名も無き慕情(レス返し) |
- 日時: 2014/12/01 02:05
- 名前: 明日の明後日
- あ、こんばんは、明日の明後日です。
短編です。3話目まで書き終えてからスレ立てしようかと思ってましたが、この調子だといつまで経っても立たないので思い切ってフライングしてみました(3話の途中までは終わってます)。
CPとしてはハヤマリです。見方によっては違います( もしこのタイトルに覚えのある方がいらっしゃっいましたら恐縮です。ひなゆめ存続時に書こう、書こう、と思いつつも結局書けず仕舞いでいた長編なのですが、やっぱり全部書き切ることは不可能っぽいので要所、というか後半部分を掻い摘んで短編としてお送りしたいと思います。
多分7話くらいで完結するはず(すぐに完結するとは言ってない それでは、本編第一話、どうぞ。
※4/16微修正
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―――――見てしまった。
―――――見てしまった。
―――――見てしまったのだ。
PiPiPi、PiPiPi。甲高い電子音が今や遅しと鳴り響く。毎朝毎朝、決まった時刻にご苦労様なことで。 たまには休みの日もあったっていいだろうに、この時計は部屋の住人を覚醒させるべく、毎朝決まった時刻になると、けたたましく吼えるのだ。
「まったく、余計なものを」
時計を設置した張本人への恨み言をこぼしつつ、布団から頭と、それから手だけを出して、音源へと向かわせる。 伸び切ったところで、脱力。掌は重力に従って、そのまま時計の上に落下する。ガチャン、というノイズにも似た音とともに金切り音が鳴り止んだ。 束の間の喧騒が過ぎ去り、部屋の中がしんと静まり返ることを確認した私はモゾモゾと体を動かして、布団の中に頭を突っ込んで再び身体を丸め込ませる。
それから程なくして、
――トントン
扉を叩く音。それに続いて「朝ですよ」と扉越しのせいか少しくぐもった様な声が耳に入る。せっかく取り戻された静寂を破る不埒者に、私はあからさまに顔を顰めた。 わざわざ言われずとも、そんなことは知っている。今し方、朝の平和を守るために安眠妨害の機械仕掛けと死闘を繰り広げたところなのだから。
「今日は休む」
ひょこっと顔だけを布団から出して、一言。扉の向こうへと放り投げる。「昨日も休んだじゃないですか」との返答を、うるさい、と一蹴して再び布団の中へ潜り込む。 しばらくは説得を試みる声が木霊してはいたが、狸寝入りを決め込んで返事を返さないでいると、溜息のような息遣いと、その後にツカツカと靴音が続いて、やがてそれも聞こえなくなる。 どうやら諦めたらしい。まったく、人の気も知らずに呑気なものだ。
朝というのは憂鬱なもので、毎日毎日、私の意志やら願いやらとは無関係にやってくるこの憂鬱な時間帯が、私は嫌いだった。 この日もご多聞に漏れず、朝というものはやっぱり憂鬱で、しかしその度合いだけで言えば、この日の朝は殊更に強度を増していた。 原因ははっきりとしていて、十中八九、昨晩目にした――というか目撃してしまった――ある光景がそれに該当するのだろう。 幽霊とかお化けとか妖怪とか、そういった類のものではないが、その光景はなかなかに衝撃的で、私を自室の中に縛り付けておくには十分なものであったらしい。 はいそこ「普段から引きこもりじゃん」とか言わない。
「しかしなぁ」
どうしたものか。布団の中で独りごつ。見て見ぬ振りを決め込むか、はたまた当人たちに問い詰めるべきか。 問い詰め、事実を確認したところで、その後一体どうしろというのか。まさか思い過ごしということはないだろうし、何かしらの決断を迫られることは明白だろう。 正解が分からないままぐねぐねと思考を捏ね繰り回し、答えの出ないうちに意識を失って、電子音で呼び戻されたのがつい一時間ほど前のこと。 盛大に二度寝を堪能しようと思ってはいたものの、議題の重要性もあって変に目の冴えてしまった私は寝るに寝付けず、膝を抱え込むような姿勢でごろごろ転がって時間を潰していた。
「なんだ、起きてるんじゃないですか」
唐突な一言に、何事かと顔を向けてみれば「まったくもう」と言いたげな呆れ顔が目に入る。 返事を待つことなく、世話焼きなメイドは窓の方へと歩いていってカーテンを勢いよく開け放った。シャッ、という摩擦音が実に恨めしい。 眩い陽の光が窓ガラスを貫通して、部屋の中を跳ね回って、やがて私の目の中へと飛び込む。突き刺されるような錯覚を覚えて、私は思わず目を細めた。 布団で顔を隠そうとするも、それより早く彼女の手が伸びてきて、抵抗むなしく布団を剥ぎ取られてしまった。
「そんな元気があるなら、早く着替えて学校へ行きなさい」
布団を奪い返そうと飛び掛るも、さっと避けられ、一言。頬を膨らませる彼女の面を横目でちらりと見て「嫌だよ」と返してから、ついでに一つ、問いを投げた。
「ハヤテは?」 「もうとっくに出掛けましたよ。剣道部の朝練に付き合うとかで」
剣道部、ねぇ。嘘ではないが正確でもないな、と直感が告げる。「ふーん」と興味なげな雰囲気をとりあえずは装って、私の着替えを用意する彼女の顔色を窺う。
「いいのか?」
そう声を掛ければ、けろりとした顔で、
「何がですか?」
なんて返してくるものだから私は面を食らって「なんでもない」と頭を振るしかできなかった。 そんな私の様子を訝りながらも、彼女は着替えの服を枕元に置いて「朝ごはんはどうしますか」なんていつも通りに訊いてくる。 その表情が、もしかしたら昨夜の光景は私の見間違いか、或いは夢だったのではないかと錯覚を誘発する。
しかし、そんなはずはない。そんなはずはないのだ。
昨晩、私は確かに、この目で目撃した。絶対に絶対に、見間違いなんかじゃなく、夢なんかじゃなく、確かな事実として。見たのだ。
「ごはん食べないなら片付けちゃいますよ?」 「いや、食べるよ。着替えたらすぐ行く」
返事のない様子を否定と捉えたのか、他の議題へと話を移す彼女に寝巻きを脱ぎながら言葉を返す。 枕元に置いてある服を手にとってから、それが制服ではなくて只の普段着であることに気が付いた。
考えなければいけないことはたくさんある。でもそれは、ごはんを食べてからにしよう。 まずは血糖値を上げて、脳を活性化させてから。昨夜見た、あの光景に関して色々思索を巡らせて見ようじゃないか。
二階の奥の方の部屋。窓の外、バルコニーの上、月明かりに照らされる中。
マリアとハヤテが、唇を交わしていたことに関しては。
また、後で考えることにしようじゃないか。
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