Re: 「書き方議論スレ」発新企画(企画名未定)※9/12追記 |
- 日時: 2013/09/15 07:47
- 名前: 双剣士
- 管理人ではなく1人のSS書きとして、参加させていただきます。
表現技法の勝負だけではなく多少の改変もありということでしたので、思い切ってきはさんの模範例とは真逆の方向を目指してみました。
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「いつもの通学風景−阿修羅の巻」
心地よい晴れた日の朝。小鳥たちがチュンチュンと新しい1日の訪れを告げ、ご近所さんたちの挨拶の声がこだまする。 挨拶や食事を終えた人たちは、さわやかな笑顔を浮かべながら学校や職場へと旅立っていく。残った人たちはゴミ出しや 庭の水まきにせっせと繰り出していく。古今東西変わることのない、ごく普通の人々の営みの風景がそこにあった。 そんな穏やかな空気に包まれながら、道行く人々の間を自転車で駆け抜けていく1組の少年少女の姿があった。 少年が自転車をこぎ、少女が後輪の軸の上に立って少年の両肩に手を乗せる。学校周辺の地域では珍しくもない、ほほえましい学生たちの通学風景。 ただひとつ違いがあるとすれば……少女は朝寝坊で学校をサボる常習犯であり、そして少年は元・最速の自転車便という二つ名を持っていたことである。
「…………」 バキャバシャ、グワシャン! ガタガタ、ドゥワァァン!! ナギは耳をふさごうと思わず片手を放しかけて、すぐ横Gにあおられて少年の肩に両手を戻す動作を何度も繰り返していた。 彼女の周囲をすさまじい勢いで通り過ぎている光景の数々は、およそ穏やかな登校風景などと呼べる代物ではない。自転車が通り過ぎることで 引き起こされる風圧は周囲の人のスカートを翻すなどという可愛いレベルでは既になく、大人や自動車をよろめかせる台風並みの勢いをも はるかに超えて……まさに破壊神のごとく庭木やポストを風で巻き上げながら周囲の突起物すべてをなぎ倒す、豪快な破砕音を伴っていたのだ。 たとえて言うならマトリックス2という映画に出てくる、恋人を救うために摩天楼を爆速で飛行するネオの通り過ぎた後の破壊跡のように。 ナギにとって、ハヤテの自転車に乗るのはこれが初めてではない。だが日頃は法定速度を守りに守っている少年も、今回ばかりは2段階の変身を 済ませたかのごとく全力でペダルを踏み込んでいるように彼女には感じられた。その速度は法定速度どころか人間の限界をも軽く超えているが 警察に捕まる心配はない。そもそも路地裏や公園やブロック塀の上を時速250キロ超で駆け抜ける自転車に追いつけるパトカーや白バイなど、 到底この世には存在しない! 最初のうちはスリルに胸を弾ませていた少女も、容赦なく襲いかかる風圧と延々と続く縦G横Gの繰り返し、そしてぶつかれば大事故間違いなしであろう 障害物の数々が手前わずか数センチで頬すれすれを右へ左へと通り過ぎていく光景に、いつしか表情は青ざめ、息も絶え絶えになりつつあった。 《なぁ、少しはスピードを緩めてくれてもいいんじゃないか?》 曲がり角を越えてしばしの直線ルートに乗ったタイミングを見計らい、ナギは少年の背中からそう話しかけようとする。だが言葉を交わす余裕が 訪れるのを待っていたのは、どうやら少女だけではなかったらしい。 「それにしても,いつも言ってることですが」 「なんだよ」 「たまには,早寝早起きもいいものですよ。今日もゆっくり朝ごはんを食べる時間なかったでしょう」 「……」 機先を制せられて少女は黙り込む。そう、根は善人であるはずの綾崎ハヤテが今朝に限って容赦なき破壊の権化にならざるを得ない理由は、 まさに背中にいる少女が半端でない朝寝坊をしたせいなのだ。学校をサボるつもりで豪快に朝寝坊をした少女とそれを叱る美人メイドに 『お任せください、不可能を可能にしてみせます』と胸を張った少年が選んだ、法律も良識もかなぐり捨てての大爆走。使命感に燃える少年執事に 向かって、無理はしないでくれなんて言えるわけがない。ましてや怖いからスピードを落として欲しいなんて絶対に言えない。だってそんな言葉を 口にしたら、こっちが負けたことになるじゃないか!
ん? 待てよ、私が文句を言えなくなるのを、ハヤテは最初から読み切ってたんじゃないか? 13歳にして飛び級で高校2年生を務める天才少女の脳細胞が素早く回転する。ひょっとしたら私が内心怖がってることも、ハヤテにとっては 織り込み済みなんじゃないか? こんな異次元すぎるスピードでぶっ飛ばしてるのは学校に間に合わせるためだけじゃなくて、朝寝坊をしたら こんな目に遭うんだぞと私に思い知らせる目的もあるんじゃないか? マリアみたいに言葉で叱ってくれない代わり、ハヤテは実力行使でもって 私の身体に恐怖を染み込ませようとしているんじゃないか? こうして走っていること自体が、ハヤテから私へのお仕置きを兼ねているんじゃないか……。 「お嬢さま」 「ん……?!!」 物思いから現実に引き戻されたナギの目の前に、工事現場の大穴が広がっている。それなのに少年執事はというと、穴に向かって爆走しながら 首だけを後ろに向けて少女へのお小言を続けている。このまま直進したら……ナギの背中に絶対零度の氷柱が突き刺さった。 「昼夜逆転生活もほどほどにしないと,成長期なんですから,お嬢様はそうでなくても……」 「うわああぁぁ!!」 ナギは両手をハヤテの顔に当てて無理やり前を向かせると、焦りと怒りと恐怖に彩られた金切り声をあげた。 「うるさいうるさいうるさーい! お前は黙って運転してればいいのだ! だいたい何なのだそのお小言は! そういうのはマリアだけで十分なのだ!」 「は,はぁ,すみません」 謝罪を口にしながら工事中の大穴を軽々と飛び越える少年執事。ナギは安堵の溜め息をつきながら我が身の不幸を呪った。自分の朝寝坊が 招いた事態とはいえ、こんな命がけのアクションシーンを実体験することになるなんて考えても見なかった。いくら私がバトルマンガ好きだからと いっても限度がある。しかも今日という1日は、まだ始まったばかりなんだぞ。 「まったく,通学中までこんな調子なんて勘弁して欲しいのだ」 力なく愚痴をこぼすナギの身体に、再び強烈な横Gがかかる。危うく舌を噛みかけた少女は慌てて口を閉じると、緊急事態とばかりに 少年の背中に全力でしがみついたのだった。
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やがて白皇学院の校門へと続く直線路へと自転車がたどり着いたのを契機に、少年執事はペダルを漕ぐ脚を緩めた。それは徒歩で登校する生徒たちを 爆風に巻き込まない配慮であったが、また同時にここまで来れば猛スピードを出す必要がないという証でもあった。学生たちが隣を歩いていると言うことは 徒歩並みの速度に落としても始業時間に間に合うということでもあるので。 「んー,そう言えば,お嬢様」 落ち着いた様子で背中の主人に話しかける少年執事だったが、荒い息を整えつつあったナギの方はそれどころではない。まるで高尾山を何十往復も したかのような疲労感と大量の汗を身にまとい、うんざりしながら返事を返す。 「今度は何なのだ……」 「いえ,この間,自転車の乗り方を教えるって話,あったじゃないですか」 「は? ああ,あったっけ,そんなこと」 そういえばルカがハヤテに自転車を教わったと聞いて、自分にも教えろと言ったことがあったような。 「もし乗れるようになったら,自分で自転車漕いで行ってみますか?」 「ええー? うーん……」 回転の悪い脳細胞を起こして、あのときの会話を思い起こそうとするナギであったが……直後にさっきまでの登校風景を思い出し全身を戦慄させた。 ちょっと待てよ、ハヤテだぞ? あのハヤテが自転車を教えるって言うんだぞ? 自分で自転車を漕ぐって、要するにさっきみたいな亜音速の大爆走を 自分でやれるようになれって言ってるんだぞ?! ああ、そういや思い出してきた。あのときルカは『ハヤテ君ってすごいスパルタで、すっごく怖かったんだよ』とか言ってたっけ! それを聞いて確か 『厳しい方と優しい方なら、優しい方がいい』とか答えたような気がするけど……朝の登校時間が賭かってるとなったら、ハヤテのやつ例の営業スマイルを 浮かべながらシレッとハードモードに切り替えそうな気がする。こいつ今も全然息とか切らしてないし……。 「流石にいきなり一人で行けとか言いませんけど,一緒に行くのでも並んでとか」 いいい、一緒に並んでなんて、やっぱりあのスピードで併走する気満々ってことじゃないか! 首輪を付けて引っ張りでもする気か、 それともカスタムチューンした電動自転車でスピードだけ遠隔操縦する気なのか! 今のハヤテならやりかねん! 「いい、いい、いい!」 「え? 何ですか?」 ナギは激しく首を横に振って拒絶の意を示すが、少年執事の方は某ラノベ主人公のごとく聞こえないふりをする。絶望感に捕らわれかけた ナギの目の前が不意に真っ白になった。フラフラの身体のまま急に首を振ったことで軽い酸欠状態に陥ったナギは、力なく少年の背中に全身を しなだれかけながら、息絶え絶えに呟いた。 「今のままで,いい」 こんなことなら……こんな目に遭うくらいだったら、明日は10分、いやせめて5分くらいは早く起きよう。それが意識を失う直前に 引きこもりお嬢様の脳裏に浮かんだ最後の言葉であった。
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