想いよ届けA+1〜鈍感執事の憂鬱と幸福【一話完結】 |
- 日時: 2014/12/20 08:22
- 名前: どうふん
「想いよ届け 第三部」の前に、一つ挟んでおきたいエピソードを投稿します。 舞台は、新学期が始まって一ヶ月。ハヤテとヒナギクさんが付き合い始めて2ヶ月経ったあたりです。
この二人、第一部で交際をスタートさせ、第二部ではお互いの理解を深める一方、周囲からも受け入れられるようになりました。
今でも順調に交際を続けていますが、やはりある程度時間が経ってくると、ささいなことから行き違いなども生じてきます。 こうした中で、二人を支えてくれる人として、前作、前々作で出番が少ないあの方に登場をお願いしました。
特段、第三作へ続く伏線などはありませんので、気楽に目を通して頂ければ、と。
どうふん
想いよ届け 第二部+1 〜鈍感執事の憂鬱と幸福
二学期が始まって1ヶ月が経とうとしていた。 ハヤテとヒナギクが付き合い始めておよそ2ヶ月となる。
その日、ハヤテが帰宅したのは夜遅かった。 「お帰りなさい、ハヤテ君」マリアが出迎えた。 「只今帰りました」明るい声で返事はしたものの、ハヤテの顔にはやつれたような陰りが見えた。 (この憂鬱そうな顔は・・・いつかのギリシャの時のような・・・)
ダイニングに入ってきたハヤテに、マリアはお疲れでしょう、と紅茶を入れた。 ハヤテは、丁寧に礼を言って紅茶を飲みながらため息をもらした。 マリアはそれを聞き逃さない。
「ハヤテ君、今日も生徒会のお仕事ですか、大変ですね」 「は、はあ。もう慣れましたから。明日は早く帰ってきてお嬢様やマリアさんと一緒に食事します」 「ハヤテ君、今日は表情が冴えませんねえ。いつもはデートの後は余韻に浸ってるのが丸わかりなんですけど」 「え、そう見えますか」 「やっぱりヒナギクさんとデートだったんですね」
すっかりむくれたハヤテの肩を揉み、機嫌を取りながら、マリアは憂鬱の原因を聞き出そうとしている。 ハヤテがようやく重い口を開いた。 「別に喧嘩なんかしていません。一緒に買い物してラーメンを食べて普通にお別れしましたよ。 だけど無神経なんですよ、ヒナギクさんは。ちょっと腹が立ちまして・・・」 さすがのマリアもこのセリフには驚いた。しかし驚いたのはヒナギクにではなく、ハヤテに対してである。 (「無神経」・・・。あなたが言いますか)
「何があったんです?」 「『お買い物に付き合ってほしい』と言われたんで、放課後ずっと一緒にお店を回ったんです。 何を買うのかと思えば、いとこへの誕生日プレゼントだと言うんです。 同じ年くらいの男の子が何を欲しがるかわからないから手伝って、ってことなんですけど」 「はあ・・・、いとこですか」 「すぐ終わるかと思ったら二時間も付き合わされて、行く先もアクセサリーショップとか洋服店とか気合いが入っていて。 その間繰り返し『ハヤテ君ならどれがほしい?』『どっちが好き?』なんて聞かれたらいい加減不愉快にもなりますよ・・・・・・何がおかしいんです、マリアさん」
「あら、ごめんなさい。お二人が微笑ましかっただけですわ。それで、ハヤテ君はそのいとこにヤキモチを焼いているわけですか」 「べ、別にヤキモチなんか。ただ、他人へのプレゼントを何時間もかけて選ぶのを手伝わされたら面白くないじゃないですか」 「ハヤテ君も子供ですねえ。ヤキモチとはそういうものですよ」
口を尖らせているハヤテに、マリアは質問を変えた。 「結局ヒナギクさんは何も買わなかったんでしょう」 「え、ええ。なぜわかるんです」 「わかりますよ、それは。ヒナギクさんが何を考えているかぐらい」 「何ですか、ヒナギクさんが考えていることって」 「それは私が言うことではありませんわ。ハヤテ君が自分で気付かないと」
ハヤテはしばらく考えたが、それらしいことは何も思い付かなかった。 マリアはその様子を面白そうに眺めていたが、少し口調を改めた。 「ハヤテ君は初恋がうまくいく確率が何パーセントぐらいか知っていますか?」 「は?それは凄く低いような気がしますけど」 「私もそう思います。結婚する相手が初恋の人、というカップルは1%しかいないそうですよ」 注)2014年9月14日付 「nanapi」より引用。片方か両方かは記載なし 「でも、僕の初恋の相手がヒナギクさんというわけではないですよ」 「そうですね。でも今ヒナギクさんと付き合っているということは、初恋はうまく行かなかったわけですよね」
こんな物言いも、マリアの口から出ると怒りがわかない。多少傷つくが。 「ま、そうですけど」 「今だったらもっとうまくできる、と思いませんか。結果的にその方が良かったかどうかは話が別ですけど」 「そりゃ、まあ・・・。今思い返せば、あの頃の僕は本当に馬鹿でした」 「今も馬鹿ですよ、ハヤテ君は。そのころは大馬鹿だったということでしょう」 「え、え」 「ヒナギクさんが一生懸命にハヤテ君のことを考えているのに、全然気づいてあげないあなたは彼氏失格です」
マリアは笑顔を崩さない。その優しい笑顔はあくまで楽しげであり、ヒナギク以上に慈愛に満ちているように見えるが、言っていることは容赦がない。 ヒナギクの作り笑顔は目を見ればわかるが、マリアの笑顔は本物か偽物かハヤテには判別がつかない。
「ちょ、ちょっとそれはひどいんじゃないですか、マリアさん。大体ヒナギクさんが、僕のことをって・・・(むぐ)」 「はい、あーん」 マリアはハヤテの口の中に一口サイズに切り分けたケーキを差し込んだ。 「どうですか、お姉さん手製のレアチーズケーキは」 「す、すごくおいしいです」 「ええ、そうでしょう。初めて挑戦してみたんですが、うまくできたと思いますよ。ハヤテ君はいつも引っかかるから面白いですわ」 (い、いつかもこんなことがあったな。マリアさんの得意技か) 「そ、それでマリアさん・・・」
マリアは手を振ってハヤテを制した。 「いいですか、ハヤテ君。 自分が乙女心をわからない馬鹿だということは自覚しなさい。何か気に入らないことがあっても、自分が誤解しているんじゃないか、と疑いなさい。そうしないと、あんなに素敵な恋人を誤解で失いますよ」 「は、はあ・・・」 「それと、もう一つ。ヒナギクさんにとっては初恋だということを忘れちゃいけません。自分に置き換えてみればわかるじゃないですか。ヒナギクさんが不器用なのは当たり前です。それが無神経に見えてしまうことだってありますよ」
ハヤテの頭の中は混乱していた。クエスチョンマークが幾つも飛び交っている。 (・・・何を言いたいんだろう、マリアさんは) 「まだ納得できない顔をしていますね、ハヤテ君。例えヒナギクさんを信じられなくても、お姉さんは信じなさい」 「はあ・・・」 「できますか?」 「は、はい」 「では、お姉さんからのアドバイスです。ヒナギクさんはハヤテ君を本当に愛していますから、信じてあげなさい」
マリアは、もう一口、ケーキをハヤテの口に差し入れ、背を向けて出て行った。 しばらく口の中でもぐもぐしていると、レアチーズケーキの酸味と甘みが体に沁みこんでくるようで、ハヤテは胸の中のもやもやがすっきりしてくるのを感じていた。
(「ヒナギクさんはハヤテ君を本当に愛していますから・・・」) マリアのセリフが頭の中でエコーしている。マリアの言いたいことは相変わらずよくわからないが、何となく納得してしまった。 (そういえば・・・、マリアさんは自分のことをいつも「お姉さん」と呼ぶようになったなあ。僕のこと、弟みたいに思ってくれているんだろうか)
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そしてさらに1ヶ月の後、この日はハヤテの誕生日。 朝早くヒナギクから生徒会室に呼び出されたハヤテは、マリアの言葉の意味を漸く理解することになる。
「ヒナギクさん、本当に済みませんでした」 「何謝っているのよ。ありがとう、じゃないの?」 「いや、これでいいんです。僕は本当に馬鹿でした」 ハヤテは、首を傾げるヒナギクの手を両手でしっかりと握った。 「これからも、これからもずっと僕と付き合って下さい、ヒナギクさん」 「な、何言ってるの。当たり前じゃない、そんなこと」 「僕は、僕は本当に幸せ者だー!」 ハヤテは叫ぶやヒナギクを抱き締めた。 建物の下を歩く生徒たちに丸聞こえなのではないか、というほどの大声だった。 「ちょ、ちょっと恥ずかしいからそのくらいにしてよ。もう。学校じゃダメって言ったでしょ」
この日の夕刻、三千院家の屋敷では友人たちが集まり、ハヤテの誕生パーティが行われた。 当然のように、ハヤテはヒナギクと一緒にいじられまくったのだが、喧噪が一段落した頃、ハヤテはそっとマリアに近づいた。 「マリアさん、一つお願いしてもいいですか?」 「あら、珍しいですね。何ですか」
「ありがとうございました、マリアさん」 「え、何のことでしょう」 「やっと『お姉さん』の言っていることがわかりました。僕は確かに馬鹿でした」 「一つお利口さんになりましたね、ハヤテ君。 でも、ハヤテ君からお姉さんと呼ばれるのは悪い気がしませんね。で、お願いって何ですか」 「あ、あはは・・・先に言われちゃったんですけど。これからマリアさんのこと、お姉さんと呼んで、いえ、あの、思ってもいいかな、って・・・」 「当然ですよ。私たちは家族じゃないですか。ハヤテ君は私のかわいい弟ですよ」 「・・・ありがとうございます、お姉さん」 ハヤテの涙腺が緩くなっている。
今の僕には素敵な恋人だけじゃない。誕生日を祝ってくれる友人に、迎えてくれる家と素晴らしい家族がいるんだ。 かつての僕が何一つ持っていなかったもの。 今、僕は本当に幸せなんだ・・・
今は生死すらわからない、嫌悪感しか抱けない両親の顔が一瞬だけ浮かび、そして消えた。
その胸には、今朝ヒナギクからもらったペンダントが輝いている。 翼を象ったペンダントにはメッセージが添えられていた。
「これを身に着けていれば私はいつもハヤテ君と一緒よ でも、会いたい時にはすぐに飛んできてね 私は空を飛べないから HINA」
「鈍感執事の憂鬱と幸福」完
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