Blood Wind 【死ネタ注意】 |
- 日時: 2013/12/08 13:29
- 名前: ネームレス
- 「ハヤテくん。どうぞ」
「……マリアさん。これは」
「ハヤテくん専用の包丁ですわ」
三千院家。 広大な敷地と莫大な資産を持った、世界有数の金持ちの家である。 ここはその三千院家遺産相続候補、三千院 紫の娘である三千院 ナギが住む豪邸の厨房だ。 ここで会話をしているのは女顔の執事、綾崎 ハヤテと縁の下の怪力、スーパーメイドのマリアだ。 二人はナギに仕える従者であり、今日もその腕を自分の主のために振るおうとしているところで、それが起きた。
「なぜ僕専用の包丁なんか……」
「この前京都に行った時にふと思いついたんですよ。使い慣れた道具は現地では手に入らない。ですから、ハヤテくんもいついかなる状況にも対応出来るよう、使い慣れた道具というのは持っているべきだと思うんですよ」
「は、はぁ……。それで包丁ですか」
「はい」
マリアは自分で気付いているかは不明だが、炊事に洗濯など、家事に対しただならぬ拘りを見せる一面がある。 マイ包丁を持ち歩く。ムラサキノヤカタの掃除の時も、ハヤテがおののく程の気迫を見せた事もあった。 そのため、ハヤテが専用の包丁を持っていないことを意識した時、そのままモヤモヤとした気持ちをため続けていたのだろう。
「ですがマリアさん。別に今は遠出の予定もありませんよね?」
「あの子の思い付きに予定何て物があると思いますか?」
「う"……」
ナギはとても自由な性格だ。 そして、その思い付きを支えるだけの資産があるのだから手に負えない。 その気になれば、今から地球の裏側に行って何もせず帰ってくるという事もしかねない。
「……刃物を持つのには少し抵抗があるんですが」
「何故ですか?」
「いやー。もし銀行強盗にでも会ったら」
「縛られても包丁で切れますね」
「テロに巻き込まれたり」
「護身用じゃないですか」
「万が一盗られたりしたら」
「ハヤテくんから盗れる人がいるなら見てみたいですね」
「あー、えー、そのー」
どこか煮え切らない態度のハヤテ。 マリアは少々強引な手に出た。
「……しょうがないですね。じゃあこの包丁は捨てちゃいましょう」
「ええ!? 別に捨てなくとも」
「この包丁はハヤテくん用に握りの部分を合わせたオーダーメイドなんですよ。勿論、他の人は使いにくいでしょうし、私もマイ包丁を持ってますしね」
「ちゅ、厨房に置いておけば」
「このタイプの包丁はすでに何本かありますから」
「うぐぐ……」
「さあさあ。どうしますかハヤテくん」
語尾が上がり、楽しそうに喋るマリア。反対にハヤテは苦々しい顔をしている。 そして、何かを諦めたように、ハヤテは肩を落とす。
「……貰います」
「良かった。無駄にならなくて済みましたわ。これはカバーになります。肌身離さず持ち歩いてくださいね」
そのまま流れるように包丁を受け取ってしまうハヤテ。 しかし、その包丁を持った瞬間にとても手が馴染み、ハヤテはある種の感動を覚えてしまった。
「あ、ハヤテくん。すいませんが今から買い出しに行ってもらえます?」
「え? ……あ、ああ。いいですよ」
「では、早速包丁も持っていってくださいね」
「……もしかして、それが狙いですか」
「何のことでしょう?」
すっとぼけるマリアを見て、ため息をつくハヤテであった。
( ̄Д ̄)ノ<場面変わるよ
「全く。マリアさんにも困ったよな」
買い物前のやり取りにて、その時の愚痴を呟くハヤテ。 しかし、その顔は何処と無く嬉しそうだ。 ハヤテにとってマリアやナギはすでに家族のようなものだ。 幸せな家庭に生まれることが出来なかったハヤテは、何かを貰う事すら出来ない。それどころか、奪われる日々だ。 多少無理矢理だったとは言え、包丁を受け取った後は何だかんだですんなり受け入れ、今はひそかにテンションが上がっていたりする。新しいオモチャを手に入れた子どものように。 そのオモチャは少々危険ではあるが。
「無理矢理にでも持たせることで、所有者である事を自覚させようとしてる節もあるんですけどね……」
ハヤテは、包丁を入れてある内ポケットの場所、左胸の部分にてを触れながら言う。 ついでに、ハヤテが包丁を受け取るのを躊躇ったのは一目で高級品である事がわかったからでもある。 さらにオーダーメイド。たかが方されど包丁。 金の使い所を間違えてる気がしてならないハヤテだった。
「さ。食材も買い終わったし、帰りますか」
「何処に帰るんだい?」
不意に、ハヤテに影が差す。 その影は突然に現れた。 なんの予兆もなく現れた。 そして、気付いた頃にはそこにいた。 まるで、最初からいたかのように。
「……誰、ですか」
ハヤテは自分の声が震えていることに気付かなかった。 ただひたすらに、嘘だ、と思い続けていた。
「酷いなーハヤテくん」
明るい声だ。 それでいて、不気味な声だ。 そう思っているだけ。思い込んでいるだけ。実際は普通の声だと、ハヤテは自分に言い聞かせる。 だが、その影の主は、無情にも、現実を突き付ける。
「自分のお父さんの声を、忘れちゃったのかい?」
「……嘘、だ」
「嘘は僕の得意な事だけど、僕は本物だよ」
今にして思えば不思議で、そして不気味な親だと思った。 綾崎 瞬 つかみどころが無い、と言うのだろうか。 ハヤテは自分の父親の顔を思い出せなかった。 どんなにはっきり見ても、ハヤテは自分の親の顔が、思い出せなかった。
「じゃあハヤテくん。せっかくだし」
ペースに巻き込まれてはダメだ。 そう強く、思い込んだ。刻み付けた。 なのに、ハヤテは言い知れぬ恐怖を感じ、
「親子水入らずで、話そうか」
その言葉に、迂闊にも従ってしまった。
( ̄Д ̄)ノ<場面変わるよ
「……何のようですか」
「冷たいな〜ハヤテくんは。お父さんはそんな子に育てた覚えはありませんよ?」
「……あなたに、育てられた覚えはない!」
「酷いな〜。ハヤテくんにいろいろ仕込んで上げたのに」
「子どもの頃の僕を騙して、無理矢理仕込んだんでしょ!!」
「必要だから仕組んだのさ」
瞬はあくまでも楽しそうに、余裕に、悠々と、喋る。 反対にハヤテは、もう完全に頭に血が登っていた。
「あなたたちが僕を売ろうとしたこと、忘れてませんよ」
「返せたそうじゃないか。良かったねハヤテくん」
「小さい頃だって、僕が大切な人から貰った指輪を勝手に質に入れた!」
「あのお金でいろいろ美味しい物が食べれたよ。ありがとね」
「学校でだっていつも夜逃げのせいで友達が作れなかった!」
「日本中知り合いだらけじゃないか。繋がりは大事だよ。あー、そうそう。繋がりと言えば、……借金はどうやって返したのかな?」
ハヤテはその質問の真意に気付かず、熱くなった勢いで言ってしまった。
「それは僕のお嬢様が貸してくれたんだ」
「ほう、お嬢様」
「三千院 ナギお嬢様だ。あなたたちなんかより、何倍もいい人だよ。だから、これ以上僕の人生に手を出さないでください!!」
「……ふ、ふふ、あーはっはっは! そうか! “あの”三千院か! これはいいことを聞いた」
「な、なにを」
「自分の息子が働いているんだ。なら、親として僕も挨拶しに行かなきゃねー」
「っ!!」
ハヤテは遅まきながらに瞬の思惑、そして自分の失態に気付いた。 絶対に隠しておかなければならない事だった。 バレてはいけないことだった。
「いやー、それにしてもタイミングがいい。ちょうど今、お金が無くなってた所なんだよ。自分の従者の親が泣きつけば、一億五千万も貸してくれた心優しいお嬢様なら、少しぐらい貸してくれるよね。ねえ、ハヤテくん」
ハヤテは直感した。 こいつは、また奪う気だと。 金を絞り続けて、利用し続けて、最後の一滴を絞り尽くすまで三千院家を、ハヤテ自身を利用する気だと……自分からまた、今の幸せを奪う気なのだと、直感した。 視界が赤く染まる。 手が、服の中へとゆっくりと動いてゆく。
「さあ、行こうか。ハヤテくんの親として、挨拶をしにね」
「…………するな」
“それ”に手が触れた瞬間、“それ”はとても手に馴染んだ。 何の抵抗もなく握り、もはやハヤテを止めるモノは無かった。
「何か言ったかい?」
「……今更、父親面を、するなあああああああああ!!!」
ドスッ、という生々しい感触が腕に伝わる。 瞬間、視界に赤以外の色が戻ってくる。 同時に、自分が何をしたのか、気付いてしまった。
「……あ、あぁ」
「は……はは。まさか……反撃するとは予想外だ」
「ぼ、僕は」
「流石……犯罪者の息子だよ、ハヤテくん」
「僕は、僕は!!!」
「あの世で、待って…………いるよ。……地獄、でね。……まあ、……案外すぐ……かも…………」
瞬はそれ以上言葉を発さなかった。
「違う! 違う違う違う!!」
ハヤテは顔を俯かせ、現実から目を逸らし続ける。 だが、その場に蔓延する匂いが、手に残る感触が、湿る服が、現実を伝え続ける。
「……僕は、殺した。人を、殺した。殺人者……はは、盗みだけの親よりも、よっぽど、重いじゃないか」
すでに、ハヤテの目に光はともっていなかった。 ゆっくりと顔を上げる。 目の前には、人間の死体。
「……そうか。僕が殺したのか」
何かを確認するように呟いた。 そして、近くに落ちている包丁を見つけた。 赤い輝きを発しており、狂気を写すようだった。 ハヤテの手はそれを掴んだ。 同時に、最後に瞬が残した言葉を思い出した。
『……まあ、……案外すぐ……かも…………』
「……すぐ、か」
ハヤテは包丁の刃を自分に向けた。
「殺人者が、お嬢様のそばにはいれないよな。……ごめんなさい、お嬢様。あなたの事を守ることは、もう出来ないようです」
懺悔するように呟いたあと、ハヤテは躊躇する事なく、包丁を自分の喉に突き立てた。
ーDEAD ENDー
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