花菱美希議員の憂鬱(後) |
- 日時: 2013/11/29 22:03
- 名前: 春樹咲良
- それでは,後編です。
◇◇◇
「――もしもし?」 『もしもしー? わー、ミキちゃん久しぶりー!』 電話の向こうから、懐かしい声が聞こえてきた。 「泉か。久しぶりだなぁ」 『テレビ見たよー! 何だっけ、凄いよね、あの、何とか大臣』 「そうそう、何とか大臣だ。実は私もよく分かってなくてな」 『あははは、何それ、大丈夫なの? っていうか今更だけどごめん、忙しくなかった? まだ仕事中だったりとか』 「あぁ、いや、別に忙しくはない。秘書が有能だからな」 そう言いながら、机の向こうに立つ明智の方をちらりと見てウインクをしてみせたのだが、あいにく明智はスケジュール帳に目を落としていて美希に気づいていなかった。 『秘書さん? ああ、何かその人もテレビで見かけたかもー。何か若くてイケメンだったよね! いいなぁ、今度会ってみたいなぁ』 「それが実物は割と毒舌でな。遠慮がないから、初対面で泣いても知らんぞ」 再び明智の方を見ると、今度は目が合ってしまった。何でこういうときだけばっちり聞いてるんだ、と内心舌打ちをする。 『えー、そうなんだ? ふふっ、でも何かミキちゃん楽しそう。元気そうで良かったよー。あ、そうそう、それで、何で電話したかっていうとね』 どうやら、泉は就任会見のニュースを見て電話をかけてきたのではなかったらしかった。 『ミキちゃん、同窓会の案内って届いてる?』 「ん? 同窓会?」 『白皇の同窓会。来月なんだけどさー』 「あぁ、白皇の……うん、ちょっと待っててもらえるか?」
明智の方に向き直ると、美希が聞くより先に、 「5日前案内が来ていて、『とりあえずスケジュールつきそうか調整しといてくれ』って花菱さんが言ったんじゃないですか」 と言って、先ほどから手にしていたスケジュール帳を美希の前に突きだした。 「……そうだっけ?」 「来月の19日です。公務は夕方までに片付きそうなので、重要な会食などが入らなければ夜は出席できると思いますよ」 電話の相手が判明した段階で次に美希が聞いてくる質問を先読みしていたらしいという事実に軽い恐怖すら覚えながら、美希は電話口に戻った。
「――もしもし。すまんすまん。今のところ、夜は行けることになってる」 『そっかー。じゃあその時は会えそうだねぇ』 「うん、もう何年会ってないかな。学生時代はイヤってほど一緒だったのになぁ」 『ねぇ、本当に。何か不思議な感じがするよ。卒業以来会ってない人とかも沢山いるしねぇ』 「あぁ、そうだな」 ついさっき開きかけて思いとどまった高校時代の記憶が、再び引き出される。 『リサちんは来るって言ってた。せっかくだからと思ってワタル君にも聞いてみたんだけど、やっぱりお仕事が忙しいみたい』 次々と聞こえてくる名前が、懐かしい響きと共に美希のしまいこんだ記憶を呼び覚ましていく。 『それからね、ナギちゃんもちょっとまだ来られるか分からないってさ。何か今ラトビアだかザンビアだかコロンビアだか、よく知らないけど外国に居るって言ってた』 「ラトビアとザンビアとコロンビアはそれぞれ全部違う大陸にあるけどな」 『えっ? ……またまたー、ミキちゃんったら』 小学校から高校まで一緒に落ちこぼれていた美希が言えたことではないが、泉の頭の足りなさは時々心配になるレベルである。 「お前、本当に変わってないな……」 『えへへ……。ミキちゃんは、なんか……ちょっと変わったね』 「……そうかな」 ここまで来ると、泉が次に何を話そうとしているのか、美希にはもう分かっていた。何となく声が沈んでしまった気がする。 『……聞かないんだね、他に、誰が来るかって』 忘れてしまおうと思っていたわけではない、思い出。思い出すたびに、胸を刺されそうになるのが辛いから、ずっとしまいこんでいた名前。 『……あのね、ヒナちゃんも、来るって。みんなに、会いたいなって、言ってたよ』 「……そうか」 『……』 「……なぁ、泉。心配するなよ。私はちゃんと行く」 もう、そろそろ、いい頃合いだと思った。決着をつけるとか、そんな大層なことではなく。 一度会えば、きっと、それで終わるのだろう。それを避け続けて、もう二十年近く経ってしまっているのが、どれほどちっぽけで、どれほど重大なことであるか。美希が一番よく分かっていた。 『うん……楽しみにしてるからね。ミキちゃんに会えるの……みんなに会えるの、楽しみにしてるんだからね』 「わかってる、わかってるよ。あ、そう言えば、泉」 『なあに?』 「ハヤ太君は来るのか?」 『ええっ……えーっと……本人には、聞いてないんだけど……その……』 「ああ、もういいよ。お前のその反応だけでお腹いっぱいだ」 『も、もう、ミキちゃん!』
◇◇◇
「最後のアレは何なんですか」 「んー? ふっ、恋に敗れた者同士の傷の舐め合いってとこかな」 「何寝ぼけたこと言ってんですか。明日は朝から閣議ですよ。さっさと帰りましょう」 相変わらず素っ気ない秘書の背中を追いかけながら、美希は大臣室を後にした。
後部座席に乗り込んだ美希に続いて運転席に座ると、明智は思いがけないことを口にした。 「さて……途中でクレープでも買って帰りますか」 不意をつかれて目を見開いてしまったが、それでも精一杯の憎まれ口を叩いてやる。 「……今はパフェって気分なんだけどな」 「贅沢言ってるとたこ焼きに変更しますよ?」
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以上で終了です。
美希は3人娘でまとめてバカ扱いされていますが,めんどくさい勉強が嫌いなだけで頭が悪いわけではないんじゃないのかなぁと個人的には思っています。 本編の未来を描こうとすると,不確定な部分に自分なりの解釈を与えていかなければならなくてなかなか難しいですが,そこは巧妙にぼかして書いたりして。
ついでに,オリジナルキャラクターについて,設定だけ書いておきますね。
明智俊哉(あけちとしや) 1995年9月20日生まれ(乙女座),29歳 身長173cm,体重55kg,A型 大学院在学中に何気なく応募したら花菱議員の秘書になっていました。 美希に対しては毒舌ですが,仕事ぶりは極めて有能で,美希をコントロールしています。 高校時代は卓球部でした。
昔からちまちまと考えていたキャラクターを使う機会ができて嬉しかったです。
ではでは。次はいつになるか分かりませんが,そう遠くないうちにでも…。 エピローグとか書いても面白いかなぁとも思っていますけど,それよりは連載作品の方ですかね。
感想などいつでもお待ちしています。 それから,前編での誤字の指摘ありがとうございました。
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