Re: 名も無き慕情 |
- 日時: 2015/01/13 01:54
- 名前: 明日の明後日
- こんばんわ、あるいはこんにちわ、もしかしたらおはようございます。明日の明後日です。
3話目を書き終えてから2話目を投稿する予定だったのですがいかんせん筆が進みません( 全国版ポケモン図鑑がもうすぐ完成するのでそしたら執筆に時間を回せるかな(
そんなこんなで2話目です。どうぞ。
※4/16微修正 ※2016/4/12誤字修正
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むかむか、いらいら、もやもや。
この全部であって、どれにも当てはまらないような感情を胸に、行ってらっしゃい、と手を振りながら私は同輩の少年を送り出す。 なんでも剣道部の朝練の手伝いを頼まれてしまったとかで。ここ一週間ほど、普段よりも一時間ほど早く、彼は屋敷を出ている。 早く出るからといって、その仕事に手抜かりはなく、庭の木々の手入れやら夕食の仕込やら、登校するかも分からない主のお弁当まで、普段通りにきっちり仕事をこなしていく。 それはそれで大変助かるのだけれども、しかし、なんだか面白くないといった風情で、私は彼の朝練参加を訝っていた。そう、面白くないのだ、端的に言うならば。
「お人好しも程々にしてほしいものですね」
短い一言。ほとんど無意識的だった呟きに意識がいくらか遅れて追いついた。今のは一体なんだろう。自ら紡いだ言葉の真意を図りかね、はて、とこめかみに指を当てる。 三十秒ばかり思考を捏ね繰り回して、しかしこれだという決定的な解は得られず、とは言えいつまでも思索に耽っている訳にもいかないので、私は屋敷へと踵を返すことにした。
さて、寝ぼすけさんを起こしてしまいますか。
むかむか、いらいら、もやもや。胸に灯る名前も知らない情念は収まらぬまま。
しまった。
そう気付いたのは昼の一時過ぎ。主に少し遅めの昼食を提供し、余り物で賄い飯でも作ってしまおうかと台所に戻ったときのことだった。 食卓代わりのテーブルの隅っこの方にちょこんと寂しげに座っていたのは、黄色いナプキンに包まれた少し小さめのお弁当箱。 今朝、ナギの専属執事が彼女のためにと用意したものだ。結局、今日も学校はお休みだったけれど、お昼に出せばいいだろうとそのままにしておいたのに 今の今まですっかり忘れていた。どうしよう。今渡すか、夕食に回すか、捨てるなんていうのは言語道断、明日に回すのもやめておいた方がいいだろう。 選択肢は色々と出てくるものの、どれもが異なる理由で不適当な気がして、処置を決めかねているうちに、
ぐぅ〜っ、と。
大変恥ずかしいことに、お腹が鳴ってしまいまして。
今日はいつもより洗濯物が多くて、干すのに時間が掛かるだろうと見越して朝食はお茶漬け一杯で簡単に済まし。 もうすぐ月末だから早めにやっつけてしまおうと事務の仕事に取り掛かり。不足の書類を取りに書斎に入れば棚のちょっとした埃が気になって。 ついつい昼過ぎまで掃除に没頭してしまい、主から昼食を急かされたのが、つい三〇分ほど前のこと。 堪え性のない主の催促を背に受けながら、簡易ではあるけれど手を抜くことなく食事を用意して、ようやく自分もごはんにありつける、と息を吐いた矢先の出来事がこれである。
そう、お腹が減っていたのです。自らの責務に心血を注ぎ、満足とは言えない朝食を摂ってから気付けば七時間余りが経とうとしていたのですから無理もないことでしょう。 そんな状態で、自分のためのものではないとは言えどすでに完成された食事が置いてあり、不意に鳴った腹の虫で自らの空腹を思い知らされ。 午前の仕事で溜まった若干の疲労と、無意識下で膨張していた空腹感。そして小匙一杯程度の悪戯心に流されてしまった私を、一体誰が責めることができましょうか。
思ったよりも量が少なくて、結局自分で作って食べたのは、ここだけのお話。
言わなきゃバレないだろう。そう高を括っていた時期が、ええ、私にもありましたとも。しかして、そのような打算は得てして容易く打ち破られるもので。
帰宅早々、件のお弁当の製作者がナギに向かって「お弁当の方はいかがでしたか?」なんて訊ねるのを耳にして、私は心臓の飛び出る思いだった。 当然、心当たりのあるはずもないちっちゃなお嬢様は「お弁当?」と小首を傾げて、
「何のことか分かるか?」
数秒ほど考え込んでから、こちらへと話題を振る。思わずビクンと肩が跳ねる。 なんと答えればいいのやら「えっと、そうですねぇ」なんて言い淀んでいると、
「まさかマリアさんが自分で食べちゃうはずがないし」 「そりゃそうだ、いくらマリアが食いしん坊だからって、人のお弁当勝手に食べるなんてしないだろ。第一、お昼は普通に自分でごはん作ってたし」 「そうですよね、いくらマリアさんが食いしん坊でも、自分で作ったごはんとお弁当の両方なんて食べきれないでしょうしね」 「だよなー」 「ですねー」
まるで打ち合わせでもしていたかのような二人の会話に、私は逃げ道を塞がれる。なんですかコレ。なんなんですかコレ。知ってるんですか?二人とも知ってるんですか? 私がお腹減らしてついついナギのお弁当に手を伸ばしてしまったことを知った上で話しているんですか?もう知っているからさっさと謝れと。自首した方が罪は軽いぞと。 まったく、なんて空々しい。
「でもそれなら、お弁当はどこへ行っちゃったんでしょうね」 「不思議だなー」 「不思議ですねー」 「もしかしたら、タマかもなー」 「有り得ますねー」
この天然どもが。 どうやら微塵の悪意も一撮みの皮肉も抱かずに私を窮地へ追いやっているらしい二人。その邪気のない様子に、とうとう居た堪れなくなって。
「今夜は出前でも取ってください!」
捨て台詞を置き、塞がれたはずの逃げ道を物理的手段を以ってこじ開ける私なのだった。
出前も何も、夕食の仕込みは済んでいるんだったな、なんて苦し紛れの言葉を振り返ることができる程度には、落ち着きを取り戻した時分。 考え無しに逃げ出した結果、寝室を過ぎて更に奥へと進んだ先の、普段は用のない大部屋の一つへと辿り着いた。 こざっぱり、と形容するには行き過ぎたほど片付いている部屋の様子を見渡して、はて、ここは何のための部屋だったか、なんて考えているうちに、 片付いているのではなく、只単に物がないだけだと気が付いた。 どうやらまだ頭が冷え切ってないようだと自覚すると同時に、ゆっくり腰を落ち着けることもできないような場所へやってきてしまったという事実にげんなりする。 とはいえ今来たばかりの道を引き返すのもなんとなく格好が付かなくて、せっかく来たのだからと少しばかり肩を落としながらも、先ほどまでとは打って変わって、ゆったりとした歩調で部屋の中ほどまで足を踏み入れる。 部屋の中を一通り見渡してみて、窓の様子からここがバルコニーのある一室であることを思い出した。丁度いい、しばらく風に当たっていこう。 そう思い立って窓際へと足を進めて窓を開け放つと、圧力差でも生じたのか一瞬だけびゅうっ、と風が吹き込んできて、それに目を細めながらも手摺の方まで歩みを進めれば、広大なお屋敷に似つかわしい豪奢な中庭が目に入る。 見慣れているせいか特に面白みはないけれども、西日の差すそれはなかなかに乙な雰囲気を醸し出していて、緩やかに流れる風は走り回ったせいで火照った身体にはひんやりと心地良い。 しばらくはここでやり過ごそう。適当に時間が経てば、誰かが探しに来るだろう。
「風邪をひいてしまいますよ」
優しい声とともに肩を揺すられ、重い瞼をゆっくり持ち上げる。どうやら少し眠ってしまっていたらしい。 目元を擦り、腕を伸ばして身体をほぐす。手摺に靠れていたとはいえ立ったまま居眠りとは、自分はそんなに器用な人間だったろうか。 パキパキと背骨の鳴る音を聞きながらそんな詮無いことを考えて、それから陽がすっかり沈んでしまったらしいことに気が付いた。 まずい、夕食の仕度をしなくては。と、焦ったのもつかの間で。私の懸念を知ってか知らずか、隣に佇む少年は一言、言い聞かせるように口にした。
「ごはんの準備はもうできてますから」
安堵とともに大きく息を吐く。それから少し遅れて、胸に灯るは罪悪感。勝手にお弁当を頂戴したばかりか、夕食まで任せ切りにしてしまうことになるとは。 予め仕込みを済ましておいたとはいえ、一人でやっつけてしまうのはそれなりに手間だったろう。その間自分は呑気に眠りこけているだなんて、盗人猛々しいにもほどがあるというものだ。
「ありがとうございます」
それから、すみませんでした、と。非礼を詫びるべく、言葉を継ごうとする――のだけれど、それよりも早く、
「すみませんでした」
何故だか、謝られた。それも結構な勢いで頭を下げられつつ。 余りに唐突で、余りに予想外な、まさに不意打ちという他ない彼の言動に思わず呆けてしまう。一体何を謝っているんだろうか、この執事君は。 訝りつつも「どうしたんですか?」と訊ねても返ってくる答えは「僕の配慮が足りないばっかりに」とどうにも要領を得ない。 何がなんだかまるで分からないのだけれど、しかしその真剣な面持ちに気圧され、謝罪すべき立場にいるのは自分であるということすら忘れてしまう。 どう返したものか、頭の上にクエスチョンマークを浮かべながら彼の真意を推し量ろうと思考を重ねるも、謝罪されるような案件は皆目見当がつかない。 そうしている間にも彼は彼で、何やら捲し立てていたようだったのだけれど、私は私で頭の中を整理していたものだから、話の内容は半分どころか、三割程も頭の中に入ってこなかった。 程なくして彼の熱弁は終わりを迎えたらしく、一瞬の静寂が訪れて、それに気付いた私は思考を打ち切って彼の顔へ目を遣った。硬く拳を握り、強い決意の光をその眼に宿らせて、
「明日からは、マリアさんの分のお弁当もちゃんと用意しますから!」
なんてのたまう彼の頬を、気付けば私は両手を使って抓っていた。 ぷちっ。なんて音が聞こえたのはきっと気のせいに違いない。
「まったく!ハヤテ君はホントにまったく!」
ぷんすか、といった風にぶう垂れて背を向ける。一体全体、何をどう間違えばそんな結論に辿り着くというのか。 別にお弁当が羨ましくて手を出した訳ではないし、お昼の準備くらい自分でできる。「そんなに食いしん坊じゃありまんよーだ」と拗ねた様子で主張して、横目でちらりと天然執事さんの方を見遣る。 なんだかしょんぼりした様子で「また怒らせてしまった」と溜息混じりに溢している。
そんなに落ち込まれたら、まるで私が悪者みたいじゃないですか。っていうか“また”も何も、私はそんなに怒りんぼじゃありません。 なんて思いつつも、あんなにも分かりやすく凹まれてしまうと、あまり悪態を吐くのも憚られる。まったく、ずるいんですから。
どうして思考がこうも明後日の方向を目指すのか。必死過ぎて行先を見失っているのか、地図も磁針も持たずに飛び出した結果なのかは分からないけれど。 道に迷っても一所懸命に相手の気持ちを汲もうとするあたり、彼の優しさが窺い知れる。尤も、相手の気持ちを“汲めている”かどうかはまた別の話で、それが上手くいったりいかなかったりで、どちらかといえば上手くいかないことの方が多いから、ああして落ち込んでしまうのだろう。
まったくホントに仕方がないなぁ、と。しょぼくれた背中に「いいですか」と声を掛ける。 まぁ、そもそもの発端として、私がお弁当の存在を忘れていたことが原因ではあるのだし。お弁当も美味しかったし。
今回ばかりは、その方向音痴な善意に免じて、間抜けな気遣いを有り難く頂戴することにしよう。
「ウィンナーは、タコさんにしてくださいね」
私の言葉を聴くなり、彼はパァッとその顔を華やがせて、しかし生意気にも「意外と子供っぽいんですね」なんて悪戯っぽく笑って見せるものだから、 「そんなこと言う子にはお仕置きです」と目を瞑らせて、さてどうしてやったものかと腕を組んで考える。
そうだ。
数秒も経たないうちにはたと思い当たって、彼のすぐ目の前まで歩み寄ると、くいっ、と爪先を少しだけ伸ばして肩に手を置く。
「いつも恥ずかしい思いをさせてくれる、お返しです」
耳元でそう囁いて。
唇をそっと押し付けた。
たっぷり十秒、唇を重ね合わせてから顔を離すと「えと、あの」と動揺しつつも何か言おうとしている執事君がそこにいたので、びしっとデコピンを見舞って黙らせる。
「さ、夕ごはんにしましょうか。明日も朝練なんですから、しっかり食べないと身がもちませんよ」
振り向き様にそんな軽口を叩いて歩き出す。心持、足取りが軽いような気がした。
そうだ、明日の朝ごはんにはちょっぴり豪華なものを作ろうか。
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