Re: 大切なヒト (10/9更新) |
- 日時: 2013/10/09 11:42
- 名前: サタン
- 「ナギちゃん! ナギちゃんじゃないかな!?」
後ろから大声で声をかけてみても、無視しているのか聞こえてないのか、彼女は振り向いてくれない。 だけど甲高いブレーキの音を響かせながら彼女を追い越しざまに急停止すると、 流石に何事かと思ったのか、顔を上げてくれた。
「…なんだ、ハムスターか」
上げてはくれたけど、私の顔をみたナギちゃんはそれだけぼそっと呟くと、 すぐにまたうつむいて歩き出そうとする。
「ちょ、ちょっと待ってよ! そのスルーっぷりはないんじゃないかな!?」
慌てて彼女の肩を捕まえると、 ナギちゃんはさも鬱陶しそうに振り返り、
「私は今、忙しいのだ…ハムスターなんかに構っている暇はない」
そういうもの言いは相変わらずだけど、 普段この子に備わっていた傲慢さとか絶対の自信みたいなものが、今日の彼女には全くなくて、
「…全然そうは見えないかな」 「う、うるさい! とにかく今は誰とも話したくはないのだ!」
少しも気圧されることなく、彼女と向き合うことができた。 ナギちゃんが自信無さ気なのもいつもと違うけど、 私も私でこうやって普段の様な虚勢―って認めちゃうのもどうかと思うけど… 堂々とした態度でこの子と向き合うこと自体、なかなかありえないことだったから、 そこに違和感と…そして、その理由にもすぐに思い当たったみたいだった。
「ええい、離せ! 私はお前に用など無いのだ!」
それこそいつもの私みたいに、落ち着きなく声を上げてじたばたするのは… 私が何の話をするつもりなのかわかっていて、 その話をしたくない、という意思表示なんじゃないかなと思う。 でも、それで遠慮なんかしてられない。 今日の私は堂々としてるんじゃなく、必死なのだ。
「ごめんね、でもどうしても聞かなきゃならないことがあるの…聞くまでは放さないよ」 「…っ」
そんな必死さが伝わったのか、ナギちゃんは悔しそうに私を見て、 もがくのをやめると、諦めたように顔を伏せてしまう。 それで私は少しだけ間を取って、焦る心を落ち着かせて、
「ハヤテ君のこと、追い出したって…本当、なのかな?」
最初から核心に入る。 …うん、やっぱり全然落ち着いてないかな、私。 でも、仕方ないんじゃないかな…うん。 ナギちゃんはうつむいたまましばらく黙っていたけど、 だんだんその肩が震えだして…
「おまえの知ったことじゃないだろっ!」 「なくないよ!」
キッ、と私を見上げて声を荒げるナギちゃんに、 間髪入れず同じ調子で言い返す。 その勢いに驚いたのか、ナギちゃんはちょっとだけ引いて、
「大体なんでおまえがそんなこと…知ってるんだよ」 「うん、ヒナさんから聞いたの。 偶然ハヤテ君と会って、それでお別れを言われたって… …本当、なのかな?」
ナギちゃんは何も言わないけど、その沈黙がそのまま答えになっていた。
「どうして…なんでそんなことになっちゃったのかな… ナギちゃん、ハヤテ君のこと、好きだったんでしょ?」 「う、うるさいっ! あんなヤツ…あんな裏切り者なんて知らないっ!」 「裏切り…?」
口を滑らせたってことなのかな、ナギちゃんはハッとしたような顔をして、 また顔を伏せてしまうけど… 「ねぇ、ナギちゃん…一体、なにがあったの?」 「…」 「裏切りって…ハヤテ君がそんなこと、するわけ――」 「だって裏切られたんだ!」
下を向いたまま吐き出された彼女の叫びは…涙声になっていた。
「ハヤテは…ハヤテは初めて会った時に私に告白してくれたんだ! ハヤテは私のことが好きで! 私もハヤテのことが好きで! 私たちは恋人同士で…そのはずだったんだ!」
話がよく見えないけど…なんとなく、わかることはわかる。 それは、つまり…
「私は…ずっと好きだったのに! ハヤテのこと…出会ってからずっと、毎日、いつだって好きだったのに! なのに…なのに…あいつは… なんで…どうして私じゃないんだ… どうして…どうしてマリアなんだっ!」
そういうことなんだ… うん、確かにあの人はハヤテ君の好みにピッタリだ。
「そっか…ハヤテ君…マリアさんのことが…好き、だったんだ…」
ぼそり、と独り言のように呟いた私に、ナギちゃんはいきなり睨みつけるような目を向けてきて、
「そうだよ! ハヤテは私より…マリアを選んだんだよ! だからおまえだって! あいつの…ハヤテの心の一番奥に…居場所はないんだ… ふんっ! ざまあみろだ…」
それは私に対する憎まれ口だったけど、 でも、多分私が憎たらしいんじゃなくて、 誰かに当たらないと辛いから、胸が張り裂けちゃいそうだから、なんじゃないかなって…思う。 だって、口でいくら酷いことを言ってても… 泣き腫らして真っ赤になった目は、今まで見たどんなナギちゃんよりも…辛そうで、苦しそうだったから。
…でも。 同情なんて、しない。 気持ちはわかるけど…それに私だって、同情して欲しいくらいだけど…しない。 いらない。 今はそんなこと、したりされたりしてる場合じゃない。 私と、ヒナさんと…この子の為にも――
「だから…追い出したの?」
憎まれ口に全く動じない――どころか、 多分ちょっと…私にしては怖い顔をしてると思う私にナギちゃんはちょっと驚いた顔をして、 ぷい、と顔を背けてしまう。
「そっか…」 「そうだよ…あんなやつ、もう知るもんか! どこへでも行っちゃえばいいん―」
乱暴だとは、思う。 思いながらも、捕まえていたナギちゃんの両肩を思い切り揺すっていた。
「本当にそう思ってるのかな…?」 「う、うるさいっ! だって…だってハヤテは…! 大体なんだよ、偉そうに! お前だってハヤテには選ばれなかったんだぞ!? それなのに…」
体裁も何もなく、今にも泣き出してしまいそうな顔で喚き散らすナギちゃんの姿は、本当に…
「ハヤテ君のこと…好きだったんだね」 「あ…」
瞬間、彼女は硬直して――ちょっとだけ赤くなって、
「う…うるさいっ! あんな…あんなやつ…!」
そこで言葉を区切ったまま、口を開いたまま…ナギちゃんは黙ってしまう。 感情が昂ぶりすぎて、言葉に変換できない…って、そんな感じかな? だけどそれもだんだん落ち着いてきて、
「好きだったよ… マリアよりも、おまえなんかよりも…ハヤテのことを一番好きだったのは私なんだ!」 「でも…今はもう、嫌いなの?」
ハッとナギちゃんは泣き腫らした目を見開いて私を見て、 すぐに視線をそらして、
「だって…ハヤテは…」 「ハヤテ君がマリアさんのことを好きだってわかったから?」 「…」
多分、そんなこと考えてもいなかったんじゃないかな。 真っ先に“ハヤテ君に裏切られた”って言ってたし、 きっとそれだけで頭が一杯で、何も考えられなかったんじゃないかな。
「ねぇ、ナギちゃん」
その気持ちは、わからないこともないんだ… この前…ハヤテ君に二度目の告白をして、振られたとき… 抱いた感情の種類は全然違ったけど――
「もしかしたら聞いてるかもしれないけど、 私ね…ハヤテ君に告白して、振られたんだ」
あはは、なんて情けない笑いがつい出てしまう。 っていうか、笑い話にでもしないと、やっぱり重いんだよね…
「それも二回も」
唐突に始まった私の告白にナギちゃんは、ちょっとは驚きつつ… でも半分くらいは呆れつつって感じで、
「だから何だよ…なんの自慢にもならないぞ、そんなもの」 「はは…うん、そうだね」
雑な口調で突っ込みを入れられたけど、 それ以上はなにも言わない。 続きがあるってわかってて…聞いてくれるってことなのかな。
「一度目はね、ナギちゃんと会う前のこと…突然いなくなったハヤテ君が学校に来たときに、 もう会えない、みたいに言われて…思わず、だったんだ…振られたけどね」 「…ふん」 「それでね、二度目はついこの前。 ほら、クリスマスってやっぱり…好きな人と過ごしたいなーって思ってさ、 でも多分普通に誘っても断られるだろうなって…だからね、勇気を出して二回目の告白をしたんだ…」
結果はまぁ…前述のとおり、かな。 別に勝機があったから告白したわけじゃなかったし、こうなることは覚悟してはいたけどね… やっぱり、本当にショックで…
「ダメ、だったんだろ?」 「うん…流石に、ちょっと辛くてね…試験休みの間、ずっと引き篭もってたんだ…」
こんな辛い思いはたくさんだと思ったよ。 だからもう、ハヤテ君のことは諦めようかって…本気で考えたりもした。
「でもね… ヒナさんからハヤテ君がいなくなっちゃうって聞いて、気が付いたら家を飛び出してたんだ… やっぱりまだ私…ハヤテ君のことが好き、みたい」
ナギちゃんは、何も言わない。 呆れてるのかもしれないけど、
「さっき、実感しちゃったんだ。 振られたばかりでも、振り向いてもらえなくても… やっぱり…私、ハヤテ君のこと好きなんだって… だって、ずっと…ナギちゃんよりずっと前から好きだったんだから!」
なんでこんな話、してるのかな…ハヤテ君を探さなきゃならないのに…
「ナギちゃんは…ハヤテ君が自分のことを好きだったから、好きだと思ってたから、 ハヤテ君を好きになったのかな?」
でも…うん、ナギちゃんには、気付いてもらわなくちゃいけない。
「ハヤテ君が他の誰かを…マリアさんのことを好きだってわかったら、もう嫌い…なのかな?」
この子が許してくれないとハヤテ君には帰る家もない、っていうのもあるけど、 それより、同じ人を好きになった者同士だから、かな…放っておけないや…
「…私は、好きだよ。 ハヤテ君のこと…大好きだよ… 振られてもハヤテ君が他の人のことを好きだってわかっても! それでも大好きだよっ!」
いけない…涙、出てきそう… でも…うん、まだ我慢しなきゃ。
「だから、ハヤテ君に会えなくなるのは…寂しいよ… 二度と会えないなんて…そんなの…嫌だよ…」
考えるだけで泣きそうだよ… だけど、あと一言…
「ナギちゃんはいいのかな… ハヤテ君と、もう二度と会えなくなっても…顔を見ることも、お話することも…できなくなっても…」
うぁ…ダメだ…涙、出てきちゃった…うう…年下の子の前で泣きたくなかったのになぁ… でもきっと伝わったと思う。 だって私たちは――
「…会いたい」
――うん。 当たり前だよね。
「会いたいよ…会いたいに決まってるだろ!」
私たちは、同じ人を好きになった者同士… 思うことは…一緒だよね。 彼女の答えを聞いて、私は涙を流しながら、それでも思わず微笑んでしまう。 けどナギちゃんは、
「だが私は…ハヤテに出ていけって… 二度と顔を見せるなって…だからもう、ハヤテはきっと、私のことなんて――」
その台詞を最後まで言い終える前に、 ナギちゃんの肩に置いた手に、ぎゅっと力を込める。 驚かせる為じゃなく、私の思いが…伝わるように、って。
「本当に、そう思う?」
ハヤテ君のこと、好きだったんでしょ? 今でも好きなんでしょ? だったらハヤテ君のこと…よーく知ってるはずなんじゃないかな?
「私の好きなハヤテ君はね…すっごく優しくて、包容力のある人で… だからさ、きっと…許してくれるんじゃないかな?」
…そう言った次の拍子だった。 それまでの不安げだったナギちゃんの泣きそうな顔が、途端にぴくっと引きつって、
「わ、私の好きなハヤテだってそうだ! オマエが知ってるよりずっと優しくて、親切で、度を越してお人よしで…!」
うん、なんだか…やっといつものナギちゃんに戻ってきたかな。
「だったら…」 「む?」 「ナギちゃんも…ハヤテ君のこと、許してあげなきゃね…」
いったい“何”を許すのか、“どこまで”許すのか… それはもう私がどうこう言うことじゃない。 後は彼女次第だから、その顔をじっと見ながら答えを待つだけ。 ナギちゃんは考え込むように目を伏せるけど…もう、その顔はさっきまでの泣き顔じゃない。 その目はどこか一点を睨むような強い光を帯びて、 かと思えば辛そうに眉をひそめ、目を細め、 やがてぎゅっと目を瞑り―― 最後に、ぽろり…と涙を一粒だけ落として、
そして見開かれた瞳には、もう迷いの色は見当たらなかった。 私の知ってる――いつものナギちゃんだった。
だから今更、彼女の決心を聞くまでもなかったし、 そうなると今一番大事なのは…
「じゃあナギちゃん、二人でハヤテ君を探そう! きっと、ううん、必ず見つかるから!」 「いや、それは無駄だろ」 「…へ」
あれ? ええと、私…もうちょっとこの子の心に響くようなこと、言ったつもりだったんだけど…
「…な、なんて言ったかな、ナギちゃん?」 「だから私とお前でハヤテを探すなんて、今更無駄だと言った」
…がーん。 そ…そ、そ…
「それはないんじゃないかなナギちゃん!? 人が折角、ちょっといい感じに喋ってみたっていうのに、もーちょっとなんとか――」 「ええい五月蝿い黙っていろ!」
… なんだかがくっと膝を落としそうになった私なんかに興味ないとばかりに、 ナギちゃんは携帯を取り出して、 「…私だ、クラウス、まだ外出中か? うむ…そんなのは放っておけ! いいか、ハヤテを探せ! 今すぐにだ!」
あ…
「これは最優先事項だ! 他の仕事も付き合いも後回しで構わん! 手段を選ぶ必要もない! とにかくあらゆる手を使って、何が何でも! 一秒でも早く! 絶対に探し出せ! 発見次第私もそこに向かう! いいなっ!?」
多分相手の人はほとんど何も言えなかったんじゃないかなって思うくらい、 ナギちゃんはもの凄い剣幕でまくしたてて、 ぴ、と通話を終える。 そして顔を上げた彼女はなんとなく恥ずかしそうな顔つきをしていて、
「…まぁ、そういうわけだ。 オマエなんかが一晩その自転車で走り回るより、よっぽど確実だろう」 「ん…そうだね」
本音を言えば、自力でハヤテ君を見つけたかったかな、とも思ってる。 でも…うん、そうだよね。 ヒナさんにああ頼まれはしたけど…今のハヤテ君を止めることができるのは、 やっぱりナギちゃんしかいないからね。 だからちょっと悔しいけど――
「いいか? ハヤテは三千院の名にかけて、私が必ず連れ戻す! …だから、まぁ…安心しろ」 「…うん?」
あれ…ちょっとナギちゃんにしては…なんと言うか…安心しろって…私に?
「だがな!」 「は、はい!?」 「いいか! 連れ戻すのは私の為だからな! マリアにも、そしてもちろんお前にも…ハヤテを渡すつもりはない! わかったな!」
びしっ! と私に指を突きつけて言い放つ彼女の姿は、 ちょっと無理しているのかもしれないけど、それでもやっぱりナギちゃんらしくて…
「わ、私だって! まだまだこれからなんだからね! 勝負だよナギちゃんっ!」
私も私で、踏ん反り返って突きつけられた指と彼女の視線を受け止めてみる。 お互いに目は泣き腫らして真っ赤だし、ほっぺたには涙の跡がついてるしで、 そのくせこんな空威張り合戦みたいな感じになっちゃって、 端から見たらさぞかしおかしいんじゃないかな、とも思うけど、 でも、なんだろう…ナギちゃんとは改めて分かり合えたような気がする…かな。
…と、そんなことをふっと考えたとき。
キキ――ッ!
「うわ!?」
唐突に、もの凄いスピードで黒塗りの車が数台、私たち目がけて走ってきて、 ブレーキ音を響かせて停まったかと思いきや、今度はやたらいかつい黒服の男性達がワラワラと降りて来て、
「お嬢様、お迎えに上がりました!」 「ん、ご苦労。 ハヤテの居場所は見つかったのか?」 「既にある程度は絞り込めています。 正確な場所はまだですが、時間の問題と思われますので…」
あぁ、ナギちゃんのところの人たちか…どおりで見覚えがあるわけだよ。 …なんだか捕まえられたり追いかけられたり、嫌なイメージしかないんだけどね… でもとりあえず、安心して良さそうな雰囲気かな。 あとは…ちょっと悔しいけど、ナギちゃんに任せるしか…
「わかった、では早速その近辺に向かうぞ」 「はっ!」 「ハヤテ君のこと…お願い!」
車に乗り込んだナギちゃんは、ちら、と私の顔をみてからそっぽを向いて、 ふん、と鼻をならして、
「任せておけ、ハムスター」
やっぱりちょっと恥ずかしそうに言って、 そしてすぐに窓を閉めた。 彼女を乗せた車はもの凄いスピードで走り出し、 テールライトはすぐに他の車に紛れてわからなくなってしまう。 後には夜空を背景にやたら明るい街並みがあるばっかりだったけど、 ナギちゃんを乗せた車が走り去った、そっちの方向にハヤテ君がいるのかなって思うと… 「お願いだよ…ナギちゃん…」
いつまでも、その景色から目を離すことは、できなかった。
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