#12(最終) |
- 日時: 2014/12/01 00:38
- 名前: 春樹咲良
- ◆◆◆
花屋を出てから、美希が明智に言った。 「さて、そろそろ東京に戻ろうか、明智君」 「ん、まだ昼過ぎたばかりですよ?」 どこかで昼食を摂ろうかと考えながら腕時計を見ていた明智が、怪訝な表情で答えた。 美希の意図をはかりかねて、手帳の入った内ポケットに手を突っ込みながら訊ねる。 「何か急ぎの仕事なんてありましたっけ。 今日中に戻るだけなら、夜までこっちに居ても大丈夫ですが」 美希の仕事のスケジュールは全て明智が管理しているので、明智の把握していないものなどあるはずもないのだが、その問いに美希は一言、澄まし顔で答える。 「何を言ってるんだ」 そして、たっぷり間をおいてから、ニヤリと笑ってこう言った。
「新幹線で帰るんだぞ」
「あー……はは、参ったな……」 意表を突かれ、さすがに苦笑いを浮かべた明智は、次の瞬間にはいつもの調子で仕切り直す。 「いえ、花菱さんがそんなに新幹線が好きだとは思いませんでした」 それを待っていたように、美希が指を三本立てて言い返す。 「そうだよ、何と言っても羽田から庁舎までは遠いし」 今度は美希の意図を正確に読み取って、指を立てて明智も続ける。 「明日以降の打ち合わせもできますし」 「美味しい駅弁も食べたいしな」
◇◇◇
「ところで……いや、もし良かったら、なんだけど」 「何ですか、改まって」 新幹線の座席で向かい合って座った二人は、昼食の駅弁も食べ終えて、列車に揺られる旅を続けていた。 新幹線を選ぶ理由として、車内で打ち合わせができることを挙げたのは今日も昨日も明智だったが、別に明日以降について打ち合わせる必要のある仕事はそれほどなかった。 黙ったままで列車に揺られ続けるのも何なので、話の種になりそうなことを美希は探していたのだった。 「若松君の写真とかあったら、見せてくれはしないか」 それを聞いた明智は、穏やかな顔で、やれやれとばかり、大げさな溜息を吐いてからこう答えた。 「僕が亡くした恋人の写真をいつまでも持ち歩くタイプに見えます?」 「……いや、それもそうだな」 明智は別に気を悪くしたようではなかったが、やはり少々ばつの悪い思いがして美希は視線を下げる。 すると、向かいに座った明智が何やらゴソゴソとしているのが視界に入った。 美希が再び顔を上げると、明智はジャケットの内ポケットにしまっているいつもの手帳から、一枚の写真を取り出していた。 ペロッと舌を出しながら明智が差し出した写真を、美希が受け取る。 その写真に写っているのは、今より10歳ほど若く見える明智と、その隣で微笑む女性。 控えめだが人懐こい性格が現れているような、はにかむような笑顔だった。 「こうして、手帳から出して見るのは本当に久しぶりですよ……」 「……」 いつか、こんな風に穏やかな心持ちで、この写真を見返すことができればと思っていたのだと、明智はしみじみ語った。それを見ていると、美希も憤りの気持ちは湧いてこなかった。
「そういえば、さっき花屋で何か気になってたみたいだけど、何だったんだ?」 「あぁ、アレですか」 そう言って、明智は先ほど買った種の入った小袋を鞄から取り出して、美希に手渡す。 「ちょっと裏を見てみてください」 明智に促されて、育て方などが小さな字で書かれている袋の裏面に目を落とすと、そこには次のような文言が並んでいた。 「んー?」
『カリフォルニアポピー(別名:ハナビシソウ) ケシ科』
「なんと」 「本当に何も知らないで選んだんだとしたら、なんて言うか……凄いですね。 よく分からないですけど、感動すら覚えます」 明智自身、反応に困るという様子をありありと見せていた。 美希も驚き以外の感想がすぐには浮かばない。 最初から知っていて選んだのならともかく、何気なく選んだ花が、自分の名前を冠していると思うはずがない。 「そんな名前の花が存在することすら知らなかった」 「偶然って凄いですね」 あまりのことにいつもより語彙が貧弱な明智の言葉を聞き流しながら袋の裏面を見続けていると、下部に花言葉が載っているのに目が止まった。
◆◆◆
花言葉:「富」、「成功」 「私の願いを聞いて」、「私を拒絶しないで」 「消えることのない想い」
◆◆◆
「願いですか。……時に花菱さん。あなたの願いは何ですか?」 「なんだ? 私の願いを君が聞いてくれるのか」 そのようなことを明智の方から言ってくるのは珍しい。 「まぁ、内容によりますね」 こんなときでもちゃんと予防線を張る辺りが、抜け目ない秘書である。 「……そうだな。それじゃあ、私からのお願いだ」
「……私のそばに、居てほしい」
「……花菱さんのお願いとあれば。この花に誓って、約束しましょう」 オレンジ色の花の写った種入りの袋をこちらに向けながら、静かに、しかし力強く明智が答えた。
「そうだ、花菱さん。離れていても働く力、まだありますよ」 「ん、なんだ?」 「こんなこと言うのは、自分でもどうかと思うんですけどね」
――運命。
***
離れていても、働く力がある 目には見えないけれど、確かに働く力が それは、ある時には引きつけ合い、ある時には反発し合う 人間にとっては厄介で、それでいて不可欠で
ずっと一緒には、居られないだろうけど それでも今は、二人で居よう 私たちは、恋人でもなく、主従でもなく
ただ、かけがえのない「相棒」だから
【おわり】
◆◆◆
改めまして、春樹咲良です。 6月から続けて来た連載も、これで最終回です。 思いのほか長くなってしまいましたが、無事に終わることができました。 ここまでお付き合いいただいた皆さんに、心から感謝します。
一応断っておくと、この二人はこの先も恋人同士になったり、結婚したりはしません。 明智君の心の中にいつまでも円がいるから、というのはもちろんなのですが、それ以前に私の中で明智君と美希が(恋愛的な意味で)くっつくイメージは最初からないです。 それは、この話があくまでもSide Storyの性質を持った原作Afterであること、及び明智君というオリジナルキャラクターを関わらせる上で、それが限界点だろうと事前に考えていたからです。 ハヤテという作品に私の個人の世界観が接近できるギリギリ、という落としどころを見定めた結果だと考えていただけるとよいかと思います。
実はこのSSは元々、この話の中での前編として位置付けている「お互いが気づかないまま、二つのサプライズパーティーの準備が並行して進む」というプロットを軸に短く完結させるつもりでした。 ある程度のスケッチも用意して、いつでも書き出せると思っていたのが4月の終わり頃。 上手く掲載権を得られれば、第5回の合同本に提出しようという算段だったのですが、まぁこれぞまさに「取らぬ狸の皮算用」といった感じで。 結果として自分の運のなさを思い知る羽目になった顛末については、某ビンゴ大会のログを読んでもらえればと思います。 ともあれ、そうやって宙に浮いた状態になったこのお話に、さらに時間をかけてプロットを追加していって生まれたのがこのSSということになります。 思ったよりも色々なことが書けたので、こういう形になって結果的には良かったのかなとも感じています。
当初の予定よりも長く、そして投稿の間隔も段々と空いていくようになってしまったのですが、概ね思い描いていた通りの結末に持って行くことが出来たかなと思っています。 まだまだ色々と改善すべき点がたくさんあるのですが、ひとまず一つ、長い連載を完結させることが出来て安心しています。 長い間お付き合いいただき、ありがとうございました。 二人の会話のやり取りを少しでも楽しんでいただけていれば、作者としてはこの上ない幸せです。
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