Re: 名も無き慕情(第二話更新) |
- 日時: 2015/02/01 22:10
- 名前: 明日の明後日
- こんばんわ、明日の明後日です。
やっとのことで三話目です。この話だけに多分三ヶ月くらい苦戦してました(苦笑 なんでこんなに書けないのか、と考えたときに「実はこの話必要ないんじゃね」とか思ったこともありますが多分そんなことないです。多分。 起承転結の承にあたる部分です。後日修正が入るかもしれませんが、書き上がるだけ書き上がったのでとりあえず投下。
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とある土曜日のことだった。気分転換と称して街に繰り出した私は慣れない路地をこれといった宛ても無く一人で練り歩いていた。 一度通った気がするようなしないような、といった風に似たような景色の中を彼是二時間ほども彷徨っているのだから、いい加減うんざりしてきたところである。 さて、ダラダラと迂遠な表現で現状をぼかして伝えることにも然程意味は無いので率直に言ってしまいますと。まぁ、なんというか。道に迷ったというか、道を見失ったというか。 そんな感じです。自分の過ちを素直に受け入れるのも、大人の度量というものです。私はお姉さんなのでこのくらいは当然のことなのです。えっへん。 心の中で誰にとも無く胸を張る。そうしたところで、迷子だというこの状況を打破できるはずもなく。虚しさに肩が落ちる。背中も丸まって、足取りは自然と重くなる。とぼとぼ。
痛み出した足を更に酷使すること二十分弱、漸く店と思しき建物を発見した。足が気持ちだけ軽くなる。そこに向かって歩みを進めるに連れて、建物の全容が段々と明らかになって、 とうとう目前まで辿り着くと、小洒落た佇まいと手書きの看板の中身からどうやらその建物が喫茶店らしいということが分かった。やっと休憩できる。その事実に、どっと肩の力が抜けた。
「あー、疲れた」
そんな、週末の午後の一コマ。
疲労感と、安堵と、それからある種の感動を胸に宿しながら、シックな木の扉を押し開けばカランカランと金属音が鳴り響く。扉に設えられたベルの音だ。 次いで「いらっしゃいませ、お好きな席へどうぞ」と、朗らかな声が歓迎の句を紡ぐ。初めての店ということもあって、少し気負いつつも私は窓際のテーブル席へと腰を下ろした。 不躾と思いながらもキョロキョロと店内の様相を見回してみれば、土曜の午後だというのに客の入りはまばらである。外観は小洒落た感じだったしお店の中も清潔にしているので、 意外と言えば意外だった。店主――カウンターの向こうでコーヒーを啜りながら新聞を流し読みしている男性がそうなのだろう――を見れば、頭を真っ白にしたおじいちゃん。 のんびり和やかな雰囲気を纏い、正に好々爺といった風体である。お店の雰囲気にもそれが滲み出てるようで、お客さんが少ない割に経営難という様子は見て取れない。 もしかしたら、このお店は老後の趣味のようなもので、利益やら売り上げやらは度外視しているのかもしれない。駅周辺や商店街といった人通りの多い場所からは随分離れているし、 傍に大きな商業施設も見られない、こんな辺鄙とも言えるような場所にお店を構えているのだから、相当宣伝に力を入れなければお客さんなんて滅多に来ないだろう。 そう考えれば、この客入りの少なさにも得心というものである。
半ば、というか八割方失礼と言って差し支えないであろうことに思索を巡らしていると、店員さんがお絞りとお品書きを携えてやって来た。一言、礼を添えてそれらを受け取る。 去り際に「ごゆっくりどうぞ」と言う店員さんの声に二割程耳を傾けながら、お絞りを広げて手を拭う。晩秋の少し乾いた空気に長時間晒されたお陰か、両手はすっかり冷えていて、 ほかほかと湯気を上らせるお絞りは少しばかり熱かった。ぴりぴりとした、指先に血の巡る感覚が心地よかった。 お品書きに目を通して、意外と凝った物を出しているんだな、なんてことを思いながらも定番の紅茶とケーキのセットを注文。そうしたところで、漸く私は人心地付いた気持ちになる。
「なかなか疲れるものですね、気分転換というのも」
ふぅ、と一息吐いた後、続け様に零れたのはこんな一言。全く、慣れないことはするものじゃない。
年中無休、二十四時間フル稼働、コンビニ顔負けのスーパーメイドたるこの私とはいえ、年がら年中お屋敷の中に篭っていては気が滅入ってくるというもので、 時には仕事を忘れてリフレッシュする時間が必要なのだ。このところ気に食わない事態が続いていたのだし、尚更である。そんな訳で以って屋敷を出た私ではあったのだが、 これといってすることもしたいこともないということに三十分程足を動かしてから気が付いた。無目的に外に出るなんて事は滅多なことではしないせいか、考えたところで目処は付かず。 かといってすごすごと屋敷へ引き返すのも癪に思えて、いっそのこと気になる場所が見つかるまでぶらぶらと徘徊してやろう、なんていうネジの外れた結論に行き着いた。 それだけならばまだよかったのだけれど、只歩くだけというのもつまらない、などという冒険心がひょっこり顔を見せ、それにそっくりそそのかされた。
どうせ行く当てなどないのだし、普段はあまり立ち入らない道を歩いてみよう。
なんとも埒外な思い付きである。少なくとも、現在位置を確認する術を持たない人間の考え付くことではないだろう。 ちなみに、このとき私は自身のケータイのバッテリーが著しく劣化していることをさっぱり忘れていた。 そんな状況で一本外れた路地に足を踏み入れてみた結果、先に語った通り、見事に道を見失って三時間近くに渡って見慣れない街路を彷徨う羽目になったのだった。 漸く見つけたお店が喫茶店であったことは僥倖と言えるだろう。立ち食いのお蕎麦屋さんとかだったら失望の余り泣いていたかもしれない。
…無計画?行き当たりばったり?うるさいですね、ジャンクにしますよ。
漂うコーヒーの香りに鼻を擽られたり、剣道部の練習はもうとっくに終わってるだろうなとか考えてみたり、フロアとキッチンを忙しく行き来する店員さんを目で追ったり、 相変わらず新聞を片手にコーヒーを啜る店主の様子を観察したり、あの人はもうお屋敷に戻っているのかなとか思ってみたり、カウンター席に座っていたお客さんがお会計に手間取っている様子を横目で見たり、 帰り道はどうしようまた道に迷わないかしらと店を出た後のことを懸念してみたり、夕飯の支度はお任せすることになっちゃうなごめんなさいねと心の中で謝ってみたり、 こんな調子じゃ剣道部への参加に文句を言える立場じゃないなとか自虐してみたり、いや直接的に文句を言ったことはそういえばなかったなと思い直したり、 しかし一時的とはいえそっちに傾倒しすぎていやしないかと勘繰ってみたり、剣道部には学院中のアイドルが在籍してるのだから気持ちは分からないではないけれどとか同調してみたり、 「引き受けたからには」と責任感を持って物事に臨む姿勢も決して嫌いではないというかむしろ好ましいくらいなのだけれどとか庇ってみたり、でも頼まれ事を片っ端から 引き受けて全部に全力で取り組んでいたらその内倒れてしまうんじゃないかと心配してみたり。 大体ヒナギクさんもハヤテくんのそういう性格は分かっているはずなんだからちょっとは配慮するべきなのではとか、いやでもきっとその配慮をハヤテくん自身が押し退けたに違いないとか、 そうですかそうですかそんなにまでしてヒナギクさんと一緒にいたいんですかカッコイイところ見せたいんですかチューまでしてあげたのにその後何もリアクションがないのはそういうことですか、 それともあれですかリアクションがないのはやっぱりハヤテくんがヘタレなだけでこのまま有耶無耶な感じでなかったことにしようとか思ってるんですかそんなに私のチューは嫌でしたかヒナギクさんのチューの方がよかったですか、 やっぱり私なんかよりヒナギクさんの方が
「マリアさん?」
不意に名前を呼ばれて、暴走気味の思考は強制的にシャットダウン。聞き覚えのある凛々しい声音は、他でもない、つい今し方まで私の思考を支配していた人物のものだった。 声のした方に視線を移せば、彼女はその目鼻立ちのくっきりした端正な顔立ちに、驚きとも安堵ともとれる色を移していた。
「珍しいですね、こんなところで会うなんて」
「ホントですね」と返しながら、殆んど反射的に相席を勧める。先程までの頭の中のことを思うと少々ばつが悪いけれど、当の彼女はそんなことを知る由もないのだから、特段気にすることでもないだろう。 私の誘いに快く応じてくれた彼女は「ではお言葉に甘えて」と前置きしてからテーブルの向かい側の席に腰を下ろした。羽織っていた白いダッフル生地の上着を脱ぎながら彼女は話す。 曰く、このお店に立ち寄るのは初めてで少々気後れしていたのだけれど中で私という知り合いを見つけて安心して気が抜けたのだそうだ。なるほど、先程の顔色はそういう事情があってのことか。 小心者ともとれる一面を見て、少々意外に思ったけれど、そういえば彼女は高いところが大の苦手だったということを思い出して、あながち的外れでもないのかも、と思い直した。
「マリアさんはここ、よく来るんですか?」 「いえ、実は私も初めてなんですよ」
彼女の問いに、素直に答える。それが切欠で、ここに辿り着くまでの経緯を詳細に語ることになってしまったのだけれど、こと道に迷ったという点ではどうやら彼女も同じだったらしい。 一安心、というと語弊があるけれどともかく恥ずかしさ五割減である。ついでに好奇心も五割り増し。白皇の生徒会長ともあろう傑物が道に迷うだなんて、もしかするとのっぴきならない事情があったのではなかろうか。 仔細を問うてみれば返ってきたのは「ちょっと考え事をしていて」という当たり障りのない返答。立ち入った話ならば深く追及しない方がいいのだろうけれど、しかし向かいの彼女はと言えば頬をちょっぴり赤く染めていて、そわそわと落ち着かない様子である。 それが話を聴いて欲しいが自分から切り出すのは恥ずかしい、という可愛らしい心情から生ずる態度であることを数秒経ってから察して、結局私は詳細を追及することにした。
「何か変わったことでもあったんですか?」 「何かあったというか、何かしでかしたというか」
しかし返ってくる言葉はいまひとつ要領を得ない。普段ははっきりばっさりとした物言いをする彼女がここまで口籠るとは。これはさては、あれですね。 向かいで恥ずかしそうに俯く彼女の様子から、凡その当たりを付けた私は、努めて軽い感じでカマを掛けてみる。
「もしかして、誰かに告白されちゃったりなんかしたりしちゃったりして〜、みたいな話ですか?」
彼女の肩が、ビクン、と跳ねる。顔がみるみる赤くなる。これはどうやら、当たりらしい。この人の恋愛下手っぷりは、ナギやそのご学友方から聞き及んでいる。 他人、更に言うなら異性からその手の好意を直接的に向けられるのが初めてで、どうすればいいか分からなくなってしまっているのだろう。 ここは生徒会の先輩として、みんなの頼れるお姉さんとして、何か助言を送った方がいいのだろう、きっとそうに違いない。しかし悲しいかな、かく言う私もこと恋愛については丸っきりご縁がない。 …灰色の青春?うるさいですね、スクラップにしますよ。
「さすが、やっぱりヒナギクさんはモテるんですね。お相手はクラスの方ですか、あ、それとも剣道部の?」 「いや、そうじゃなくて、あの」
私の言葉に、彼女は俯かせていた顔を上げ、何やら必死な様子で弁明する。どうやら私の推測は的を外れていたらしい。
「いや、違うっていうか、その、違うんですけど、あんまり違わないというか」 「じゃぁ、もしかして、ヒナギクさんの方から告白したとか」
ぴたっ。そんな音が聞こえた気がした。それで殆んど確信した。 五秒間くらい、二人の間の時間が凍結して、その間に店員さんが紅茶とケーキを持ってきた。 程なくして、テーブルの向こうの少女が口を開いた。頬は相変わらず紅潮していて、視線はやっぱり恥ずかしげに伏せていた。 そのくせ、声ばっかりが、やたらと強く、耳の中に響いていた。
「私が告白したんです…その、ハヤテくんに」
ホットで頼んだはずのミルクティーはなぜだか随分と冷めていた。
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