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対象スレッド 件名: First Love Letter(中)
名前: 春樹咲良
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First Love Letter(中)
日時: 2014/01/27 21:49
名前: 春樹咲良

○○○


部屋の片付けに一通りの目処が立った頃には、外はもうとっくに暗くなってしまっていた。
こうして荷物を箱に詰めてしまうと、この部屋もこんな広さがあったのかということを改めて実感する。
入居してすぐの頃を思い出して、懐かしい気持ちに浸ってもみる。
気ままな一人暮らしも、もう残りわずかだ。

(さらば東京……)

ガラにもなく感傷的な気分だった。
まぁしかし、そんな気持ちになるほど大層な思い出があるわけでもない。
地元を出て東京で一人暮らしを始めてみても、生活に大した変化が生まれることもなかった。
外出といえばバイトの時くらい。あとは家でアニメを観てばかりで、人と接すること自体が稀という有り様。
バイト先では趣味の合う人に恵まれていた(アニメショップだから当然と言えば当然だが)のが救いだった。
だから、思い残したことといえば、バイトを辞めることになって――
そう……最後にバイト先を去るときにこっそりと忍び込ませた、あの手紙の行方くらいだ。
後悔はしたくないから、と言いながら、自分の思いだけを、しかも伝わるかどうか不確実な方法で彼女に投げつけてきてしまってきたことを、結局後悔していた。

(春風さん……)

ああ、やっぱりやめておくべきだったんじゃないか。迷惑だったんじゃないか。
ていうか読んでくれてなかったら……それはその方が幸せかも知れない。
いや、でももし他の人の手に渡ってしまったりしたら……ああ、やっぱり、春風さんに迷惑に――!

数時間おきに同じことを考えては、部屋の片付けをして心を落ち着けてきたが、あいにくこの部屋にはもう片付けるところが残っていない。

「くっ……!」

思わず頭を抱える。そうして、居ても立ってもいられなくなっていたところへ、急にインターホンの音が響き渡った。

「誰だ……?」


●●●


「お疲れさまでしたー」

残業もそこそこで切り上げると、千桜はいつもの帰り道とは違う方向へと駆けだした。

(まったく……それにしても)

今日のバイトは、自分でも信じられないほどのミスを重ね、大変な目に遭った。
「春風さんにしては珍しいね」
「大丈夫? どこか調子でも悪いんじゃないの?」
そんな言葉を周りからかけられる度、勤務前に読んだ手紙が、自分で取り繕えないほど動揺を与えているのだということを思い知った。
シフトに入っていないことは分かっているはずなのに、平静を装おうとして「センパイ、すみませ――」と無人の空間に呼びかけてしまった時には、本当に重症だと思った。
他の店員に見られていなかったのが唯一の救いだった。

(確か、この道をまっすぐ行って……)

記憶を辿りながら一人夜道を進んでいる間も、彼の残したあの手紙の文面が頭の中で繰り返されていた。
大袈裟な書き出しで始まる、ヘタレ満載の短い手紙。

(まさかあんな書き出しの手紙を、本当に書く人がいるとはな……)

”君がこの手紙を読む頃には、僕は――”
”一緒にいられるだけで、ただ幸せでした――”
”ありがとう。それと――”

(――ていうか、誤解だよな? あれって……)

手紙の中にあった一節――どうしても何のことか分からず首を捻ったくだりを思い出したとき、見覚えのある建物が目の前に見えてきた。
間違いない。ここだ。

「……」

胸に手を当てながら、息を整える。
ゆっくりと、気持ちを落ち着ける。
大丈夫だ、と自分に言い聞かせる。

意を決して、千桜は扉の前へと足を進めた。


○○○


目の前にある状況が、しばらく理解できなかった。
ついさっきまで頭の中を占有していたまさにその人が、扉を開けた先に立っていた。
やっとのことで絞り出した声は、みっともないほどに震えて、裏返ってしまった。

「は、春風さん? ど、ど、どうしてここに……」

春風さんはそんな僕の様子にまったく頓着しないで、あっさりと、それはもう事務的とすら思える声で答えた。

「前にビデオを貸してもらった時、場所を覚えていたので」

微妙にズレた答えをされたことに突っ込むことも出来ないでいる僕に対して、春風さんは表情を変えずにさらにこう続けた。

「会えてよかった。
 バイト、お辞めになるんだそうですね、センパイ。
 ……お手紙読ませていただきました」

「あ……うん……」

バカみたいな返事をしながら、少しずつ状況の理解が進んだ。
ここにきて、自分の問いかけが愚問だったことにようやく思い至った。
それと同時に、一気に緊張が身体中を駆ける。
あの手紙……やっぱり、迷惑だったか――?

「……少し、お時間いいですか?」

固まっている僕を、春風さんはすぐそこにある公園へと誘った。
春風さんの表情からは、何も読み取れない。
いやな汗が、タラリと背中を伝うのがわかった。


●●●


全2回の予定でしたが,間の描写を加えていったらいつの間にか中編ができてしまいました。
前編投稿の段階での見切り発車感は否めませんが,予定を変更して3話構成にします。
まぁ,いずれにせよ次回で決着です。

今回の作品は実験的に改行の仕方を変えています。
読みやすさというのもありますが,全体に受ける雰囲気が結構変わりますか?