タイトル | : ちっちゃいマリアは |
記事No | : 91 |
投稿日 | : 2008/07/13(Sun) 13:37 |
投稿者 | : めーき |
2005年、十月の終わり頃の週末。夜の三千院家の庭を駆ける小さな影があった。 小さな影の形は人の形ではなく、小さな丸い胴体に一対の羽がついた形だった。 影に目はついてなかったが、何かを警戒するように身体の向きを変える。 影は一通り辺りを見回すと、屋敷の窓へ飛んでいく。 生物なら本来ぶつかるところだったが、不思議なことに影はするりとすり抜けた。 すり抜けた先には巨大なベットがあり、そこには二人の少女が寝ていた。 影は二人に近づき、一時停止する。バサバサと羽ばたく音が部屋に小さく響く。 やがて影は少女の一人に向かって飛び、その中に入っていった。
私、マリアはいつも通り目を覚ましました。 窓からは朝日が差し込み、ちゅんちゅんと鳥のさえずる声が聞こえます。 私は朝日の光を手で遮ります。 あれ、いつもより顔に当たる光が多い気がします。 そこで気付きました。 自分の手がいつもより小さいことに。 そういえば、着ている服の感触もいつもの寝間着ではありません。 私が急いで鏡の前に立つと、 「きゃああああああ!」 鏡の中でメイド服を着た小学生ぐらいの私が声を上げていました。
ちっちゃいマリアは
「これって」 「どうなっているのでしょうか?」 マリア達の寝室前の廊下。 マリアの声で起きたナギと駆けつけたハヤテは急に縮んだマリアを見て、感想を述べた。 「さぁ、私にもサッパリで」 マリアは正直に言った。 「それ以前に、本当にマリアさんなんですか?」 「なるほど、確かにマリアではないのかもしれんな」 ハヤテが疑い、ナギもそれに同調した。 それにマリアは少しムッとして、 「ちゃんとした本物です! 大体そうでないとあなたたちの名前を知ってるわけないでしょう?」 ハヤテ達の意見を全否定した。 しかし、ナギはそれを信じようとせずに言い返す。 「いや、名前ぐらいは簡単に分かる。お前がマリアだというならこの問題を解いてみろ!」 そうしてナギはどこからともなく小さなホワイトボードをマリアに渡した。 ホワイトボードの上の方には何処かの国の言葉で何かの問題が書かれていた。 ハヤテはマリアの後ろから問題をのぞき込んだが、どこの言葉かすら分からなかった。 しかし、マリアは数秒間だけ問題を見ると、備え付けられていたマジックで答えを書いて、ナギに返した。 その答えをじっと見つめるナギ。 そして一言。 「合ってる」 「だから言ったでしょう」 マリアは満足げな顔になった。 そしてハヤテは、 「ということは、本当にマリアさんなんですかぁ」 改めて驚いた。 「うむ、まさに『身体は子供、頭脳は大人』だな」 「お嬢様、それ以上はダメですよ」 ナギのセリフにハヤテはすかさず突っ込みを入れた。 そこで、マリアが口を出す。 「ところで今日の私の仕事はどうしましょうか?」 「「え?」」 ハヤテとナギは同時にマリアを見た。 「ですから今日の仕事はどうしましょうか?」 マリアはもう一度繰り返した。 マリアはそう言いつつ、仕事がしたそうな顔をしていた。 しかしナギはそれに気付かなかった。 「別に休んでもいいんじゃないのか。最近はハヤテも大半の仕事をこなせるようになっているんだし」 そう、ハヤテは約一年の経験を経て、屋敷の家事の大半をこなせるようになったのである。 そう言われて、マリアは困ったような顔になった。 「え? でも…」 「いいから。今日は私に付き合え、マリア」 ナギはそう言って、笑顔をマリアに向けた。 マリアはナギの笑顔を見て、 「はい…」 と言った その答えを聞くと、ナギはマリアの手を握り、 「よし! 今日は私がお姉さんだからな、マリア!」 廊下を駆け出していた。 その顔はとても楽しそうに笑っていた。 ハヤテはそんな笑顔を満足そうに見送ると、未だ朝食の用意が出来ていないことに気付いた。 ハヤテが急いでキッチンに行こうとすると、 「ハヤテ様…」 伊澄にぽんと肩に手を置かれた。 「うわぁ!!」 いきなり肩を叩かれて、ハヤテは大声を上げた。 「ちょっとお話が…」 伊澄が仕事モードの顔で言う。 ハヤテは伊澄の顔を見て、朝食の用意はまだ先になることを悟った。
「あの、話とは?」 スカッと晴れた空の下の三千院家の庭。 太陽は冬の大地にその光を降りそそがせていた。 ハヤテは伊澄をそんな庭の一角に連れて行き、話を切り出した。 「ええ、マリアさんのことなんですが」 ハヤテはやっぱりといった顔になる。 「やっぱり伊澄さんの仕事と」 「関わっています」 伊澄が断言する。 「で、今回はなにが?」 ハヤテが心配そうな顔で訊く。 伊澄の仕事と言えば妖怪の類。危険なことがあっても不思議ではない。 そこで伊澄が言う。 「妖怪です。今のマリアさんには妖怪が取り憑いています」 ハヤテは目を見開いた。 「そ、それって大丈夫なんですか!?」 妖怪という得体の知れないモノがマリアの中にいると聞いて、ハヤテは大声を上げた。 しかし、伊澄は落ち着いた顔で 「大丈夫です。元々力の強い妖怪ではありませんし、危険はありません」 強く断言した。 強く断言されたおかげか、ハヤテはとりあえず落ち着く。 「でも、その妖怪の力とは一体…」 「それは…」 伊澄は少し溜めて、
「大人びた綺麗な女の子をちびっ子メイドさんにしてしまうんです!」
きらーんと効果音を出しながら言い切った。 一方、ハヤテは沈黙する。 そして数秒。 「なんというか限定的ですね」 ハヤテがコメントしづらそうに自らの沈黙を破る。 今、ハヤテの脳裏にはひな祭り祭りの自分の姿が映っていた。 ハヤテはその画像を消し去るように、頭を振る。 「しかし、なんでそんな妖怪がマリアさんに」 なるべく自分のトラウマを思い出さないように、伊澄に話題を振る。 すると、伊澄は困ったような顔になった。 「そ、それは…」 伊澄は暫く迷っているような顔をすると、ハヤテに言う 「昨晩、その妖怪を滅しようと出向いたのですが、思ったより素早くて…」 「ここに逃げられたと言うことですか」 ハヤテが結論を述べる。 そう言われると、伊澄は申し訳なさそうに すみません と呟き、俯いた。 しかし、ハヤテは、 「大丈夫ですよ。人間なら失敗もあります」 そう優しく笑った。 ハヤテの言葉に顔を上げた伊澄はその笑顔を見て、顔を少し赤くした。 「でも、どうやってその妖怪を払うんですか?」 ふと疑問に思い、ハヤテが言う。 「それなら、大丈夫です」 伊澄がまだ少し赤い顔で、ハヤテの方を向く。 「あの妖怪はまだ力の弱い妖怪でしたから、おそらく取り憑けたことには理由があります。 おそらくそれは心に不安など弱い気持ちが溜まっていたせい。 つまり、マリアさんから悩みのような物を取り除ければ、妖怪は自然に消えるはずです」 伊澄が自分の結論を述べる。 「ええーと、つまり今のマリアさんには悩みがあって、その悩みを解決すればいいんですね」 「その通りです」 ハヤテはうーんと唸る。 「僕が見たところ、マリアさんはいつも通りですけど…」 「しかし、それくらいしか思いつきません」 伊澄が言う。 「とにかく、マリアさんにそれとなく尋ねてみてくれませんか? ハヤテ様」 伊澄がハヤテを真摯な顔で、頼む。 ハヤテはそんな伊澄に微笑み、 「分かりました。任せてください!」 自分の胸を叩いた。 そんなハヤテを見て、伊澄は少し笑い、帰って行った。 (あれ、でも伊澄さん一人じゃ帰れないんじゃ…) そんなハヤテを一人残して。
ナギ達に遅めの朝食を用意した後、ハヤテは部屋の掃除をしながら伊澄に言われたことを考えていた。 (と言ったものの、どうマリアさんに訊いたらいいんだろう?) 窓の桟をぴかぴかに磨きながら、ハヤテはどう訊こうか考える。 最初に「マリアさん、最近悩みがありませんか?」と訊く。 しかし、これではごまかされる可能性が高いと思った。おそらくハヤテが訊かれる立場になってもそうするだろう。 次に「僕、悩みがあるんですけど…」と切り出して、話している内にマリアに自然に悩みを話して貰う。 だが、マリアにそんな手に引っかかるのかと頭の中が反論する。 最終的には「マリアに話してもらうのを待つ」なんてとことん可能性の低いアイデアが出てくる次第だった。 「はぁ〜」 つい自然と溜息が出る。 気付けば、窓の桟を必要以上に磨いていた。 ハヤテはそれに気づき、すぐに別に窓に移った。 その時、後ろのドアが重い音をたてて、開く。 「あの、ハヤテくん…」 入ってきたのはマリアだった。 マリアはエプロンドレスを揺らしながら、ハヤテの所に近づいた。 「どうしたんですか?マリアさん。お嬢様は?」 朝食を届けに行った時に見た、ナギがマリアと楽しそうにゲームしていた光景を思い出して、ハヤテが言う。 マリアは それが… と苦笑し、 「ナギったら『マリアを見ていたら、漫画のいいアイデアが浮かんだ!』とさけんで、書斎にこもってしまって…」 そこまでマリアが言うと、ハヤテは あー と納得した。 「それで、わたしもおそうじをしようと思って」 「そうですか」 ハヤテはそう言って少し考えると、マリアに隣の部屋の掃除を頼んだ。 それを聞くとマリアは頷いて、 「はい、分かりました。任せてください」 と言って扉まで走っていくと、 「いてっ」 扉の少し前で転んだ。 ハヤテはその様子に驚き、マリアは恥ずかしそうに立ち上がってそそくさと部屋から出て行った。 ハヤテはマリアが出ていった扉を見つめる。 「どうしたんでしょうか?マリアさん」
数分後
隣の部屋から大きく、物が壊れる音がした。その音が窓を少し響かせる。 部屋の仕上げを始めたハヤテはその音にしばし驚き、急いで隣の部屋に向かって走る。 そして扉を開くと、 地獄絵図が広がっていた。 棚の上に置いてあったはずの物は半分以上が床に落ちており、陶器類は例外なく割れていた。 イスや机も無惨に倒れており、普段なら見られない。否、見たくない光景が広がっていた。 そんな部屋の片隅で あいたた と言いながら立ち上がる小さな人影があった。 「マリアさん!」 ハヤテはマリアの元に駆け寄る。 「大丈夫ですか?」 ハヤテがマリアに心配そうに声を掛けると、マリアは 「へ、平気です」 そう言って、ぱたぱたとほこりを払った。 そんなマリアの様子を見て、ハヤテは汗を垂らしながら、訊く。 「これは一体…」 「そ、それは」 マリアが言いづらそうに口を開けると、独白が始まった。 「ハヤテくんに言われたとおりにここをおそうじしていたら、つい転んでしまって、 そしたら、いっしょに机がたおれちゃいまして、いっしょにイスとかもたおれてしまって、 それで、机を立たそうとしたら壁にぶつかってしまって、 最終的には、棚のものがみんな落ちちゃって…」 つくポツリポツリと告白されていく事実にハヤテは口が塞がらなかった。 まさか小さくなるだけでなく、こんな付属品までついてくるとは思わなかったからである。 仕事がロクに出来なくなるという付属品が。 「えっと、マリアさん。できれば今日はもう休んでいただきたいなぁなんて…」 ハヤテは出来るだけさり気なく聞こえるように努めて、言った。 いくら尊敬する仕事の先輩とはいえ、ここまでの被害を出すようでは仕事どころではないからだ。 マリアもそれが自分でよく分かるようで、 「はい… すみません…」 と引き下がった。 そうして部屋を出て行ったマリアの顔には、寂しさが含まれていたのをハヤテは見た。
その日の夜遅く。 ハヤテは仕事の最後として食器を洗っていた。 マリアのドジッ子能力(?)で引き起こした事の片付けで、結局この日は普段のように屋敷全てを掃除することは出来なかった。 そして、マリアの悩みも知ることは出来ていない。 ハヤテは本日二回目の溜息をつき、ティーカップを置いた。 そして窓を見て、 「あれ? マリアさん?」 庭を歩いているマリアに気付いた。
マリアは庭を歩いていた。 別にどこかを目指しているわけではない、夜の庭が見てみたかっただけだった。 雲が掛かった月で弱く照らされる大地、小さな星。 そんな世界をマリアは歩く。 そして、ある場所にたどり着いた。 開けた土地にある座りやすそうな岩。岩の前には大きな湖が広がる。 そこは白皇に受からなかったと知ったハヤテがいた場所だった。 マリアは懐かしそうにその景色を見ると、ハヤテが座っていた岩に座る。 そして、ただ夜を見ていた。 そうしていたら、 「マリアさん」 ハヤテの声を背中越しに聞いた。 「マリアさん、こんな夜中にどうしたんですか?」 ハヤテが心配そうにマリアに言った。 それにマリアは顔も向けずに答える。 「すみません。ちょっと夜のけしきが見たくなって」 「それはいいですけど、お嬢様は?」 いつも、添い寝してもらっている人が居なくなって怖がっているナギをハヤテは思い浮かべる。 しかし、その質問は想定されていたようで、 「寝ているときに抜け出してきました。 ぐっすり寝ていましたし、SPのかたにもお願いしていますからだいじょうぶだとおもいます」 すぐに返された。 ハヤテは そうですか と呟いた。 そうして会話は中断され、しばし夜の静けさに辺りは包まれた。 「マリアさん、大丈夫ですか?」 ハヤテがふと切り出す。 「何がですか」 「昼間、部屋を出て行く時、寂しそうな顔でしたから何となく…」 「そうですか…」 ハヤテは心配そうにマリアの小さな背中を見つめる。やはりどこか寂しそうな背中。 そんな背中を見ていたらハヤテはただ支えたいと思った。 「あの、マリアさん! 悩みとかありませんか!」 初めはどう訊こうか悩んでいたが、そんなことは頭から吹き飛んでいた。 マリアはその言葉で初めて少しハヤテの方に振り向いた。 「ハヤテくん…」 「僕、あまり頼りにならないかもしれませんけど、マリアさんを支えてあげたいんです!」 そう言ったハヤテの顔はどこまでも必死そうだった。 その顔に微笑みを浮かべて、マリアは言う。 「じゃあ、きいてもらいましょうか」
「それで、悩みとは?」 ハヤテが少し岩に近づいて、訊いた。 そこでマリアはハヤテの方に身体を向け、下を向く。 そうですねぇ と言ってから少し溜め、言い切る。
「ハヤテ君」
「はい?」 マリアはそうしてハヤテを見る。 ハヤテは意味が理解できずに、困惑していた。 「ど、どういうことでしょうか?」 「だから、私の悩みはハヤテくんにあるってことです」 そう言って、マリアは、 「正確にはハヤテくんがどんどん仕事がこなしていくってことですね」 少し訂正した。 しかし、ハヤテには理解が出来なかった。 「どうしてですか? それって良いことでは…」 ハヤテは自分がしっかりすれば、マリアも楽ができて、良いことだと思っていた。 しかし、マリアは首を振る。 「確かに、ハヤテくんががんばってくれるほど私は楽になります。 しかしその分、私の仕事、いえ、私のいる意味がへっていくんです…」 マリアは段々と俯きながら、独白を続ける。 「私はハウスメイド。この屋敷の家事を行うのが仕事です。 つまり家事が出来なくなるのは、いる意味がなくなるのとおなじじゃないですか? いえ、現に今、私はろくに仕事ができていません。そんな私が必要ですか?」 「マリアさん…」 「私、怖いんです。 いつかハヤテ君がこの屋敷の家事を何もかも出来るようになったら、私はこの屋敷にいられなくなるんじゃないでしょうか。 もう、ナギのそばでいられなくなるんでしょうか。 そんな日が本当に来るんじゃないのでしょうか。 そう考えると怖くなって…」
「そんなことあり得ませんよ!」
ハヤテは思わずマリアの話の途中で声を上げた。 その言葉にマリアは思わず顔を上げる。 「そんなことありません。マリアさんは絶対に僕たちに必要な人なんです」 ハヤテはマリアに優しく言う。 「どうして…」
「マリアさんは僕たちの『お姉さん』だからですよ」
ハヤテはそう微笑む。 「ハヤテくん…」 「マリアさんは僕たちの大切なお姉さんです。大切な家族です。 いらなくなる日なんて絶対に来ません」 しかし、マリアは目を伏せる。 「でも私、仕事が出来ないんですよ?」 「そんなこと関係ありませんよ。 例えマリアさんが仕事を出来なくなってもあなたはお姉さんなんです。 きっとお嬢様も同じ事を言いますよ」 ハヤテはマリアに手をさしのべた。 「さぁ、帰りましょうよ。お嬢様のいる家へ」 マリアはしばしハヤテの手を見つめる。 やがて優しく微笑み、 「そうですね。帰りましょうか、ハヤテ君。」 ハヤテの手を取って、屋敷へと戻っていった。 その時、マリアの背中で何かが小さく光って、消えた。
次の朝。 私はいつも通り目を覚ましました。 窓からは朝日が差し込み、ちゅんちゅんと鳥のさえずる声が聞こえます。 私は朝日の光を手で遮ります。 昨日のハヤテ君の言葉のおかげでしょうか。今日はとても気持ちいい朝に思えました。 いつもならすぐにメイド服に着替えますが、今日は少しナギの寝顔を見ました。 昨日は突然いなくなったことを凄く怒られました。しかし、その分必要とされていることが分かりました。 ハヤテ君に感謝ですね。 さて、今日も可愛い妹と弟のために頑張りますか
fin
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