砕けて消えた。(一話完結) |
- 日時: 2013/08/01 21:41
- 名前: 餅ぬ。
- こんばんは、餅ぬ。です。
最近パソコンの調子が少々良さげなので、スマホの方で書き溜めていたお話を一本。三人娘関係ないので、一話完結で投稿させて頂きます。 久しぶりに書いたナギとマリアなのでキャラが少々おかしいかもしれません……(汗 相変わらずの鬱っぽいシリアス具合ですが、少しでもお楽しみいただければ幸いです。 また死ネタではないのですが、ハヤテが何やらやむを得ない理由でナギたちの元を去ったという曖昧設定ですので、苦手な方はご注意ください。 それでは、本編です。
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貴方が去って五年の月日が過ぎました。今も私たちの知らない何処かで、穏やかなる不幸な日々を送っているのでしょうか。 二十歳をとうに過ぎた貴方の大切なお嬢様は、それはそれはお美しくなられましたよ。ハヤテ、ハヤテ、と不器用に甘える彼女の幼い姿なんて、ずっと昔に消え失せました。 かつて二つに結っていた長く艶やかな金色の髪を肩口で切りそろえて、釣り目がちの気の強さを溢れさせていた瞳も今ではすっかり穏やかなものになりました。 麦わら帽子を深く被り下田の海と両親のお墓をぼんやりと眺めるナギの横顔は、この地で眠る彼女のお母様にそっくりで。悲しいほどに、よく似ていて。
「時々、とても悲しくて泣いてしまいそうになるんだ」
ナギがぽつりと呟きました。柔らかな海のさざ波にも掻き消されてしまいそうな、儚げな声。 顔を隠すように俯いてしまったナギを見て、私は思わず彼女の金色の髪に触れようと手を伸ばしました。 しかしどうしても触れることが出来ず、一瞬だけ浮かした腕を気付かれないように元の位置に戻しました。 もしも昔のように甘えて泣いてくれれば、私は彼女の麦わら帽子をそっと手に取り頭を撫でて、その華奢な体をぎゅっと抱きしめてあげることもできたのでしょう。 けれど、簡単には泣けなくなってしまった彼女の前で、そんなこと、出来るはずもなく。 「どうして泣いてしまいそうなんです?」
理由なんてとっくの昔に知っていながら、私はナギに問う。とても冷たく酷い言葉かもしれないけれど、私は彼女に言ってほしかったのです。 「想い人は何処かへ去って、二度と私の前に現れてくれないの」と。 緑色の大きな瞳から真珠のような涙をボロボロ零しながら、私の胸で泣いてはくれませんか。そうすればきっと、私は昔のようにか弱い貴女を抱きしめてあげることができるのです。 そうしてくれないと、もう昔のように抱き締めることは出来ないのです。 貴女は。ナギは、すっかり大人になってしまったから。
「どうしてだろうな。泣きたい理由なんていくつもあって、どれを話せばいいか分からない」
困ったもんだと笑いながら、ナギは小さな鼻をすんと鳴らして前を向きました。その大きな瞳に涙は溢れていませんでした。 ああ、なんて強い子なのかしら。そしてなんと儚げな。
「泣いてもいいんですよ」
そっと隣に寄り添って、甘い言葉で誘惑してみました。けれど、ナギは私を見て困ったように微笑むのです。
「昔みたいに、マリアの胸に飛び込んで、マリアに甘えられたなら、きっと泣けていたんだろうな」
分かっていました。そんな時代はとうに過ぎてしまっていることくらい。貴方が去ったあの日から、ナギは大人になりました。 貴方はナギにたくさんのこと教えて、残して、去って行きました。自立心や向上心、それから恋心。その他にもたくさんの思い出や感情をナギに残して、貴方は。 貴方の教えを幼く白い心に深く刻んだナギは、不器用だけれど愛らしかった甘え方をすっかり忘れて、大人になってしまいました。甘え方を知らない、大人の女性に。
――ハヤテ君がここに居てくれたら、と想像しました。
もしもハヤテ君が今でも私たちの傍に居てくれたのなら。 ナギはきっと自慢の髪を切り落とすことはなかっただろうし、気の強い瞳もそのままだったのでしょう。 不器用な甘え方も健在で、年相応の甘え方、いやそれ以上の甘えん坊ぶりを発揮していたかもしれません。 私の胸に飛び込み甘えることも、私の膝を濡らして泣き喚くことも、きっと出来ていたのでしょう。 そもそもこのように、泣きそうな表情で微笑みながら言葉を紡ぐなんてことはなかったのでしょう。
ハヤテ君。貴方が居てくれたのなら、ナギはずっとナギのままでいられたのに。 貴方が居てくれたのなら、私も、あの子を簡単に抱きしめることが出来たのに。 貴方さえ居れば、私に甘えてくれるあの子が居たはずなのに。
――私の想像はここで途切れました。
「なあ、マリア」 「なんですか、ナギ」 「マリアは昔から優しいなあ」 「……ハヤテ君には、なれませんけどね」
そんな皮肉言うなよ、とナギは笑ってくれました。 「ねえ、ナギ」 「ん?」 「私は優しくなんてありませんわ」
いきなり告げられた否定の言葉に、ナギは小さく首を傾げました。そのきょとんとした表情が昔の彼女と重なって見えて、少しだけ視界が滲みました。 そうです、私は優しくなんてないのです。帰ってこないと知りながらも、懸命に、健気に、ハヤテ君を待ち続ける貴女を直視できない私なんて。 前を向き続け、涙を堪えながら進むナギを、私は妨げようとしているのです。泣いてしまいなさい、と甘言を吐いては貴女を惑わしてしまうのです。 泣いてほしい、甘えてほしい、ハヤテ君ではなく私を頼ってほしい。そんな自分勝手で醜い感情ばかりが、五年前のあの日から、私の心を満たしていて。
「私は、醜い人間です」
時代は戻らず、貴方もナギも戻らず。分かっていながら、それでも昔ばかりを懐古して。 ナギが私の胸に甘え、私の傍で貴方が柔らかく苦笑する。そんな遠い昔に終わった日々を、私は今でも忘れられず。 前を向くことが出来ず後ろを振り返ってばかりの私は、いつの間にかナギよりもずっと子供になっていました。中途半端に大人びた、醜い子供です。
「馬鹿言うなよ、マリア。お前は私の憧れなんだぞ、それを否定するな」
強い言葉で、優しい瞳で、ナギは私を包み込んでくれました。ああ、やっぱりこの子は強い子だ。私なんかよりもずっと、ずっと。 喜ばなくてはいけないのに。大人になりましたね、と褒めてあげなくてはいけないのに。どうしていつまでも私は――。
二度と戻ってこない貴方と貴女の温もり。
貴方が笑って、貴女が甘える、私の幸せな日々。
貴方が欠けたその日から、私の小さな幸せは粉々に砕けたのです。
fin.
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