Re: 想いよ届け 〜病篤き君に |
- 日時: 2014/08/19 23:22
- 名前: どうふん
- ひょんなことから投稿を開始し、20日近く経ちます。
思いもよらずこの短期間に500件近くの参照をいただくことができました。 こんな駄文に目を通して頂いた方、誠にありがとうございます。
もともとは、ヒナギクさんの純粋な想いが想い人に伝わり報われる、そんな話を作れたら、と考えていました。 実のところ、ハヤテがヒナギクさんへの愛情を自覚し、告白するところ、つまり前回投稿あたりでの完結が当初構想です。
しかし書きながら次第に話が膨らんでいき、ここで終わらせては中途半端も甚だしいことになりそうです。 あと2〜3話お付き合い頂ければ幸いです。
<第9話>
夜、面会時間の終了まであと30分。ヒナギクの病室には、ベッドに半身起こしたヒナギクの隣でハヤテが椅子に腰かけていた。 「いよいよ明日退院ですね。よかったですね、ヒナギクさん」 「ハヤテ君の衝撃の告白から1週間か、現金なものね。まあ、ハヤテ君のお蔭よ」
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額から流れる血に塗れ、壁に寄りかかって荒い息を吐きながら、僕が「ヒナギクさん、愛してます!」と叫んだのが一週間前のことになる。
しばらくの間をおいて− ヒナギクさんの目に涙が溢れるのが見えた。 だが、その後に聞こえてきたセリフは僕の心臓に突き刺さった。 「バカ・・・意地悪。 ・・・今さら・・・今さら・・・。 お別れしたつもりだったのに・・・。 諦めたつもりだったのに・・・」 「ヒ、ヒナギクさん・・・。僕が馬鹿でした。済みません。 でも僕は本当にあなたを愛してます。やっと気づきました。だからあなたの力になりたいんです」
「そんな・・・わかっているの・・・? 今のが嘘だったら・・・もう私は立ち直れないわよ」 「大丈夫です。僕がずっと付いてます。僕が支えます」 「ハヤテ君・・・」後は言葉にならなかった。
この後、僕は病院の事務局に呼び出されてこっぴどく怒られたが、ヒナギクさんの潤んだ瞳を思い出してぼーっとしてたので何を言われたのかほとんど覚えていない。
今までの僕とは違うんだ。ちょっとは自信が付いたような気がした。 思い出しても誇らしい。
しかし、こっぱずかしいことも確かだ。この1週間、ヒナギクさんから何回「ハヤテ君の告白」と強調されたことか。その度に赤面しているらしく、ヒナギクさんやお義母さんにからかわれている。 あ、僕が告白した時、ヒナギクさんのお義母さんもその場にいた。僕の目には入っていなかったが。 今では二人きりの時間を取るようにしてくれているのがわかる。
お義父さんは、3日ほど前に僕には何も言わず帰っていったが、その背中はいつかと違いすごく優しく見えた。
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「と、とにかくもうお休みになりますか。ヒナギクさん」 「ええ」ヒナギクは横になって、ハヤテにそっと右手を差し出した。
1週間前に意味がわからず、「何を渡せばいいんですか」と大真面目に聞いて怒られたハヤテだが、今は差し出されたその手を優しく握ることができる。 ヒナギクは満足げに目を閉じた。 「こんな生活・・・ヒナギクさんのお世話しながら二人っきりで過ごす時間も終わっちゃうんだな」少々惜しい気がした。
実のところハヤテとヒナギクの現在のスキンシップは、純粋な看護行為は別としてその程度である。 しかし今日は何となく名残惜しくて、ハヤテは空いている手でヒナギクの髪をそっと撫でた。 (こんなに柔らかくてさらさらしているんだ、ヒナギクさんの髪)
ハヤテは手を離すことができず、恍惚としてヒナギクの髪を撫でつづけていた。
ふと気づくと、いつの間にか、ヒナギクの目が半分開いて、ハヤテを見つめていた。 「あ、ヒナギクさん?す、済みません。そろそろ面会時間も終わりますので・・・」 慌てふためきながら部屋を飛び出そうとするハヤテをヒナギクは呼び止めた。 「ハヤテ君、取り消すなら今のうちよ」口調が変わっていた。 「へ、何を・・・ですか」
「ハヤテ君の告白・・・。私嬉しくて舞い上がって・・・だけどあれ本気なの」ハヤテは全身の血が逆流するような気がした。 「・・・。そんな・・・。そんなに僕が信用できないんですか」 叫ぶような声だった。これだけハヤテが声を荒げるのを初めて見た。
「ハヤテ君は信じてるわ。だけどね・・・」口を濁すヒナギク。 「だけど何ですか。はっきり言って下さいよ」 「・・・じゃあはっきり言うわ。アリスつまり天王洲さん、ナギ、歩のことはどうするの」
ハヤテの顔が苦渋に溢れ、口が重くなる・・・かとヒナギクは思ったのだが、意外にもハヤテはきっぱりと言った。 「わかりました、ヒナギクさんはそれが気になるんですね。僕もこの点ははっきり答えておきます。実は僕もこの1週間、正確には昨日までずっと悩んでいたんです。」
「大きな声を出してすみません。無理もないですよね。ヒナギクさんは全部知っているわけですから・・・。
まずあーたんとは、アテネで(あ、町の名前ですよ)はっきりと別れました。そのあーたんが、アリスとして戻ってきた事情は僕も知りません。 だけど昨日あーたんからはっきりと言われました。 『ハヤテ、あなたは私の元カレではありますが、それ以上ではありません。あなたが私に縛られる必要はなく、私もあなたに縛られたりはしない。あなたがヒナを好きならヒナを大事にしなさい』と。
西沢さんからも言われました。 『私はハヤテ君が好きだけど、ヒナさんも大好きだから、ハヤテ君とヒナさんの幸せそうな顔を見られるならいいよ。その代わり、ヒナさんを泣かせたら承知しないよ』
(水蓮寺)ルカさんは、 『なんだ、ヒナギクさんだったの。それは私がアタックしても落ちないわけね。安心なさい、恩師の恋路を邪魔したりしないわよ。結婚式には私がミニコンサートやってあげるからありがたく思いなさい』と言ってくれました。」
「・・・まさかハヤテ君、みんなに話したの」 「この3人だけですよ。ヒナギクさんにお付き合いしてもらう以上は、今までのこと、全部自分で決着をつけたかったんです。」
ヒナギクは赤面を通り越して、意識が吹っ飛びそうだった。 頭からは蒸気が噴き出しているのでは、というくらい体温が上昇している。
「僕だって・・・いつまでもヒナギクさんに甘えてばかりじゃいられないですから」ハヤテが眩しいくらいの笑顔を見せた。 「ハヤテ君・・・」
「綾崎さん、まだいたんですか。もう面会時間はとっくに終わっていますよ」看護士の声が響いた。 「ス、スミマセン」 ハヤテは、部屋から飛び出した。 「もう、病院の中を走らないでくださ−い」 その看護士の声がハヤテの耳に届いたかどうか。走り去る足音はペースが衰えないまま次第に遠くなった。 ハヤテが慌てているのは看護士に見つかったからだけではなかっただろう。
「いつからこんなに私は泣き虫になったんだろう」ベッドの上でヒナギクは呟いた。 「あの天然ジゴロのハヤテ君が、私のために・・・」 嬉しかった。涙が出るくらい。
しかし一つ、ヒナギクの心にのしかかって来たもの。 「私の幸せは、親友や大切な仲間の涙や我慢の上に成り立っているんだ」 これは幸せに満ちていても拭いきれない鉛のような感情であった。
そしてヒナギクは、ハヤテがナギのことに触れなかったことには気付かなかった。
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