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茶会企画小説「野球観戦inハマスタ」

by 比翼(代理:春樹咲良)
茶会企画 | 2014年 7月 1日(火) 1時32分
「さて、今日は横浜スタジアムにきております。横浜DeNAベイスターズと、阪神タイガースの、クライマックスシリーズ進出をかけた決戦の舞台。
 いよいよ、激闘の火蓋が、切って落とされようとしております。解説の咲夜さん、いかがですか?」
「落ち着け借金執事。確かにここには机も椅子もあるし、見晴らしもいい、マイクもなぜかある。実況したくなる気持ちもわからんでもないわ。でもここは解説室やなくて、単なる特等席や。いくらなんでも、そこまでスタートダッシュかけられたら、関西人でもウチでも突っ込み切れんわ」「流石。今日もきっちり突っ込んでくださいますね!」
 と、ハヤテははち切れんばかりの笑顔を見せた。
「いつになく腹立つ笑顔やな、自分」
「いやあ、実を言うと試合前から楽しくて楽しくて仕方がなかったんですよ。まさか咲夜さんに誘ってもらえるなんて思いもしませんでしたから。それも、横浜が初のクライマックスシリーズ進出を決める、重要な試合に」
「おいおい何寝ぼけたこと言ってんねん。上にいくのは阪神や。今年はゴメス、呉が加入して、上本も開花したし、西岡も帰ってきた。ピッチャーも軒並み好調や。横浜なんぞに負ける道理はあらへんよ」
「いえいえ、それなら横浜も負けてはいませんよ。課題の投手陣がせいびされたことで、今年の横浜は一気に強くなりました。打線の破壊力はいまや十二球団トップクラス。野球は投手とはよく言いますが、試合を決めるのは野手なんですよ。梶谷、ブランコ、筒香、バルディリス、それにぐりえるが一挙に並ぶ打線を相手に、どこまで延焼を抑えられるでしょうか? 確か阪神の先発は……」
「岩田や。しかし去年までの岩田とは違うってことを、肝に銘じとき。ピンチで崩れなくなったし、立ち上がりの不安定さも最近はなりをひそめとる。それに、打線に関してはうちのクリンナップだって、負けてはおらんのや。むしろそっちの先発を心配したらどうや?」
「久保のことを言っているんですか? 確かにピリッとしない投球をすることがあるのは否めませんが、古巣阪神相手の成績は申し分ありません。勝機は十分すぎるほどありますよ」
「はっ、どうやろなあ? まあ試合が始まればわかることや。あんまりいじめんどいたるわ」
「はいはいそこまで」
 パンパン、と手のひらを打ち合わせて、ヒナギクは二人の間に割り込んだ。
 なんとも不毛な言い争いだ。ノリが良くて口の回る咲夜はともかう、普段からおとなしく、いつも周囲のストッパー役を買って出るハヤテまでもが、こんな子供の喧嘩の延長線上にあるような口喧嘩をするとは。
「お姉ちゃんがよく言ってたわ。酒の席で政治と野球の話はするな、って。こういうことになるからなのね」
 おかげで、口を挟む暇も見つけられなかった。
 本日の放課後、絶好調に機嫌がいい綾崎ハヤテという、非常に珍しい事例を目撃してしまったのが、そもそものきっかけだった。
「実は今日、野球を見に行く予定がありまして、既にお休みを頂いているんです。生で野球を見るのは久しぶりなので、なんだかとても楽しみなんです」
 そんなことを言われれば、ヒナギクとて興味が湧かない理由もない。実を言えばヒナギク自身、義理の両親や姉の影響もあって、野球は嫌いではない(ちなみに彼女が応援しているチームはソフトバンクである)。
 勇気を出して同行を申し出てからは、痛快なほどにとんとん拍子で事が進んだ。彼を招待した咲夜さんとも面識があったから、快くこの特等席に招かれたのだ。生粋の阪神ファンだという彼女が、横浜スタジアムのこんなにいい席に陣取っているというのも、違和感を覚えない話ではないが、どうもお金の力というのは、この世にあるたいていの障害に対して万能らしい。
「そういや、今の自分みたいなのが前に見た映画におったわ。人生の特等席って映画なんやけどな」
「世の中を牛耳る超大金持ちで、世界は全て俺のもんだーみたいな主人公の映画ですか?」
「貧乏育ちの苦労人かと思いきや、意外と考え方歪んどるな、自分。
 人生の特等席はメジャーのスカウトの話や。あたしも結構うろ覚えなんやけど、引退間近のスカウトマンが主人公の映画でな。あるとき昔自分がスカウトしたけど、肩壊して引退して、今はスカウトやってるイケメンと再会すんねん。で、こいつの夢は野球中継の実況らしくてな。通りがかったグラウンドで野球やってる子供たちを見かけて、ついつい実況の真似事をしはじめんねん」
「……それって、子供たちも不審者として認識するんじゃないですか?」
「うん。実況もなかなか熱入ってて、打球はっ外野の間をっ、抜けたーー。一塁ランナーがホームに帰ってくる! エリック、試合を振り出しに戻す、タイムリーツーベェェェェェス。ぐらいの勢いで、握りこぶしで実況して、子供たちに白眼視されて、苦笑いしながら言い訳しつつ、車で逃げる」
「日本だったら通報ものですかねえ……」
「いやあ、アメリカでも通報されると思うで? たあイケメンだから許されるだけで。あ、すまん。これだと自分とは似てないな。たとえ話の選択間違えたわ」
「どうしてそう、わざわざ人を傷つける方向に……」
「まあ、似ててもあれなんやけどな。こいつのメインの見せ場は、主人公の爺さんの一人娘とイチャイチャするところやから。つまり完全な脇役。ちなみに最後はな、こいつ自身は球団を解雇されて路頭に迷ったのに、主人公サイドのほうは色々と問題を解決して、すがすがしい表情でめでたしめでたし。で終わる。つまりこいつに似てたら、自分は脇役人生歩んだ挙句、路頭に迷って以降は誰にも知られることなく、細々と生きていくっちゅうこっちゃ。なんや最悪やな。イケメンじゃなくて良かったやん」
「咲夜さん? 今あなた、勝手に話し出して勝手に結論出して勝手に同情しましたからね? 試合開始前にデッドボール出してごめんごめんって、控えめに言っても退場処分ものですからね?」
 そしてまたもや、ヒナギクは頭を抱えるはめになった。試合は楽しみではあるけれど、今日は疲れる一日になりそうだ。


「そうそう、生徒会長さん。あんたはどっち応援するんや?」
 試合開始まで五分を切ったところで、咲夜が問いかけた。
「どちらかというと、横浜かしらね。わたしは元々ソフトバンクを応援してるから」
「……今年は圧勝するかと思いきや、レギュラーシーズンは意外と接戦やったな」
「ええ、まさかオリックスをこんなに強いと感じる日が来るなんてね。投打の噛み合いが良くなるだけでこんなに強くなるなんて、やっぱりポテンシャルは侮れないわ」
「関西でも、オリックスの人気が上がってるみたいやで。……しかしまあ、鷹を贔屓しとるんなら、横浜応援するわな。何年か前に大きなトレードもあったから、関わりも深いやろし」
「内川選手も吉村選手も、すごく活躍してるからね。もちろん江尻投手も。夏場の時期にチームを支えてくれたわ」
「となると、注目してる選手は?」
「多村選手、井手選手、といいたいところだけど、どっちも今日のスタメンにはいないのよね……。だからファン目線とは別に、梶谷選手に注目するわ。トリプルスリーまであとホームラン二本、怪我から復帰して一気に調子を上げてる。有望株よね」
 実際のところ、Bクラス常連だった横浜が、クライマックスシリーズへの出場に片手をかけているのは、梶谷、筒香、山口、井納ら若手の選手の台頭によるものが大きい。もちろん、キューバの至宝ぐりえる、欠かせない戦力となったバルディリス、モスコーソら外国人選手の加入によって、チームの戦力がぐっと底上げされたこともある。
「と言っても、今日が最終戦なんや。ここでホームラン二本は流石に厳しいやろ。トリプルスリーは来年以降にお預けやな」
「ええ、そうね。でもついつい期待しちゃうものじゃない? 野球ファンっていうのは、みんな心のどこかでわかっているのよ。野球には奇跡がつきものだってね」
 ほんの少しだけ、咲夜は不意をつかれたように、言葉に詰まった。顔を斜めにそむけて、ちょっとだけ頬が赤くなる。それに気づいた人間が、果たしてここに何人いるだろうか。
「ええこと言うやんか。でも、そんな奇跡起こされても困るんや。今日は無失点リレー期待しとるんやからな」
「ふふ、そうね。でもわたしは横浜に期待してるわ」
「……さよか」
 どことなく、暖かい雰囲気が流れる。
 試合前の緊張感、独特の興奮、高鳴る期待、それら全てに包み込まれながら、二人はなんとなく、この相手とは仲良くなれるのではないか。と、そんな思いを抱いた。
 そしてハヤテも、何も言わずにそのやり取りを眺めていた。
 いいことだな、と思う。邪魔したくないな、とも。
「お嬢様、試合が始まりますよ」
 咲夜の執事の片割れ、国枝が声をかける。
 無粋な行動だったが、どのみち開始時間を伝えなくても、彼は怒られるのである。
 そして、咲夜に恨みがましそうに睨み付けられて、国枝がまっすぐグラウンドに向き直り、試合が始まった。


 試合の序盤はまだ良かった。
 6回が終わった横浜スタジアムの特等席で、ヒナギクはそう思う。相対的にマシに見えているわけでは、決してないと思う。きっと、多分、そうだといいね。
 1回から、試合展開がめまぐるしく動いたのだ。エース同士の天王山というわけでもないから、両陣営ともリリーフは万全だった。横浜など、四日前に先発したモスコーソを二軍に落としてソーサを一軍に置いている。
 両監督、首脳陣ともに、ある程度の計算もしていただろう。
 それでも、この日の横浜と阪神の打線は、万全の準備や計算を尽くしても、予測しきれるものではなかった。
 まずプレイボールから間もなく、先頭打者上本が四球で歩き、手堅く送りバントでランナーを進めて、鳥谷のタイムリー、ゴメスのタイムリーで阪神が2点を先制。
 その裏に梶谷が第29号の先頭打者ホームラン、ワンアウトからグリエルにツーベース、ブランコにタイムリー、筒香にシーズン90打点の節目となるツーランホームラン。
 2回表に阪神が新井良太のツーランで同点に追いつき、横浜も1点追加で勝ち越し。
 3回、4回は両ピッチャーともに調子を取り戻したのだが、5回に久保がマートンにタイムリーを浴び、交代。裏には岩田がブランコにソロホームランを打たれて再度横浜の勝ち越し。
 横浜が連続タイムリーで2点を取って差を広げれば、阪神はヒット、四球、スリーベース、犠牲フライという無駄のない攻撃で3点をとって同点に……。これから7回というところで、点差は8対8の同点、両チームとも既にピッチャーを4人使っている。
 横浜贔屓のハヤテの表情は、終始めまぐるしく変わった。梶谷がトリプルスリーに王手をかけているし、終始リードしているものだから、ずっと歓喜の表情を崩さなかった。ヒナギクも、その笑顔を見ているのが楽しかった。
 しかし現在、彼は表情が笑顔のまま、目だけが笑っていない。顔色も蒼白を通り越して土気色といったほうが正しいだろう。同点に追い付かれてからは、阪神に比べて弱いリリーフ陣に恐れを抱いているらしく、しきりに「ソーサは嫌だ、ソーサはやめて、ソーサは駄目だ……」と繰り返している。トラウマがあるのだろう。その痛ましい姿を、ヒナギクは直視できないでいる。
 ことメンタルの強さにおいて、綾崎ハヤテという男のそれは常人と比較するのもおこがましい。しかしそれは彼が幼少期から常に不幸とともにあったからこそ磨き抜かれ、維持されてきたものである。
 極度の興奮から天にも昇るような上機嫌であったところに、一気に現実を叩きつけられてしまう(つまりは今のような)状況になると、むしろ打たれ弱いらしい。
 対する咲夜だが、こちらは序盤から実にやかましい。執事の二人組、巻田、国枝とともに、タイムリー、ホームラン、好守がでるたびに「よっしゃ! ようやった! ええでええで! その調子や! 日本一!」ととにかくはしゃぐ。犠牲フライには、野球通の情緒をくすぐるものがあるのか「よっ、職人芸!」とこれまたうるさい。炎上した先発、および燃え続けている中継ぎに対する罵詈雑言は……、正直思い出したくない。
 そのテンションは、同点に追い付いた先ほどから、最高潮を迎えていた。
「おいおい、借金執事、大丈夫か? いくら負けそうやからってそこまで落ち込むことないねんで?
 後一点でもとったら、あとは韓国のセーブ王様がきっちり締めてくれるからなあ。そっちのリリーフは大丈夫か? ん?」
「くっ、最初しかリードしてないのに、勝った気になるのは早いですよ。まだまだ勝ち越しのチャンスはある。まずはこの回を抑えないと……、ああ……、長田か」
 ハヤテの言うとおり、アナウンスされたピッチャーは長田。ベイスターズの勝利の方程式に抜擢された投手である。
 その長田は、7回の表をしっかりと三者凡退。
「安藤なら安心やな……」
 咲夜の言葉通り、安藤も三者凡退に切って取る。
 そして八回。これまた勝利の方程式の一人大原が、三人でピシャリと締める。
「ああ、良かった……。大原は本当にいいピッチャーだ」
「後ろ二枚だけは、やたら安定してるな。まあええ、次の回は八番の鶴岡からやし、代打攻勢で一気に攻め立てたる。こっちのピッチャーは建山や! 頼むで!」
 ドラマというのはいつも終わり際に起こるものである。この日もまた、終盤の八回に、それは起きた。
「よし! バルディリスが出た! 黒羽根が送った! 代打に……」
「多村選手!」
 ハヤテの歓声を、今度はヒナギクがかき消した。勝負どころでの代打だ。既にここまで金城、中村とベテランが代打に送られて、事実上、彼が代打攻勢の最後の切り札。
「かっとばせー! た・む・ら!」
「かっとばせー! た・む・ら!」
 にわかに活気付くハヤテ、ヒナギクの思いが届いたのかどうか。建山から多村への四球目は甘く入り……。
「ピッチャー返し! センターに抜け……っ!」
 半ば無自覚に実況に入ろうとしたハヤテが、言葉を失ったのも無理はない。
「「「鳥谷ィィィィィィィィイイイ!!!」」」
 咲夜、国枝、巻田が、同時に叫んだ。
 確かに打球はピッチャーの足元を抜けたのだ。そこにショートが追い付くことなど。ましてやダイビングキャッチからすぐに起き上ってサードへ送球することなど、名手鳥谷といえども、滅多に観られないビッグプレーである。
 それをこなしてしまうからこそ、彼は日本最高のショートでいられるのだろう。そしてそんなことをやって、ポーカーフェイスを保っていられるからこそ、彼は鳥谷敬なのだ。
「くっ……! 敵ながらナイスプレーです」
「物凄いものを見たわね……」
 ファインプレーが与える感動は、なんだかんだといっても敵味方で共有されるものである。
「しかし次は梶谷! なんとしても長打、を……? え?」
「え?」
「ん?」
 打っていた。
 長打を。
 ホームランを。

 打った瞬間、観客はどよめき、直後に歓声が爆発した。
 鳥谷のスーパープレーの直後なのだ。この試合を実況していたアナウンサーも、解説者も、揃って目を点にした。というのは、あとになって知った話だった。
 とにもかくにも、横浜サイドの喜びが爆発していた。
「勝ち越しーーーーー!!!!」
「トリプルスリーだあああああああああ!」
「なにやっとんじゃああああああ!?」
 三者三様、選手は褒めてもけなさない姿勢を保っていた巻田、国枝も、心なしかがっくりしているようだった。
 ホームハマスタのファンたちも、やんややんやの喝さい。そのままスタジアムが倒壊しそうな勢いである。
 そして魔の八回が終わり、九回、マウンドにはルーキーにして不動の守護神、三上が上がる。
 打席に入るのは。
「新井なら、新井ならきっとなんとかしてくれる……。今年もスタメン落ちから、ずっと腐らずやってきたんやからな。成果を示すのは今やで」
「三上を打てると思います?」
「勝算は十分すぎるくらいや」
 苛立ちをかみ殺すような、咲夜の声。先ほどの回から、立場が逆転していた。
 どのような会話があったのか、ヒナギクは良く覚えていない。思い出したくないのかもしれないし、この後の試合展開にかき消されてしまったのかもしれなかった。
 結局、新井は四球を選ぶ。
「よーしよしよし、ええでええで、次の代打は誰や? 梅野も良太もででもうたし、あとの代打……は……」
 ネクストバッターズサークルには、背番号8。
 福留孝介だった。

「アカン」
「いや、打席に入っただけでそこまで絶望しなくても……」
「これが絶望せずにいられるかい。新井を勝負どころまで温存して、この場面で出したのはええけど、最後の最後にこいつかい。ベンチにまだ今成がおるやないか……」
「今成は最近ずっと絶不調じゃないですか」
「それでも福留よりマシや」
 ハヤテに慰められるほど、大いに沈んだ咲夜だが、ヒナギクはそこまで落ち込むほど、福留孝介が悪いバッターだとは思わない。確かに打率は低いし、試合数の割にホームランの数も多くない。得点圏打率が高いわけでもない。しかしそれは、成績が低空飛行を続けていても使い続けられた前半の遺産であり、最近の彼のバッティングは、申し分なく結果に結びついているとは言えないまでも、悪くはない。
 まあネガティブなイメージが染み付いてしまったのも、阪神ファンからすれば、無理からぬことではあるのだが。
「こうなりゃやけくそや! やったれ!」

 その瞬間、頭にふとよぎった光景を、ハヤテは忘れることができない。多分ことあるごとに思い出すのだろう。
 2006年、WBC準決勝で、期待されながらも低迷していた、一人の野球選手の姿。思うような成績を残せないまま、バッシングを受けていたその背中。日本の期待を背負って、不甲斐ない成績にもかかわらず起用した、世界に名だたる名監督の信頼に応えようと、打席に立った、その姿。
「いったれ! かましたれ!
 生き返れ! 福留!」
 そうだ、そのときも、こんな風に――――

 見事な流し打ち。
 いや、逆方向に引っ張った、というべきか。
 頭をよぎった光景を、綺麗になぞるような、そんなバッティングだった。
 その場にいた全ての横浜ファンは頭を抱え、その場にいた全ての阪神ファンが歓声を爆発させた。
「そんな、三上が……」
「野球にまさかはつきものだけど、これは本当にまさかの展開ね……」
 対する阪神一派の喜びは、もはや言葉にならない。とめどない歓声と、涙すら浮かんでいた。
 そして三上に、交代を告げられた。
「そんな……マメでも潰れたんでしょうか?」
「まあ、肝っ玉に関しては筋金入りなのは、どこの球団もファンもわかっとる。ホームラン打たれたから、ショックで交代ってことはないやろ」
「ええ、しかし誰に投げさせるんでしょうか? 国吉? それとも延長を見越して須田にロングを……」
 そこで、ハヤテの言葉は止まった。この試合で、采配に驚かされたのは何度目だろう。
 場内アナウンスが、交代を告げる。
『ピッチャー、三上に代わりまして、山口。ピッチャーは、山口』
 一瞬、球場全体が言葉を失ったような気がした。
「嘘でしょう!? 配置再転換!?」
「抑えとしての起用に見切りを付けて、先発に転向したはずなのに……」
「フォアボール出して自滅してくれれば、願ったり叶ったりなんやけどな」
 咲夜の声が、三人の中で落ち着いていた。リリーフ勝負になれば、勝算は阪神にある。
「もし引き分けても、クライマックスシリーズに進出するのは、勝率で勝っとる阪神や。今日の勢いは怖いが、とにかくここは山口を引き摺り下ろしたらええ。リリーフの山口に問題があるのは、誰の目にも明らかや」
 横浜を応援するハヤテには、応援していたからこそ、反論する言葉がない。それはそうだ。何度も期待を裏切られてきたのだから。
「……だけど、山口投手は変わったはずよ。今年だって、二軍から帰ってきてからは、いいピッチングを続けていたじゃない。諦めるには、早すぎるわ」
「そう、ですね。今の彼は、信用できるはずです」

 あとになって、その球場にいた誰もが、口を揃えて言った。
 もう一度だけ、信じようと思った。
 その日の彼に、ファンから野次が飛ぶことは、なかった。

「うおっ!?」
 そして誰もが驚いた。野次を飛ばした阪神ファンを黙らせるように、一番上本が見逃しの三球三振。西岡は二球目を打ってセカンドゴロ。
 そして、今日絶好調の鳥谷に、ワンボールツーストライクから、カーブを見せ球にして平行カウント。この日最速、155キロのストレートを低めに投げ込み、空振りの三振。
 圧巻のピッチングとは、まさにこのことだろう。
「よおおおおし! 勝てる! 勝てるんだ!」
「ハ、ハヤテ君。キャラ変わってるわよ……」
「あ、す、すいません。それに僕が言うとフラグ立ちそうですし、縁起が悪いですよね」
「卑屈にならなくてもいいの!」
「……やるやないか。侮っとったわけやないけど、ここまでとはな。しかし引き分けなら実質こっちの勝ちやで。山口も中三日やったか? そこまでイニング食えんやろ。ブルペンの質では阪神の方に分がある。次のステージに進むのはこっちやで」
「いえ、勝つのは横浜ですよ。このピッチングを見て、奮い立たない打者はいません」
 確信をもって、ハヤテは言った。
 マウンドには、阪神のストッパー、オ・スンファンが上がる。夜も更けたが、勝負はまだまだこれからだ。
「かっとばせー、グリエルーーーー」
 ヒナギクの声援が飛んだ。

 そうして少しずつ、空の闇は深まっていく。
 スタジアム近くの野良猫が、ゴミ箱からエサを漁っている。
 大きな歓声に、驚いて逃げ去ってしまうまで、そう時間はかからなかった。












 三千院ナギの朝は遅い。今日は学校がないものだから、これ幸いと延々惰眠を貪っている。
 一方で、彼女に仕える執事とメイドの朝は早い。お嬢様にも困ったものだと笑いあいながら、着々と掃除をこなし、主のために昼食(朝食ではない)の準備を整える。
 マリアが、普段見慣れないそれを発見したのは、ある意味必然とも言えるだろう。
 普段ならこの屋敷に、それも彼女らの主には見せたくない、俗な新聞。つまりはコンビニや駅あたりで買ってきたであろう、スポーツ新聞である。
 ハヤテ君の持ち物かしら? と、マリアは不思議に思う。そういえば、やけに機嫌が良かったですね。とも。
 一面には、紙面の三分の一ほどを占拠する大きな見出しがあった。なんとなく、彼女はそれを口に出してみた。

「奇跡の、サヨナラ」






********

この小説は、6月7日のテーマ茶会企画の一環で比翼さんが執筆されたものです。
諸事情により、春樹咲良が代理で投稿しています。

後ほど、編集等の形で比翼さんのコメントが挿入されるはずです。

追記。
比翼です。春樹咲良さん、ぴぃすけさんには多大なるご迷惑をおかけしてしまいました。特に春樹さん。上の小説部分を、全て手打ちで打ち直していただきました。そして誤字脱字修正まで。凄い(小並感
何度かお礼を申し上げましたが、また改めて、ありがとうございました。

これは6/7の企画小説でして、思いのほか長くなってしまいました。改めて読み返すと反省する点が続々と出てきて恐々しておりますが、執筆の間はとても楽しい時間でありました。
それでは、またこんな機会があることを願って。……次の機会があれば、そのときは迷惑をかけないようにしたいと思います……
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コメント
1 | パワポケ | 2014年 7月 1日(火) 7時27分

それでも俺は パは楽天が優勝して セは広島だと信じているっ!!!!
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