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対象スレッド 件名: Re: 迷走! 闇鍋劇場!(完結・ひなゆめより再掲)
名前: 餅ぬ。
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Re: 迷走! 闇鍋劇場!(完結・ひなゆめより再掲)
日時: 2013/06/02 17:51
名前: 餅ぬ。


【もしも、あのときあの人の暴走を止めていれば】


 花菱さんが和室にこもって十分が経過しようとしていた。先ほどから、なぜか部屋の中から「やべっ」とか「うわぁ……」とか悲痛な叫びが聞こえてくるのだが、僕たちにはどうしようもない。
 自分が具材を入れ終えて、少しご機嫌だったヒナギクさんも花菱さんの独り言を聞いているうちに、いつの間にか青ざめていた。
 野生の本能的なもので危険を察した桂先生が逃げ出そうとするのを、朝風さんと瀬川さんがせき止めている。僕はこのとき初めて桂先生に同情した。
 お嬢様も、ヒナギクさんと同様、和室の中で起こっている惨劇を想像して青ざめている。

「……ハヤテ君、ごめんね。私があんな提案したばっかりに……」
「いいんです……。もう、すべてが遅いんですから……」

 僕とヒナギクさんが意気消沈気味に会話をしていると、和室から花菱さんがそれはそれは元気よく現れた。なんだかつやつやしてる。絶対、なんかしでかした。
 何をいれたのか、何をしやがったのか問い詰めようと、花菱さんに駆け寄ろうとする。しかし、僕より先に花菱さんに駆け寄った人物がいた。
 ヒナギクさん……だったらよかったのだが、現実とは常に残酷なものである。

「美希、どうだった? 何入れた? 鍋、どんな状態になってた?」
「まぁ、理沙よ。慌てるでない。次にお前が具材を入れてみんなで鍋をつつくときになれば、すべてがわかるのさ」

 そういってクールキャラ独特のキラキラを放った後、花菱さんは朝風さんの隣を横切り、満足げにヒナギクさんの隣に並んだ。その瞬間殴られてた。ヒナギクさん、ナイスです。
 しかし、僕がヒナギクさんの活躍を見ているうちに、最大の問題児である朝風さんはすでに和室の中へと入ってしまっていた。
 またもや惨劇を回避できなかった無念さに打ちひしがれる。

「とうとう、朝風が行ったか……」
「理沙、変な物入れないといいけど……。願うだけ、無駄ね……」
「ヒナさんヒナさん、お姉ちゃんおなか痛い。帰る」
「何言ってるの。お姉ちゃんも道連れよ」
「うわーん! ヒナのサディスト!」

 文字だけでみると、あまり緊張感というものは感じられないこの会話。しかし、実際はかなり殺伐とした雰囲気が流れている。
 ただ、その殺伐としたお嬢様と桂姉妹の隣の二人組は、それはもう生き生きしていた。花菱さんとか、もうニッヤニヤしている。小憎たらしいとさえ思ってしまう。
 そんな笑みを浮かべている花菱さんに、いつもの明るい笑顔を取り戻した瀬川さんが何かしきりに話しかけている。
 少し耳をそばだてて聞こえてきた会話の一部始終はこういったものだった。

「美希ちゃん、何入れたの? 甘いの好きだからお菓子とか?」
「うーん……やっぱり察しがついてしまうか。まぁ、お菓子系だな。もう少し遊び心をだしてカエルとかどじょうとか入れようとも考えたんだけどな。
 そんなもん入れて自分に当たったら、私多分死ぬからやめておいたんだ。だから無難に甘いもので攻めてみた」

 確かに、女の子ばかりの闇鍋パーティでカエルなどのゲテモノは少しきつい。花菱さんも一応ここは女の子らしく、そういったものは避けてくれたようだ。
 そして、いれたものも僕が最悪の事態を想像した何パターンの中で、もっとも被害が少ないもの。ちょっとだけ安心した。
 それにしても、なんのお菓子を入れたのか。無難なところでクッキーや飴……いや、もしかしたら和菓子系なのかもしれない。そんなふうに連想しているうちに、僕はとあることに気がついた。
 そう、お菓子系は決して安全ではなかったこと。僕が想像していたのは、まだ安全性の高いクッキーや飴、それからあまり溶けないもの系ばかりだった。
 しかし、お菓子にはあれがある。入れたら間違いなく惨事を引き起こす、甘くて憎い白いやつ。そう、それは恐怖の生クリーム……。
 チーズケーキやチョコレートケーキならいい! いや、よくないけどまだいい! でもショートケーキだったら!?
 生クリームっぷりのショートケーキだったら!? あの茶色いカレー鍋の中に白いクリーミーなものが浮いていたりしたら!?
 あああっ! 想像しただけでも胸やけを起こしそうだ!

「へぇ、お菓子かぁ。ねぇねぇ、誰にも言わないから教えてよ、美希ちゃん」
「ふっふっふ、仕方ない。可愛い泉のために教えてあげよう。
 私が入れたのは今日の私のおやつになる予定だった松屋の栗羊羹、それから私の手作りクッキー(チョコチップ)、それから……」
「え……? 美希ちゃんの手作り……?」
「そうだけど? 何か問題でも?」
「ありまくりだよ! 美希ちゃんの手作りシリーズヤバイもん! この前のチーズケーキとか、なぜかしいたけの味がしたよ!?」
「面白いじゃない」
「うううっ……美希ちゃんのせいで、一気に闇鍋食べたくなくなったよぅ……」

 というか、すでにお菓子を入れた時点で食べたくないと思うのだが。甘いもの好きの女の子は、お菓子なら何でもいいのだろうか。
 もしそうだとしたら、僕の抱いていた女の子という生物の甘くて可愛らしいイメージが一気に崩れてしまう。
 だが、今はそんな想像の崩壊を恐れている場合ではない。とりあえず、瀬川さんと花菱さんの会話から、どうにかして惨事を最小限に抑える方法を考えなくてはいけない。
 僕は、気を取り直してもう一度瀬川さんたちの会話に耳をそばだてた。

「美希ちゃんのばかちんー! 他には何入れたのさ!? また手作りシリーズだったら、私は心を鬼にして美希ちゃんをつねる!」
「つねるって地味に痛いな。……安心しろ。私があと入れたのは……」

 さあ、真実を話すんだ! 花菱さん!

「私が入れたのは、クリーミーなショートケーキと生クリームの原液的なものだ。もちろん砂糖もどっぷりさ」

 案の定最悪の事態じゃないか!!

「あんたは鍋でケーキでも作るつもりかーっ!!」
「うおっ!? びっくりした! 盗み聞きとは趣味が悪いぞハヤ太君! 変態!」
「ハヤ太君、へんたーい」
「盗み聞きで変態だったら、盗撮のあなたたちはどうなるんですか!」
「あれはちゃんとした部活動だもーん。ねー美希ちゃん?」
「ねー、泉ちゃん」

 二人して可愛らしく首を傾げる瀬川さんと花菱さん。もうつっこむのも疲れてしまった。桂先生じゃないけど、今すぐこの場から戦線離脱したい。
 しかし、僕には使命がある。この崩壊しかけの闇鍋パーティを無事に終わらせるという使命が! この使命を果たさんとして、離脱するわけにはいかない。
 僕は、この混沌の闇鍋パーティを制する!


 そんなカッコいいセリフを頭の中で叫んでいる最中のことだった。和室の中から、いきなり朝風さんが飛び出してきたのだ。
 その顔は蒼白で、薄っすらと瞳には涙が浮かんでいる。あの朝風さんがここまで怖がるなんて、一体和室の中で何が……。
 僕たちは素早く朝風さんに駆け寄って、和室の中で何があったのかを問う。しかし、朝風さんはパニック状態でなかなか日本語を話そうとしない。あばばばば……と繰り返すだけだ。
 瀬川さんと花菱さん、そしてヒナギクさんの三人がかりで朝風さんを落ち着かせ、中でのことをもう一度聞く。
 そして、朝風さんの震える口から語られた、恐るべき現状。


「……鍋から、生命体が誕生した……!」


 ああ、どうやら僕の予想さえしていなかった範囲までことは進んでしまっていたようだ。生命体誕生って、どんな禁忌を闇鍋で犯しちゃってるんだよ。

「鍋から生命体だと……!? まさかそれは闇鍋将軍!?」

 お嬢様は夢見る少年の眼差しで、朝風さんを見つめ始めた。
 お嬢様が元気であることは、執事である僕の何よりの喜び。だけど、このときばかりは少ししょんぼりしてほしかった。現状を楽しんでほしくなかった。まともな考えを持っていてほしかった……。

「いや、闇鍋将軍と言うより、あれは……そうだな。闇鍋将軍の右手として序盤活躍していた闇鍋組長って感じだった……」

 あ、朝風さんあの漫画知ってたんだ……。ちょっとした驚きだが、そんな驚きに流されている場合ではないのだ。
 今すべきことは、この和室の奥にある鍋の現状をこの眼で確かめること。

「ハヤテくん、どうするの? 中、入る?」
「そうするしかありませんね……。危ないですから、ここは僕一人で行きます」
「いいえ、私も行くわ。もとあと言えば、私が電気を消して具材を入れようなんて言い出したのが悪かったんだから。
 だから、一緒に行く。行かせてほしいの」
「ヒナギクさん……」

 もし、もしこの話がシリアスなバトルものであったのなら、なんとも感動的なシーンだろう。
 しかし、この話の根底はあくまで闇鍋。たかが鍋なのだ。鍋程度で、ここまで感動的な演出をできる僕もヒナギクさんも、役者の才能でもあるんじゃないかと思う。
 僕とヒナギクさんはそんなシリアスな雰囲気を保ったまま、和室へ続くドアを開けた。
 ちなみにお嬢様と先生、三人組は僕たちの後ろでなぜ生命体が生まれたのかということに関して話し合っている。
 僕が和室の暗闇へ足を踏み出した瞬間、後ろから聞こえてきたのは、その生命体の出生の秘密だった。

「なんで鍋から生命体が生まれるのよ」
「うん、何か面白いものでも入れようと思っていろいろ探してたら、牧村先生の研究室らしきところに辿りついてな。
 面白そうだから、薬品一個拝借しちゃった♪」
「理沙ぁぁぁ! お前っ、私たちを暗殺する気だったの!?」
「理沙ちん! それさすがにヤバイ! ありえないよ! 非常識だよ!」
「まさか泉に常識を問われる日がこようとは……。ちょっとした記念日だな、今日は。はっはっはっは!」
「笑ってる場合じゃないだろ!? どうするんだ朝風! その生命体が闇鍋組長並みに強かったりしたら……」

 ここら辺から、朝風さんとお嬢様の迷鍋のマニアックトークが始まったので、僕は耳をそばだてるのをやめた。
 そして僕は隣で一緒にその会話を聞いていたヒナギクさんに、「行きましょうか」と語りかけ、暗闇へと足を踏み出した。


「電気、つけるわね」
「はい、よろしくお願いします……」

 僕が鍋の前にたどり着いたと同時に、ヒナギクさんが電気をつけた。そして、その瞬間僕の目に飛び込んできたのは、例の生命体の姿だった。
 無言で見つめ合う、僕と鍋の生命体。ちなみに、僕の想像していた禍々しい生き物ではなく、なんだかドラ○エのスライムを彷彿とさせるような、可愛らしい顔だちをしていた。
 しばらく見つめ合っていると、生命体の口らしき部分がゆっくりと開いた。隣で見ていたヒナギクさんが小さい悲鳴を上げる。
 そして、生命体が一言。

『兄ちゃん、可愛い顔してんな』

 その声はまさしく五十代の中年オヤジそのもの。白いプルプルした可愛らしい見た目からは想像できないほど、おっさんくさいものだった。ついでにセリフの内容もなかなか気持ち悪い。
 僕が背中に走る悪寒に耐えていると、次にヒナギクさんがおっさんスライム(命名)の被害に遭った。

『嬢ちゃんもなかなか可愛いじゃねえか。ちょっと胸が……いや、かなり胸が残念だけどな』

 胸について突っ込まれた瞬間、ヒナギクさんからまた虎のオーラが放たれ始めた。僕の時とは比べ物にならないほど、禍々しいオーラを纏っている。
 それでもヒナギクさんは笑顔を浮かべ、もう一度おっさんスライムに語りかけた。しかし、その笑顔はもうすでに笑顔ではない。

「……胸が、なんですって? ヘンテコスライム?」
『ちょっとなぁ〜、色気がねぇんだよなぁ。それじゃ、彼氏もできねぇぞ』

 ぶちっ。そんな効果音がどこからともなく聞こえてきた。
 そして、僕がヒナギクさんの機嫌を伺おうと顔を覗きこんだときには、すべてが遅かった。

「だれがぺったんこだぁぁぁ! 死ね! 死んでしまえぇぇぇ!! 私だってまだまだ成長の兆しはあるのよ! お姉ちゃんがそれなりにあるんだから、私だって! 私だって!!」
「ヒナギクさーん!! キャラ! 自分のキャラを見失わないで!」

 僕の叫びも、バーサク状態のヒナギクさんには届かない。この荒れっぷり、どこか桂先生を連想させるものがある。残念なことにやっぱり二人は姉妹なのだと確信してしまう。
 僕がヒナギクさんの将来を想像して、一人嘆いている中、当のヒナギクさんは鍋の隣にあった菜箸でおっさんスライムをぶっ刺し続けていた。
 最初のころ聞こえていたおっさんスライムの叫び声も、今となっては聞こえてこない。聞こえてくるのは、ヒナギクさんの高笑いのみ。

「あははははっ! 私を貧乳と罵った罰よ!」

 そう言い放った直後、ヒナギクさんはとどめと言わんばかりに、菜箸を高々と掲げて鍋に突き刺した。
 ……もうこの子は僕の知ってるヒナギクさんじゃない。こんなヒナギクさん、僕は知らない。これはあれだ、ミニ桂先生だ。あの凛として冷静なヒナギクさんではない。
 そんな自己暗示をかけているうちに、ヒナギクさんの最後の渾身の一発は鍋に深々と突き刺された。その瞬間、和室に響く、ビシッ! という音。

 ――……ビシッ?

「ちょ、ヒナギクさん! 鍋! 鍋大丈夫ですか!?」
「へ? 鍋?」
「割れてませんか!?」
「そんなまさか。菜箸で刺したくらいで、割れるわけ………………」

 長い沈黙。僕たち包む嫌な緊張感。
 そして、それを断ち切る、ヒナギクさんの言葉。

「……………ごめん、ハヤテ君……………」

 ぼくは めのまえが まっくらに なった。

 マリアさんの大切な鍋にヒビ。もう僕たちは無事では済むまい。そして、この鍋の現状。おっさんスライムはヒナギクさん(バーサク状態)によって倒されたものの、なぜか溶岩の如くボコボコと泡立っている。
 今となっては、瀬川さんや桂先生しかいなかったカレー鍋の時代が懐かしい。まだ、あの時の鍋は食べられたのだ。
 それが今となってはどうだ? 食べる食べないの問題じゃない。食べられないのだ。というか、食物であるかさえ怪しいのだ。もはやこれは鍋ではない。劇薬だ。
 朝風さんの牧村先生特製薬品混入事件により、この鍋は失敗に終わってしまったのだ。
 そしてその上、まさかのヒナギクさんにより鍋大破。これを嘆かずにいられようか。

「ヒナギクさん……」
「……はい」
「死を、覚悟してください」
「うん……って、ええっ!?」

 そう、僕たちはこの時点で死を覚悟しなくてはいけない。先ほどまで、僕の中で救世主だと崇めていたあの人が、残酷な天使へと変貌したのだ。
 マリアさんが本気で怒れば、きっとヒナギクさんたちにも容赦ないはず。これはもう、本当に絶望的だ。

「……死ぬの? 私たち」
「精神的に、多分……。聖母の手で嬲り殺されるかと……」

 僕とヒナギクさんは青ざめたまま、和室を出た。お嬢様たちにも、この事態を報告しなくてはいけない。


 ――闇鍋は失敗に終わり、これから地獄が始まると。


「もし、私が暴走してなかったら……」


 和室を出たとき、ヒナギクさんの口からそんな一言が呟かれた。