Re: 大切なヒト (マリアさん誕生日記念完結) |
- 日時: 2013/12/24 10:45
- 名前: サタン
- は…っ、はぁ…っ、はぁ…」
もう二度と戻ることはない――
数時間前、そう思いながら閉じた門を、今こうして開いて、 僕は、お屋敷へと戻ってきました。 帰ってきた…帰ってこれたと思うと、胸にじわりと込み上げてくるものもありますが、 今はそんな感慨に浸っている余裕なんてありません。 息が整うのを待つのももどかしく、玄関までの道を一気に走り抜け、お屋敷へと駆け込んで――
「マリアさんっ!」
彼女の姿を求め、その名を呼びますが…
「………」
返事は…ありません。 すぐに駆け出してマリアさんの部屋に向かい、 扉の前で一呼吸して息を整えると、 逸る心を抑えながら軽くノツクして――
「マリアさん。 僕です…ハヤテです」
…やはり、返事はありません。
「…失礼します」
扉を開いても、部屋にはマリアさんの姿はありませんでした。 なんとなく、ですが…そんな予感はありました。 お屋敷中を駆け回ってみても、やはり探し求める彼女の姿を目にすることは叶いませんでした。 少しだけ、嫌な考えがよぎります。 僕が出ていって…お嬢さまも飛び出してしまって… マリアさんがここに残る理由は――
そんな想像を、頭を振って追い出します。 代わりに思い出すのは、あの人と過ごした日々のこと。 マリアさんとここで重ねた、沢山の時間のこと…
そんな幾つもの思い出の断片から、どうして“そこ”を選んだのか… 特に根拠があったわけではありません。 ですが…僕の足は、自然とお屋敷の外へと向かいました。 広大な三千院家の庭ですが、目指すところはただ一ヶ所。 いつか、落ち込んだ僕を励ましてくれた…導いてくれた… あの、池のほとり。
――そこに、彼女は居ました。 石の上に腰を掛けて、膝を抱え、顔を伏せて。 月明かりの下、うずくまっていたマリアさんの背中は…本当に頼り無く、小さく見えました。
僕は呼吸を整えると、逸る心を抑えながら…一歩、一歩と彼女に歩み寄ります。 ざ、ざっ、と…静かな夜の空気に、僕の足音はいやに大きく響きます。 ですが、その音がマリアさんにも届くであろうところまで行っても、 彼女は振り向いてはくれません。 僕はそのまま、彼女まであと数歩、というところまで歩み寄り、 胸の奥から溢れだしてしまいそうな感情を言葉に変えて、
「マリアさん」
ゆっくりと紡いでゆきます。
「僕です…ハヤテです…」
マリアさんの肩がぴく、と揺れたのは、ただ風のせいなのかも知れません… マリアさんは、それ以上は動かず…何も言わず…
「マリア…さん?」
聞こえていないのか、もしかしたら…無視、されているのか…
背筋を冷たい感触が走ります。 僕は、マリアさんも僕と同じ気持ちだとばかり思っていました。 ――別れたくないって、もう一度、会いたいって…
ですが…思えば、僕はこの人を…置き去りにしたのです。 僕の身勝手な告白で心を乱し、 それでも想いを告げてくれた…応えてくれた彼女を置き去りにして、 僕は一人…お屋敷を逃げ出したのです… だから…これは、仕方ない…受けるべき罰のようなもの、なのかも――
「あなたは――」
そんな勝手な想像に、一人で眉をひそめかけていたそのとき、 その声は確かに聞こえました。
「あなたは…本当に、ハヤテ君…なのですか…?」
聞きたくて堪らなかった彼女の声は、夜風に紛れて消え入りそうなほどか細く、 そして、
「マリアさん…?」
どう答えてよいのかわからない…その真意を測りかねる言葉でした。 為すべきこと、言うべきことが見つからず、僕はただ一歩、マリアさんへと歩み寄ります。 じゃり、と…冬の地面を踏む靴音に、マリアさんの身体が今度は間違いなく、 ぴくり、と反応します。 でも…こちらを振り向いてはくれません。
「今まで何度も聞きました…ここにきてくれた、ハヤテ君の足音を」 「え…?」
一体…何を…?
「でも、振り返るとそこには…ハヤテ君はいませんでした。 そうですよね…ハヤテ君は、もう…ここにきてくれるはずがないのに…」
どうすればいいのかは…わかりません、でも… 今、僕の為すべき事はきっとこうだって…直感に背中を押されて、 また一歩、マリアさんの背中に近づきます。
「そう思って振り返るのをやめようとしたら…今度は、ハヤテ君の声まで聞こえてくるんです… 私の名前を呼んでくれる…ハヤテ君の声が」 「マリアさん…僕は…」
もう、一歩。
「でも…でも! それでも! 振り返るとハヤテ君の姿はなくて… わかってるんです! ハヤテ君が戻ってくるはずがないって! 戻ってこられるわけがないって! 足音も、声も…全部私の心が勝手に作り上げた、幻聴に過ぎないって…わかっているんです…」
ずき、と胸が軋む思いでした… マリアさんは…こんなにも…
「だから、もう振り返らない…振り返れません… もしまた、幻だったら…振り返ってもハヤテ君がそこにいなかったら… 私は…私は、もう…う…ぅう…っ、っく…ぅ…うぅう…」 「マリアさんっ!」
その名を呼んで…いや、叫んで―― 僕は、彼女を後ろから抱き締めていました。
「幻なんかじゃありません! 僕はここにいます…綾崎ハヤテは…ここにいます!」
声を張り上げたのは…怒っていたから。 マリアさんにではなく、この不甲斐ない自分自身に。 この人は、こんなにも僕のことを想っていてくれていたのに… そんな人を…置き去りにして逃げ出した自分に… 少しでも疑ってしまった、自分に!
…でも、今は自責の念に駆られている場合ではありません。 この腕の中で震えている華奢な肩を…愛しい人の冷えきった身体を、少しでも温めてあげたくて――
「マリアさん…」
もう一度、今度は彼女の耳元で囁くように名前を呼んで、 ぎゅっと…抱き締めました。 永久に失ったと思った、この人の温もりを…僕の身体に刻み込むように…
「…ハヤテ…君…?」 「はい」
マリアさんの手が、彼女を抱き締める僕の腕に触れました。 こうして抱き締められても…それでも、まだこの感触が信じられない… 信じたい、けれど…信じるのが怖い、とでも言うように…恐る恐る、微かに触れて、
「ハヤテ…君…」
僕の腕をぎゅっ…と掴んで… そして、確かめるように発せられた声。
「本当に…本当に、ハヤテ君…なのですね…?」
その声は震えていました。 すがるような声に応える為に、僕は彼女に腕を預けたまま立ち上がり、 膝を抱えてうつむいたままのマリアさんの正面に立って、 小さく、ですがはっきりと言葉にします。
「マリアさん」
幻じゃないって、伝えるために。
「僕は ――――ここにいます」
マリアさんはゆっくりと顔を上げて 目と目が、合って、
「ハヤテ君…」 「マリア…さん…!」
もう二度と会えないって…一度はそう覚悟すらした最愛の人の顔は、月明かりに照らされて、 そこに浮かぶのは、涙の跡が残る頬、泣き腫らした目。
そんな彼女の悲痛な表情を見て、すぐに理解しました。 僕に裏切られたお嬢さまを、西沢さんが支えてくれました。 そんなお嬢さまとヒナギクさんが…絶望を抱えて去って行こうとした僕を、再びここへと導いてくれました。 でも…マリアさんはその間、ずっと独りだったのだと。
僕とお嬢さまの間の誤解をただ一人、知っていたこの人は、 僕のことを想ってくれるようになったその日から、ずっと苦悩していたのだと。 そして…その誤解が招いた出来事の責任を、きっと全て自分のせいだと思い込んで、 この寒い夜に、ずっと一人…ここで膝を抱えて…自分を責めていたのだと…
「――ハヤテ君っ!」
だから僕は、すがりついてきた彼女を受け止めて、 そして僕も、彼女の背中に腕を回して…思いきり抱き締めて――
「もう…会えないって…お別れなんだって… ハヤ…っ、く…ぅあ、あぁ…う、うぅ…!」 「もう、どこにも行きません…ずっと、そばにいます… マリアさんのそばにいます!」
僕がお嬢さまたちに支えられてここへ戻ってこれたように、 今度は…僕があなたを支えます。 だから泣かないで…笑顔を見せてください…… って、言いたかったのですが、 ダメでした。 僕も…涙が、抑えきれなかったから――
やがて、マリアさんの嗚咽はすすり泣きに変わり、それも静かになってしばらくして、
「…ごめんなさい、ハヤテ君…恥ずかしいところをお見せして…」 「いえ、気にしないで下さい。 僕も似たようなものですから…」
顔を上げたマリアさんの表情に微笑みはまだ戻ってはいませんでしたが、 涙で潤む瞳は、少しだけ安堵の色を湛えていてくれました。 ですが…まだ、話さなくてはならないことも、話したいことも残っています。 それを全て伝えなくては、マリアさんの笑顔をもう一度目にすることは叶わないでしょう。
「寒いとは思いますが…少し、お話していいですか?」 「はい…私も聞きたいことがありますから…」
僕は一度マリアさんから離れると震える彼女に僕のコートを羽織らせて、 石の上に並んで腰をかけました。
「…お嬢さまが、追い掛けてきてくれました」 「ナギが、ですか…」
寒い中、マリアさんをいつまでも座らせておくわけには行きません。 それに…彼女の聞きたいことと、僕の話したいことはきっと同じでしょうから、 前置きはなしです。
「はい。 一緒に帰ろうって…昨日までのように、マリアさんと、僕と… 三人で、このお屋敷で暮らしたいって…言って下さいました」 「あの子が…」
それはマリアさんにとって、余程意外だったのでしょう。 うつむいていた顔を上げて、目を見開き気味にして、
「あの子は、ハヤテ君が出て行った後…私に、“ウソツキ”って言い残して、飛び出して行きました。 私のことも、ハヤテ君のことも…とても許してくれるようには見えなかったのですが…」
僕も、そう思っていました。 それに、許してもらおう、とも思ってなかったのですが…
「ちゃんと聞いたわけではありませんが… 途中で西沢さんと出会ったようで…多分、親身になって話してくれたんだと思います。 それから…僕を捜してくれて… 最後のギリギリのところで、僕をここへと繋ぎ止めて下さいました」 「そうだったんですか…」
マリアさんの表情に、微かな安堵の色が浮かんでいました。 僕が勝手に戻ってきたわけではなく、お嬢さまがそれを認めて下さっていること… そうでなくては、僕が帰ってきたとは言えないのですから。 ですが、マリアさんにいつもの素敵な微笑を浮かべさせることはまだできません。
「でも、そうすると…」
不安げな口調でそれだけ言って口をつぐむマリアさんもまた、わかっているのでしょう。 これだけでは…お話は振り出しに戻ったに過ぎないのです。 僕とお嬢さまの間の誤解こそはなくなりましたが、それは潜在していた問題が顕在化しただけのこと。 解決とはまったく違います。 そして実際に、まだ何も解決してはいないのです。 でも…だからこそ、マリアさんに伝えなければいけないことがあります。
「お嬢さまに、まだ諦めないと言われました」 「諦め…」
言葉の意味を少しだけ考えたのか、ひと呼吸ほどの間を置いて、
「それは、ナギが…ハヤテ君のことを…ということですか?」 「はい」
僕を見上げる彼女の表情に、再び不安げな陰が射します。 でも…
「その上で、こうも言われました… “それでもお前が、お前の今の気持ちを貫くというのなら…私にそれを認めさせてみせろ”…って」
その言葉が暗示するのは、この先の平穏ではない日々。 確かにそこには希望の光も見えてはいますが、
「ナギに…認めさせる、ですか…」
それがどれだけ困難であるかは、お嬢さまと付き合いの長いマリアさんのこと。 僕以上に実感されていることでしょう。
「はい…そんなわけで正直、この先どうなるか… お嬢さまがどうされるかも、僕がどうなるかも…まだ、はっきりとは何も言えません」
こんな時、自信をもってマリアさんを安心させてあげられるような言葉をかけてあげられればって…思います。 ですが、僕は…まだ未熟です。 借金だって一年働いた分だけ、つまり40分の1しかお返しできていません。 執事としてもまだまだ一流には程遠く… これでは、お嬢さまから認めてもらう以前の問題です。 でも…いえ、だからこそ――!
「だから、まずは借金を全額返済すること…そこから始めようと思います!」 「…はい?」
マリアさんが思わずきょとん、とした顔をされますが、僕はそのまま話し続けます。
「借金を返して…その上で僕は、成り行きなんかじゃなく… 自分の意思でお嬢さまの執事になります!」 「は…はぁ」 「そして…執事として、お嬢さまからも、誰からも認められるような、 一流の執事になって見せます!」
それで一旦、言葉を切って、 僕の意図を測りかねる、といった感じでぽかんとしているマリアさんに笑いかけながら――
「それくらいにならないと、 マリアさんと釣り合うなんて誰にも認めて貰えそうにありませんからね」 「…!」
僕の想いが伝わってくれたのでしょうか、 マリアさんの表情からは不安げな色は薄れ、頬に微かな朱が差して――
「ですから、すみませんマリアさん…しばらく待って下さい。 僕は出来るだけ早く借金を返して、必ず一流の執事になって、そのときこそ…マリアさんを…」
それ以上は、今はまだ言葉に出来なくて、 ただ、この想いが伝わってくれるようにと…彼女のことを見つめました。 マリアさんは目を逸らしたりせず、僕の目を見て… そして、軽く目を細めて…
「…でもそれでは、下手をすると40年待たなくてはいけないかもしれませんねぇ」 「え!? あ、いや! そ、そんなにはお待たせしません! 二、三年のうちには何とか、いや! 必ず! ほら、白皇の伝統行事なんかもありますし、それで――」 「冗談ですよ」
そう言って僕を見上げるマリアさんは、悪戯っぽく、 だけど、とても魅力的に…
「40年だって50年だって…ずっと、待っていますよ」
笑ってくれました。 ずっと見たかった、この人の…大好きな人の、大好きな笑顔を見て… 「…できるだけ、お待たせしない方向で…」 「はい♪」
やっと、心から思うことができました。 僕はここに…マリアさんの元に、帰ってきたんだ、って。
「…初めてハヤテ君と出会ったのも、月の綺麗な夜でしたね…」
しばらくお互いに黙ったまま座っていましたが、 ふとマリアさんが口を開きます。
「そういえば…」
月を見上げながら、一年前のことを思い出しているのでしょうか… 月明かりに照らされたマリアさんの横顔に見惚れながら、 僕も一年前のあの時に、思いを馳せてみました。 どんな天気の気まぐれか、ちらつく雪の合間から満月の光が降り注いでいた、 あの晩のこと…
「あの時は驚きました… まさかあんなところに人が倒れているなんて、思いもしませんでしたから」 「あ、あはは…まぁ、そう思うのが普通かと…ははは…」
クスクスと笑うマリアさんに、僕も同意せざるを得ません。 自分でも、まさか人生を諦めて雪の中に我が身を投げ出すことになるなんて、 その直前まで想像できませんでしたから。
「まぁ、衝撃の出会い、でしたねぇ」 「衝撃的過ぎて、私は少し心配でしたが…」 「あはは…」
でも、本当に衝撃的でした。 死のうと思って道のど真ん中で倒れていた分際で、 自転車に轢かれて文句を言おうとして… そんなこと、一瞬でどうでもよくなってしまうくらい、綺麗な人に出会ったこと。 それだけでも、十分に衝撃だったんですが…
「覚えてますか? あのとき、マリアさんは僕にマフラーをかけてくれて…」 「はい…だってハヤテ君、あんな雪の中で、凄く寒そうな格好だったから…」
寒空の下で綺麗な人と出会えた感動も、 彼女と話しているうちに荒んだ胸に湧いた嫉妬の念で消え失せて… そんな気持ちを抱えたまま、逃げるように去って行くつもりだった僕の肩に、 不意にかけられたマフラー… 「あの時、マリアさんがかけてくれたマフラーは、本当に…温かくて… 卑劣な事を考えていた自分が情けなくて…優しさが…嬉しくて…」
本当に、情けないくらい大泣きしてしまいました。
「もしあのとき、あのままマリアさんと別れていたら、僕はどうなっていたか… 最低ギリギリのところで泥水をすすりながら生きていたか、 僕の両親のように、卑劣な人生を歩んでいたか… それとも、呆気なく借金取りに捕まって…今頃は…もう…」 「ハヤテ君」
あの、救いのない夜の気持ちを思い返しかけた僕の手に、マリアさんの手が重ねられて…
「ハヤテ君は今、ここにいます。 こうして…私の隣にいてくれます」
優しく微笑んでくれます。
そうでした。 そんな僕を待っていたのは、新しい日々、そして…沢山の、素晴らしい出会い。 それも、これも、全て…
「…あのとき、マリアさんが優しくしてくれたお陰です」
初めて出会って、この人の優しさに触れて… きっとそのときから…僕の心の中にはマリアさんがいたのだと思います。 この人のことが好きだって気付いたのはそれからずっと後のことでも、 あの瞬間…彼女へのこの想いは、きっと僕の胸に生まれていたんだと…
「それでは、今日は一年前とは逆ですね」 「逆、ですか?」
柔らかな笑顔で上目使いに顔を覗き込まれて、 顔が火照るのを感じながら、思わずちょっとのけぞってしまいます。
「今日はハヤテ君が、私にコートを羽織らせてくれて、 そして何より…こうしてまた、私の前に来てくれたのですから…」
マリアさんは笑顔のまま、だけどその目には新しい涙を浮かべながら、
「嬉しかったです…ハヤテ君が帰って来てくれて…どんなに救われたって…思ったか…」 「マリアさん…」 「いけない、嬉しいのに…ごめんなさい、なんだか涙腺が…」
ぽろぽろと涙を流すマリアさんに何かしてあげたくて、 ハンカチで目尻を拭ってあげます。
「あは…ありがとうございます…」
なんだか気障ったらしい気がして少し恥ずかしくもありますが、 マリアさんに喜んでもらえるなら、それくらいなんでもありません。 大切なこの人の為なら、どんな恥も苦労も、喜んで買いましょう。
「…でも、わからないものですね…」 「何がですか?」
マリアさんは池の方に目を向けながら、呟くように話します。
「はい…昨年のクリスマス・イブ…ハヤテ君がナギを助けて怪我を負われて、 お屋敷に運び込まれた時は、こう思っていたんですよ? “クリスマスだからってサンタさん、こんなプレゼントされても”…って」
くす、と笑みをこぼし、
「でも、今はサンタさんに感謝しています。 あの夜、ハヤテ君と巡り会わせてくれて… それに…もう会えないって思っていたハヤテ君を、もう一度私の前に導いてくれて… こんな素敵なプレゼントはないなぁ…って」
静かに語るマリアさんの横顔は、とても穏やかでした。
「クリスマス・イブは、いつも憂鬱でした。 嫌でも私の過去について考えさせられてしまうから… でも、もうきっと…憂鬱になんてなりません。 だって今日は… この日は、ハヤテ君と出会えた日で、
――ハヤテ君と…想いが通じ合えた日なのですから…」
穏やかな微笑を湛えたまま、マリアさんは僕の方を向いて、 じっと目を見て…
「大好きですよ、ハヤテ君」
そう、言ってくれました。 恥ずかしげに顔を赤らめながら、だけど目を逸らそうとはしないマリアさんの瞳から、 僕も目を離すことができなくて… その瞳に吸い寄せられるように、少しずつ顔を寄せて――
「僕も――」
彼女の吐息を感じられるくらいに近づいて――
「マリアさんのことが――」
目を閉じたマリアさんの肩を抱き寄せて、目を閉じて――
「――――大好き、です」
想いを紡いだ唇を、大好きな人の唇に…重ねました。
唇を通して、僕の想いがマリアさんに流れ込んで行くような… マリアさんの想いが、僕の中に流れ込んで来るような…
唇を触れ合わせるだけの行為に、そんな幻想を感じながら…この柔らかく、温かな感触に、 僕は…そしてきっとマリアさんも…浸っていました。
やがて、どちらともなく唇を離して、
「……」 「……」
何も言葉にできず、ただただ、見つめ合っていました。 やがて…
「あの…」 「は、はい…」
マリアさんが口を開き、
「これは…ハヤテ君からの、誕生日プレゼントだって…そう思って、いいですか?」
恥ずかしそうに、でも、本当に嬉しそうに、問い掛けてきます。 そんなつもりではなかったですが…
「…そう思って貰えるなら…嬉しいです…」
僕の答えを聞いて、マリアさんは…満ち足りたように微笑んで、 涙を湛えた目を閉じて…僕の胸に顔を埋めて、
「素敵…」
そう、呟きました。
「一生、忘れません…この日のこと…初めて…キスしてくれたこと ずっと、ずっと…忘れません」
僕だって、忘れません。 絶対に…忘れられません。
彼女が口にした言葉。 唇の感触。 この、腕の中の温もり。
例えこれから、同じことがあったとしても…何度繰り返すことになろうとも… この夜の、池のほとりでの出来事を…僕は生涯、忘れることはないでしょう。
クリスマス・イヴには、あまり楽しい思い出はありませんでした。 自分に与えられた仮初めの誕生日。 それはどうしても、私の出自を顧みてしまう日でしたから。
クリスマスに対するそんな印象のせいか、サンタさんにもあまりいいイメージは抱いていませんでした。 クリスマスの朝、枕元にプレゼントが置いてあるのを見つけたときはそれはそれで嬉しかったのですが、 それがおじいさまの手によるものだということくらい、幼い頃からわかっていました。 それに三千院の家にいれば、欲しいと思ったものは普段からなんでも手に入ってしまいますし、 クリスマスというイベントに対するありがたみというのは、 私の感覚からは欠如していました。
ですが、今日…私は初めて、サンタさんを信じてもいいかもしれないって…そんな風に思いました。 大切だと思える人と出会えて、そしてその人と想いが通じ合えた日なのですから。
そんな聖夜に私は、幸せな夢を見ました。
ナギや、沢山の人たちに囲まれて、 私の隣にはハヤテ君がいて、 みんなは、私とハヤテ君のことを祝福してくれていて 、 そんなみんなの前で、私たちは…
――ア、――リア…
永遠の…
――リア、マリア!
「…ハヤテ…君…?」
耳元で鳴り響く大声に、ふっと目を開くとそこには…
「ハヤテでなくて悪かったな、目が醒めたか、マリア?」 「……」
ぼおっとしていた寝覚めの頭が、だんだんとはっきりしてきて、
「まだ寝ているのか? おいマリア」 「…な、ナギ!?」 「うむ、おはよう」 「お、おはようございます…って、どうして!?」 「いや、どうしてって…何も…」
やっとハッキリした視界の真正面にナギが、そしてナギの背後には…
「おはようございます、マリアさん」 「あ…」
そこにはハヤテ君がいて、 ああ、そうか…そう、ですよね…
「こんな早朝に帰ってきたから冷えてしまったのだ、 早速だがお風呂の用意をしてくれ!」 「はい、お風呂ですね?」 「うむ、ハムスターとヒナギクも来ているからな、大浴場にしてくれ」 「はい!」 「では、その間に僕はお茶でもいれてきますね」 「うむ、頼んだぞ」
そう言って別の用事をこなすように装いながら、 私は浴場、ハヤテ君は厨房へと、同じ通路を並んで歩いて行きます。 それはナギがくれた私とハヤテ君の二人きりの一夜の…最後の欠片。
「ところでマリアさん」 「はい、なんでしょう?」 「さっきのマリアさんの寝顔…本当に幸せそうだったんですが、楽しい夢でも見られてたんですか?」
わざわざそんなことを聞かれるくらいですから、さぞかし幸せそうな寝顔だったのでしょう。 でも、仕方ありませんよね。 実際に…本当に幸せな夢だったんですから、ね♪
「ふふ、それはヒミツですよ♪」 「えー」 「ほらハヤテ君、もう厨房ですから、お茶の用意をお願いしますね」 「あ、はい!」
夢のような一夜の後の、短い逢瀬はこれでお終い。 あとは、再び訪れたお屋敷での日常に戻るだけ。 でも、その前に――
「ねぇ、ハヤテ君」 「はい、なん――」
振り向きざまの彼に、愛しさと…一つの願いを込めて、キスをします。
これから始まる日常の先にいつか、 大切なヒトと結ばれた日の―― 夢の風景が続いていますように、って――――
―― END ――
「冬の海は冷たいものだな…ハッ…クション!」
後書き
まずは止まり木一周年おめでとうございます! お陰様で色々な方々と交流することができて、本当に幸せな日々を送らせてもらってます。 この場を借りて管理人さんの双剣士さんにお礼を申し上げます。 ありがとうございました。 最大限の感謝の気持ちを込めて、この作品を送ることにします。 さて、読者の方々へお礼のメッセージを。
皆さんここまで閲読して下さり、ありがとうございます♪ 初めて長編を完結することができました。 本当に感謝です!
ここからは少しだけこの小説を書くに至った経緯について色々話していきます。 興味の無い方はブラウザーバック推奨です。 ここまで本当にありがとうございました! まず、なぜ今回マリアさんを主役にしたかの経緯について。 それはぶっちゃけ、原作でメイン回がなかなか回って来ず、可愛そうな役回りが多かったからですかね? そして、原作の方は12月24日が最終回になりそうな伏線というか、雰囲気が漂っていたので、 私なりに「ハヤテとマリアが相思相愛ならこんな最終回になるんじゃね?」と妄想を含ませていった結果がこのような形になりました。(最後のあれは完全に蛇足だったかなw) それに加えて、「自分が感情移入できるくらいの完成度じゃなきゃダメだろう」とハードルを上げ、推敲に推敲を重ねて仕上げました。 少しでも楽しく読んで下されば、作者としてこれ以上の幸せはありません。
因みにハヤテのごとく!3期のキャラソン「Invitation〜君といる場所で〜」のイメージを少し取り入れてみました。 ですので、このキャラソン聴きながら当作品を読んでもらえるとをより一層、感慨深くなるかもしれません(笑) 最後に読者の方に申し上げたい事が一つ。
処女作の長編を失敗して以来、「長編ハヤテSSを一作品完結させる」という密かな目標を持ってここまで書いてきました。 今回、その目標を達成させることができたため、 止まり木ではSS書きとしての活動をしばらく休止したいと思います。
勿論、SS書きを止めるわけではありません。 他サイトで別作品SSを書いていきます。
そういう訳ですので、これから私は止まり木では読者&チャット勢を主にしてとして活動しようと考えている次第です。 何らかの区切りがついたらここにSS書きとして戻って来ようと考えています。
では、皆さまここまでお付き合い下さり、本当に感謝です! またここでお目にかかるその日まで…ありがとうございました! 最後にマリアさん誕生日おめでとう!
あなたにとっての幸せが訪れますように…!
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