文章チェックフォーム 前画面に戻る

対象スレッド 件名: Re: 名も無き慕情(第三話更新)
名前: 明日の明後日
誤字を見つけたら
教えてください

悪戯を防ぐため
管理人の承認後に
作者に伝えます
誤った文字・語句 
          ↓
正しい文字・語句 
【参考】対象となる原文

Re: 名も無き慕情(第三話更新)
日時: 2015/03/31 20:02
名前: 明日の明後日

こんにちは、明日の明後日です。
明日から新年度ですね、一体何が起きてるのか分かりません。

一話完結を除けば二ヶ月ほどパッタリ筆が止まっていましたが、ムジュラもクリアしたし時間的にも割りと余裕ができたので執筆再開です(笑
いえ、ただサボっていた訳ではないのです、どうすればベターな出来栄えになるかと今後の構想と展開を練っていたんです(言い訳
一応、今後の流れも殆んど固まったっぽいので、これからは更新ペースを上げていきたいなとは思っています。上がるといいなぁ(遠い目
そんな感じで四話目を投下。

※4/2微修正


――――――――――――――――――――――――――――――――





 携帯電話の集音性能は知らない間に随分なハイペースで進歩していたらしく、顔が見えないどころか距離さえうんと離れているにも関わらず、その声音から話し相手の表情を読み取れるくらいにはシャープに音を拾って、クリアに再生してくれるらしい。
 些細なことではあるけれども、これも日本の科学技術が日進月歩している証拠であって、このペースだと後100年くらい経てば黄色いネコ型家庭用お手伝いロボットや、竹トンボみたいな形の反重力装置、ピンク色のドア型ワープマシンとかもきっと開発実用化されていて量産体制に入っているに違いない。
 未来の新技術に思いを馳せつつ、しかし携帯電話もこれ以上の小型化なんて可能なんだろうかなんてことを考えながら、私は学校違いの友人と電話で話していた。ひょんなことから知り合った彼女との付き合いはまだ一年にも満たないけれど、私との関係はもはや親友――戦友と言った方が適切だろうか――と呼べるほどのものである。

『それにしても、ヒナさんのヘタレっぷりがここまでだなんて思わなかったんじゃないかな』

 顔は見えないけれどもその口ぶりから察するに、きっとこの上ない呆れ顔を浮かべているであろうことが窺い知れる。すごいぞシャ○プ、すごいぞドコ○。

「そんなこと言ったって。だって、その、ほら、仕方ないのよ」
『仕方ない、ねぇ』

 含みのある口調に、言葉が詰まる。彼女の言わんとするところは分かる、「逃げてばっかりいないでちゃんと向き合え、

『なかったことになんて、ならないんだからさ』

 私の思考に被せるようにして話す彼女の言葉は、過剰なほどに正論で無情なまでの真理だ。

「うん、分かってる。明日こそはちゃんと、逃げないで話をするから」

 貰った勇気を決意に変えて、言葉に乗せる。

『ぶーっ、それは一昨日も聞きましたー』

 茶化された。

「こ、今度は絶対!明日こそは絶対逃げないんだから!!」
『はいはい、頑張ってね。でも、あんまり悠長に構えてると私も戦線復帰しちゃうんじゃないかな』
「えっ」
『ではよい報告を待っております。おやすみー』
「こら!待ちなさい歩っ…切られた」

 なんだか非常に気になる一言を残し、友人は一方的に電話を切った。胸の中には困惑と焦燥感とが綯交ぜになったもやもやが残って、先の決意を曇らせる。
 いけない、こんなことではまた呆れられてしまう。心中の蟠りが成長しないうちに、さっさと寝て忘れてしまおう。





 戦線復帰なる歩の言が、おそらく私を焚き付けるためのブラフであったのだろうという考えに行き着いたのは翌朝の通学路でのことだった。
 特に切欠があってそれに思い当たったわけではないけれど、それまで胸の中で渦巻いていたもやもやがスッと消えてなくなって、足取りも軽くなる。
 友達にそこまでさせた以上――そうまでしないと動きを見せないと思われてそうなのが癪ではあるが、そう思われるような心当たりは正直両手に余るので、心遣いとして好意的に受け取っておくことにした――今日こそは逃げずにハヤテくんとしっかり話をしなければならない。
 今は円滑に会話を開始するためのイメージトレーニングの真っ最中。半月ほど前に私がハヤテくんに告白してからというもの、会話どころか顔を見ることも碌にできていないけれど、伊達に二週間以上も逃げ回っていたわけではなく、敗因はキチンと分析している。例えば、告白した次の日の朝なんかは

「おはようございます、ヒナギ」
「お、おおおはようハヤテくん、ごめん私、することあるから先に行くね!」

 って言う感じだった。その週の休みの日の部活では

「お疲れ様でした、ヒナギクさん。よければ一緒に帰」
「ご、ごごご、ごめんっ、私残ってもう少し練習していくから!」
「でしたら僕も一緒に」
「いいってほら、あの、その、なんていうか一人で集中したいっていうか!だから先に帰ってて!」

 他にも例を挙げれば切りがないけれど、この半月と少しの間、こんな感じで会話を一方的に打ち切ってきたのだ。そしてその原因はずばり「先に話しかけられてテンパッてしまっていた」からである。
 生徒会長たるこの私とはいえ、四六時中緊張感を張り巡らせて生きているわけではない。むしろ日常的には気を緩めていることの方が多いかもしれない。そんなときに意中の――しかも告白なんていう大それたことをしてしまった――相手から不意に声を掛けられれば、頭に血が上って落ち着きを失ってしまうのも無理ないと言えよう。
 すなわち「先に声を掛けること」。これが私の考案した必勝戦術。緊張感を保った状態でこちらから声を掛ければ、会話の主導権を握ることができるはず。主導権さえ握っていればこちらのペースで話を進めることができるし、そうすれば落ち着きを失わずに済むはずだ。
 但し、この戦術には肝要といえる二つのポイントがあって、一つ目は大前提として相手よりも早く向こうの存在を察知すること。捕捉の遅れは甚大な被害を招く。ステルス機の重宝される所以である。
 これを達成するための策はもう施してあって、今日は家を出る時間をいつもより二十分ほど遅らせた。私が彼と距離を置こうとしているような素振りを見せているにも関わらず、ハヤテくんは律儀にも朝練への参加を続けてくれている。
 つまり、いる場所が予め分かっているのなら後から来た方が先に相手を見つけやすいはずだから、そこに着く時間をハヤテくんよりも遅らせればいい、ということだ。ハヤテくんは大抵私よりも十分ほど遅れて剣道場にやってくるから、剣道場に着く時間を誤差も含めて二十分遅らせるようにしたのだ。
 さて、二つ目のポイントは話す内容を決めておくこと。せっかく先に相手を見つけたとしても、言葉に詰まってしまってはそのアドバンテージが無に帰してしまう。もちろん、朝なのだから「おはよう」と普通に挨拶を交わせばいいのだけれど、それだけでは会話の主導権を握ることができない。
 その次に、どのような話題でどのように話を進めるかをきちんと考えておく必要がある。相手は話し上手のハヤテくんなのだから尚更だ。
 そういう訳で、私はああでもないこうでもないとうんうん唸りながら、いつもよりも少しだけ日の高い通学路を歩く。





 結論から言うと、私の地味で地道な努力が身を結ぶことはなかった。すなわち、ハヤテくんと話をすることはできなかった。というのも、朝のホームルームが始まるまで彼はとうとう姿を現さなかったのだ。
 朝練に来なかったときには身勝手な振る舞いにいよいよ愛想を尽かされたかとビクビクしていたが、教室にもその姿がないところを見ると少々心配になってくる。
 彼の主であるところのナギの姿が見えないのはいつものことだけれど、二人揃って欠席というのも珍しい。ひょっとするとまた何かトラブルに巻き込まれているのだろうか。
 具体のない懸念にやきもきしているうちに、クラス担任のお姉ちゃんが定刻に五分ほど遅れてやって来た。今日は二日酔いではないようで、普段よりも三割ほど表情が締まっているように見える。
 とは言ってもしっかり遅刻しているあたりがお姉ちゃんらしい。いや、褒められたことではないけれど。というか二日酔いじゃないというだけで評価が改められるという事実がそもそも問題ではなかろうか。
 私が生活態度の改善について説教をするべきか否かについて思案している間に、お姉ちゃんは出欠の点呼を始めていたようで気だるげに間延びした声で以って出席簿に丸を付けていく。

「ナギちゃんはー。今日もお休み、と」

 クラス全員の点呼を終えて、お姉ちゃんは教室全体を見渡すように頭を動かす。三十一の机と椅子と、二十九の顔ぶれ。空いている二つの席にそれぞれ二、三秒ずつくらい視線を注いでから、お姉ちゃんは出席簿を置いて、教卓に両手をついた。。
 嫌だなー言いたくないなーでも言わなきゃダメだよなー誰か代わりに言ってくんないかなー、とでも言いたげな顔をして「えー、あー、そのー、」と言葉を濁す。
 やがて意を決したのか、あるいは腹を括ったのか。もしくは「何かあるならさっさと言えよ」というクラスの雰囲気を察知したのか。わざとらしく咳払いをしてから、毅然とした声音で話し始めた。

「みんなに一つ、お知らせがあります」

 いつもはおちゃらけているお姉ちゃんが真面目な顔と口調で話すものだから、教室内の空気も自然と張り詰める。私も思わず、背筋を伸ばした。自然と肩に力が入る。
 重たい緊張感を孕んだ沈黙が教室中を支配して、しかし十秒も経たない内にお姉ちゃんの声に王座を奪われた。その天下も長くは続かず、

「綾崎ハヤテくんが、学校を辞めることになりました」

 困惑と混乱とが質量を増しながらが空間を埋め尽くして、やがて破裂したようにざわめきが湧き上がった。