First Love Letter(後) |
- 日時: 2014/01/30 18:46
- 名前: 春樹咲良
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私たちは公園のベンチに並んで腰をおろした。 センパイは緊張のためか、背筋をピンと伸ばしたまま、プルプルと震えている。 一心に前だけを見つめて……いや、何かが目に入っている様子ではないか。 そこまであからさまな態度を出されると、こちらまで必要以上に緊張してきてしまいそうだ。 私は、もう一度心を整えてから、こう切り出した。
「それで、この手紙なんですけど……あの、まずですね、根本的な誤解が――」
「ご、ご、ごめん! ……め、迷惑だったかな、やっぱり。あの、その、あれは本当に、何ていうか、その――!」
センパイはついに耐え切れなくなってしまったのか、私のセリフに被せ気味に、一気にまくし立てた。 いきなり出鼻をくじかれてしまったが、こちらとしても話を聞いてもらわなければ先に進まない。
「あの、聞いてください。そうじゃないんです。 センパイ、違うんですよ。迷惑だなんて、言ってません」
「で、でも、付き合っている人がいる人に、あんな手紙……やっぱり、まずかったかなって……」
センパイの声は最後は聞き取れないほど小さくなってしまっていた。 しかし、やはりそうだったのか。 センパイは、大きな誤解をしている。
「それなんですけど、センパイはどうして私に付き合ってる人がいると思ったんですか?」
意表をつかれたのか、一瞬、私に投げかけられた質問の意味がわからないといった顔をしてから、センパイはこう答えた。
「いや、それは、だって……一緒に住んでる男の子がいるって話だったから――」
「一緒に住んでる……? あぁ、そういうことですか。それで――」
私もようやく合点がいった。あの時……以前センパイの家の前まで来た時に、綾崎君から受けた電話。 あそこから誤解が生まれていたのだ。そう言えば、そんな紛らわしい説明をしてしまったのは、私だった。 まったく、些細な言い回し一つで、本当に深刻な勘違いが生まれるものだ。 きょとんとした様子のままでいるセンパイに、なるべく簡潔に説明を試みる。
「私、事情があってアパートに下宿してるんです。まぁ、話せば長くなるんですが……。 彼は、そのアパートの……うーん、お手伝いさんみたいなものですね」
まぁ、彼と一つ屋根の下で暮らすことをもの凄く意識する女子も、あのアパートには居るようだが。 それも一人ではないのだから、彼も実に罪作りな男の子だと思う。 ある意味それに私も巻き込まれてしまったわけだ。
「あ、あぁ、そうだったの……僕はてっきり」
「ていうか私、まだ高校生ですよ? 仮にお付き合いしている人がいても、おいそれと同棲なんてしませんよ」
誤解とはいえ、そういうことを平気でしてそうな女だと思われたのだとしたら、多少心外ですらあるのだが。
「そ、そうだったのか――あれ、ていうことは、じゃあ、付き合ってる人は」
「いません。だから、まず根本的な誤解があると言ったんです」
「ああ……」とセンパイは力なく天を仰いだ。 先ほどまでの緊張から、今度は一気に脱力してしまった様子だ。
「いやぁ……恥ずかしいなぁ。何も知らなかったんだね、僕は」
頬をかきながら今更のように顔を赤くして照れ笑いをするセンパイに釣られて、私も思わず頬が緩んだ。 まったく、本当に――
「――本当に、もう、仕方のない人ですね、センパイは」
そこでようやく、私の方も、ここに来てからずっと、表情が固まったままだったのだと初めて分かった。
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「――おっしゃる通り、センパイはまだ、私のことを全然知りません。 でもきっと、私も同じくらいセンパイのこと、全然知らないんだろうなと思います」
僕のどうしようもない誤解を解いた春風さんは、気を取り直して、ようやく本題に入る。 そう、前提としての誤解が解消されたとは言っても、手紙の核心となる部分はそこではない。 弛緩していた気持ちが、また一気に引き締まる。
「センパイは優しい人です。 でも、優しいだけの人じゃないってことが、この手紙で分かりました」
少しうつむき加減で話す春風さんの表情は、こちらからは窺い知ることができない。
「自分の気持ちを人に伝えるのは、もの凄く勇気のいることだと思います。 真剣に、その……私のことを思って書いてくれたものなんだろうなって思いました。 だから私からも、言わせてください」
ここで春風さんは、小さな深呼吸を一つ挟んだ。 顔を上げた春風さんの双眸が、僕を真っ直ぐ見据える。 決然とした表情。僕の背中に、痛いほどの緊張が走る。
「ありがとうございます。好きだと言ってもらえたこと、嬉しいです」
放たれた言葉の意味するところが、またしてもしばらく分からなかった。 これって……どっちだ? 告白を受けてもらえたのか――? 断られているのか――? そんな僕の様子に気づいているのかいないのか、春風さんはまた少し視線を落として話し始めた。
「私は……私は今まで、人を好きになるということを、自分のこととして考えたことがありませんでした。 今でも、よく分かってはいません。 友達が恋に一喜一憂しているのを、観客席から見ているだけだったのかもしれません」
過去を振り返る春風さんの話に、ここは黙って耳を傾ける。 春風さんは再び顔を上げる。
「だから、今はまだ、これ以上のことは考えられません。 センパイのことを、もっとよく知って、 私のことも、もっとよく知ってもらって、 そして、人を好きになるということを、もっとよく知りたいんです。 そのためには、時間が……もう少し、時間が欲しいんです」
「……」
えっと……つまり…… 保留……なのかな? 頭の中で整理と理解が追いつくまで時間のかかった僕の沈黙を違う意味で受け取ったのか、春風さんは申し訳なさそうに、
「……わがままなことを言ってすみません」
と付け加えた。僕は慌てて答える。
「そ、そんな。いいんだよ、それくらい。 そんなの、いくらでも待つよ」
そうだとも。だって、元はと言えば
「元はと言えば、僕が言い逃げみたいな手紙で満足しようとしたのが発端なんだし。 だから、わがままって言うなら僕の方だよ。」
大げさな身振りで慌てて取り繕う僕の様子がおかしかったのか、春風さんはふふっと笑って言った。
「そうでしたね。言い逃げなんて、ずるいですね。 センパイは、ずるい人です」
そう言われてしまうと、ぐうの音も出ない。 一呼吸置いてから、ゆっくりと、春風さんはそこにこう続けた。
「そして、とっても優しい人です」
その時、改めて僕は思い知ったのだ。 普段はクールなのに、時々見せるこんな一面。 暖かい春の風のように、僕を優しく包んでくれるこの笑顔に、 僕はずっと、恋い焦がれていたのだと。
「あの、春風さん……」
「――ちはる」
「え?」と思わず聞き返した僕に、ゆっくりとこう言った。
「千の桜と書いて、千桜です」
「千の桜……素敵な名前だね」
いくら鈍感な僕でも、何を求められているのかわかる。 その名前の響きを、自分の中で噛みしめるようにたっぷり時間をかけてから。 やっぱり照れくさいけれど、今度はちゃんと、目の前で待ってくれているこの人の前で、言わないといけないから。 小さくても、はっきりと、その名を呼ぶ。
「……千桜ちゃん」
「……あー、やっぱりこれ、恥ずかしいですね」
照れ笑いを浮かべる彼女は、それはもう、宇宙一かわいくて、 今だけでもいいから、それを僕だけのものにしたいと思ったのだ。
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以上で終了です。 予定よりも長くなり,投稿の間隔が空いてしまいました。
基本的な話の展開は決めていたのですが,その展開に持っていくために必要なことを書いていった結果,全体としてのバランスが悪くなってしまった,そんな印象です。 それ以前に,描写のクオリティが全然自分の思っているレベルに達せず,ただひたすらにもどかしい思いが募る結果になりました。 悔しいですが,やっぱり力不足ですかね。
多分この先本編で出番がありそうにないモブキャラをメインに置いて書いたわけですが,なんだろう,とても親近感のわくキャラクターですね。 千桜の恋愛観については完全に想像で書いていますが(もうちょっとサバサバしてるかも知れないですね),時間をかけて出した結論は果たしてどうなるのか,私にも正直分かりません。 ただ,これで最終的に断ったら結構酷い人だなとは思いますよね。 多分,愛歌さんあたりにこのやり取り目撃されていて,そんな指摘を受けてるんじゃないかなぁと思います。
ここまでお付き合いいただき,ありがとうございました。
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