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- 日時: 2014/06/26 01:33
- 名前: 春樹咲良
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9月19日20時35分
白皇学院の同窓会総会は、白皇出身の各界の著名人も数多く出席する中で、盛大に行われた。 美希は現役の閣僚ということもあって、壇上でのスピーチを依頼されるわ、企業の重役との挨拶やら何やらが続くわで、普段以上にてんてこ舞いといった状態で、気づけば総会はあっという間に終了していた。 予想以上の忙しさに、美希は「これでは公務と大差がないな」と、隣に控えていた秘書にこっそりと、しかし何度も愚痴をこぼした。 明智の携帯電話が着信を知らせたのは、そんな慌ただしかった総会をようやく終え、二次会へと移動を始めたときだった。 以前から泉たちと計画していた仲間内だけでの二次会――ここからが実質的な同窓会になるだろうというタイミングでの着信。 そして電話の画面に表示された着信元を見た明智の表情から、美希はこの先の展開をある程度予感してしまっていた。 「はい、明智です。……ええ、はい。今ですか? えーっとですね――」 少し離れたところでやり取りする明智の電話の様子からすると、二次会は諦めなければならないかも知れない。 ――それを楽しみに、堅苦しく退屈な総会をやり過ごしてきただけに、残念な気持ちが募る。
「すみません、官邸からでした」 覚悟していたこととはいえ、戻ってきた明智の一言に、美希は「やはり」といった様子で一瞬表情を曇らせた。 しかしそれも僅かの間のこと。ため息一つ吐くこともなくすぐに頭を切り替え、頬を引き締める。 「――緊急か」 ひとたび仕事モードに入ると、いつもの美希の子どもっぽさは影を潜め、凛々しさすら感じさせる顔つきになる。 美希の短い問いに、明智は頷いて答える。 「閣僚が揃い次第、臨時閣議だそうです。詳細は移動しながらお伝えしますが、割と一大事ですね」 「……そうか。至急、車の手配を――」 「もうやってます」 流石に手回しが早い。いつだってこちらの要求を先読みするのが明智という男だ。やはりエスパーなのではないかと、最近美希は本気で考えている。 美希は頷くと、続いて今度は、10メートルほど先を歩く集団の中にいる泉の方に呼びかける。 「おーい、泉ー」 「はーい。何とかだいじーん、置いてっちゃうよー?」 今日の総会の挨拶でも、自分の役職名が長すぎるので「何とか大臣」を自称している、と言って会場には随分とウケたのだが(「マスコミに取り上げられて問題になったら後々面倒なので、今後は自重してください」と後で明智に叱られた)、元はと言えば最初に美希をそう呼んだのは泉なのだった。 呼び止められた泉は、振り返って楽しげに手を振っている。 美希は、なるべく軽い調子で泉に向かって言った。 「いやぁ、すまん。今日はここで帰る」 「ええっ?」 驚きの表情を浮かべながら、泉がこちらに駆け寄ってきた。 「何とか大臣は、急な仕事が入ってしまったんだ」 「そんな、でも――」 狼狽した様子の泉はそこで一旦言葉を切ると、美希と明智、二人の顔を交互に見た。 そして、俯いて消え入りそうな声で呟いた。 「……そう。そっか、仕方ないよね。大事なお仕事だもの」 「……本当にすまん。折角の機会だったのに私も残念だ。この後のことは、任せていいか」 僅かに残る未練を断ち切るように言いながら、美希は明智を横目で見やった。 明智は大きくため息をついてから、頭を掻きつつこう言った。 「やれやれ。こういうのがうまくいかない星のもとに生まれてきてしまったということですかねえ」 まるで自分に言い聞かせるような明智の物言いが、美希は妙に引っかかった。 「二次会くらいで大袈裟だな」 「花菱さんも楽しみにしていたでしょう? ここからが同窓会の本番みたいなものですし」 明智の指摘はまさにその通りだが……何にしても今は緊急招集だ。些細なことを気にしている場合ではないので、美希はそこで話を切り上げた。 「――まぁ、そうだな。よし、行こうか」 これでも一応、国民の代表として国を背負って働く立場の人間だ。 この程度のプライベートの犠牲は、最初から仕事のうちに入っているのだと覚悟している。 「それじゃ泉、またな。また今度、ちゃんと時間を作るよ」 「その時間を作るのは僕なんですけどね」 早くも泉に背を向けて歩き始めている美希を追いながら、明智は泉の方を振り返って「また電話する」という旨をジェスチャーで伝える。 泉は黙ったまま頷き、二人を見送った。
◇◇◇
20時49分
「あー、ところで、花菱さん」 泉と別れて歩き始めてから数分経ったところで、先を行く美希に明智が声をかけた。 「何だよ。緊急なんだろ」 美希は足を止めずに振り返って答える。早歩きの美希を大股で追いかけながら明智が言う。 「ええ、そうなんですけどね」 「だから車まで頼んだじゃないか」 「ですから、それなんですけど」 どこか要領を得ないやり取りに美希は苛立ち、その場で立ち止まった。 追い付いた明智を見上げて、美希が問いただす。 「何だよ」 「車はあっちなんですよ」 そう言って明智が指差したのは、今まさに美希たちが歩いてきた方向だった。 「……それを早く言ってくれよ」 緊急招集だということで気持ちが急いでいたことに加えて、一刻も早く泉たちのところから離れたくて、よく考えずに歩き出していたのだった。 二次会に対する未練を断ち切りたい一心から無意識にやっていたことなのだろうが、官邸とは逆方向だったらしい。 「いや、ずっと言おうと思ってたんですけど、凄い勢いで歩いていらっしゃったので」 少し、焦りすぎていたのかも知れない。そんなことを美希が考えていると、 「大丈夫ですよ。もうすぐこっちの方に車が来てくれます」 と明智が言った。ちょうどそのタイミングで、車のヘッドライトがこちらに迫ってくるのが見えた。 相変わらず、手回しのいい男だ。
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議員の不祥事がニュースになってると、なんとなく複雑な気持ちになる今日この頃。
車は美希が気づかない間に、明智君が携帯で合流場所の変更を伝えておきました。
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