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タイトル第12回お題:マリアさん (2008/6/16〜7/13)
記事No81
投稿日: 2008/06/15(Sun) 23:11
投稿者双剣士
参照先http://soukensi.net/ss/
お題SSに取り組む前に、以下のルール説明ページに必ず目を通してください。
http://soukensi.net/odai/hayate/wforum.cgi?no=1&reno=no&oya=1&mode=msgview&page=0

なにか疑問などがありましたら、以下の質問ツリーをご覧ください。
そして回答が見つからなければ、質問事項を書き込んでください。
http://soukensi.net/odai/hayate/wforum.cgi?mode=allread&no=2&page=0

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今回のテーマは「マリアさん」。三千院家の完璧メイド・マリアさんが
メインあるいは準メインで登場し活躍する物語を書いてください。
幼女時代のマリアさんを使用しても構いません。

【条件1】
オリジナルキャラは、物語の主役やキーパーソンにならないレベルでのみ
登場可能とします。

【条件2】
えっちなのは禁止です。

タイトルさぁ、幸せになりなさい
記事No90
投稿日: 2008/07/12(Sat) 07:20
投稿者双剣士
参照先http://soukensi.net/ss/
 その日。ヒーローショーから帰ってきたナギは古ぼけたライカのカメラを見つけてきて、お屋敷のあちこちの
写真を撮りはじめました。
 そればかりかハヤテ君を伴って、思い出を撮るんだと自分からお屋敷の外へ飛び出して行ってしまいました。
「ナギ……」
 少し前までは考えられないことでした。あの引きこもり体質のナギが、自分から外の景色に興味を持つなんて。
自分から面白いものを探しに行くなんて。
 ……そして、あんなに積極的に思い出を形に残そうとするなんて。あのナギが。
「ありがとう、ハヤテ君」
 笑いながら太陽の下に飛び出していく2人を見送りながら、私は小さな声であの子を変えてくれた男の子の名前を
つぶやきました。そしてあの子がまだ気難しかった、数年前の出来事を思い浮かべたのでした。

          **

 それは三千院家令嬢つきの新米ハウスメイドとして、私がヨーロッパの小さな島で暮していた頃のこと。
 SPさんたちと一緒にお散歩に出たはずのナギが、なかなか帰ってこなかったことがありました。おじい様の
財産目当てにナギの身を狙う悪い人たちが絶えなかった時節柄、心配した私たちは手分けして島中を探しまわって…
…陽が真っ赤に染まる夕暮れ時、海岸に並べられた石積みの上にちょこんと座る女の子の姿を見つけたのです。
「お嬢さま! よかった、ご無事で……」
 安堵の声をあげながら駆け寄る私たち。遅いぞ、といつもなら不機嫌そうな顔で振り返ってくれるはずでした。
でもその時のナギは麦わら帽子のつばを真剣に見つめながら、こっちを振り向こうともしませんでした。
「帰らないぞ」
「……えっ?」
「あいつと約束したのだ、一緒に星を見に行こうって……いつだって私を守ってくれるって……」
 誰のことですか、とは軽々に聞けない空気がありました。ナギのもとへ歩み寄ろうとするSPの人を片手で
制止した私は、ナギをなるべく刺激しないよう静かな口調で話しかけました。
「……その人を待ってるんですか、お嬢さま」
「そうだ。あいつは命がけで私を守ってくれた。だから私も約束を守る。あいつと一緒に星空を見るんだ」
 小さな背中が震えていました。ナギが大事そうに握りしめる麦わら帽子には、真新しい焦げた穴が開いていました。
“あいつ”という人がナギのことを守ってくれたのは、どうやら本当のことのようです。
「……寒い、寒いぞ……どこへ行ってしまったんだ、なんで傍にいてくれないのだ……」
 ナギのつぶやきに涙声が混じり始めました。陽はどんどん暮れていきます、いくら夏場でも小さな子が外にいたら
風邪をひいてしまうかも……私はSPの人から外套を受け取ると、そっとナギの背中に歩み寄りました。
「……! なんだ、帰らないぞ私は」
「ええ、分かっています」
 ナギの肩に外套をかけた私は、そのままナギの隣へと腰掛けました。驚くナギに私は微笑みを返しました。
こういうのは歳の近い私の役目です。
「待ちましょう、ここで一緒に。きっと来てくれますよ、その人」
 ……でも、夜が過ぎて東の空が白む頃になっても“あいつ”は現れませんでした。肩に寄りかかるナギの寝息を
聞きながら、私はその人のことを想いました。昼下がりのほんの数時間の間にここまでナギの信頼を勝ち取った人って、
どういう人だったのだろうって。その人がしてくれたことの真似をすれば、この気難しいお嬢さまとも少しは
心を通わせることができるのかなって。


 翌日からナギのお散歩嫌いには拍車がかかりました。名目上は「お前たちの警護なんて当てにならない」
でしたけど、あの晩のことを聞いた私には本当の理由が分かるような気がしました。
 たぶん……頼る人を、知ってしまったせいだと思います。自分を守ってくれる頼もしい人の温もりを実際に
感じてしまったせいで、その人のいない街中を歩くのが怖くて寂しくてたまらなくなったんです。お父様も
お兄様もいなくて親戚からも命を狙われてるナギにとって、ようやく出会った“自分だけのナイト”のことを
そう簡単に忘れられるはずがありません。
「ふん、あんな嘘つきのことなんて関係ない。外に行ったってロクなことはないんだ。星空くらいお屋敷から
でも見られるしな」
 一生懸命にナギは強がってましたけど、それが本心でないことは私にだってわかります。少しでも寂しさを
紛らわせてあげようと、私はナギとゲームをしたり本を読んであげるようになりました。ハウスメイドとしての
仕事をきちんとこなした上でナギとの時間を作るのは大変でしたけど、あんな小さな子が窓から海岸を寂しそうに
眺めるのを黙って見ているくらいなら、自分が汗をかくほうがどんなにかマシだったのです。
 お屋敷には歳の近い女の子が他に居なかったこともあって、少しずつ少しずつナギは私になついてくれるように
なりました。『お嬢さま』でなく『ナギ』と呼び捨てにしろと言われたのもこの頃のことです。
 でもナギとの距離が縮まれば縮まるほど、ナギの心の中に住む“嘘つきなあいつ”さんとの温度差に私は気づか
されるようになりました。自分はナギの遊び相手ではあっても、本当の心の支えになれない。天才だの才女だのと
呼ばれてきた私にとって、それは初めての難攻不落な壁だったのです。


「ナギ、お出かけしませんか」
「嫌だと言ってるだろ。外に出たってロクなことはないし、どうせ護衛に囲まれて窮屈なだけなんだから」
「SPの人には内緒で行きましょう。実は中心街の露店で可愛いアクセサリーを見つけたんですよ、
一緒に見に行きませんか?」
「お前と2人きりでか、マリア?」
「ええ」
 お屋敷の人に内緒で外出する、それは大きな賭けでした。失敗したらナギの身を危険にさらすことになり
完全に使用人失格です。でも籠の鳥みたいにお屋敷に閉じこもってるナギのことが不憫でしたし、外の世界で
ナギのことを守ってあげられれば“あいつ”さんの代わりになれるかも、複雑に絡まったナギの心を溶かして
あげられるかもという思いがありました。年頃の女の子らしい誘い文句を口にしたのも、自分は他のSPさん
たちとは違うから信頼してください、とアピールする気持ちからでした。
 ……そして、愚かな私の浅知恵は見事に裏目に出ました。
 単なる人さらいやナイフで襲ってくる暴漢相手なら私でも大丈夫、そんなおごりがあったのは事実です。
しかしそんなものはマシンガンの機械音と手榴弾の炸裂音に跡形もなく吹き飛ばされてしまいました。
習い覚えた形意拳など飾りにすらならない現実がお屋敷の外にはありました。ナギの手を引いて石造りの街を
逃げ回った挙句、追い詰められてナギに覆いかぶさりながら路地の片隅で震えてしまう、そんな情けない姿が
私の終着点でした。間一髪でSPの人たちが来てくれなかったら、ナギも私もその日の星空は見られなかった
ことでしょう。
 ……お屋敷に帰った私をナギは責めませんでした。それどころか叱られる私を一生懸命かばってくれたりも
しました。慣れっこだから気にするなと小さな笑顔を私に向けてくれました。怖い思いをしたマリアをなぐさめて
やるという名目で寝室を共にするようになったのもこの頃からでした。
 しかし私は……自分が完全無欠でも常勝不敗でもなく一介のハウスメイドに過ぎないこと、“あいつ”さんの
代わりなどには決してなれないことを、この一件で思い知らされたのでした。


「若い男の執事だと! 正気か、マリア!」
「はい」
 数日後。三千院家の御本家に居るクラウスさんに私は国際電話をかけました。越権行為も甚だしいことは分かって
います。でもナギのために、どうしてもクラウスさんの助けが必要だと思ったのです。
「話にならん! 歳の近い少年をナギお嬢さまの傍につけるなど、非常識にもほどがある! お世話役ならお前が
いるだろう、マリア」
「私ではダメなんです……」
 ナギの心に“あいつ”さんが住んでいること。その喪失の辛さゆえにナギが外に出られなくなっていること。
自分ではその代わりになれないこと。私は懸命に説明しました。小さい頃から父親のように可愛がってくれた
クラウスさんになら分かってもらえるだろうと信じて、電話口で涙まで流しながら訴えました。クラウスさんは
最初こそ声を荒らげていたものの、次第に口数が少なくなって……やがて根負けしたように返事をしてくれました。
「わかった。帝さまにそう進言してみよう。だがマリア、そう自分を責めるな。たとえその男の代わりになれなくても、
お前はお前だ」
「は……はい」
 気休めに過ぎないと分かってはいても、クラウスさんの慰めの言葉は私の胸に響きました。今の私に出来ること、
それはナギに悲しい顔を見せないこと。そして決して無理をせず、ナギが安心してくつろげるお屋敷を守っていくこと。
ハンカチで涙をぬぐった私は、顔をあげてナギの待つ寝室へと向かったのでした。

          **

 その後。ほどなく日本に帰ることになったナギと私は、おじい様のお屋敷ではなく練馬にある小さなお屋敷を
与えられました。そこにはナギ付きの執事長に就任したクラウスさんと、そして私と同年代くらいに見える1人の
男の子が待っていました。
「姫神といいます。よろしく、ナギお嬢さま」
「…………」
 苦い顔で差し出された右手を見つめるナギ。私は電話で話した件を思い出して、はっとクラウスさんを見上げました。
そして得意そうに口髭をとがらせるクラウスさんに向かって、深々と頭を下げたのでした。
 ナギと姫神君の関係は最初こそぎこちないものでしたが、打ち解けるようになるまで時間はかかりませんでした。
平和な日本が舞台とはいえ、姫神君はまさしく一個連隊相当の戦闘力と機動力をもってナギのことを守ってくれました。
あれほどSPの人たちの護衛を嫌がっていたナギが、姫神君と一緒のときにはまるで羽でも生えたかのように、
生き生きと外へと出かけて遊びまわるようになりました。遊び疲れて満足そうに眠るナギの表情からは、“あいつ”さんが
抜けた後の心の空隙など跡形もなくなったように私には見えました。


 それなのに、その姫神君も、ナギのもとを去ってしまいます。


「どうしてだ! あいつも姫神も、誰もが私を置いて行ってしまう! どんな時でも傍にいて守ってくれるって
言ったのに、嘘つき! 偽善者! 口先ばっかり!」
 あの頃のナギの荒れっぷりは痛々しくて見ていられませんでした。たった13年しか生きてない女の子が
信じた相手に2度も裏切られるなんて、神様はなんて残酷なのでしょう。怒りの矛先はお父様やお母様、おじいさまに
まで及びました。信じるのがこんなに辛いなら2度と誰も信じたりするもんか、そんな悲しい言葉までナギは口にしました。
「……お前も」
 姫神君の残した家具、写真、食器などを部屋の壁に叩きつけ、はぁはぁと息をついたナギの矛先は今度は私へと
向けられました。その瞳は暗い炎で燃えさかっていました。
「お前もすぐにいなくなるんだろ、マリア!」
「そ、そんなことありません! 私はずっとあなたの傍に……」
「他の奴もみんなそう言った! 母もあいつも姫神も! 口先だけなら何とでも言える、お前だって同じだ!」
 涙をポロポロこぼしながら声を限りに叫び続けるナギを、私は力いっぱい抱きしめることしかできませんでした。


 姫神君の後任はなかなか見つかりませんでした。クラウスさんが誰を連れてきても、ナギは心を開こうとしませんでした。
 ですからナギがハヤテ君を拾って来たとき、私は今回も長続きしないだろうなと思いました。ナギが自分で選んだ
男の子というのは明るい要素に思えましたけど、ナギと彼との間に物凄い勘違いが横たわっていることを、早い段階で
私は知ってしまったからです。
「僕の執事の仕事ってなんなんでしょうか?」
「そうですねぇ、一言で言うと……お嬢さまのペットですかねぇ」
「……ペ……ペットっすか?」
「軽い冗談ですよ♥」
 ハヤテ君には冗談めかして言いましたけど、これが私の偽らざる本心でした。しょせんナギの暇つぶしの相手、
正体がばれるまでの短い付き合い……そう思っていたのです。

          **

 そのハヤテ君が。今ではナギにとって欠かせない存在として、かつての姫神君の……いえそれ以上の役割を果たして
くれています。
 あれからナギはすっかり明るくなりました。学校にも行くようになったし、自分からバイトに通うようにもなりました。
あんなに誰かを信じることを怖がっていたナギが全幅の信頼をハヤテ君に置き、ハヤテ君のために何かをしたいとまで
言いだしました。
 そればかりか……あんなに失うことを恐れていたあの子が写真に興味を持ちました。思い出を残したいと言って
くれました。過去を振り返り懐かしむ勇気を持てるようになったのです。それが私には何よりも嬉しいです。
「ハヤテ、私とお前はずっと一緒だ♥」
 本当に屈託のない、女の子らしい素敵な笑顔。ナギがあんな顔をするようになったのはあなたのおかげです。
ありがとう、ハヤテ君。
「いえ……そうですね。お嬢さま……ずっと………一緒です……」
 ハヤテ君、あなたはナギのこと、ずっと支えていってくれますよね?
 突然いなくなったりなんか、しませんよね?


Fin.

タイトルちっちゃいマリアは
記事No91
投稿日: 2008/07/13(Sun) 13:37
投稿者めーき
2005年、十月の終わり頃の週末。夜の三千院家の庭を駆ける小さな影があった。
小さな影の形は人の形ではなく、小さな丸い胴体に一対の羽がついた形だった。
影に目はついてなかったが、何かを警戒するように身体の向きを変える。
影は一通り辺りを見回すと、屋敷の窓へ飛んでいく。
生物なら本来ぶつかるところだったが、不思議なことに影はするりとすり抜けた。
すり抜けた先には巨大なベットがあり、そこには二人の少女が寝ていた。
影は二人に近づき、一時停止する。バサバサと羽ばたく音が部屋に小さく響く。
やがて影は少女の一人に向かって飛び、その中に入っていった。



私、マリアはいつも通り目を覚ましました。
窓からは朝日が差し込み、ちゅんちゅんと鳥のさえずる声が聞こえます。
私は朝日の光を手で遮ります。
あれ、いつもより顔に当たる光が多い気がします。
そこで気付きました。
自分の手がいつもより小さいことに。
そういえば、着ている服の感触もいつもの寝間着ではありません。
私が急いで鏡の前に立つと、
「きゃああああああ!」
鏡の中でメイド服を着た小学生ぐらいの私が声を上げていました。



ちっちゃいマリアは



「これって」
「どうなっているのでしょうか?」
マリア達の寝室前の廊下。
マリアの声で起きたナギと駆けつけたハヤテは急に縮んだマリアを見て、感想を述べた。
「さぁ、私にもサッパリで」
マリアは正直に言った。
「それ以前に、本当にマリアさんなんですか?」
「なるほど、確かにマリアではないのかもしれんな」
ハヤテが疑い、ナギもそれに同調した。
それにマリアは少しムッとして、
「ちゃんとした本物です! 大体そうでないとあなたたちの名前を知ってるわけないでしょう?」
ハヤテ達の意見を全否定した。
しかし、ナギはそれを信じようとせずに言い返す。
「いや、名前ぐらいは簡単に分かる。お前がマリアだというならこの問題を解いてみろ!」
そうしてナギはどこからともなく小さなホワイトボードをマリアに渡した。
ホワイトボードの上の方には何処かの国の言葉で何かの問題が書かれていた。
ハヤテはマリアの後ろから問題をのぞき込んだが、どこの言葉かすら分からなかった。
しかし、マリアは数秒間だけ問題を見ると、備え付けられていたマジックで答えを書いて、ナギに返した。
その答えをじっと見つめるナギ。
そして一言。
「合ってる」
「だから言ったでしょう」
マリアは満足げな顔になった。
そしてハヤテは、
「ということは、本当にマリアさんなんですかぁ」
改めて驚いた。
「うむ、まさに『身体は子供、頭脳は大人』だな」
「お嬢様、それ以上はダメですよ」
ナギのセリフにハヤテはすかさず突っ込みを入れた。
そこで、マリアが口を出す。
「ところで今日の私の仕事はどうしましょうか?」
「「え?」」
ハヤテとナギは同時にマリアを見た。
「ですから今日の仕事はどうしましょうか?」
マリアはもう一度繰り返した。
マリアはそう言いつつ、仕事がしたそうな顔をしていた。
しかしナギはそれに気付かなかった。
「別に休んでもいいんじゃないのか。最近はハヤテも大半の仕事をこなせるようになっているんだし」
そう、ハヤテは約一年の経験を経て、屋敷の家事の大半をこなせるようになったのである。
そう言われて、マリアは困ったような顔になった。
「え? でも…」
「いいから。今日は私に付き合え、マリア」
ナギはそう言って、笑顔をマリアに向けた。
マリアはナギの笑顔を見て、
「はい…」
と言った
その答えを聞くと、ナギはマリアの手を握り、
「よし! 今日は私がお姉さんだからな、マリア!」
廊下を駆け出していた。
その顔はとても楽しそうに笑っていた。
ハヤテはそんな笑顔を満足そうに見送ると、未だ朝食の用意が出来ていないことに気付いた。
ハヤテが急いでキッチンに行こうとすると、
「ハヤテ様…」
伊澄にぽんと肩に手を置かれた。
「うわぁ!!」
いきなり肩を叩かれて、ハヤテは大声を上げた。
「ちょっとお話が…」
伊澄が仕事モードの顔で言う。
ハヤテは伊澄の顔を見て、朝食の用意はまだ先になることを悟った。



「あの、話とは?」
スカッと晴れた空の下の三千院家の庭。
太陽は冬の大地にその光を降りそそがせていた。
ハヤテは伊澄をそんな庭の一角に連れて行き、話を切り出した。
「ええ、マリアさんのことなんですが」
ハヤテはやっぱりといった顔になる。
「やっぱり伊澄さんの仕事と」
「関わっています」
伊澄が断言する。
「で、今回はなにが?」
ハヤテが心配そうな顔で訊く。
伊澄の仕事と言えば妖怪の類。危険なことがあっても不思議ではない。
そこで伊澄が言う。
「妖怪です。今のマリアさんには妖怪が取り憑いています」
ハヤテは目を見開いた。
「そ、それって大丈夫なんですか!?」
妖怪という得体の知れないモノがマリアの中にいると聞いて、ハヤテは大声を上げた。
しかし、伊澄は落ち着いた顔で
「大丈夫です。元々力の強い妖怪ではありませんし、危険はありません」
強く断言した。
強く断言されたおかげか、ハヤテはとりあえず落ち着く。
「でも、その妖怪の力とは一体…」
「それは…」
伊澄は少し溜めて、

「大人びた綺麗な女の子をちびっ子メイドさんにしてしまうんです!」

きらーんと効果音を出しながら言い切った。
一方、ハヤテは沈黙する。
そして数秒。
「なんというか限定的ですね」
ハヤテがコメントしづらそうに自らの沈黙を破る。
今、ハヤテの脳裏にはひな祭り祭りの自分の姿が映っていた。
ハヤテはその画像を消し去るように、頭を振る。
「しかし、なんでそんな妖怪がマリアさんに」
なるべく自分のトラウマを思い出さないように、伊澄に話題を振る。
すると、伊澄は困ったような顔になった。
「そ、それは…」
伊澄は暫く迷っているような顔をすると、ハヤテに言う
「昨晩、その妖怪を滅しようと出向いたのですが、思ったより素早くて…」
「ここに逃げられたと言うことですか」
ハヤテが結論を述べる。
そう言われると、伊澄は申し訳なさそうに すみません と呟き、俯いた。
しかし、ハヤテは、
「大丈夫ですよ。人間なら失敗もあります」
そう優しく笑った。
ハヤテの言葉に顔を上げた伊澄はその笑顔を見て、顔を少し赤くした。
「でも、どうやってその妖怪を払うんですか?」
ふと疑問に思い、ハヤテが言う。
「それなら、大丈夫です」
伊澄がまだ少し赤い顔で、ハヤテの方を向く。
「あの妖怪はまだ力の弱い妖怪でしたから、おそらく取り憑けたことには理由があります。
 おそらくそれは心に不安など弱い気持ちが溜まっていたせい。
 つまり、マリアさんから悩みのような物を取り除ければ、妖怪は自然に消えるはずです」
伊澄が自分の結論を述べる。
「ええーと、つまり今のマリアさんには悩みがあって、その悩みを解決すればいいんですね」
「その通りです」
ハヤテはうーんと唸る。
「僕が見たところ、マリアさんはいつも通りですけど…」
「しかし、それくらいしか思いつきません」
伊澄が言う。
「とにかく、マリアさんにそれとなく尋ねてみてくれませんか? ハヤテ様」
伊澄がハヤテを真摯な顔で、頼む。
ハヤテはそんな伊澄に微笑み、
「分かりました。任せてください!」
自分の胸を叩いた。
そんなハヤテを見て、伊澄は少し笑い、帰って行った。
(あれ、でも伊澄さん一人じゃ帰れないんじゃ…)
そんなハヤテを一人残して。



ナギ達に遅めの朝食を用意した後、ハヤテは部屋の掃除をしながら伊澄に言われたことを考えていた。
(と言ったものの、どうマリアさんに訊いたらいいんだろう?)
窓の桟をぴかぴかに磨きながら、ハヤテはどう訊こうか考える。
最初に「マリアさん、最近悩みがありませんか?」と訊く。
しかし、これではごまかされる可能性が高いと思った。おそらくハヤテが訊かれる立場になってもそうするだろう。
次に「僕、悩みがあるんですけど…」と切り出して、話している内にマリアに自然に悩みを話して貰う。
だが、マリアにそんな手に引っかかるのかと頭の中が反論する。
最終的には「マリアに話してもらうのを待つ」なんてとことん可能性の低いアイデアが出てくる次第だった。
「はぁ〜」
つい自然と溜息が出る。
気付けば、窓の桟を必要以上に磨いていた。
ハヤテはそれに気づき、すぐに別に窓に移った。
その時、後ろのドアが重い音をたてて、開く。
「あの、ハヤテくん…」
入ってきたのはマリアだった。
マリアはエプロンドレスを揺らしながら、ハヤテの所に近づいた。
「どうしたんですか?マリアさん。お嬢様は?」
朝食を届けに行った時に見た、ナギがマリアと楽しそうにゲームしていた光景を思い出して、ハヤテが言う。
マリアは それが… と苦笑し、
「ナギったら『マリアを見ていたら、漫画のいいアイデアが浮かんだ!』とさけんで、書斎にこもってしまって…」
そこまでマリアが言うと、ハヤテは あー と納得した。
「それで、わたしもおそうじをしようと思って」
「そうですか」
ハヤテはそう言って少し考えると、マリアに隣の部屋の掃除を頼んだ。
それを聞くとマリアは頷いて、
「はい、分かりました。任せてください」
と言って扉まで走っていくと、
「いてっ」
扉の少し前で転んだ。
ハヤテはその様子に驚き、マリアは恥ずかしそうに立ち上がってそそくさと部屋から出て行った。
ハヤテはマリアが出ていった扉を見つめる。
「どうしたんでしょうか?マリアさん」

数分後

隣の部屋から大きく、物が壊れる音がした。その音が窓を少し響かせる。
部屋の仕上げを始めたハヤテはその音にしばし驚き、急いで隣の部屋に向かって走る。
そして扉を開くと、
地獄絵図が広がっていた。
棚の上に置いてあったはずの物は半分以上が床に落ちており、陶器類は例外なく割れていた。
イスや机も無惨に倒れており、普段なら見られない。否、見たくない光景が広がっていた。
そんな部屋の片隅で あいたた と言いながら立ち上がる小さな人影があった。
「マリアさん!」
ハヤテはマリアの元に駆け寄る。
「大丈夫ですか?」
ハヤテがマリアに心配そうに声を掛けると、マリアは
「へ、平気です」
そう言って、ぱたぱたとほこりを払った。
そんなマリアの様子を見て、ハヤテは汗を垂らしながら、訊く。
「これは一体…」
「そ、それは」
マリアが言いづらそうに口を開けると、独白が始まった。
「ハヤテくんに言われたとおりにここをおそうじしていたら、つい転んでしまって、
そしたら、いっしょに机がたおれちゃいまして、いっしょにイスとかもたおれてしまって、
それで、机を立たそうとしたら壁にぶつかってしまって、
最終的には、棚のものがみんな落ちちゃって…」
つくポツリポツリと告白されていく事実にハヤテは口が塞がらなかった。
まさか小さくなるだけでなく、こんな付属品までついてくるとは思わなかったからである。
仕事がロクに出来なくなるという付属品が。
「えっと、マリアさん。できれば今日はもう休んでいただきたいなぁなんて…」
ハヤテは出来るだけさり気なく聞こえるように努めて、言った。
いくら尊敬する仕事の先輩とはいえ、ここまでの被害を出すようでは仕事どころではないからだ。
マリアもそれが自分でよく分かるようで、
「はい… すみません…」
と引き下がった。
そうして部屋を出て行ったマリアの顔には、寂しさが含まれていたのをハヤテは見た。



その日の夜遅く。
ハヤテは仕事の最後として食器を洗っていた。
マリアのドジッ子能力(?)で引き起こした事の片付けで、結局この日は普段のように屋敷全てを掃除することは出来なかった。
そして、マリアの悩みも知ることは出来ていない。
ハヤテは本日二回目の溜息をつき、ティーカップを置いた。
そして窓を見て、
「あれ? マリアさん?」
庭を歩いているマリアに気付いた。



マリアは庭を歩いていた。
別にどこかを目指しているわけではない、夜の庭が見てみたかっただけだった。
雲が掛かった月で弱く照らされる大地、小さな星。
そんな世界をマリアは歩く。
そして、ある場所にたどり着いた。
開けた土地にある座りやすそうな岩。岩の前には大きな湖が広がる。
そこは白皇に受からなかったと知ったハヤテがいた場所だった。
マリアは懐かしそうにその景色を見ると、ハヤテが座っていた岩に座る。
そして、ただ夜を見ていた。
そうしていたら、
「マリアさん」
ハヤテの声を背中越しに聞いた。
「マリアさん、こんな夜中にどうしたんですか?」
ハヤテが心配そうにマリアに言った。
それにマリアは顔も向けずに答える。
「すみません。ちょっと夜のけしきが見たくなって」
「それはいいですけど、お嬢様は?」
いつも、添い寝してもらっている人が居なくなって怖がっているナギをハヤテは思い浮かべる。
しかし、その質問は想定されていたようで、
「寝ているときに抜け出してきました。
ぐっすり寝ていましたし、SPのかたにもお願いしていますからだいじょうぶだとおもいます」
すぐに返された。
ハヤテは そうですか と呟いた。
そうして会話は中断され、しばし夜の静けさに辺りは包まれた。
「マリアさん、大丈夫ですか?」
ハヤテがふと切り出す。
「何がですか」
「昼間、部屋を出て行く時、寂しそうな顔でしたから何となく…」
「そうですか…」
ハヤテは心配そうにマリアの小さな背中を見つめる。やはりどこか寂しそうな背中。
そんな背中を見ていたらハヤテはただ支えたいと思った。
「あの、マリアさん! 悩みとかありませんか!」
初めはどう訊こうか悩んでいたが、そんなことは頭から吹き飛んでいた。
マリアはその言葉で初めて少しハヤテの方に振り向いた。
「ハヤテくん…」
「僕、あまり頼りにならないかもしれませんけど、マリアさんを支えてあげたいんです!」
そう言ったハヤテの顔はどこまでも必死そうだった。
その顔に微笑みを浮かべて、マリアは言う。
「じゃあ、きいてもらいましょうか」



「それで、悩みとは?」
ハヤテが少し岩に近づいて、訊いた。
そこでマリアはハヤテの方に身体を向け、下を向く。
そうですねぇ と言ってから少し溜め、言い切る。

「ハヤテ君」

「はい?」
マリアはそうしてハヤテを見る。
ハヤテは意味が理解できずに、困惑していた。
「ど、どういうことでしょうか?」
「だから、私の悩みはハヤテくんにあるってことです」
そう言って、マリアは、
「正確にはハヤテくんがどんどん仕事がこなしていくってことですね」
少し訂正した。
しかし、ハヤテには理解が出来なかった。
「どうしてですか? それって良いことでは…」
ハヤテは自分がしっかりすれば、マリアも楽ができて、良いことだと思っていた。
しかし、マリアは首を振る。
「確かに、ハヤテくんががんばってくれるほど私は楽になります。
しかしその分、私の仕事、いえ、私のいる意味がへっていくんです…」
マリアは段々と俯きながら、独白を続ける。
「私はハウスメイド。この屋敷の家事を行うのが仕事です。
つまり家事が出来なくなるのは、いる意味がなくなるのとおなじじゃないですか?
いえ、現に今、私はろくに仕事ができていません。そんな私が必要ですか?」
「マリアさん…」
「私、怖いんです。
いつかハヤテ君がこの屋敷の家事を何もかも出来るようになったら、私はこの屋敷にいられなくなるんじゃないでしょうか。
もう、ナギのそばでいられなくなるんでしょうか。
そんな日が本当に来るんじゃないのでしょうか。
そう考えると怖くなって…」

「そんなことあり得ませんよ!」

ハヤテは思わずマリアの話の途中で声を上げた。
その言葉にマリアは思わず顔を上げる。
「そんなことありません。マリアさんは絶対に僕たちに必要な人なんです」
ハヤテはマリアに優しく言う。
「どうして…」


「マリアさんは僕たちの『お姉さん』だからですよ」


ハヤテはそう微笑む。
「ハヤテくん…」
「マリアさんは僕たちの大切なお姉さんです。大切な家族です。
 いらなくなる日なんて絶対に来ません」
しかし、マリアは目を伏せる。
「でも私、仕事が出来ないんですよ?」
「そんなこと関係ありませんよ。
 例えマリアさんが仕事を出来なくなってもあなたはお姉さんなんです。
 きっとお嬢様も同じ事を言いますよ」
ハヤテはマリアに手をさしのべた。
「さぁ、帰りましょうよ。お嬢様のいる家へ」
マリアはしばしハヤテの手を見つめる。
やがて優しく微笑み、
「そうですね。帰りましょうか、ハヤテ君。」
ハヤテの手を取って、屋敷へと戻っていった。
その時、マリアの背中で何かが小さく光って、消えた。



次の朝。
私はいつも通り目を覚ましました。
窓からは朝日が差し込み、ちゅんちゅんと鳥のさえずる声が聞こえます。
私は朝日の光を手で遮ります。
昨日のハヤテ君の言葉のおかげでしょうか。今日はとても気持ちいい朝に思えました。
いつもならすぐにメイド服に着替えますが、今日は少しナギの寝顔を見ました。
昨日は突然いなくなったことを凄く怒られました。しかし、その分必要とされていることが分かりました。
ハヤテ君に感謝ですね。
さて、今日も可愛い妹と弟のために頑張りますか



fin

タイトル第12回批評チャット会ログ
記事No92
投稿日: 2008/07/14(Mon) 00:17
投稿者双剣士
参照先http://soukensi.net/ss/
7/13(日曜)に開催された、批評チャット会のログを公開します。
今回は2名でのチャットでしたけど、ツボを絞った良い話し合いが
出来たんじゃないかと思います。時間管理もうまくいったし。

http://soukensi.net/odai/chat/chatlog12.htm