Re: 迷走! 闇鍋劇場!(完結・ひなゆめより再掲) |
- 日時: 2013/06/02 17:52
- 名前: 餅ぬ。
【全ての終わり】
「ハヤ太君! どうだ!? いただろ? 生命体!」
意気消沈で和室から出てきた僕とヒナギクさんを迎えたのは、むかつくほど眩しい笑顔の朝風さんとお嬢様だった。 もし、苛立ちと憎しみで人が殺せたとすれば、きっと朝風さんは今頃惨殺死体となっているだろう。お嬢様は、まぁ僕の主なのでそんなことはしません。 あまりにも二人がしつこく「居ただろ? 居ただろ!? 闇鍋組長!」とかなんとか聞いてくるので、僕は苛立ちと焦りを抑えつけながら、先ほどあったことを説明した。 おっさん顔のスライムが居たと言うと、二人は少し残念そうな顔をして「ああ、闇鍋係長のほうだったか」と呟いた。もういい加減、迷鍋! から離れてほしい。 そして、問題のヒナギクさん暴走のシーンを話し始めた瞬間、桂先生が盛大に笑い始めた。その手にはどこから持ってきたのか、一升瓶。それも半分近く空になっている。 先生は、いつの間にか完全なる酔っぱらいになっていた。
「あっはっはっは! 鍋から生まれたわけわかんない生物にまでぺったんこって言われてるー! ヒナぁ、ごめんねぇ、お姉ちゃん、全部栄養とっちゃったのかも〜」 「なっ……!!」
ヒナギクさんの額に青筋が浮かんだ。拳を強く握りしめ、怒りを堪えている。しかし、そんなオーバーヒート寸前なヒナギクさんに先生は容赦なく攻撃を続ける。
「あーあ、私の栄養分けてあげられればいいんだけどねー。残念だわぁ〜」
また、先ほど和室の中で聞こえたものと同じ、『ぶちっ』という音が響いた。バーサクヒナギクさん降臨の合図だ。 ヒナギクさんは眉をひそめ、焦点の合っていない眼で桂先生の方を見た。さすがの桂先生にも冷や汗が浮かんでいる。 そして、ヒナギクさんが大きく腕を振り上げ、先生を殴ろうとした途端、僕は自然と叫んでいた。
「ヒナギクさん! またあの和室と同じ過ちを犯すつもりですか!?」
これ以上壊れたヒナギクさんを見たくないという思い、それからまた面倒なことになりそうだという恐怖心からの叫び。 その叫び声は半狂乱のヒナギクさんにも届いたらしく、ヒナギクさんは振り上げていた拳をゆっくり下ろし、ぺたりとその場に座り込んだ。 そして、ぽつりとみんなにむかって一言呟いた。
「ごめんね、みんな……。私、私……っ……マリアさんのお鍋に、ヒビ入れちゃった……!」
その言葉を聞いた瞬間、あたりの気温が氷点下に下がった。実は、花菱さんが鍋の具を入れているときに、お嬢様がマリアさんの恐ろしさについて語っていたのだ。 それは僕の知らないエピソードも満載で、なぜマリアさんが三千院家において最強を名乗っているのか存分にわかる内容だった。 そして、皆がそれぞれ思ったのだ。
『絶対に、マリアさんを怒らせないでおこう』
そのためには、鍋を傷つけないことが何よりも重要だ。 具材は、その時点では先生の入れたお酒とスルメ、そして瀬川さんのカレー。それからヒナギクさんのまともな具材たちだけだったので、何の問題視もされていなかった。 とりあえず、各々の心の中で鍋を傷つけないというのが暗黙のルールとなっていたのだ。もちろん、花菱さんにも瀬川さんが語って聞かせていた。
だが、その恐れていたことが起こってしまったのだ。それも、まさかのヒナギクさんの手によって。 迷鍋! トークで盛り上がっていた朝風さんもお嬢様も顔面蒼白になり、桂先生の酔いも一気に冷めてしまったようだ。 瀬川さんと花菱さんも、呆然とした表情でヒナギクさんを見つめる。
「ごめんなさい、ごめんなさい……」
ヒナギクさんは小さな声で懸命に謝っていた。今にも泣きそうな声だった。 そしてその声を聞いて、触発されたのか、朝風さんがゆっくりと口を開いた。
「……いや、すべては私が悪いんだ……。私がわけわからん薬品入れたせいで、変な生命体が生まれて……。 もしかしたら、土鍋が割れてしまったのも、その薬品のせいで鍋が脆くなっていたからなのかもしれないし……。 ヒナだけが悪いわけじゃない」 「理沙……」 「そうだよ、ヒナちゃん。悪いのは理沙ちんだよ!」 「うん、悪いのはすべて理沙だ。ヒナはなんにも悪くないぞ」 「泉……美希……」 「え? ちょ? なんで完全私が悪者? だって、ちょっ! ええええっ!?」
朝風さんが皆の理不尽な理由づけにとうとう発狂した。でもある意味、すべての発端は朝風さんだとも言える。だから僕は何もフォローできない。がんばれ、朝風さん。
「なんだよなんだよぉっ! 私だけが悪いみたいな言い方して! 割ったのはヒナだろ!?」 「でもさっき理沙、私のせいだって言ったじゃない」 「半分は私のせいだって意味だ! 美希、ヒナの肩ばっかり持つな! だからお前は百合キャラだと言われるんだ!」 「何を!? 百合のなにが悪い! 可愛い女の子がいちゃこらしてたら、誰だって萌えるだろうがぁぁあ!」 「二人とも! 話の論点がずれてる! 修正して、修正!」
懸命に瀬川さんが叫ぶも、己の主張に忙しい朝風さんと花菱さんは耳を貸そうとしない。 しかし、このわけのわからない流れを断ち切ったのは、なんとも意外な人物だった。
「あなたたち! いい加減にしなさい! 今は花菱さんが百合だとかどうだとか言う前に、鍋にヒビが入っちゃったってことが先決でしょ!? ヒナも朝風さんも謝ったんだから、だれが悪い悪くないって話は終了! 次の話題に進めなくちゃ意味がないわ!」
そう言い放つ先生は、本当に学校の先生っぽく見えた。右手に大切そうに握られている一升瓶さえなければ、完璧だったのに。 先生の説教に落ち着きを取り戻した朝風さんたちは、お互いにかなり適当に謝った後、僕に鍋の現状について聞いてきた。
「鍋は、どんな状態だった?」 「……自分たちの眼で見た方が早いでしょう。和室、入りましょう」
そう言って僕は皆を和室に入るよう促した。全員が暗い面持ちのまま、和室に入っていく。 そして、和室には言った瞬間に響いてくる皆の絶叫。
「くさっ! なんか濡れた犬を拭いた雑巾の臭いがする! まさか、美希ちゃんのクッキー効果!?」 「失敬な! 私のクッキーがそんな異臭を放つはずがない!」 「たぶん、美希のクッキーと理沙の薬品が化学反応的なものを起こしたんでしょうね……」 「朝風! 花菱! お前ら、そんな危険なもの鍋に入れてどうするつもりだったんだ!」
怒声響き渡る中、桂先生だけが果敢に鍋に近づいていった。こういうとき、桂先生の神経が図太くてよかったと常々思う。 だが、その図太い神経も、鍋の恐るべき惨状を目の前に千切れてしまったようだ。
「……ね、これ……鍋……?」
先生の、先生のものとは思えないほど弱々しい声に、全員が怒鳴るのをやめて鍋に駆け寄る。そして、除いた瞬間、全員が顔をしかめた。 僕も一足遅れて覗いたのだが、本当に酷かった。 相変わらず火も焚いていないのに、鍋からは溶岩を彷彿とさせる粘り気のある気泡が湧き上がり、その気泡が割れるたびに異臭を放つ。 色はまさしくクリーム色。だが、よくよく見ると、底の方はカレーの茶色に染まっている。分離しているのだ。 それも、なぜかヒナギクさんの入れた魚や野菜などは全く見当たらない。すべてがドロドロだ。白い粘っこいドロドロになっている。 もう、野菜や魚は溶けたとしか考えられない。なんと恐ろしい鍋だ。
「……地獄は、ここに存在したのだな……」
お嬢様がそんなセリフを呟いた。確か、どこぞの少年漫画で主人公が言っていたセリフなのだが、異様に現状にマッチしている。その漫画の舞台は、戦国時代だというのに。 僕もお嬢様もヒナギクさんも先生も、ただただ地獄絵図と化した闇鍋を眺めることしかできなかった。 そして、鍋を見つめれば嫌でも見える、土鍋に入った無残なヒビ。割れてはいないものの、結構目立つヒビだ。誤魔化しはきかないだろう。 何もできないまま鍋を見つめる僕たちをよそに、三人組は何やらまたいらんことを始めようとしていた。 だが、もう前のように止めようとは思わない。僕はもう疲れたよ……パト○ッシュ……。早く天使よ降りてきて。そして僕を天国へ……。
現実逃避をしていると、いきなり鍋からあがった赤い煙で無理やり現実に引き戻された。
「なっ……何してるんですか!」
立ち上る煙を目を丸くして見つめている三人組に叫ぶ。
「いや、ちょっとでもまともな状態にしようと思って、備え付けのポン酢を入れたら……」 「なぜか、赤い煙が……」 「ついでに鍋のボコボコも激しくなっちゃった……」
えへっ☆ なんて、頭上に浮かんでいそうな可愛らしい笑顔で誤魔化そうとする三人組を見て、僕はもう呆れることしかできなかった。 というか、ポン酢を入れて赤いどくどくしい煙が発生するって、どんな鍋だよ。もう、鍋じゃないよ。これは鍋に入った核兵器だよ。日本の非核三原則破っちゃってるよ。 できることなら、今すぐにでも中身を流してしまいたい。でも、この深いヒビだ。下手に動かせば真っ二つ、なんて危険性もある。 僕たちには、どうすることもできないのだ。
僕たちは無言のまま、その場に座り込んだ。 それぞれがもう分かっているのだ。このまま、大人しくマリアさんの帰還を待つしかないと。死を、覚悟しなくてはいけないと。
そして、静寂だけが僕たちを包んだ――。
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