過ぎません」 「天王州さんらしくないわね。そんな罪悪感に捉われることはないわ。ハヤテだけでなく私にとっても、あなたはかけがえのないことをしてくれた大切な友人なんだから、それだけは忘れないでほしいの。 さすがに今のあなたに私が母親なんて言えないけど」
アテネは苦笑した。 (私の娘みたいなお母さんでしたけどね。でも素敵なお母さんでしたわよ。 今でも私を友達と思ってくれるのね・・・。恨まれても仕方ないのに。どこまで素直というか天真爛漫なのかしら。 ハヤテが、ヒナを天女と思っているのもわかるわね) 「そのあたりの経緯も一度きちんとお話しなければいけませんね。でも、今は早くハヤテの元へ戻りなさい」
ヒナギクも腰を上げた。 立ち去ろうとするヒナギクにアテネが声を掛けた。 「そうそう。私のこと、あーたんって呼んでいいですわよ」 「え?」意図がわからずヒナギクは首を傾げた。 「これからはハヤテだけでなくヒナにも許してあげます。あなたたちは二人で一人なのですから」 それだけで十分だった。ヒナギクは真っ赤になって、逃げるように理事長室を後にした。
ヒナギクの去ったと同時に、マキナが部屋の側面にある隠し扉から部屋に入ってきた。 「うまくいっただろ、アテネ」 いかなアテネでも、本当に神のような洞察力を持っているわけではない。 林の中で二人が喧嘩を始めるころには、近くに執事服の忍びが隠れていたのである。 そして、報告を受けたアテネはヒナギクを呼び止める一方、ハヤテ宛のメモを書いてマキナに持って行かせた。
「ええ、本物の忍者みたいな活躍でしたよ。ヒナは全然気づいていなかったようね。 で、ハヤテにはちゃんと渡せたの?」 マキナは頭を掻いた。 「いや、それがさ。ちょっと邪魔が入って・・・」 マキナは、その後に起こったことを説明した。 「あら、それは計算外ね。でもまあそれなら大丈夫でしょう。 全くあの人たちの周りにはお節介焼きが多いこと・・・。
マキナ、ご褒美にハンバーガーを好きなだけ食べていらっしゃい」 マキナは歓声を上げて外へ飛び出して行った。
(少しは償いができたかしらね。いや、罪悪感なんて感じることはないのでしたね・・・。
ハヤテ・・・。 幼いころに出会ったハヤテは私にとっての夢だったのかしら。 一人で閉じ込められていた牢獄の中で見つけた幸せであり希望だった。 そしてハヤテは自由の身で肉親を持ちながら私以上に苦しんで絶望していた。何であんな泣き虫の弱虫を好きになったのかはわからないけど。
でも間違ってはいなかった。
夢に幻滅せず、夢のままで終わる。これも悪くはありませんわね。 それに、ハヤテが幸せになったのなら夢の半分は叶ったということでしょう)
「ありがとう、ヒナ。あなたなら・・・あなたにだったら・・・」
「負けても仕方ない」と言おうとしたのか「ハヤテを任せられる」と言おうとしたのか。それはアテネにもわからなかった。
アテネは理事長席の椅子を引き、腰を下ろして瞳を閉じた。 その目は潤んでいたが、口元には穏やかな微笑みが広がっていた。
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松葉杖をついて教室へ急ぐヒナギクは授業が終わって帰る生徒たちとすれ違った。 (ハヤテ君・・・。もう帰っちゃったかしら)
教室には一人だけ残っていた。ハヤテが席についていた。 机に肘をつき、両手を前で結び、祈るような姿で。 その手には翼のペンダントが握られていた。
ヒナギクの姿に気付き、ハヤテは立ち上がった。逆光ではっきりと見えなかったが、安心したような笑顔が広がっていることはわかった。 (ずっと待っていてくれたんだ・・・ハヤテ君)
「良かった、ヒナギクさん。どこに行っちゃったのかと思いましたよ・・・。 先ほどは済みませんでした。ヒナギクさんがあんなに僕のことを心配してくれたのにひどいことを言っちゃって。」 「な、なに言ってるのよ。勝手なこと言ってたのは私の方でしょ。謝ろうと思っていたのに、先に謝られたら困るじゃ・・・・」 ヒナギクが言い終わるより早く、ハヤテは両手を広げてヒナギクを抱き締めた。
「難しいことは僕にはうまく言えません。 だけど、これだけは本当です。僕はヒナギクさんを愛してます。 喧嘩したって、怒られたって大好きです。 だから大切にしたいんですよ・・・。 それと、ヒナギクさんが僕のことを本当に愛してくれていることもわかっています」
最後の一言が嬉しかった。 ヒナギクもハヤテの背中に腕を回した。 「ハヤテ君・・・。もう、あまり心配かけないでよ。 何でも一人で抱え込まないでね。ハヤテ君は私の執事じゃなくて恋人なんだから。 もう少し恋人に甘えなさい。私だってハヤテ君の支えになりたいのよ」
ヒナギクの温もりを感じながら、ふと、ハヤテは思った。 「ヒナギクさん・・・、さっき言い争ったことも、今言ったことも中身は同じなんですよね」 「そうかもね・・・(ハヤテ君の最後の一言を除いてだけど)」 (何が正しいのか・・・まだ答えは出せないけど。そもそも正しい答えなんてあるのかしら。 だけど今いる場所は決して悪くはないわね)
学校でのスキンシップはなし、というのが二人の、というよりヒナギクの決めたルールだったが、この時ばかりは関係なかった。 ハヤテの体が冷えかけた汗にまみれていることに気付いた。 (私のこと、待っていたんじゃなくてずっと探していたのね。まさか理事長室にいるとは思わなかったんだろうけど。 この人はいつだって私の知らないところでこんなにも私のことを・・・)
「ごめんね、何も知らないで勝手なことばかり言って。それに心配掛けちゃって。 でもね、ハヤテ君。これだけは言っておくわよ。自分を卑下しちゃだめよ。誰が何と言おうと、あなたは私にとっての最高のヒーローなんだから」 「そんな・・・ヒナギクさん・・・」 「この私と喧嘩できるだけでも十分ヒーローよ」
ハヤテはいつかのごとくずっこけそうになったのだが持ちこたえた。 「何ですか、それ」 「私はね、本気で誰かと喧嘩なんかしたことないのよ」 「た、確かにヒナギクさんが本気で怒ったら皆震え上がって喧嘩なんかできませんよね」 ハヤテの頭がこつん、と鳴った。 「・・・全く。女の子に言うセリフじゃないわよ。 でもね、ハヤテ君。さっきハヤテ君は私に本気で怒ってくれたわね。 あの時は頭に来たけど、考えてみれば誰にだって優しくて恭しいハヤテ君が、私にはあれだけ血相を変えてぶつかってくれたんだもの。喜ばなくちゃ。 これから先は長いんだから、たまにはいいんじゃないかと思っているわよ。たまには・・・ね」
ハヤテを抱き締めるヒナギクの腕に力が込もった。 ハヤテの腕もそれに応えた。
二人の時が止まった。
小鳥の囀る声に気付いて、二人は外を見た。 いつの間にか朱く染まった空にチャー坊が恋人(雀)と二羽で舞っていた。 二人を祝福するように。
ハヤテとヒナギクは抱き合ったまま顔を見合わせた。 出会いのキューピッドが見守る中、二人は唇を交わした。
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「そうだ、ハヤテ君。天王州さんのことだけど」 「あ、すみません。忘れてました。さっき森の中に伊澄さんがやってきて、あーたんが無事に戻ってきたと教えてくれました。ヒナギクさんがどれだけ僕のことを心配していたかも一緒に」 「・・・そ、それはともかく。私もさっき天王州さんに会っていたのよ。今ならまだ理事長室にいると思うわ。ハヤテ君、行って上げて」 「え、でも、それは・・・」 「天王州さんは、私たち二人にとって大切なお友達なんだから。ちゃんと元気な顔を見せていらっしゃい」 「わ、わかりました。でもどうせ行くなら二人で・・・」 「何言ってるの。私はこの足だし、さっき会ったばかりよ。一人で行っていらっしゃい。私は教室に残っているから」 「わ、わかりました。すぐ戻ってきます」 「ええ。あまり待たせないでね」
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