Re: 名も無き慕情(第四話更新) |
- 日時: 2015/04/13 23:15
- 名前: 明日の明後日
- こんばんは、明日の明後日です。
後二時間くらい早く投稿できるかと思ったけど全然そんなことはありませんでした(汗 そろそろ終わりが見えてきました(近いうちに終わるとは言ってない そんなこんなで五話目を投下です。なんかやたらと長くなってしまった。
※4/14修正 ※6/13微修正
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十一月の最後の日曜日。剣道部の練習を終え帰路についていた僕は、人間関係などというそれなりにはありふれているであろう悩みに脳みその容量を割きながら、全身丸裸で尚も佇む街路樹の寒々しい有様とその足元に積もった枯葉を見てそういえばお屋敷の庭にも落ち葉が積もり始めていたなぁなんてことを思い出していた。 お屋敷の門前まで辿り着いて、そこから玄関扉まで向かう道すがら、庭の様子を検めてみると落ち葉が随分たくさん積もっていて、午後はこいつらの掃除でもしようかな、と画策する。前の庭だけでも相当な量だからお屋敷の周り全部をやっつけるとなったら大分骨が折れそうだ。 そうしているうちにやがて玄関扉は目の前まで迫っていて、正門からここまでの無駄に長い道のりに改めて呆れながらノブに手を掛けようとした丁度そのとき、ポケットの中のケータイ電話がぶるぶると声は上げずに鳴き出した。 どうやら電子メールを受信したらしい。中身を確認して、それが己が主からの呼び出しの通達であったことを知ると、僕は改めて玄関扉を押し開いてそのまま遊戯室へと向かった。
豪奢な扉に拳を打ち付けること三回、それから「失礼します」と断りを入れてから部屋の中へと踏み入る。そこには僕の雇い主であるナギお嬢様の小さな背中。その更に向こうでは、大きな液晶画面の中でグロテスクなモンスターが血飛沫を撒き散らしながら吼えている。 お嬢様はこちらに一瞥もくれぬまま「なんだ、早かったな」とだけ返事をして、一呼吸置いてから事も無げにこう言った。
「お前、今からマリアとデートして来い」
それはきっと唐突な思いつきでもあったんだろうし、計画的な策略でもあったんだろう。お嬢様のこの発言が、今後の僕の人生を左右する主因となることをこのときの僕はまだ知らない。 ひょっとしたらお嬢様がこんなことを言い出さなかったとしても結果は変わらなかったのかもしれないけれど、ともかくとして、十一月の最後の日曜日の午後の予定は他ならぬご主人様の命により、落ち葉掃除からマリアさんとのデートに摩り替わったのだった。
そんな訳で以って、休日の午後という街の最も賑わう時間帯に僕とマリアさんはなるべく人混みを避けるようにして私服姿で二人並んで歩いていた。服装に関してはこれまたお嬢様の命である。曰く「休みの日のデートに仕事着で行く奴があるか!」とのことで。
「まったく、ナギの気まぐれにも困ったものですね」
呆れ気味に呟くマリアさん。フリルのカチューシャを着けていないその横顔も、エプロンドレスではない服を纏うその全容もひどく珍しくて、ついつい目を向けてしまう。 ボーダー柄のニットセーターにショートパンツと編み上げのロングブーツ。派手さのない秋っぽいコーディネイトだけれどマリアさん自身が飛び切りの美人であるせいか、けばけばしさのないしっとりとした華やかさが確かに見て取れる。
「どうしたんですか、ハヤテくん。そんなにじろじろ見て」
いけない、そっと横目で盗み見るくらいの気持ちだったのに、本人にもはっきり分かるくらいに視線を注いでしまっていたらしい。マリアさんはきょとんとした眼差しを僕に向けながら頭を傾けていて、その様子はなんだかあどけない。 マリアさんは落ち着いた振る舞いと大人びた雰囲気の所為で実年齢よりも年上に間違われがちだけれど、時折見せる子どもっぽさには年齢相応、ともするとそれよりもずっと幼い印象を感じさせるときさえあって、そんなとき僕は彼女と自分とでは一つしか歳が違わないんだということを実感する。
「今変なこと考えていませんでした?」
視線からか、はたまた表情からか。マリアさんはどうやってか、僕が頭の中で何やらよくないことを考えているようだと察知したらしく、目付きを急にジトッとしたものに変えて詰め寄ってきた。 彼女の言うところの“変なこと”が年齢に関するものなのかどうかは定かではないけれど、正直に答えたらきっと怒られるんだろうなと僕の危機管理センサーが警鐘を鳴らすものだから、どうにか誤魔化せないかと思案を巡らせてみた結果、
「いえ、変なことっていうか、マリアさんの私服姿ってあまり見たことなかったから新鮮だなと思って」
それは心からの本音だったし、お屋敷を出たときからずっと感じていたことでもあった。だからこそ、とっさに口を衝いて出たんだろうし、ただの出任せのようにもならなかったんだろうと思う。 マリアさんは豆鉄砲を食らった鳩のような顔になって、しかしそれは数秒も経たない内にはにかむような笑みへと変わっていった。
「それは、お互い様ですよ」
軽い調子で言うマリアさんに僕も笑いながら同調して、
「でもハヤテくんのその服、よく似合ってますよ」
馴染みのない言葉に、身体がむず痒くなる。どうにも照れ臭い。それを面に出すまいと、それから女性の服装にこれといった感想も示さないのは失礼だという考えもあって、いい褒め言葉はないかと考えを巡らせるのだけれど、それを思いつくより先にマリアさんが
「冴えない男の子って感じがして」
なんて上機嫌に付け加えるものだから、僕は情けない声音で情けない応答をすることしかできない。
「それはないですよぉ、マリアさーん」
大袈裟に肩を落として俯く僕を他所に、彼女はやっぱり上機嫌で、鼻唄なんて交えながら軽い足取りで先を行く。 ここまでご機嫌なのもなかなか珍しい。その様子に呆気にとられていると、彼女は数メートル先でくるっとターンして、
「ほらほら、そんなにのんびり歩いてると置いていっちゃいますわよ」 「はいはい、今行きますよ」
その素振りがなんだかひどく子どもっぽく見えて、僕は少しだけ顔を緩めてから足取りを速めて彼女の隣に並ぶのだった。
平日だろうが休日だろうが祝日だろうが、THE・HIKIKOMORIのお嬢様は基本的に自室から出てこないので、お屋敷の中にいても彼女と二人でいる時間はかなり多い。 その所為か今まで気が付かなかったけれど、改めて思い直してみるとマリアさんと二人で外出をするなんてことは今までに数えるほどしかない。 遅めの昼食を摂りながら、そのことをマリアさんに話してみると「確かにそうですわね」との同調と、それから食品や日用品をはじめとした消耗品その他の調達は業者にほぼ一任しているから買出しに行く必要が殆んどないからではないかという意見を頂いて、なるほど確かにと得心した。 お屋敷を離れアパートに生活していたときは例外として、僕があそこで働き始めてから買出しに行った回数なんて五指に余るほどでしかない。学校へ行っている間にマリアさんが済ませてくれているものとばかり思っていたのだがどうやらそうではなかったらしい。密かに引け目を感じていた分だけ損した気分である。
「でもそれだと、マリアさんもお嬢様に負けず劣らず引篭もってるってことになっちゃいますね」 「そんなことありませんわ。私はナギと違ってちゃんと部屋から出てますし、外でお庭のお手入れとかもしてますし」 「それってあんまり変わらないような」 「変わります、全然違いますわ」 「でもお屋敷の、っていうか敷地の外に出てないことには変わりないですし」
そこまで言ったところで、返す言葉が見つからないのかマリアさんは尻切れ蜻蛉に「それはそうですけど」と言って、顔をしゅんとしょげさせる。 しまったと思った。 軽い調子で茶化してみたもののどうやら思った以上に落ち込ませてしまったらしい。慣れない行為は慣れない結果を生むということか。誰かを怒らせることは日常茶飯事なのだけれど、落ち込ませるなんてことは殆んど経験がない。 はてさて、一体どうやってフォローすればいいだろう。次の言葉をあれこれと探してはみるものの、なかなか適当なものが見つからない。
「もういいですわ」
そうこうしている内に、マリアさんは顔を上げる。何やら決意めいた声音。
「そこまで言うなら、業者からの取り寄せはやめることにします」 「あ、いえ、そんなつもりで言った訳じゃ」 「いーえ、ハヤテくんの意見なんて聞きません。もう決めちゃいましたから」
僕の情けない応答を、マリアさんはつんとした態度で突っ撥ねる。
「これからは必要なものは全部買出しです、ハヤテくんは毎回荷物持ちです」 「荷物持ち、ってことはマリアさんも一緒に?」 「当然です。ハヤテくんは一日で百万円使い切っちゃうくらい浪費癖があるようなので、一人で買い物させたらお金がいくらあっても足りません」 「いやいや、あのときは色々とトラブルに巻き込まれてですね、」 「そんなのいつものことじゃないですか」 「ぐっ…でも、それだとマリアさんも変なことに巻き込まれるかもしれないですし、やっぱり買出しは僕が」
一人で行きますよ。そう言おうとした僕に、マリアさんが「でも」と声を被せる。 一呼吸置いて。優しい笑み。眼差しには確かな信頼。
「守って、くれるんでしょう?」
―――その顔は、ズルイでしょ…
「それとも、ハヤテくんが守ってくれるのはナギのことだけなんですか?私のことは、守ってくれないんですか?」
でもそれはすぐに意地悪なものになって、下から覗き込むような角度でこちらを見上げてくる。分かりきった問いに僕は、
「そ、そんなことないですよ!マリアさんのことは、僕が守ります!」
マリアさんは満足したように笑って姿勢を元に戻す。「それでよし」とでも言いたげな彼女の雰囲気は何秒ともたずに霧消して、それからなんだかそわそわしたものになる。 マリアさんは視線を伏せながら――というか逸らしながら―――こう言った。
「面と向かってそんなこと言われると、なんだか照れちゃいますわね」
いやいや、貴女が言わせたんでしょ。
服を見に行ったり、近場の観光地に足を運んでみたり、路上販売のケバブを食べてみたり、映画館の上映案内を見てがっかりしたり、書店に立ち寄ってお嬢様が好きそうな本を一冊ずつ選ぶなんて遊びをしてみたり、 マリアさんの強い希望でカラオケボックスに入ってみたり、他人のキャラソンを選曲するマリアさんにツッコミを入れたり、流行りのラブソングのサビの部分で目が合ってなんか気まずくなったり、 どうしたらお嬢様が学校にきちんと通うようになるかについて揃って頭を悩ませてみたりしているうちに、日は随分と傾いていて、宵闇がじわじわと茜色の空を地平線の向こう側へと押し込める。 もう十二月も間近なのだから、夕方の五時を回ればすっかり暗くなってしまって、秋の深まりを通り越して冬の到来を視覚的にも日々感じ取っていた僕なのだけれど、マリアさんと来たら「知らない間に随分と日が短くなってたんですね」なんて感慨深げに言うものだから「やっぱり引き篭りじゃないですか」とか返してみたくなったりもする。 そんなことを言えば機嫌を損ねるだろうことは明白だから適当な相槌を打つだけに留めておくけど。 そんな僕らは今、マリアさんの提案で以って小さな喫茶店で一服している。背凭れに身体を預けながらホットのコーヒーを飲み下せば、自然と安堵にも似た溜息が零れる。心地よい疲労感。 マリアさんもそれは同じだったようで、背筋を丸めて肩を下げて完全に脱力モード。だらけているようにも見えるその様が、なんだかおばあちゃんみたく見え―
「ハヤテくん、何か失礼なことを考えていませんか?」 「いえいえ」
この人、心でも読めるのではなかろうか。
「それより、マリアさんでもこんなお洒落なお店を知ってるんですね」 「ちょっと待ちなさい。でもってなんですか、でもって」 「あ、いや、深い意味はなくてですね、」 「なら一体どんな意味があるんですか」 「あ、いや、その、」
追及を逃れるべく別な話題を振ってみたものの、それはそれで彼女の琴線に触れるところがあったらしくマリアさんはぐぐいっと詰め寄って、むーっとした視線を僕に注ぐ。なんだか今日はこんな感じの展開が多いなぁ。 マリアさんは十秒ほどそうしていたのだけれど、やがて観念してくれたのか「ま、いいですわ」と小さく呟いてから背凭れに身体を戻した。 ほっと心の中で胸を撫で下ろしながら、店内の様子を見渡してみる。出任せなところが大きかったとはいえ、お洒落な店と言った手前きちんと観察しなければという謎の使命感に駆られたのだ。 外観も内装も、こじんまりという表現が意外なほどしっくりくるお店だけれど、外見もなかなかにお洒落な佇まいをしていたように思う。内装はどうかと言えば、床も壁もテーブルも窓ガラスまでも電球の灯をツヤツヤ反射するくらいに清潔で、どれだけ丁寧に掃除をしているかが分かる。 正直言って、こんなにお客さんが少ない――僕らの他には二、三人がバラけて座っているだけである――のが不思議である。 まだ人通りの減る時間でもないのにな、なんて胸の中でぼやきながらコーヒーに手を伸ばす。それに数瞬遅れて、マリアさんが口を開いた。
「前に一度、来たことがあるんですよ」
さっきの話の続きだと理解するまでに二、三秒掛かった。「そうだったんですね」と短く返してからコーヒーに口を付ける。強い苦味と仄かな酸味、それから芳ばしい豊かな香りが口の中一杯に広がる。 マリアさんは思い出したように、
「そういえば、ヒナギクさんと付き合ってるんですか?」 「ごふっ!?」
吹き出した。あまりにも不意打ちすぎた。 幸い、カップに口を付けていたお陰で向かいの席までは飛び散らなかったようだけれど、代わりに熱々のコーヒーが鼻の周りとフリースシャツの胸の辺りをバッチリ捉えて、容赦なく熱をぶつけてくる。 「あらあら、大変」とどこかのんびりした声が向かいの席から飛んでくるのを聞きながら、差し伸べられたお絞りを受け取って顔とテーブルを拭いて、それから――殆んど悪あがきに近いけれど――シャツの濡れた部分をぽんぽん叩く。
「大丈夫ですか?」
心配四割自責三割呆れ二割その他一割といった組成の声で言うマリアさんに「ええ、まあ」と返事をしつつ、これは間違いなく染みになるな、と隅っこの方で考える。 適当なところで一段落付けて、座り直す。マリアさんはミルクティーの入ったカップを両手で持って、中身を啜る。二回、三回と繰り返してからカップを置いて、しかし手は離さないまま、先の問いをもう一度投げてくる。
「で、どうなんですか?ヒナギクさんに告白されたんでしょう?」
さすがにもう吹き出したりはしないけれど、それでも動揺は隠せない。
「まぁ…というか、なんで知ってるんですか?」 「前にこのお店に来たときにヒナギクさんに会ったんですよ。そのときに彼女から」
僕の疑問にマリアさんは事も無げに答た。なるほどそういうことかと納得しつつも、ヒナギクさんが他人にこの手の話をすることが少々意外に感じられた。
「それで、ハヤテくんはなんて答えたんですか」
野次る風でもなく、マリアさんが答えを急かすので、僕は件の女子との近況を語ることにした。少々居心地が悪いけれど、逃れることもできなそうだし、半ばやけっぱちになっていた部分もある。
「そのですね――」
先週、部活動を終えた後に帰り道の途中で告白されたこと、答えに窮しているうちに彼女が走り去ってしまったこと、それ以来話をしようとしても何かしら理由を付けてかわされてしまっていること。 彼女のことが好きなのかどうかよく分からないこと、でも告白されたこと自体は嬉しかったこと、どうして自分なんかがと不思議に思うこと、そもそも借金持ちの身では女の子と付き合う資格はないと思っていること、それを彼女に話したことがあるということ。 どう答えればいいか、まだ迷っていること。
殆んど独白のようにのたまって、優柔不断な自分に反吐が出そうになる。今の自分に誰かと付き合う資格はないと考えているくせに、いざ直接的に好意を向けられてみればそれを突っ撥ねることができないでいる。自己矛盾にも程がある。 臆病だの卑怯だの自らを罵る言葉はいくらでも出てくるというのに、性根を奮い立たせるまでには至らない。 分かっているのだ。自分が、拒まれることが怖くて拒むことができない、臆病で卑怯な腰抜けだということを。 そしてそれを許容して、あまつさえ正当化してしまっている自分がこの上なく腹立たしい。
「何をそんなに悩んでるのかよく分かりませんけど、」
それまで静かに僕の語りに耳を傾けていたマリアさんは、特に前置きもなくそう言ってカップに手を伸ばす。一口呷って「ふぅ」と一息。それから極々軽い口調で、
「そんなに悩むくらいなら、私と付き合ってみますか」
意を汲みかねて無意識に声が零れる。
「えっ、」 「さ、飲み終ったらもう出ましょう」
マリアさんは事も無げに言って、カップの中身をぐいっと呷る。何がなんだか訳が分からなくなって、とりあえず僕も飲み干してしまおうと残ったコーヒーを一気に呷ろうとしたのだけれど、思ったよりも量の多かったそれはカップの端から零れ落ちる。思わずカップから口を離して、その反動で更に中身が零れて太腿に直撃。
「うわ、っちっちっち!」
更なる連鎖は幸いにも起きなかったけれど、一人で愉快に跳ね回る僕を見てマリアさんは呆れた風に、
「まったく、何してるんですか」
腰を浮かせて、自分のお絞りで僕の顔を拭う。食べ方の下手な子どもみたいで、なんだか恥ずかしい。 やがて手が引っ込んで、礼を言おうと口を開きかけたのだけれどそれは叶わず、次の瞬間には何か柔らかいもので塞がれていた。 数秒も経たない内に離れて、すぐ目の前でぱくぱく動く。
「その気になったら、いつでも言ってくださいね」 「え、え、え?ええ?」
小さな囁きに混乱する僕の様子なんてどこ吹く風で、彼女は足早に席を立ってどこか上機嫌な調子で僕を急かす。
「ほら、早くしてください。ナギがお腹空かして待ってますわよ」
かくして、お嬢様の命によるマリアさんとのデートは、僕に大いなる混乱と多少の気恥ずかしさを齎して幕を引いたのだった。
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