secret nightmare【9】 |
- 日時: 2013/09/19 00:57
- 名前: 春樹咲良
- remember
もしもタイムマシンが使えたら,なんてことを考えるのは話のネタとしては定番だけれど,ではそんなタイムマシンを使って会いに行きたいのは未来の自分か,それとも過去の自分かというと,やっぱり過去なんじゃないかと思えてくる。 そんなありふれた話を,喫茶どんぐりのカウンター越しにハヤテ君と交わす夏の日の昼下がり。真夏の暑さをさらに増幅させるような蝉の声を遠くに聞きながら,冷房の効いた室内で過ごすのは,ある意味で最高の贅沢だろう。客がまったく居ないのは飲食店として致命的な問題のようにも思えるが,カウンターの向こうで片付けをしているハヤテ君と,こうしてゆっくり雑談ができる時間ができるなら,いっそのことこのままハヤテ君が一人で居るシフトの時間いっぱい,誰も来なければいいのにと思ってしまう。
「今を生きるのに精一杯で,過去とか未来とか考える余裕がない,なんて答えはダメですかね,やっぱり」 コーヒーカップを拭きながら,ハヤテ君がどっちつかずの答えを返してくる。 「いえ,とても真っ当な答えだと思うわよ。多少野暮だけど」 「まぁでも,未来に対する不安がどうという話ではないんですけど,あんまり自分の未来の姿を見たいとは思わないですね」 「未来の自分を見たくないって,それはどうして?」 未来の自分……一瞬「亭主関白」のくだりを思い出してしまって,誰にも見られていないのに恥ずかしい気がしてきた。そんなこちらの事情にまったく気づかない様子で,ハヤテ君は上手い言い回しを考え考え,こんなことを言った。 「うまく言えないですけど……誰エンドになるかあらかじめ分かってるのは,面白くないじゃないですか」 「何の話よ」 相変わらず,訳の分からないたとえだ。それは,誰にわかりやすいのだろう。ハヤテ君は笑いながら,「それに――」と言って続けた。 「それに,未来は変わり得るものですよ」
カラン,と扉の開く音がして,一組の客がやってきた。額から噴き出す汗を拭いながら,ようやく辿り着いた涼しい室内に安堵の表情を浮かべている。「いらっしゃいませ」と,ハヤテ君がそちらの客に応対に行ったので,会話はそこで中断された。 水滴で表面が覆い尽くされたアイスコーヒーのグラスを眺めながら,タイムマシンをイメージして記憶を巻き戻していく。 ルカとの出会い……アパートで暮らすことになったこと……ミコノス島……下田旅行……誕生日……歩……そして――ハヤテ君。 そう,私たちはまだ,出会ってから半年と少ししか経っていない。 その短い間に……ハヤテ君は一体何人の女の子とイチャイチャしてきたんだ,というツッコミは恐らく既出だろう。 思えばどれも遠い昔のことのようだ。具体的に言うとここまでで大体7〜8年くらいは経ってしまったような気がする。当年とって16歳の私には,人生の大半だ。なぜこんなに体感時間が具体的なのかは触れないでおく。 ともあれ,そんなに濃密な時間を過ごしてきても,やっぱり記憶の彼方に追いやってしまうことが出来ないことはある。 ――両親が,いなくなってしまったこと。 きっと,この人生の中で,後にも先にもこれほどの出来事はないだろう。こればっかりは,どうしたって忘れるはずのないことだ。 「それ」を不幸な体験だと,言いたくはない。客観的に見て私は今,きっと,とても幸福な生活を送っている。そのことに自信を持てない私ではない。 でも,実の両親も今の両親も否定したくない私にとって,「もし」という問いは大きな困惑を巻き起こすのだ。
グラスの中の氷が溶けて,涼しげな音が鳴る。ふと顔を上げると,カウンターに戻っていたハヤテ君がこちらに気づいて,ふっと微笑んだ。人畜無害そうな笑顔――でも,私は知っている。その笑顔の下には,計り知れない悲しみや苦労を抱えてきたことを。 ……私とこの人は,同じ傷を抱えていると思った。 確かに,その度合いは幾分差があるけれど。彼と自分の不幸を比べて,自分の幸せを再確認したとか,そういう話ではない。似たような経験に共感こそすれ,同情できる立場ではない。第一,同情というのは上から目線でするものだ。
――あの日見た景色を,今でもありありと思い出せる。 あのときの私と,あのときのあなただったから。だからあなたに,出会えたはずだから。 だからあなたを,好きになれたと思うから。 あなたと出会えなかったかも知れない世界は,幸福に満ち満ちていたとは言えない気がする。過去のどの時点を変えたら,どんな世界に繋がるのかなんてことは,もちろん私には知り得ないことだけど。 少なくとも,私は過去のある時点を修正したいとは思わない。それは,今の自分を否定することだから。 いくつもの過去を積み重ねて,今の私が居るから。 「今いる場所は,それほど悪くはないから」
過去。それは,決して消せない足跡みたいなものなのだと思う。時々振り返って確認することはできる。でも,いつまでも立ち止まって,後ろを振り返ってばかりはいられないから。 前を向いて,未来に開いている道を歩いていくしかないんだ。
急にやってきたお年寄り10人ほどの客への対応に,流石に一人では手が回らなってきたらしきハヤテ君を見て,私は席を立った。 「すみません,ヒナギクさん……」 「分かってる。手伝うわよ」
*
何度生まれ変わっても…… ありふれたラブソングに自分を重ねてみるけれど いつだってまた,あの日の君に会って,恋をしたいと思えるだろうか
いつかまた,全てを失うことになっても そんな自分を全部,愛することはできるだろうか 何度生まれ変わっても,また……
------------------------------- お久しぶりです。気づけば夏も終わりですね。 これから本業の方がかなり忙しくなってくるので,これを最後にしばらくはお休みということになるかも知れません。 感想へのレスは極力早めに返します。
タイムマシンで頻繁に未来を見に行く青いタヌ……ネコ型ロボットとその仲間達は,タイムパラドックスをどう考えて居るんでしょうかね。 助けてヒナえもん。
企画の方は間もなく最初のお題について締め切りです。 興味のある方は是非。
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