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- 日時: 2014/07/03 17:43
- 名前: 春樹咲良
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9月20日0時47分
色々と予定外のことが続いてしまったが、やはりこのタイミングを逃すのは得策ではないと、明智は判断した。 このままでは完全に機を逸してしまう。 美希にもらったプレゼントを自分の鞄にしまいながら、明智が切り出す。 「そういえば、僕も花菱さんにお渡しするものがあるんですよ」 「ほう、何かね」 上機嫌で答える美希に、鞄の中で動かしていた手を止めて、わざとらしく微笑んでみせる。 「おお、今のはなかなか大臣っぽい物言いですね」 「いちいち茶化すな。本当に首を絞めるぞ」 「すみません、どうも癖になってましてね」 首筋を再びさすりながら、目当ての物を鞄の中で探り当てる。 「難儀な奴だな、君は、本当に」 「花菱さんには負けますよ」 鞄の中に目を落としながら、あくまで何気ない様子で続ける。 きっと、次に出てくるものを美希は予想出来ていないだろう。 「この前の外遊のときの埋め合わせを、ずっとしなきゃと思っていたのですが」 鞄から、こちらもラッピングの施された小箱を取り出す。 今度は美希が予想外といった顔をする番だ。 「なかなかお渡しする機会がなくて、このタイミングになってしまいました。 ――本当は、二次会のときに渡せたらと思っていたんです」 言葉を失っている美希の目の前に、そっと小箱を置いた。
「お誕生日おめでとうございます、花菱さん」 「ああ、うん……」
しばらく呆気に取られていた美希が次に口に出したのは、負け惜しみの悪態だった。 「……ちぇっ、結局おあいこか。今回こそは勝ったと思ったんだけどな」 「何と勝負してるんですか。要らないなら回収しますよ?」 手を伸ばして本当に取り返そうとする明智から逃れるように、美希は両手で小箱を胸の前に抱えてそっぽを向く。 「いや、要る。もらう」 そして、消え入りそうな声で俯き呟く。 「……がと」 「えっ、何ですか?」 「……ありがと」 「よく聞こえなかったのでもう一回」 わざとらしく聞き返す明智を、頬を膨らませてキッと睨みつけ、顔を真っ赤にした美希が怒鳴る。 「ありがとうって、言ったんだ!」 明智はそれに、大袈裟なリアクションで応える。 「おお、一回でいいところを三回も言ってもらえるとは。秘書冥利に尽きますね。時間を作って選んだ甲斐がありました」 「最初から聞こえてるんじゃないか!」 「はっはっは。まだまだ引き続き、37歳児の相手を務めることになりそうですね」 興奮して椅子から立ち上がり、握りこぶしを振り上げている美希と、それを笑いながらなだめる明智という構図は、やはりどこからどう見ても兄妹のようである。 「なんだよ、君ももう三十路のくせに」 再び椅子に腰掛け、拗ねたように美希が言うと、明智は 「そうですねぇ。じゃあここはひとつ、三十代同士仲良くしましょうよ」 と冗談めかして提案する。 「いやだよ、お断りだ」 にべもない返事をする美希の方をまったく見ずに、帰り支度をしながら明智は答える。 「おや、それは残念です」 「ちっとも残念そうに聞こえないぞ」 そこで明智は、美希の方を見て、抑揚をつけずにこう言った。 「誠に遺憾ですー」 「馬鹿にしてんのか」 「バレましたか」 舌を出しながら頭を守る体勢に入った明智に、美希はお望み通り、立ち上がってポカリと握りこぶしを見舞った。
◇◇◇
0時55分
まもなく1時を指そうとしている時計を見やってから、明智が宣言する。 「明日からまた忙しいですよ。早いとこ帰って寝ましょう」 「誕生日なんだから、お祝いにケーキくらいは欲しかったかな」 ここぞとばかりにわがままを言い出す美希を、明智が窘める。 「この時間にケーキなんて食べたら太りますよ?」 「そんなこと言わず、こないだみたく帰りに寄ってさぁ」 就任会見をした日の帰りに、クレープを買って帰ったことを持ち出す美希に、 「この時間に開いているケーキ屋なんて、いくら僕でも心当たりがないですよ」 と明智が答える。そして、ダメ押しのようにこう付け加えた。 「お忘れかもしれませんが、今日誕生日なのは僕の方です」
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ハヤヒナ短編で今までに書いた分量を既に超えている気がします。
ちなみに、明智君からのプレゼントの中身はネックレスです。
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