Re: 大切なヒト (9/3更新) |
- 日時: 2013/09/03 15:25
- 名前: サタン
- 「あら、でも時期が時期ですし…そうですねぇ、例えば西沢さんなんか、
彼女の方から会いたがったりされたんじゃないですか〜?」 「あ…」
なんでしょう…ハヤテ君は先程のように即座に否定せず、 ですが、なんだか酷く申し訳なさそうな顔をしてしまいます。 うーん…もしかして、あまり触れてはいけないところだったのでしょうか…
「あ、あの…あまり聞かれたくないこと、だったでしょうか?」 「あ、いえ! 別に、そういうわけでは…」
ハヤテ君は慌てて取り繕うような笑顔を見せて、 何でもないことのように振る舞いながら、
「西沢さんからは確かに誘われましたけど、ちゃんとお断りしましたから!」
はっきりとそう言いました。
「そ、そうですか…それはお疲れ様でした」 「いえ、別に」
ハヤテ君の言う“ちゃんと”というのが一体どんなものだったのか。 彼の様子から、なんとなく想像できます。
「よかったのですか? その…西沢さんは、ずっとハヤテ君のこと…」
それは多分、私に言われるまでもなくハヤテ君が一番わかっていること。 ナギよりも、私よりも、ずっと前から知っていて、その頃から一途に想っていてくれた人。 断られた彼女は本当に辛いでしょう。 でも、断ったハヤテ君だって。 間違いなく西沢さんへの罪悪感にさいなまれているに違いありませんそういう人なのです。
「あの…こういうことを言うと気分を悪くされるかもしれませんが、 “ちゃんと”ではなく、やんわりと、と言いますか、保留するような感じにはできなかったのですか?」
そう、ハヤテ君一流の天然ジゴロ属性で。
「それは西沢さんに失礼ですから…」 「まぁ、今は借金で恋愛どころじゃないのかもしれませんが、ハヤテ君だっていつかは…」
いつかその枷から解放されたその時に、ハヤテ君がナギの方を向いていてくれるのか、 それとも他の誰かを見ているのか。 前者であってくれれば一番丸く納まるのですが、 そこは結局ハヤテ君次第ですし、やはりハヤテ君自身の想いを尊重すべきでしょうから…
「はい、でも…」
ハヤテ君は私の顔をちらちらと窺いながら、なんだか喋りづらそうに口篭もります。 ですがまだ先が続きそうなので、私はなにも言わずに言葉を待ちます。 私が口を挟む気がないとすぐにわかったのか、ハヤテ君は口を開いて、
「実は、その…」
言葉が途切れ途切れなのはもったいぶる、というよりも、本当に恥ずかしいからのようで、 うつむき気味の赤い顔で、上目使いにこちらを見ながら…
「す、好きな人が…いるんです…」
どきん、と。 心臓が大きく鼓動を刻みます。 好きな人が、誰かを好きになったと言う… 成就させるつもりのない恋なのに、そのはずなのに… それなのに、たったそれだけのことで私は…こんなにも動揺していました。
むしろハヤテ君が誰かを好きになれば私のこの想いもきっと淡く薄れて、 ただの初恋の思い出として胸の奥にしまっておける、とすら思っていたのに…
「そ、そうだったんですか」 「はい…」
どう反応すればいいかもわからず、どうでもよさげな答え方をしてしまいました。 ハヤテ君もまた、それ以上何を言うべきか、言わないべきか、迷いがあるのか恥ずかしいのか。
本来なら、そこで会話を打ち切るべきだったのかも知れません。 私がハヤテ君の恋愛に興味を持っているということだって、 そもそも気取られたくはなかったはずなんです。 ですが、気になって… ハヤテ君が、私が想いを寄せるこの人は、一体誰のことが好きなのか… 気になって仕方ないのです。 それで私は、あくまでも冗談っぽく、
「えーち、ちなみにハヤテ君の好きな方というのは、どなたなんですか?」 「そ、それは! えぇと、その…」
んーいけませんね…深入りすべきではないと胸の奥から警告の声が聞こえるのですが、 どうも赤くなってうろたえるハヤテ君を見ていると、意地悪の虫が騒ぎ出して…
「そうですね…一番可能性がありそうなのは、 やっぱり美人で頼りになる、ヒナギクさんじゃないですか〜?」 「ち、違います!」 「あら」 「確かに、その、ヒナギクさんは憧れるところはあるって言うか、 そういうのはありますけど」
んー、結構本命のつもりだったのですが、違いましたか。 となると、そうですね…ある意味大穴ですが。
「ひょっとして、ナギ?」 「違いますっ!」
これも外れ。
「前にも言ったじゃないですか! 僕はロリコンになる気はありませんっ!」 「そうですか、一年も一緒でしたから、ひょっとすると克服されたかなと思ったんですが」 「そういうのは克服とは言わないと思いますが… と、とにかく年下よりも年上なんです、僕の好みは!」
ハヤテ君もだんだんテンションが上がってきてますね、なんだか妙に力が入ってきています。 まぁ…人のことは言えませんが。
「年上と言いますと…桂先せ…」 「違います!」 「では…」 そうやって絞りこんでゆけば、いずれは正解に辿り着く、その方法自体には間違いはありません。
「うーん、では牧村さん?」 「いいえ」
こうして、消去法で候補を消していって…
「サキさんとかは?」 「違います」
そうすれば、最後に残るのは
「もしかしてヒナギクさんのお母さ…」 「いくら若々しくても同級生の母親に手出しはしませんっ!」
あと他に…ハヤテ君と縁のある、年上の女性… んー、あとは… ……
…
ふと。 おかしなことが頭をよぎりました。 そういえばもう一人… ハヤテ君の身近に、一つ年上の女の子が…いましたっけ…
それは、軽い冗談のような感じで思いついた、 ですが少しも笑えない…決して考えてはいけないこと。 あるはずがない、そう思いながらも、 私はハヤテ君にこんな話題を振ってしまったことを後悔しました。
さっきからハヤテ君が見せている、恥ずかしげな様子。 これがもし、好きな人を言い当てられそうだから、なのではなく、 その“誰か”のことを、今この場で口にしようとしているから、なのだとしたら…
「あ! すみませんハヤテ君! 私、お洗濯をせねばなりませんので、こ、これで失礼しますね!」 「あ…」
何か言いたげなハヤテ君に背を向けて、私は慌てて部屋を出ようとして、
「待ってください!」
その声に引かれるように駆け出すのが遅れた私の手は、ハヤテ君に捕まえられて、
「ハ…ヤテ君?」
ドキドキと、鼓動が早鐘のように高鳴っています。
「あのマリアさん…」
名前を呼ばれ、恐る恐る振り返る私のことを…私の顔を、 ハヤテ君は真っ赤な、だけど真剣な顔で見つめていて…
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