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対象スレッド 件名: 花菱美希議員の憂鬱(前)
名前: 春樹咲良
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花菱美希議員の憂鬱(前)
日時: 2013/11/28 22:02
名前: 春樹咲良

遅くなってしまってすみません。
それでは,前編をどうぞ。


◆◆◆

内閣府特命担当大臣(男女共同参画担当)大臣室。時刻は21時半を回った。
「内閣府の内部組織を統括するだけといっても、やっぱりこういうとこには金かけてるよなぁ。
 むしろ、こういうとこにばっかり金かけて、バカなんじゃないかと時々本気で思うよ」
「大臣がオフィスチェアーに座ってくるくる回りながら言うセリフとしてはセンスがありすぎですね。
 マスコミの前でそういうこと言うと、あなたの思ってる以上に面倒なことになるんですから、本当にお願いしますよ」
呆れた声で秘書に窘められている女性は、カチューシャで留めた前髪からこぼれた髪をかき上げながら「わかってるってば」と唇を尖らせた。
まだあどけなさすら感じさせるその姿からは、つい一時間前まで就任会見をしていた大臣の威厳など微塵も感じさせない。
「誰でも持つ感想だと思うがな。言いたかないが、国民を代表している立場の自分を、当たり前のように偉い人間だと勘違いしてる奴をたくさん見てきたんだ。
 そうやってこういう豪華な待遇を当たり前に思ってる奴らにとっては、国民の声なんて右耳から左耳へ通り抜けてるんじゃないか?」
「またすぐそういうことを言う……。っていうかあなたがそういうこと言うのもどうなんですかね。
 政治家の家系に生まれて相当裕福な家庭で育ってきたんでしょう? それこそ豪奢な生活が当たり前だったのでは」
彼女よりいくらか若いであろう青年から放たれた、秘書とは思えない痛烈な指摘に、うんざりといった顔をしていた美希の表情が少し曇った。
「……ふっ。相変わらずなかなか辛辣だな、明智君」
革張りの回転椅子に座ってふんぞり返る様子は、小柄な彼女の姿を一層際立たせて、強烈な違和感を放っている。
直前に見せた表情からすると、虚勢を張っているようでもあった。
「もちろん、その通りだ。私も、父も、祖父もそうだった。普段から何不自由ない暮らしをして、それに少しの疑問も持たずに育ってきた。
 それこそ、カップラーメンの価格の相場なんて今も知らないんじゃないかな、あの人たちは」
苦々しさに若干の諦念も混じった笑みを浮かべながら、美希はそのまま椅子にもたれて天井を見上げた。
子供の頃に見た、祖父の書斎の天井に似ているような気がした。
「政治家の家に生まれるということがどういうことかなんて、いちいち考えて生きてこなかったんだ……まぁ、めんどくさかったからな」
目を閉じると、幼少の頃の思い出が浮かんでくる。
「ふふっ、いつも偉そうにしていた父や祖父が、選挙の時だけは選挙区の有権者に頭下げててなぁ。
 ――昔から本当に不思議だったよ、政治家という生き物が。だから元々、なるつもりはなかったんだ……政治家なんてな」
大学を卒業して広告代理店に就職、30歳になる前に退職して父の秘書になった。
3年前の参院選で祖父・父が築いてきた支持基盤を引き継いで、危なげなく初当選。
世襲議員なんてみんなこんなものなのだろうか、と思っていたが、振り返ってみると美希には自分で選べる選択肢は何もなかった。
大学も就職も、家のコネで入ったようなものだった。
めんどくさいからそれでいいと思っていたはずだったが、結局は親の敷いたレールの上を歩むだけの人生を送り続けて、ここまで来てしまった。
それに気づいたのが、少し遅すぎたらしいことを美希は自覚していた。

自分の境遇が、十分すぎるほど恵まれていることはわかっている。
それでもやはり、これでよかったのだろうかという思いが頭をよぎることがある。
「……自分では好きなように生きてきたつもりだったのに、気づいたら政治家どころか国務大臣なんて役が回ってくるんだからな。やってられなくてこんなことも言いたくなるさ」
「……」
長い沈黙の後に、おどけて言ってみせたが、明智は美希の心境を見透かしたように、真っ直ぐに彼女を見つめていた。
この人の前では、嘘が通じない。
秘書としてそばに置いている間に、そのことがよくわかった。
「……私がこんなことを言ってたなんてことは、この場限りにしてくれよ」
「わかっていますよ。自分でよければ、いくらでも愚痴に付き合います」
あぁ、この感じ、何だか誰かに似ている。前からそう思っていたが、ようやく思い当たった。
「――秘書ですから」
懐かしい、あの執事の姿が、明智と重なった。相変わらず生真面目に不幸を背負っているだろうか……。
胸の奥にしまった、高校時代の思い出の蓋が開きそうになるのを、しかしもう少しのところで美希は思いとどまった。

「さて。いくらお飾りでも大臣は忙しいんですよ。この後も仕事が目白押しです。しっかりしてください、花菱先生」
「……先生はやめてくれよ」
議員になってからというもの、そう呼ばれる機会が増えて本当にうんざりしているのだった。
何だか、どうにも自分には不似合いな気がしてならない。
一応、世間体というものがあるので公の場では割りきって「先生」呼びを我慢しているが、普段は「花菱さん」と呼ばせている。
「っていうかさらっと酷いこと言うなよ。お飾りなのは否定しないが」
若くして有能なこの秘書は、次第に美希の扱いを覚え始め、遠慮がなくなってきた。
美希にとってもその方が気が楽なので助かっている。
「まったく……君に関しては正直、名前のインパクトだけで採用したんだが……」
秘書に関してだけは、美希は自分の意向を強硬に通した。
父に任せておくと、父の息のかかった中年のおっさんが四六時中自分の面倒を見ることになりかねないと思ったためである。
数ある応募の中から、これといって政界にコネクションがあるわけでもない、一介の青年を採用することに当初は難色を示された。
それでも、お目付け役として父の選んだ人物を第二秘書とするのを了承することで無理矢理納得させた。
その後の仕事ぶりについては、その父からも絶賛されるほどであったので、結果としてはよかったのだろう。
20代になってからというもの、機会さえあれば美希にお見合いを薦めて来た父が、最近は「この際だからもう彼を婿にしてしまえ」と言い出してむしろその方が面倒なくらいだ。
「まぁ、結果としては正しい選択だったわけだなぁ、明智君」
「何ですか、褒めても何も出ませんよ」
「人の悪口言っといて、埋め合わせくらいしろよ。仮にも大臣だぞ。偉いんだぞー?」
椅子に座ったまま、今度は机に肘をついて身を乗り出す。
「出たな36歳児。っていうかさっきと言ってること違うじゃないですか」
「いいから、どこからともなくパッと甘いものとか出してくれよ」
「あいにく、秘書にそういうスキルは備わってないんですよ」
「なんだとー?」
年は美希の方が7つも上なのだが、こうして見るとまるで兄と妹のようである。

ピリリリリリ――
そんな中、美希の私用の携帯が着信を知らせた。

◇◇◇


物語の都合上,初めてオリジナルキャラクターを登場させました。
明智君と言います。一応それなりに設定があるのですが,その辺は最後にまとめて。
後編は,明日投稿する予定です。