Re: 三千院紫子の世界事情 |
- 日時: 2014/10/15 21:30
- 名前: ネームレス
- 三千院紫子の世界事情〈裏〉
ナギ……ナギ……。 私の大切な娘。 体が弱くて病になりがちであまり多くは遊んで上げられなかった私だけれど、精一杯の愛情を与えて育てた、自慢の娘。 ナギ。 みんなは顔つきが私に似ているって言う。そして髪の色はあの人と同じ。 私とあの人の愛の象徴。 だからねナギ。 元気に、元気に育ってね。
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ナギが死んだ。 3歳だった。 一人で出歩いていたところをゴミ箱に隠れてたマフィアに暗殺されたらしい。 なんで。 なんでなんでなんでなんでなんで。 私の人生は今まで一つの不幸と多くの幸運の連続だった。 不幸は病弱で体が弱いこと。 そして、そんなマイナスを補って余りあるほどの幸運。 あの人と出会い、ナギが生まれたのもその一つだ。 あの人は死んでしまい、悲しかった。だからこそ、ナギを大事に育てようと思った。 だけど死んだ。 次にナギに出会ったのは、死体の状態でだった。
「あ……あ……」
小さい。 私なんかよりよっぽど小さい。 私から生まれ、私と違って健康で、私より長生きするはずだったナギ。 それが、こんな小さいのに、私より早く死んでしまった。 不幸。 幸運であり過ぎたせいで、ツケが回ってきた。 そう思った。 __私のせいだ。 なんの理由も理屈もない。 ただ、そう思った。 私がナギの親だから、幸運であり続けたから、ナギが殺された。
「ナギ……うっくぅ……うぅ」
私の娘が、死んだ。
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手にはクロツバキと呼ばれる時計を持っていた。 なぜかはわからない。 気づけば、これを持って下田にいた。 崖。 下を見れば荒い岩に海。 明かり。 振り向けば帝お父様がいた。 SPや美琴ちゃん、初穂ちゃん。 私の幸運。
「楽しかったよ」
そして、さようなら。 私は落ちた。 ナギ……今、行くよ。
__悪いけど、そうはいかねえな。
クロツバキが剣となり、私が死ぬと同時に胸に刺さった。
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「……ここは」
「久しぶりだな。ゆっきゅん」
「っ!」
……今の声は。 急いで振り返る。 そこにいたのは__私の夫のシンちゃんだった。
「……本物?」
「おう。本物だ」
どうして。 というより、ここはどこ? 私は死ぬ寸前、幸運にも辿り着いてしまったここにただ困惑するばかりだ。
「ま、そこも含めて事情説明するよ。相変わらずお前はバカだなぁ……」
シンちゃんのその苦笑がとても久しぶりで、思わず泣きそうになった。
「黒椿の中?」
「おう」
「えーと、つまりどういうこと?」
「この説明、42回目なんだが」
流石に呆れ顔。 私はむくれて
「シンちゃんの説明が分かりにくいんだよ」
と言うものの、なに一つ理解できてないのもまた事実だった。
「つまり、ここ黒椿は人格の保管所なんだよ」
黒椿の中には常に一つの人格が保管される。 黒椿が剣となり、対象に刺されることで人格の保管及び交換が行われる。 そしてこの場所はその黒椿の中ということだ。
「じゃあ、私が三年前に見たシンちゃんの遺体は?」
「ああ、それはな。引かれる寸前で黒椿は剣となり、俺に刺さったおかげで黒椿の中の人格と俺の人格が入れ替わったんだ」
「つまりは?」
「事故で死んだのは俺の肉体とここにあった人格。俺は精神のみの状態でここに生き残ったわけだ」
「なるほど」
「本当にわかったか?」
「わからない!」
「……そうか」
物凄く慈愛に満ちた目で頭を撫でられるけど、気持ちいいからそのまま撫でられる。
「はっ! このままじゃ私、シンちゃんのペットだよ!」
「じゃあやめるか?」
「もうちょっと」
そのまま少しだけ考える。 なにかが引っかかったような感覚。 これがパズルだったら適当に組み合わせるだけでちょちょいのちょいで解決するんだけど……。
「あ」
「ん?」
「黒椿の中に残れる人格は一つだけなのになんでここにシンちゃんと私がいるの?」
「おおー。一人でよく辿り着いたな。えらいえらい」
「えっへん」
「まあ端的に言えばお前の幸運で人格の吸収と肉体の死亡が重なり入れ替わりする隙が無かったんだよ」
幸運。 またしても私は、私だけが幸運だったらしい。 持ち主に不幸をもたらすらしい黒椿でも私の幸運をどうにかできなかったらしい。 そんな私の考えを読んでか、気遣わしげにこちらを見るシンちゃん。 安心させるために笑顔を見せる。
「……そうか。よし、そんじゃ今度はお前の問題だ」
「私の?」
「俺とお前の娘を、救うんだろ?」
女装してステージの上で全力で歌う。 それが奇跡を起こす条件だった。 一見ふざけた内容に見えるけど、もしかしたら大変な内容かもしれない。万全の状態で挑まなければ。
「あ、シンちゃんシンちゃん。見てうさ耳あるよ!」
「ゆっきゅん……」
「あ! ミニスカ和服もある。でもシンちゃんは和服よりは……あ、メイド服あるよ!」
「ゆっきゅんさん……勘弁して」
「あ、リボンとかも大事だよね。小さいリボンでワンポイントにするか大きいリボンで決めるか悩むよね。小物で帽子とかも……? なんでシンちゃんは土下座してるの?」
「頼むから普通のを」
「え? 女装って時点で普通じゃないよね?」
「ごふぅっ!」
なぜかわからないが大ダメージだったようだ。 その後、私のコーディネートで見事に女の子(?)になったシンちゃんを見て私は大爆笑する。
「ねえシンちゃん。女の子になった感想は?」
「死にてえ」
「あはははは! さ、今度はステージだよ」
「はいはい」
だけど、なんだかんだで楽しいのかシンちゃんはステージに上がると全力で歌って踊る。 私も思いっきり合いの手を入れたり叫んだり、さらにシンちゃんは私の好きな曲まで歌ってくれた。 夫婦二人だけの特別ライブ。 いつまでも続けばいいと思えるほど楽しい時間はあっという間に過ぎ__そして終わった。
「はぁ、はぁ。もう歌えねえ」
「お疲れシンちゃん。ナイスステージ!」
「ありがとよ」
「でも……願いこと起きないね」
「いや……叶ったみたいだ」
「え?」
「ほら」
シンちゃんは私に右手を見せた。 その右手は、透けていた。
「……え?」
「『ナギを助けて欲しい』そう願った。そしたらこうだ」
「な、なんで!?」
「ナギはとっくに死んじまったからな〜。多分、過去に飛ぶんだろ」
「じゃ、じゃあシンちゃんも」
「俺は無理」
「なんで」
「いいかゆっきゅん」
シンちゃんはとても真面目な顔で、私を見つめてくる。 その雰囲気を受け取って、私も言葉を聞き零さないようにした。
「ナギを救うために今から過去に飛ぶ。だとしたら、“俺がここにいるのはおかしいんだ”」
「な、なんで」
「俺はナギに関係なく死んだからな。でも、お前は違うだろ? ナギが生きていれば、お前は生きられるんだ」
「わかんないよ! 意味わかんないよ!」
「……」
困ったなぁ、といった風の顔。 しかし、体はもう半分近く消えている。
「シンちゃん! 嫌だよ!」
「ゆっきゅん。少し過去まで戻るが、多分二週目の俺はまたここにくる。だから、そん時は説明してやってくれ」
「シンちゃん!」
「__じゃあな。最高のステージだった。って、俺が言うのも変か」
その一言に、本来重なるはずの無い8の上で二つの針が重なり、直後に逆時計回りしていく。 何度も何度も、高速で巻き戻っていく。 __そして、ナギが生まれる少し前まで時間は戻る。
To be continue
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