あの夜から一番遠い場所で (一話完結)(ハヤヒナ)レス返し |
- 日時: 2013/05/09 22:38
- 名前: S●NY
本日は雛祭り祭り。特別な。大切な。
―――あの夜のことを君はまだ覚えているだろうか。
後ろから、私の名前を呼ぶ声が聞こえた。 白皇学園の正門から校舎まで、ずらりと並んだ露店の中で、射的の屋台にちょこんと置かれた景品をじぃと見つめていた私は、くるりと声のした方へ視線を向ける。 走ってきたのだろうか。荒い息の女性のにゅるんと出したオデコには汗がにじんでいた。
「主役が遅れるのは不味いんじゃないか?はやく講堂に向かわないと、みんな待ちくたびれてる」
その言葉に私は眉を八の字にして、笑って見せた。
「でも、私はもうここの生徒ではないのだし。そういった行事に学校を借りるのはよくないと思うわ」
これは白皇の行事なのであって、卒業してしまった私の誕生日に再びここを使うのはどうかと思う。 けれども、そんな私の言い分を、なにを馬鹿なことをと彼女は一蹴した。
「ヒナが卒業したって、ヒナがやり遂げた仕事をここのみんなは覚えている。みんなヒナを慕って、この誕生日を開いてくれているんだ。生徒会長の文ちゃんだって、雪路だってちゃんと周りの許可を取っているんだぞ?」
―――ヒナが在学中の生徒たちがいる限り、この行事は続くと思うよ。 いや、むしろ新入生たちもこの行事をみて続けるかもしれない――― そんな風に少しだけ誇らしそうに言った彼女は、強引に私の手をとった。 こんな、行事が白皇の年間行事に加わってしまったらと冷や汗をかきながら、私は彼女に引っ張られて講堂へと向かう。 私が妙齢になってもこの行事が続くとしたのなら、私のことを知らない子たちから、誰なんだこのおばさん。なんて思われてしまうかもしれない。 それはちょっと、困ってしまう。
「だったら、すっごく有名になったらいい。ヒナのことを知らない人がいないくらいすごい人になって、白皇の象徴みたいになればいい」
私の困った顔を見て、突然、美希がそんなことを言い出した。 まるで、私がそうなるみたいに、自信に満ちた彼女の声に私の頬は緩んでしまう。
「そうね。そうなったら素敵よね」 「同級生がみんな集まると思うから同窓会みたいで楽しいしなっ」
そうか、同窓会か。 そう思ったら、この行事もしばらく長く続いて欲しい。そんな風に思ってしまう自分が、割りと現金だと、緩んだ頬が口角を吊り上げたのだ。
★
講堂には既にたくさんの人が集まっていた。 美希に連れられた私が講堂の扉を開くと、とたんぱぁんとクラッカーの弾ける音とともに、みんなが私を迎えてくれた。 卒業式の日を最後に会うことのなくなった顔ぶれが私を出迎えてくれる。 みんなが一人一人かけよって、わたしにおめでとうをくれる。 私は、そんな彼らにたくさんのありがとうを返した。
―――そんな懐かしい顔ぶれの中、彼と彼女の姿は見えない。 渡された飲み物を持って、私は舞台の前へ。 顔全体を緩めて楽しそうに笑う泉と、やさしい眼差しで笑っている理沙と、笑顔の千桜、愛歌さんの隣で既に酔いつぶれているお姉ちゃんは無視して。 私は、彼女たちの傍に向かった。 続けて、乾杯の音頭がとられる。 満たされた空間の中で、楽しい時間は走りさるように過ぎていった。
―――だけど、彼がいない。傍にいない。
「ハヤ太くんとナギちゃん。間に合わなかったね」
そう呟いたのは、私の隣に立っていた泉で、あわてて理沙がその口を塞ごうとしていた。 泉は、失言をしたかのように、慌てて少しだけ目じりに涙をためながら、私を見る。
「そうね。でも、飛行機が嵐で飛べないみたいだし、仕方ないわ」
気にしないで。と私は笑った。 泉はそれでも落ち込んだ顔をしていた。 たしかに。 本音を言えば傍にいて欲しい。 ご主人様につれられて、卒業と同時にアテネへ飛んだ彼とは、ここ数年、手紙でしかやり取りをしていない。 どうしても声が聞きたくなる夜もあった。励まして欲しいときがあった。近くに感じたいときがあった。 けれど、電話で彼の声を聞いてしまうと、私の耐えてきたこの気持ちがあふれ出してしまいそうになって。 どこにも行かないで、ずっと傍にいて、私だけを見て。 胸が何度も何度も締め付けられて、苦しくなるこの思いが、止まらないほど彼を求めてしまいそうで。 彼から、今日。この場所に1日だけ帰ってくると手紙に書かれていて、うれしい反面、心が張り裂けそうなほど苦しくなった。
―――だけど、今日。彼は帰ってこないもの。
どんなに思いを募らせたって。
―――彼はここにはいないもの。
「うおおおしゃるなちゃん!ヒナギクさんですよ!モノホンですよホンモノ!!」 「そうね。でも少しうるさいわ」
横から聞こえた底抜けに明るい声と、落ち着いた声に私たちは目を向ける。 白皇学院の生徒会長、日比野文ちゃんと、副会長のシャルナちゃんだった。
「ひなぎくさんようこそぉー!楽しんでますかー?」 「ええ、素敵な誕生日をありがとう」
今回の企画をとおしてくれたのは、彼女の助力も大きかったのだと知っている。 いつもは何も考えてなさそうで、でもいろいろ気配りができる子なのだと。 だから、彼女は選ばれた。白皇学院の生徒会長に。 傍にはしっかりもののシャルナちゃんがいるしね。 デフォルメされたような興奮した顔で、講堂に張り巡らされた誕生日用のサプライズな仕掛けをぺらぺらと口にしてしまう彼女の話に笑いながら相槌を打つ。 そうか、舞台の上の中央には立たないようにしよう。 マリリンモンローは簡便してほしい。
「ここでしゃべったらサプライズの意味がない」 「へ?ぬああああしゃるなちゃん。めっちゃネタバレしちゃいました!わたしバカですか!?」 「そうね。アホね」 「アホですかぁぁ!!」
ふたりのやり取りを見て、やっぱり彼女たちは面白いなと思っていると、 冷静な顔で突っ込みを入れていたシャルナちゃんが私のほうへ向かって小声で話しかけてきた。 「今日は、特別に時計塔の鍵を開けてありますので。久しぶりに生徒会室に入ってみてはどうですか?」 「え、いいのかしら?」
部外者が立ち入るには好ましくない。それがたとえこの学校のOGであっても。 しかし、彼女は構わないと笑った。
「はい。サプライズその1です。こういうときしか入れませんし、昔を懐かしんでみるのもどうかと」 「素敵なサプライズね」
はい。 とほめられたのがうれしかったのか、少し頬を染めながら彼女はうなずく。 あー、しゃるなちゃん照れてます。とそんな彼女をみて指を挿して指摘した文ちゃんをこつんと殴る。 そんなやり取りが、学生時代の私たちに重なって懐かしく思う。 ―――そして それといってはなんですが、と。シャルナちゃんは私にマイクをそっと差し出してきた。
「ということでサプライズ2です」
一瞬、わたしの表情が固まる。 後ろからは、邪な視線で元生徒会の問題児3人がニヤニヤしていることに気がついた。 これは、サプライズではなく無茶振りというのでは? 私は少々疑問に思いながら、彼女の手からマイクをもらう。後ろの3人からコスプレのような服をかっぱらう。 舞台の真ん中には立たないようにしよう。 そう思いながら、舞台裏へと入っていった。
★
白皇学院のシンボル。時計台。 この場所に再び入るのは、2年ぶりだと私は懐かしく思う。 20歳の誕生日。かつての学び屋であるこの場所で、かつての学友たちと過ごせたことは、私の思い出の中に深く刻まれたことだろう。 と同時に、あの夜から、もう5年もたってしまったことに寂しさも覚える。 あの夜は、今日にも負けないぐらい特別な夜だった。 窓の外のベランダを見る。 外へは出ないし、出ることはできない。 たった一度だった。 私の学園生活の中で、たった一度ここからの外の景色を見ることができた特別な夜だった。 その景色を見ることはもう適わないだろう。 もうすぐ、美希が私を呼びにやってくる。いつまでも来ない彼を待っていることはできない。 この場所とももうお別れで。 ずいぶんと。 ずいぶんと、遠くまで来てしまったなぁ、と。思った。 彼と会うことも無かった月日。声を聞くことも無かった2年間。 2度と見ることの無かった5年前の景色は、霞がかってきて。胸を締め付ける。 あの夜。私の肩を抱いてくれたあの夜から、ひどく年月が立ってしまったようで。
―――ゴウン
と、エレベータの動く音が聞こえる。魔法が解けて、霞がかった景色も消えてしまう音がする。 美希が来るのだろう。頬を伝う何かを必死に袖で拭った。 逢いたい。逢いたい。止まらなかった気持ちを押さえつけて、この場所に思いもすべておいていけたらいいのに。 こんな狂しい気持ちを、なくせたらいいのに、と。 嫉妬したこともあった。 軽蔑したこともあった。 好きだとただ、一言伝えた卒業式の日。彼からもらった愛の言葉。 同時に告げられた、別れの言葉。 お互いの気持ちは通じたのに、傍にいて欲しいのに、私たちは離れ離れで。 今日、会う事ができなければ、二度と会う事ができない気がして。 そう思うと、視界が潤んで、嗚咽を漏らした。
―――あの夜のことをあなたはまだ覚えているだろうか。
もう、忘れてしまっただろうか。 あなたにとっては、ただのいつものお節介だったのだろうか。
あなたは―――
「覚えていますよ。ヒナギクさん」
後ろから、私の名前を呼ぶ声が聞こえた。 生徒会室の揺れるカーテンの向こう側を、袖を濡らしながらじぃと見つめていた私は、くるりと声のした方へ視線を向ける。 走ってきたのだろうか。荒い息の男性のオデコには汗で髪が張り付いていた。 なぜ? どうして? 様々な疑問が私の頭に浮かぶ。だって、来れないって言ったじゃない。 だって、飛行機が動かないはずじゃない。 会いにきてほしいときに会いに来なくて。 忘れたいときに、どうしてそうやってあらわれるのか。 ぽろぽろと、涙が頬を伝う。先ほど濡らした袖は、もう雫を吸い込めないほど、湿っている。 そっと、彼が私を抱きしめた。襟で、私の涙を拭う。 誕生日おめでとう、と。やさしい声が頭の上から降ってきた。 あふれ出る涙は大好きの気持ちで、彼の服が涙をすべて吸い取っていく。 やさしい腕に抱きしめられて、でも少し彼の腕が強くなったのを感じると、彼も泣いているのだと、分かった。 逢いたかった。会いたかった。傍にいてほしかった彼は、今私を抱きしめてくれていて。 2年ぶりの彼の匂いが鼻腔をくすぐった。
「お嬢様が―――
その一言で、すべてが分かった。 ナギが何とかしたのだろう。私の誕生日に間に合うように。なんとかしてくれたのだろう。 ありがとうが、あふれてくる。とても素敵な誕生日プレゼントだと。 でも、今はハヤテくんにほかの女性の事を話してもらいたくなかった。 それが、たとえ大切なお嬢様のことでも、今は私だけを見て欲しくて。少しだけの嗜虐心で。 彼が言い終わらない内に、その唇に、そっと蓋をした。
―――あの夜から随分、遠くにきたね。
あの日、私に恋を教えてくれて、愛に気づかせてくれた貴方は。 あの夜は。 まるで御伽噺みたいに、素敵で。 私たちにとってもう何年も昔の話で。 もう忘れかかっていたあの景色とは、町も随分と変わってしまったのだろうけど。 今、貴方の隣でもう一度その景色を見ている。 今度は、怖がる私ではなくて、貴方の方からぎゅうと力強く抱きしめられて。 その手は私を放さないって言ってるみたいで。 私の腕の中には、射的で見つけたクマのぬいぐるみ。 そして、私は。
『あの夜から一番遠い場所で』
あの夜に一番近い場所からこの景色を見ているから。
Fin.
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『皆さん始めまして!!初投稿ゆえドキドキしてます、こんな駄文ですみませんorz』byS●NYです。
皆さんの小説はひなゆめから移ってからもここで見ていたのですが、やっぱり自分も書いてみたいと思い。 一番好きなCPであるハヤヒナモノを書いてみました。。。 ハヤごとの小説を書くのは久しぶりで、なにか、まとまらない感じの文ですね。 あと、誤字脱字も多いかもです。。。 それと、タイトルはGLAYのあの夏のオマージュです。内容は本駄文とは関係ないけど、いい歌です。 ということで、今後ともよろしくお願いしたいです。お眼汚しすいませんでした。
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