誰がために少女は剣を振るう(一話完結・レス返し) |
- 日時: 2014/10/06 20:50
- 名前: 明日の明後日
どうして剣道を始めようと思ったんですか?
なんていう質問には、部員たちにもクラスメイトにも生徒会の面々にも、もう飽きるほど答えてきている訳で。 いい加減、耳にするだけでうんざりする位の質問を今更になって投げ掛けてくるのだから、少々げんなりしてしまうのも仕方のない話でしょう。 この手の問いには普段は要点だけ掻い摘んで一言、二言の回答しか返さないことにしているのだけれど。 そうね、貴方が私自身のことについて何か訊ねてくるだなんて滅多なことではないのだから、その殊勝な気まぐれに免じて、今回は特別に詳細を語ることにしましょうか。 少しばかり長くなるかもしれないけれど、最後まで付き合ってもらおうかしら。貴方から訊いてきたんだもの、それくらいは別に構わないでしょう?
まず、どうして始めたのか、という点に関してならば、強くなりたかったから、と答えるしかないでしょうね。 小さい頃は私、お姉ちゃんに助けられてばっかりでね。昔話したことがあると思うけれど、両親が私たち姉妹に借金を残して失踪したときのことはもちろん、 それより前からずっとずっと助けてもらってたの。もしかしたら想像が付かないかもしれないけれど、幼稚園くらいのときには私、結構引っ込み事案で人見知りする子だったのよ。 そのせいか、というか多分そのせいなんでしょうけど、年上の男の子とかによくからかわれて、でも何も言い返さずに泣いちゃうような弱虫の泣き虫だったわけ。 で、私が泣きながら家に帰ると、お姉ちゃんは血相を変えて飛び出していって、苛めっ子どもをやっつけちゃうの。高校生と幼稚園児なんて一回りも年が離れているのだから、 今考えれば大人気ないといっても差し支えのない振る舞いね。でもそれはともかくとして、当時の私にとってお姉ちゃんは強くてかっこよくて、弱い者を助けてくれる、 ヒーローがテレビの中からそのまま飛び出してきたみたいな存在だったの。だから、っていうとちょっとおかしいけど、今でも私、お姉ちゃんのことはすごく尊敬してるのよ。
両親が出て行った後もやっぱりそれは変わらなくて、やっぱりお姉ちゃんはヒーローのまま。泣いていると笑わせてくれたし、お腹が空いたら飴玉をくれたわ。 ひとつしかないあんぱんを半分こにしたこともあったんだけど、そのときは失敗して大きさがだいぶ偏っちゃって、でも「お腹空いてないから」なんて言って 私に大きい方を渡してくれたの。そんな訳ないのにね。でね、夜、寝るときになってやっぱりお腹が減ったらしくてお腹をぐうぐう鳴らしてたんだけど、 そのときの言い訳が酷くってね、「これは子守唄の演奏よ」なんて言い出したの、笑っちゃうでしょう?そのときに思ったの、私もお姉ちゃんを助けられるようになりたいって。 でも、借金のことなんて幼い私には分からなくて、結局私はお姉ちゃんを助けることのできないまま、気が付けば桂家に引き取られることになっていたの。
さっきも言ったように小さい頃は人見知りだったから、義理の両親となかなか打ち解けられなかったんだけれど、時間が経つに連れて少しずつ仲良くなっていったわ。 あるとき、お義母さんに訊いてみたの、お姉ちゃんを助けられるようになるにはどうすればいいかって。そしたら「強くならなくちゃね」って言われて、 今度はパパに強くなるにはどうすればいいかって訊いてみたの。その質問をパパがどう受け取ったかは分からないけれど、知り合いに剣道の先生をやっている人がいるって言うから、 その人に紹介してもらって、道場に通い始めたって訳。
そうね、こんなところかしら、私が剣道を始めるに至った顛末は。 最初はお姉ちゃんを助けたいと思って始めた剣道なのに、今となってはその人を竹刀でぶっ叩いているなんて、ちょっと複雑ね。
さて、どうして剣道を始めようと思ったのか、という貴方の質問にはこれで答えたことになるのかしら。でもごめんなさい、もう少しだけ話を続けさせてもらうわね。 貴方だって、どうして執事になろうと思ったのか、と訊かれて「借金返済のために」なんて言葉だけで終わらせたりしないでしょう?
お姉ちゃんを助けられるようになりたくて、強くなりたくて剣道を始めたというのはさっきも話した通りなんだけれど。 別に剣道に拘りはなかったの。強くなれるなら何でもよかったのよ。空手でも、ボクシングでも、テコンドーでも、それこそケンカ殺法でも。 あくまで強くなるってことしか頭になくて、そのための手段の中で手近にあったものが剣道だったからそれにしたってだけのことで情熱なんかなかったわ。 一度剣道をやめようと思ったことがあってね。小学五年生の、春頃だったかな。その頃にはもう、道場に通う小学生で私より強い子は男の子も含めて一人もいなくて、 私はいつも、中学生の中に混ざって練習していたの。流石に身体が大きくて力も強い三年生の男子には勝てなかったけれど、そのほかの人たちとは対等以上に渡り合っていたわ。 他の道場へ出稽古に行くこともあったけどそれは変わらなかったから、なんかつまんなくなっちゃって、それでやめようと思った。要は飽きちゃったのよね。 同年代の子とはちょっとやそっとのハンデじゃ話にならないほどの差があったし、全力でも勝てない相手がいたって、その人とは公式試合であたることはないんだもの。 夏休みに入る前にそれをパパと先生に話したら、先生からはものすごい必死に止められて、パパも次の大会くらいまでは続けたらどうだ、って言うから、そこまで言うならと思って 夏の大会までは続けることにしたの。正直、さっさと負けて早く終わりにしたかったんだけど、試合に対して真剣に臨む相手にやる気のない態度は失礼だって幼いながらに思って、 大会では全力を尽くしたわ。結果、優勝してしまって、都大会、関東大会、東日本大会とどんどん引退が延びていったんだっけ。でも、それが逆によかったのかも。
東日本大会の、確か、二回戦だったと思うんだけど。ここまで勝ち上がってくるとどの子も強くってね。相手は六年生の子で、シード選手、確か第五シードくらいだったかな。 お互いに小手を一本ずつ取っての三本目、私も相手も疲れていてなかなか勝負が付かなくてね。 結局時間切れで、なんとか判定で勝ちを拾って、三回戦進出を果たしたの。 全力であたっても互角に戦える相手がいるのが嬉しく感じたのを覚えているわ。そのときはでもどうせやめるんだし関係ないか、なんて思ってたんだけどね。 三回戦の前にお昼休憩を挟んだお陰で、前の試合の疲れをそこまで引き摺らないで臨むことができたんだけど。相手は同じ五年生で、でもその子がもうめちゃくちゃに強かったのよ。 あっという間に面を二本取られて試合終了。礼を終えたら向こうはけろっとした顔でさっさか退場しちゃうもんだから、試合が終わったのかどうかも分からずに呆然としていたら、 先生の呼ぶ声が聞こえて、それでようやく退場したのよね。その後、ドロー表の前で立ち尽くしていたら、先生が神妙な面持ちで隣に立って「初めて負けたな」なんて言い出してね。 いきなり何の話だって不思議で堪らなかったんだけど、そういえばそうだったな、なんて思って、そうですね、っていつもの調子で返したら「あれ」とか言って。話してみたら、 どうやら私がショックを受けていると思ったらしくてね、励まそうと思ってそんな言葉を掛けたんだって。ただ、さっきの子の試合が見たくて仕方がなかったから、 ドロー表に張り付いて出番の来るのを待ってただけなんだけどね。
で、四回戦なんだけど。その子の相手は六年生、第一シード。なんでも、前年度は全国大会でベスト16に入ったとかで、優勝候補とか言われてたんだっけ。 身長差も大きかったから、これは流石に勝てないだろうな、なんて思ってたんだけど。その子も、あっさり捻られちゃってね。 私と同じように完璧に動きを読まれて、スパーンと胴を一閃。二本目は速攻で面を取られて、あえなく敗退。優勝候補筆頭の子を難なく破る様子を見て、 その子の試合は全部観ようって決めたんだけど、まさか最後までいる羽目になるとは思わなかったわ。表彰式のときにまであのけろっとした顔を崩さなかったことが少し印象的だったかな。
次の日は居ても立ってもいられなくて、朝から道場に駆け込んで一人で竹刀を振っていたら、そのうち先生がやってきて驚いた顔で「どうした」って言われたの。 そりゃあ、大会が終わったらやめる、とか言ってたんだから当たり前よね。でもそんなことは私はもうさっぱりと忘れてて先生の顔を見るなり、あの子みたいになりたいんです、 って、叫ぶように、っていうかあれはほとんど叫んでたのかな。兎に角、一回試合をして、その後いくつか試合を見ただけですっかりその子のファンになっちゃったのよね。 相手の動きを全て見切ってるかのような淀みのない足運びと、迷いのない鋭い振り抜き、自分が試合をしているときには分からなかったけど、残心もすごく綺麗で、 その様は今でも目に焼きついて離れないわ。剣道ってこんなにかっこいいものなんだ、ってあの子を見て初めて知って、自分もあんな風にかっこよくなりたいって思ったの。 単純といえば単純よね。でも、子どもってそんなものじゃない?
先生は私の心境の変化を知ってか知らずか、その場では「分かった」とだけ答えて、それからもずっといつもの調子で、私としてはちょっと拍子抜けしていたんだけど。 一月くらいが経ってからだったかな、私に他の道場への推薦状を持ってきたの。でもその日付が随分と前のものだったからその理由を尋ねてみたら、 もともと先生の道場では私を持て余してたところがあったみたいで、ずっと前に書くだけは書いてあったんだって。それで、いよいよ手に負えなくなって紹介の話を 持ち出そうとした矢先に私がやる気をなくして、あまつさえやめるだなんて言い出すから、渡すタイミングを失くしちゃったんだとか。 大会翌日の私の言葉を聞いてからしばらく放っておいたのは、只の気まぐれか本気なのかを見極めるための、いわば様子見だったみたい。
道場を移ってみたら、家から遠いし練習も今までよりずっときついしで大変だったけど、強い子がたくさんいて、勝っても負けてもすごく楽しかったわ。 次の年は時期外れにも風邪をこじらせちゃったから大会には出られなくって、結局小学生のうちに再戦って訳にはいかなかったんだけどね。 中学のときには全国大会まで行ったんだけど、あの子の姿は見られなくって。剣道部のない中学校なんてそこまで珍しいものでもないから、 きっとそんなところだと思うんだけど。高校に入ってからは生徒会が忙しくって、去年も今年も私の方が大会に出られなかったからすごく悔しかったの。 来年こそ、あの子と戦いたいけど、生徒会のメンツも相変わらずだし、全く、一体どうなるのやら。
と、ちょっとまとまりを欠いた話になっちゃったわね、ごめんなさい。 具体的に伝えたかった内容なんてもともとないんだけれど、始めた理由と続けている理由とだと少しニュアンスが違うじゃない? 始めた理由だけ話して、そのまま惰性で続けていると思われるのも癪だと思って話したんだけど、やっぱりちょっと長すぎたかしら。 でも、長くなるっていうことは予め伝えていたんだし、この後の予定があるわけでもないんだから、別に構わないわよね。
さて、私から話すことはこれで全てな訳だけれど。
「最期に、何か言いたいことはあるかしら」
腹の上に跨って訊ねる私に、彼はゆらりと右腕を持ち上げて、その掌を、私の左頬に宛がった。それを左手で包み込んで、瞳を覗く。彼はゆったりとした口調で、
「愛しています」
ありがとう、私もよ。でもね、
「さようなら」
短く言って、右の拳を硬く握る。それをそのまま振り下ろし、彼の左胸にどかっと叩き付けた。手にはナイフが握られていた。
右手には生々しい肉の感触を、左手には鉄臭い血の温もりをそれぞれ受け取って、すっと立ち上がる。深く息を吸って、ゆっくり吐き出す。
ダメだ。これじゃダメだ。これじゃ足りない。こんなことで私の復讐は終わらない。
やはり奴を、仕留めなければ。そうしなければ、この煮えくり返った腸は、身体の内を焼いて溶かして、やがて外へと這い出てくるに違いない。
私の、父と母を、陥れた張本人。私と姉の、不幸の元凶。
あの男を、滅してしまわなければ、私の復讐は終われない。
綾崎瞬。綾崎ハヤテの、実の父親。
どんな手を使ってでも絶対に見つけ出し、その息の根を止めてやる。この私が、直々に。
小悪党の分際で、私たち家族の人生を狂わせた罪と、私に最愛の恋人を手に掛けさせた業を。その身を以って、償ってもらおうではないか。
「待っててね、お父さん、お母さん」
それから、ハヤテ君も。
貴方たちの仇敵は、必ずや、私が討ち取ります。
To be continued...?
―――――
続かねーよっ!!
あ、こんばんは明日の明後日といいます。 復帰したばかりでモチベーションが上がってるらしく、一話完結が書けたので投下してみました。
さて、書き終わっての感想を述べさせて頂いてもよろしいでしょうか、っていうか言いますね、勝手に言います。
なんやコレ(爆
タイトルはかっこいいと思う、誰がために少女は剣を振るう、公式略称は誰剣(たがけん)です。(笑)
少しまじめな話をしますと、これはひなたのゆめがまだあったときに設定だけ妄想してたけどずっと書き進められなかった『憎愛-Though I...』というお話の設定を引き継いで、新しく書き起こしたものになります。続きはないです。 元の設定が生きているのが剣道と関係ない最後の方だけっていうのは内緒(笑)
【閲覧注意】とか付けといた方がいいのかなとか、今時(爆)とか痛々しいのかなとか、そんなことを考えつつ、失礼させてもらいたいと思います。
明日の明後日でした。
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