Re: 大切なヒト (ナギ誕生日記念更新) |
- 日時: 2013/12/03 13:38
- 名前: サタン
- 私は一体、何をしているのだろう。
裏切られたと思った。 私の心を弄んだと思った。
許せなかった。 本当に好きだった…だからこそ、絶対に許せなかった。
そのはずなのに… 今、私はハヤテを探している。 ハヤテの元に向かっている。
裏切られたっていう思いはまだ消えてはいないし、 ハムスターに言われたように…許せるかどうかもわからない。 例え私がハヤテを許せたとしても…私がハヤテに許して貰える保証なんてないのだ。 でも…あいつと話していて、一つだけはっきりした。
私はまだ…ハヤテのことが好きだ。
嫉妬や絶望で千々に乱れていた私の心にも、その気持ちはちゃんと残っていた。 だからこれは…間違いない、私の本心。 本当の想い。
だから…これだけは伝えなきゃ。
「ナギお嬢様、そろそろ目的地に到着します」 「む…」
もう、か… 正直ハヤテと会う前に心の準備のため、もう少し時間が欲しかったが…
「そこにハヤテはいるのだな?」 「は、恐らく」 「…恐らく?」
はっきりしないな。
「は。 この周辺で綾崎ハヤテとおぼしき人物が目撃されたとの証言は得ているのですが、 場所が絞り込めていないのに加えて、この場所ですから場合によっては… と、とにかく! 現在、継続して捜索中です!」
頼りにならないSPたちにイラつきながら、 同時に酷く不安になる。 ハムスターと別れてから一時間程も車を急がせてやってきたここは…港。 いつかハヤテが言っていたことを思い出す。
『――遠洋漁業にはよく行っていましたが…』
あんな風に出ていったハヤテだから、たぶん無一文に近い状況だろうし、 それにあいつのことだ…借金だって返す気でいるに違いない。 そんなハヤテが生活費をかけずにまとまった収入を得られる手段を選ぶであろうことは、想像するに容易かった。 ハヤテが屋敷を後にして、既に四時間は経っている。 もう、この中のどれかに乗り込んでいるかもしれないし… もしかすると、もう出港してる可能性だって――
そう思ったら、もうじっとしてなんていられない。 心の準備どころじゃない! 港に着くと、私は車を飛び出す。 だが、走りだそうとする私を、どこからか湧いてきたクラウスが呼び止める。
「ナギお嬢様!? お一人は危険です! 一旦、お戻りください」 「そんなこと言ってる場合か! お前らもとっとと捜しに行け!」 「で、ですが! お嬢様をお守りするのが執事の役目…」 「うるさいっ! 主の命令が訊けないのか!」 「うわああああ…お、おじょ…」
一刻を争う事態なのに、ハヤテを探そうとしない…そんなクラウスに腹をたてて、蹴り飛ばした。 その瞬間、水音が響き渡った。 どうやらクラウスが海に落ちたらしいが、そんなことに構っている暇なんてない。 倉庫に、桟橋に、甲板に、 どこかにハヤテがいないかと…いてくれないかと思いながら、 必死になって捜し回った。
…
10分捜しても、ハヤテの姿はみつからなかった。 クリスマスの夜、人影もまばらな郊外の港をいくら走り回っても…あいつには会えなかった。 20分経っても、ハヤテを捜し出すことはできなかった。 どこかの船から出航を知らせる汽笛の音が聞こえる度に、 そこにハヤテが乗っていたらという思いが頭をよぎり…不安な鼓動が胸をギシギシと締め付ける。 疲れて足はガクガクするし、既にもう…手遅れかもしれない… でも…それでも歩き続けた。 捜し続けた。
例えハヤテがどこへ行こうとも、 三千院の力を使えば世界中どこにいたっていずれ見つけることはできる。 連れ戻すことだって、きっと容易い。
でも…それではダメだ。
ハヤテがここを旅立ってしまったら、きっとその時点で…終わってしまう。 強引にハヤテを屋敷に連れ戻したとしても、 ハヤテにとってそこにいる私たちは…多分、過去の存在でしかなくなっていると思う。 そう割り切らないと…ハヤテ自身が、辛すぎるはずだから、 私もハヤテも、埋まらぬ溝に悩み…そして結局、ハヤテはまた屋敷を出て行くことになると思う。 私と…マリアをおいて。
マリア……
マリアにも、酷いことを言った。 裏切られたと思った。 ずるいと思った。 許せないと…思った。 例えハヤテを連れ戻せなくても、マリアはずっと私の傍にいてくれるだろう。 …罪滅ぼしという、自分への罰の意識のもとに。 でも…そんなのは…嫌だ。 ハヤテをとられたのは悔しい。 本当に悔しいし、恨めしいし…ずっと隠し通していたと思うと…! …でも、ハムスターに言われたことを思い返したとき…あいつの言葉は、 私にとってハヤテだけに当てはまるものじゃなかった。 マリアは…私のことを誰よりも理解してくれた…大切にしてくれた… 私の…家族なのだ。
もし…もしも、万が一! 今夜…ハヤテに会えなかったら…連れ戻すことができなかったら… きっと私は、二人の大切なヒトを永久に失ってしまう。 一人とは、二度と会えなくなって… もう一人とは、二度と…心を通わせることが、できなくなる。
そんなのは…嫌だ。 そうなったら、私は独りになってしまう。 友達はいても、家族はいなくなってしまう… …だから! 私は走って…そして、30分程経った頃だと思う。
――見つけた。
立ち並ぶ倉庫の間、細く開けたその先にある、船の甲板。 こんなに遠く離れているというのに、絶対に見間違い等ではないという確信と共に… 私は、ハヤテを見つけたのだ。
「――ハヤテぇえっ!」
駆け出していた。 もう疲れきって足は棒のようになっていたはずなのに、 視線の先にいるあいつに向けて全力疾走する。 なかなか縮まらない距離がもどかしい。 でも、それでもだんだんあいつの姿ははっきりしてきて、
ボ――ッ
聞こえたのは、汽笛の音。 聞こえてくるのは、正面から。 ハヤテを乗せた、あの船から…
「ハヤテっ! は…っ、ハヤテぇ!」
今まで出したこともないような叫び声をあげながら、私は必死で走る。 こんなに走ってるのに、心臓が爆発しそうなくらい苦しいのに、 ハヤテの姿はなかなか近付いてこない。 私の声にも気付いてくれない。 ハヤテはただ、どこか遠くを眺めている。 それはもしかすると、私たちと一緒に暮らした屋敷の方かもしれない。 どこかへ去っていくその前に…最後の名残を惜しんでいるのかもしれない。
その姿は、まるで私のことを…私たちのことを過去のものとするための、儀式をしているかの様に見えて…
「ダメだ! 行くな! ハヤテっ! ハヤテ――っ!」
ありったけの声を張り上げる。 精一杯、走る。 船はまだ動かない、けれどハヤテとの距離も、なかなか縮まらない。 それでも走って――
「――あぅっ!?」
何かに足をとられた…と思った次の瞬間、身体が宙を泳ぎ…すぐに、堅い地面の衝撃。 後ろで何かがガラガラと崩れる音。 …つまずいて、思いきり転んでしまったようだ…くそっ! 我ながら情けない!
「うく…っ…っく!」
ええい! 転んでる場合じゃない! 痛がってる場合じゃないっ!
すりむいた膝と手の平に力を込めて身体を起こし、 顔を上げて、真っ先にあいつの姿を探して――
「…ハヤテ」
その姿は相変わらず遠くにあったけど、 ハヤテの顔は…こちらの方を向いていた。 いや…はっきりと、私を見ていた。 積み上げた木箱が崩れた音を聞いたか、視界に入ったか… だが今はそんなことはどうでもいい。 大切なのはただ一つ…ハヤテが、私に気付いたのだ。
「ハヤテっ! そこを動くな! 今行くからな…ハヤテぇえ!」
転んだ痛みも疲れも忘れて、もう一度走り出す。 ハヤテが気付いてくれた…ならば、まだ間に合う…私の声は…まだ届く!
「はぁ、は…ぁっ! ハヤテ…ハヤテっ!」
少しずつハヤテの姿が大きくなる。 あいつも何か叫んでいるようだけど、声はまだ聞こえない。 聞こえはしないけど…よかった… ハヤテは逃げないでいてくれる。 だからあとは、声が届くところまで…船が出る前に!
走るのは苦しいけど、すりむいた膝も痛いけど、 走っていると、こんな時だっていうのに、マラソン大会のことが思い出される。 折角ハヤテがチャンスを作ってくれたにもかかわらずゴール直前で私は逆転されてしまい、 そのせいでハヤテはクビになりかけてしまった。 もしもあの時、あと一歩前に出ていられたら、あんなことにはならなかったのだ…
だから、今度は必ず…絶対に間に合って見せる!
倉庫と倉庫の間の、狭い路地のような通路、 その向こうに見えていたハヤテの姿もだいぶ近付いてきた。 倉庫の壁の切れ目までならあと僅か、そこまで出れば…きっと声も届く! だから、走って、走って――
倉庫の間の路地を抜け、一気に視界が開けた…そのとき、 ハヤテの声が、届いた。
「危ないお嬢さま――!」
え…?
やっと届いたハヤテの言葉の意味は…横から照り付けるヘッドライトが教えてくれた。 路地から飛び出した私は、スピードに乗った巨大なトレーラーの目の前に踊り出て――
あ…
景色が…ゆっくり、進む。 絶望的なスピードで迫り来る真っ白な光に呑み込まれながら、私は――
「…ハヤテ」
ぽつりと呟いて、
衝撃、そして――
……
…
目を開けたとき… そこには、一番会いたかった顔があった。
「お嬢さま…」
私はハヤテに抱きかかえられていて…
「大丈夫ですか?」 「ハヤ…っ! …っう…ぅ…ぅ…っ」
ハヤテの顔を見て、声を聞いて…これまで抑えていたものが一気に込み上げてきて、 そのままわんわん泣き出してしまいそうになる。 ヘッドライトの光に飲み込まれる寸前、私を襲った衝撃には覚えがあった。 いつか私を助けてくれた…ハヤテの必殺技。 ハヤテは、あのトレーラーなんかよりずっと速く、私の為に文字通り…飛んできてくれたのだ。
『二度と私の前に現れるな』
そんなことを言った私の為に…それでもハヤテはきてくれたのだ! そう思うと、ハヤテの胸に顔を埋めて、子供のように泣きじゃくりたかった。 だけど…私は、そんなことのためにここまできたわけじゃ…ない。
「…っ …また…助けられてしまったな」 「いえ…それよりお嬢さま、お怪我は…って、その手! それにお膝も!」
まるで今朝までの、ハヤテがそこにいるのが当たり前だった頃と同じようなやりとり。 私は今、目を醒ましたばかりで…これまでのことは全部…悪い夢だったって… そう思いたくなるような。 でも、それは甘い幻想に過ぎない。 そんなものに浸っていたら…きっとハヤテは戻ってこない。
「大丈夫だ、転んですりむいただけだ」 「ですが、早く消毒しないと…!」
あんなことを言った私に、ハヤテは本当に心配そうな顔を見せてくれる。 昨日まで、その視線には私への愛情が込められているって…そう思ってたんだけどな…
「なぁハヤテ、マラソン大会のこと、覚えているか?」 「え? は…はい」 「あの時、最後には負けちゃったけど、ハヤテが鍛えてくれたんだよな…」 「はい…」
突然現れた上にいきなり轢かれそうになって、そのうえこんな話だ。 ハヤテも混乱しているのだろう…そのせいか、今はいつもの…今朝までのハヤテに戻っている気がする。
「あの時…練習は疲れるから、嫌だったけど… でも、最後に一人で走ったとき…途中からでも、一人で…ゴールまで行けるって思ったとき… スポーツも案外悪くないって思ったんだ」 「お嬢さま…」 「それにな! ハヤテも見ただろう!? たった今、お前を探して、私はずっと走ってたんだぞ! ハヤテが私のこと、甘やかすばかりじゃなくて…ちゃんと鍛えてくれたから、 だからあんな風に走れるようになったんだ!」
そして、じっとハヤテの目を見つめたまま、少しだけ笑う。
「お前が残してくれたものの、一つだ」
ハヤテは一年の間に、沢山のものをくれた。 形のないものがほとんどだし、今になってやっと気付いたものもある。 でも、どれも…どの思い出も、私にとっては宝物だ。
ハヤテはきょとん、とした顔をして、それから表情を崩して――
「お役に立てて何よりです、お嬢さま」
そう言ったときの顔はとても爽やかで、 まるで、これでもう未練はないとでも言いたげな表情だった。
「――だがな」 「…はい?」
実際、そんな気分だったんだろうが…そうは問屋が卸さないのだ!
「走るのはいいが、つまずいて転ぶわ轢かれそうにはなるわ… これではまともに走れるようになったとは…とても思えん!」 「は、はぁ…?」 「こんな中途半端ではどうにもならん! 鍛え始めたからには、責任をもって最後まで見守るのが筋だろう!」 「え、いや、それは…」
ハヤテの表情に、露骨に混乱の色が混じるが…まだまだ!
「そもそもだ! 主に走らせるなど、執事として恥ずかしいとは思わんのか! そんなことでは一流の執事には程遠いぞ!」 「いや、あの…お嬢さま…?」 「マラソン大会の時だってそうだ! お前がヒナギクごときに手間取ったりせずに最後まで私を抱えて走りきっていれば、 桂先生に遅れをとることだってなかったんだ!」 「いや…あの…スポーツも良かったのでは…?」 「うるさいっ! それはそれ! これはこれだ! 要するに執事がしっかりしていれば主が無駄に走り回る必要など無いのだ!」 「は、はぁ…」 「だがハヤテ」 「は…はい?」 「たとえ未熟でもだ! 私は…お前以外の奴に身体を預けるつもりはない」
ハヤテの表情が僅かに硬くなるが、構わず続ける。
「私を抱えて走ることが許されるのは、ハヤテ…お前だけだ」
やはりハヤテは…なにも言わない。 私が次に何を言うか理解して、その上で敢えて今は私の言葉を待っているのかもしれない。
「だからハヤテ…」
言葉が、詰まりそうになる。 いくら無茶を並べようが勢いでまくし立てようが、結局は――
「行くな…」
この言葉――
「行ってはダメだ…ハヤテ」
これを伝えなくては、何も始まらないのだ。
そして…この言葉はスイッチでもある。 屋敷で、一度は止めてしまった時計の針を、再び進める為の…
今そのスイッチは押され…動き出した針は、もう二度と止まらない。 決着がつくまでは…
「お嬢さま」
ハヤテはそれだけ言って、うつむいて…顔を上げ、少しだけ嬉しそうに、
「ありがとうございます」
そして、とても寂しげに――
「ですが…すみません」
はっきりと、言った。
「僕は…お嬢さまのお気持ちに応えることは…できません」 「…そうか」 「…」
…わかっていた答えだ。 ハヤテの心が簡単に覆ることはないし、 ウソを吐いて誤魔化すような奴ではないことくらい…十分過ぎるくらい知ってる。 だけど…
「なぁ、ハヤテ」 「…はい」
それでも、伝えなきゃならないことがある。
「いいか、よく聞け」
私の口から、自分の言葉で… この男に。
「私は…ハヤテ、お前のことが…好きだ」
ずっと、ハヤテは私のことが好きだって思い込んでいた。 だから、こんなこと…わざわざ伝えるまでもないって思ってた。 …恥ずかしくもあった。 もし、もっと早く伝えることができていたら、 もっと違う“今”を迎えていたかもしれない。 今更、そんな仮定にはなんの意味もないけど…でも、 ずっと…ずっと抱いてた気持ちを一度も言葉にしないまま終わらせるくらいなら…!
「僕も…」
ハヤテはいつもの優しげな目を一度、僅かに伏せて、そして私に笑いかけるように…
「お嬢さまのこと…好き、ですよ」
そう、言ってくれた。
優しすぎる微笑みは、ハヤテの心遣いに満ちていて、 ハヤテの本心を知っていても、それでも…嬉しかった。
「だが…それは、一人の男としてのお前が、一人の女としての私に向けた言葉ではない。 …そうだろう?」
恨み言を言うつもりはない。 満面の…は無理でも、一応は笑顔を浮かべられている…と、思う。
「はい…」
ハヤテは短く答えると、目を伏せる。
「そうか」
わかっていたことだけど…やっぱり…辛いな…
「つまり私は…振られたわけだ」
軽く笑い飛ばしてみようかとも思ったけど、無理だった。 乾いた笑いすらも出てきやしない。 代わりに、目頭がじーんとして、鼻がつんとして… 熱いものが、こみ上げてきて…
今になって初めて…失恋した、って実感がした。 好きな人に気持ちが届かない…切ないよ… 辛いよ…胸が…心が、痛いよ… このまま泣き喚きたいよ…!
…だけど、それでもあいつは――
「ハムスターは、二度もこんな思いをしたのか…」 「ハムスター…西沢さん…?」 「だが、それでもあいつは…まだ諦めないって言ってた」
こんな辛い思いをしながら、それでもハムスターはハヤテのことが好きだって言い切った。 本当にあいつは…ハヤテのことが、好きなんだって…よくわかった。
「だがな!」
そう思うと、心が奮い立ってくる。 そうだ。 あいつは…ハムスターは友達で、そして…ライバルだから… 負けてなんかいられないのだ!
「私だって…まだ諦めないぞ! この私が! そう簡単に諦めるわけがないだろう! あいつなんかに負けてられるかっ!」 「お…お嬢さま!?」 「それにいいかハヤテ! 私はまだ14歳になったばかりだ! 背はまだ伸びるし、む、胸だって多分もっと大きくなる…かもしれないんだぞ! 三年もすればマリアより美人にだって、ヒナギクより格好よくだってなるかもしれないんだぞ!」 「え、ええと…?」 「そんな私と、それにハムスターもだ! 私もあいつも簡単には、いや絶対に諦めないぞ! 例えお前が逃げたって追い掛けて、アタックし続けてやるからなっ!」 「……」
はは…ハヤテの奴、唖然としてる… ここまでは…ちょっと癪ではあるが、あいつのお陰で一気に言えた。 あと少し。 あとは…私だけの言葉で伝えなきゃいけないこと…
「なぁ、ハヤテ…お前は私の気持ちに応えられないから、戻れないと…そう言うのだな」 「…はい」 「そうか…」
ハヤテを追い出した私が、自分の言葉で伝えなきゃいけないこと…
「ハヤテ、お前は私に恩があるからとか、借りがあるからとか… それでそういう風に思ってるのかもしれないな…だけどハヤテ、知っているか?」 「…?」
今更気付いた、私の…心。
「お前を捜して走り回っている間、私はお前のことばかり考えてた。 お前がいた一年間のこと…」
色々なことがあった。 いつもバタバタしていて、騒がしくて、楽しくて、嬉しいことが沢山あって、 恥ずかしいことも切ないことも、腹立たしいことも悲しいことも、とにかく色んなことがあった。 でも、本当に――
「本当に、楽しかった。 お前がきてから、私の世界はいつの間にか変わってしまっていた。 友達も増えたし、学校も少しだけ…楽しくなった。 それも全部、ハヤテ…お前のお陰なんだ」 「……」 「私はお前を助けたかもしれない…でもな、ハヤテ。 お前は私に新しい世界を見せてくれた… 屋敷に引き篭もって、限られた友達としか付き合わなかった私に、沢山の出会いと、経験をもたらしてくれた。 お前が…ハヤテがいてくれたからだ… だから私はな、お前に…本当に…感謝しているのだぞ」 「お嬢…さま…」
私は、ハヤテのことが好きだ。 でも、ただ好きだから戻ってきて欲しいわけじゃないんだ。
「今だから、これだけは…はっきりと言えるよ… ハヤテ、お前と…マリアと過ごした日々はな…私にとってかけがえのないものだった。 本当に…本当に大事な…何よりも大切な日々だったんだ。 だから…だから…!」
心からそう思う…だからこそ…
「…帰りたい」 「……」 「私は…お前と…帰りたい…お前と一緒に帰りたい! また、昨日までと同じように、ハヤテとマリアと、三人で一緒に暮らしたい! ハヤテといた…ハヤテがいてくれた日々を…終わりになんかしたくない!」
例え――
「…お前が…最後に私を選んでくれなくても…」
この想いが叶わなくとも――
「――それでも私はお前といたい!」
じわ…と、熱いものがこみ上げてくる。 ダメだ…泣くなんて…あとでいくらでもできるんだ… だから、今はちゃんと顔を上げて…前を、ハヤテの顔を見て――
「だからハヤテ…これからも…私の執事でいてくれ…! どこにも…行かないでくれ…」
涙がこぼれそうだけど、絶対に顔は伏せない。 ハヤテから目を逸らしたり、しない。
この想いが届きますように…って。
私の心が“大切なヒト”に届きますように――
「…お嬢さま」
滲む視界の真ん中で、ハヤテもまた私のことをじっと見つめていた。 何も言わず、私の視線を真っ直ぐに受け止めて、
そして軽くうつむいて…
「僕も…帰りたいです…」
目を伏せたのは、涙を隠す為なのかもしれない。
「僕もお嬢さまと…帰りたい…です…」
ハヤテの声は、涙声だったから。
「…わかった」
ぎゅっと握られているハヤテの手を強引に取って、引っ張る。 顔を上げたハヤテの目には、やっぱり涙が浮かんでいて、 そんなハヤテに、やっぱり泣きそうな顔の私が声をかける。
「帰るぞ、ハヤテ…私たちの家に」 「…はい!」
そう言って、私の手をぎゅっと握り返された。 手の平の擦り傷にはちょっと痛かったけど…
でも、ハヤテの手は…とても温かかった。
ようやく、今回の話でタイトルに繋がりました。 それにしても…ナギの誕生日に彼女が失恋する話を投稿するとか、泣けるぜ…
だがとりあえず…ナギ! 誕生日おめでとう! ではまたー♪
|
|