OVER on 12/23 - 日本時間 |
- 日時: 2014/12/24 00:00
- 名前: 明日の明後日
- こんばんわ、明日の明後日です。今日は祝日でお休みでしたね(遠い目
合同本のページで似たようなタイトルを見た方がいらっしゃるかもしれませんが、こちらはその前日譚となるお話です。作者が言うんだから間違いない( 本来はこちらを合同本に寄稿しようかと思っていたのですが、ハッピーエンドにはどうにも結びつかなかったので、こちらの方に投稿させてもらおうと思います。 舞台設定は原作から一年後、ということになっています。
それでは本編へ。
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人生という長い長いマラソンレースのコース上にはチェックポイントがそこかしこに設けられていて、それらは一般的には“壁”という言葉で以って表現される。 壊すなりよじ登るなり飛び越えるなり、兎に角何かしらの方法でチェックポイントを通過する度に、人は飛躍的な成長を遂げるのだと言う。 壁の高さ、厚さ、硬さ、その他の物理的性質は人によってまちまちで、訪れる時期や回数なんかもやっぱりまちまちである。 高校三年生の冬、十二月某日。それが一体幾度目なのかは定かではないけれども、私、西沢歩は紛れもない“壁”というものに直面していた。
星の光を失った闇夜、もとい曇天の夜空をぼんやり眺めながらのろのろと家路を歩む。 自分の足は一体いつからこんなにも重くなったのか、ひとたび地べたに降りようものならびっちりへばり付いてちょっとやそっとじゃ離れない。べちゃっ、ぐぐぐぐっ、べちゃっ。 亀の歩みか牛の歩みか、はたまた蛞蝓の這いずりか。どうにも重たい足取りには相応の理由があって、一言で言ってしまうなら受験ヤバイ。すごくヤバイ。 センター試験まで残り一月もないというのに、先日返却された模試は第一志望D判定。第二第三志望はなんとかC判定を貰えたものの、はっきり言ってギリギリだった。 一つ前の模試との比較などするべくもない。というかしたくない。
「・・・はぁ」
現状を憂うべくして吐かれた溜息は、白い靄となって中空を漂い、しかし数秒と経たない内に夜の闇に吸い込まれていった。 十二月下旬の夜、寒いのは当然と言えるのだけれども、それでも今日は殊更に、ひょっとしたら雪でも降ってくるんじゃないかというくらいに冷え込んでいるような気がした。
「勉強、頑張らないとなぁ」
次いで零れた一言は俯いていたせいか足先数十センチといったところで墜落し、そのままころころ転がってどこか見えないところへ行ってしまった。
勉強しなければ。そんなことは当然だし今更だし、百も承知である。というかしてる。誰に言われるまでも無く、今になって発起するまでも無く、頑張って勉強してる。 平日は殆んど毎日塾の自習室に入り浸っているし、土日だって賢い友人には事欠かないから勉強を見てもらったりしてる。 とはいえいまいち集中し切れていないという、なんとなしでの自覚はあった。友人にも教師にも両親にも、それこそ一度や二度じゃ済まないくらい指摘を受けた。 そして案の定、結果は奮わず。これだけの材料が揃えばもはや否定の余地はなく、真実、私は受験勉強に手がついていないのだろう。 原因は朧げながらも分かっているけれども、だからといってどうやって解決すればいいのか見当がつかず、ずるずる引き摺ったまま気付けば季節はすっかりクリスマス。 街中のどこに行っても耳にするクリスマスソングが恨めしい。まったく、こっちはそれどころじゃないというのに。皆ちょっと、のんびりし過ぎなんじゃないかな。
せめてもの気晴らしに、フライドチキンでも買ってやろう、骨付きがいいんじゃないかな骨付きが。なんかクリスマスっぽいし。 ってなことを思って道端のコンビニへ足を踏み入れる。おでんや中華まんに目を惹かれつつも誘惑を振り切りすぐ隣のホットスナックのコーナーへ。 ケースにはクリスマスの装飾が施されていて、更にセールで一割引。やっぱりクリスマスといったらチキンだよね、さすがセ○ン、分かってるんじゃないかな。 予定通り骨付きのフライドチキンと、ついでに眠気覚ましの缶コーヒーを購入して店を後にする。この寒さじゃすぐに冷めちゃうだろうし、ちょっとお行儀が悪いけど、 道すがら食べていこうかな。と、袋に手を突っ込むと殆んど同時、不意に声を掛けられる。聞き覚えのある声に、すぐさまコンビニ袋から手を出した。 こんばんわ。奇遇だね。寒いですね。振り向いた先の顔馴染みと二言三言、ありきたりの挨拶を交わす。この分だとチキンは家までお預けかな。
街頭が薄明るく照らす夜のマンション街を二人連れ立って歩く。コンビニで出くわした友人が親切にも家まで送ってくれるというので、その厚意は素直に受け取ることにしたのだ。 二人揃って両手はコートのポケットに。十二月下旬の空の下、寒風に吹かれながらも、しかし先程よりは寒さも少し和らいだような気がする。 これで星でも見えれば完璧なのに、ってなことをふと思って。いやいや、完璧って一体なんなのさ。と自戒する。ロマンチシズム?糞食らえだ、そんなもん。
「受験勉強は捗ってますか?」
小難しいことをぐにゃぐにゃ考えていた私に、一ミリの悪意も容赦もない一言が突き刺さる。この時期の受験生に対する話題としてはそれがもっとも妥当なんだろうけれども。 当たり障りがないかと問われたら、少なくとも今も私にとっては当たりまくりの障りまくりなんじゃないかな?
「いや、それがちっとも点数伸びなくて。もうどうすればいいんだーって感じだよ」
見栄を張っても仕方がない。せめて気を遣わせることのないように努めて軽い感じで返事をする。むしろ気を遣って欲しいくらいだという説もあるとかないとか。
「それは大変ですね・・・。僕でよければ、お手伝いしますけど」
お手伝い。嫌なしこりが耳に残る。
「ありがとう、でも大丈夫。ヒナさんとかちーちゃんに見てもらってるし、ここからの追い込みで、きっとなんとかなるんじゃないかな」
無根拠で楽観的な言葉で以って善意を跳ね除ける。それだけじゃ押しが弱いかと思って張りぼての笑顔とガッツポーズも付け加えた。 その甲斐あってか、食い下がられることもなく「頑張ってくださいね、応援してますから」と激励の言葉だけが返ってきたので、ありがとう、と素直に受け取る。 さて、これで私の受験に関する話題は打ち切られたものと見ていいだろう。次は相手に類似の話題を投げ掛けるのがセオリーというものなのだろうけど。 その話を振るのはどうにも気が乗らない。かといって他に気の利いた話題があるかと言われればこれといったものは浮かばない。一つだけ、思い当たるものがあるのだけれども、 それの顛末についてはおおよその見当がついているし、わざわざ掘り返す必要もないだろう。十秒ほど悩んでから、結局私は進路を話題に取り上げることにした。
「高校卒業したら、やっぱり海外に行くのかな?」
きっと、そうなるのだろうと。それに気付いたのは四月程前のこと。一足飛びで高校を卒業し、今は海外に留学している友人の帰国を空港で出迎えたときのことだった。 また春が来る頃には、きっとこの人も海の向こうにいるのだろうと。殆んど確信めいたものを、予定の便を待ち焦がれる様子を見て私は感じ取っていた。
「・・・迷ってるんですよ、実は」
しかし、返ってきた言葉は意外なもので、予想外の返答に言葉に窮し、鸚鵡返しで応えるほかなかった。
「迷ってるって?」
どう答えたものか。そういった面持ちで数瞬口を噤んだものの、友人はすぐにその胸の内を語り出した。
「今日、お二人が帰国される予定だった、っていうのはご存知ですよね」
冬はクリスマスに合わせて帰ってきて、そのまま国内で年越しする。前回帰国した際、確かに友人はそう言っていた。 そして恐らく、それが叶わなくなってしまったであろうことも、予測は付いていた。
「実は、どうやってもスケジュールの調整が上手くいかなくて、帰国できるのは年明けってことになってしまったんです」
やっぱり、私の予測は的を射ていたらしい。帰国当日、それもこんな時間に出歩いているのだ。きっと当初の予定がおじゃんになってしまったのだろうと、そう思っていた。
「明日は一緒にお祝いしよう、って話してたんですけどね」
プレゼントもしっかり用意してたのに、と自嘲気味に笑う。それを見て、分かってしまった。ああ、そうだ。きっとこの人はもう―――
「しょうがない、っていうことは分かってますし、お祝いだって日にちがずれただけだってことも分かってるんですけど」 「落ち込まずにはいられない、ってところかな?」
全てを独白させるのはなんだか忍びなく思われて、言葉を継いだ。こくん、と頷くのを見てから続きを促す。
「もしかしたら帰れないかも、っていうのは前以って聞いていたんですけど。いざそうなってみると想像以上に凹んでしまって」
自分とはこんなに器の小さい男だったのか。自分よりもっと相応しい相手がいるのではないか。それならばいっそのこと― そこまで聞いたところで、私は堪らず口を挟むことにした。全く、深刻な面持ちで何を語るかと思えば、こんな杞憂といって差し支えない程度の懸念だなんて。 呆れを通り越して笑いさえ込み上げてくる。指を差して笑ってやろうかとすら思えるけれど、それはさすがに良心が傷むのでやめておく。
「ダメだね、ダメダメだね」
代わりにキッパリ、簡潔な言葉で以ってネガティブ思考をぶった斬る。いやいや何をやってるのかな、ここで引き留めればもしかしたら今後もチャンスがあるかもしれないのに。 うるさい、黙れ、何を世迷事を、言うんじゃない。鉄の意志で以って悪い私もぶった切る。仮にそうだとしても、そんなことに一体なんの意味があるというのか。 私が好きになった人はこんな、ちょっと予定が狂ったくらいで自信をなくすような、弱い男じゃない。自分も相手も信じられないような、女々しい男じゃない。 愛想を尽かされることに怯えて自ら立ち去ろうなんて腑抜けたことを考えるような、臆病な男じゃあ、絶対にないんだ。
コンビニ袋に手を突っ込んで、油の滲んだ紙袋を取り出した。上半分をビリッと破いて、その中身を目の前の臆病者に突き付ける。
「今のハヤテくんはこれだよ、これ!」
流石に突飛過ぎたらしく、友人は目を丸くして、なんのことやら、といった風情で私の顔とフライドチキンの間で視線を往復させる。
「分かんないかな?チキン、臆病者だよ!」
腕は伸ばしたまま、自らの意図を――駄洒落だということは勢いで誤魔化しつつ――率直に伝える。
「昔の、潮見にいたころのハヤテくんはそんなんじゃなかったよ!誰彼構わず敬語で話して顔色を窺ってご機嫌取りばっかりしてるような人じゃなかった! ちょっと自信を無くしたくらいで、全部が全部、初めから無かったことにしようとするような卑怯者じゃなかったんじゃないかな!」
押し付けがましい?色眼鏡?知ったこっちゃない、そんなこと。だって私が好きになった男の子は絶対に、そんな人間じゃないはずだから。 どんな逆境でもへこたれず、努力は必ず報われると信じて、ただ直向きに前向きに頑張り続ける。綾崎ハヤテとはそんな素敵な男の子のことだったはずだ。
言葉が出ない、といった風で呆けたようなその顔を見るに、どうやらまだ喝が足りないらしい。まったく、世話が焼けるんじゃないかな。
「いい?ハヤテくん、よく見ててね」
伸ばしていた腕を引っ込めて、それから勢いよくフライドチキンに齧り付いた。冷えて固まった油が気持ち悪い、しかしそんなのはお構い無しとばかりに骨から肉を引き剥がす。 咀嚼して、嚥下して、また噛り付く。たっぷり二分程掛けて、冷たいフライドチキンを平らげる。正直キツイ。こんな食べ方じゃクリスマス気分も何もあったもんじゃない。 最後の一口を飲み込んで、残った骨を指先で摘んでぶら下げる。口の中になんとも気味の悪い後味が残っているけれど、それはなんとか我慢して笑顔を作る。
「はい、チキンなハヤテくんは今私が食べちゃいました。だから、今ここにいるハヤテくんは私が好きだった頃のハヤテくんのはずだよ」
駄洒落の次はこじつけか、とそろそろ呆れられるころかも分からない。 しかしハヤテくんは少し頬を緩ませて、
「すみ・・・ごめん。ありがとう、西沢さん」
どうやら私の体を張ったお説教は効いたらしい。憑き物が落ちたかのような彼の笑顔は、ひょっとすると昔のそれよりもずっと輝かしかったのかもしれない。
その後、
「よし、ならやることは一つだね。あっちが来られないんなら、こっちから行くしかないんじゃないかな!」
と、勢いだけで今後の方針を決定。無茶だとか無理だとかいうネガティブな反論は全て切り捨てて、しかし風林火山を掲げたのは武田軍ということだけはしっかりと心に留めて、 ハヤテくんを送り出した。背中が見えなくなった辺りで回れ右。再び家路に着く。ふう、と一息吐いてから、
「馬鹿だなあ、私」
夜の空へと、言葉を投げる。やっぱり星は出ていない。
「今更になって、分かるだなんて」
そんなこと、分かりきっていたことなのに。どうして今まで、知らない振りを続けてきたのか。まだチャンスがある、そんな馬鹿げたことを、本気で思っていたのだろうか。
袋から缶コーヒーを取り出して、悴んだ指でタブを持ち上げる。かしゅっと湿った音がして、一縷の望みすら砕くかのごとく、やっぱり湯気は上がらない。 一口、二口、ちびちび啜って、脂ぎった口内を洗い流す。すっかり冷え切ったそれを飲み下せば、体の芯まで根こそぎ熱を奪われてしまったようで、思わずブルっと震えてしまう。 眦だけが柔らかな熱を帯びていた。
「さて、帰ったら勉強しないとね」
現状を見つめ直して、私も再発進。大丈夫、なんとかなる。無根拠じゃなく、楽観視じゃなく。
足取りは幾分、軽くなっていた。
〜 f i n 〜
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