[リストへもどる]
一括表示
タイトルゴールデンウィーク特別企画 (3/31〜5/4)
記事No50
投稿日: 2008/03/31(Mon) 01:31
投稿者双剣士
参照先http://soukensi.net/ss/
お題SSに取り組む前に、以下のルール説明ページに必ず目を通してください。
http://soukensi.net/odai/hayate/wforum.cgi?no=1&reno=no&oya=1&mode=msgview&page=0

なにか疑問などがありましたら、以下の質問ツリーをご覧ください。
そして回答が見つからなければ、質問事項を書き込んでください。
http://soukensi.net/odai/hayate/wforum.cgi?mode=allread&no=2&page=0

------------------------------------------------------------------

 GW記念の特別企画として、「フリー課題」を実施します。
「ハヤテのごとく!」を扱った物語であればテーマやストーリーは任意です。
オリジナルキャラやエロネタ死ネタ、パラレルやクロスワールド物でも構いません。

 今回は多数の参加者が予想されるため、批評チャット会を2回に分けます。

   (前期チャット会)5/3(土曜)午後9時から、投稿は直前まで受付
   (後期チャット会)5/4(日曜)午後9時から、投稿は直前まで受付

 自分の作品を前期と後期のどちらで評価してもらいたいかをよく考えて投稿してください。
 どちらでも構わない場合は『両方に参加可能』の場所に投稿してください。
その作品については、前期チャット会の進行次第で、何本かを後期チャット会での批評に
移動させることになります。

 どちらか一方に投稿すれば、そこで取得した作者IDは両方のチャット会で使用できます。
したがって都合のいいほう(あるいは両方)に参加していただいてかまいません。
 なおフリー課題に対する批評チャット会においては、次回お題の協議は行いません。

タイトル若者のうた prelude
記事No62
投稿日: 2008/05/02(Fri) 00:29
投稿者双剣士
参照先http://soukensi.net/ss/

 この物語は「ハヤテのごとく!」本編の17年前、三千院紫子さん(ナギ母)や鷺ノ宮初穂さん
(伊澄母)が青春を送っていたころの出来事を描いたものです。

----------------------------------------------------------------------------

(1)

「あら……」
 少女はぽつんと立ち止まって、キョロキョロとあたりを見まわした。陶磁器のように透き通った
白い肌、素人目にも高級品とわかる上品でつややかな和服、絶滅寸前の大和撫子を思わせる柔らかで
たおやかな物腰……庭園や園遊会ならば絵になったに相違ない立ち振舞いだったが、うっそうと
生い茂る密林の中に独りきりで立っているべき姿では断じてない。しかし当人が気にしていたのは
身の安全でも周囲とのミスマッチでもなかった。
「さっきの蝶々……どこに行っちゃったのかしら?」
 お屋敷を出てから蝶々をずっと追いかけてたどり着いた場所。これといって行き先など決めて
なかったのだから、別に迷子になったわけじゃないし……自分はしっかりしてると固く信じる少女は、
そう自分に言い聞かせて気持ちを落ち着けた。
「えぇっと……」
 単なるきっかけとはいえ、今となっては唯一の道標である蝶々を探して少女は林の中をとぼとぼと
歩き始めた。ここがどこかとか帰るときはどうしようとか言った不安は欠片も浮かばない。何かを
思い込んだら他のことは全て頭から消えてしまい、見つめる対象が正当性や一貫性を欠いていても
まるで気にならないという、ある意味きわめて羨ましい思考回路を彼女は有していた。そしてこういう
後先を考えないタイプの前には、時として想像もつかないサプライズが待っているものである。
「……えっ……」
 不意に影の指した少女の頭上では、空の一部が切り取られて黒くなっていた。ぽけーっとした表情で
少女が見上げる中、その黒い影はどんどん大きくなり轟音を上げながら空いっぱいへと広がった。
今朝の占いで日蝕なんて出てたかしら、と危機感ゼロの疑問を少女が頭に浮かべたとき、若い女性の
叫び声が天空に木霊した。
「じっとしててぇ〜〜!!!」
「……はい……」
 ドオオォォオォォ〜〜ン!!!
 ……それから数瞬後。地響きとともに立ちのぼった轟音と砂煙の中央で、和装の少女はすっくと
立ち上がった。空から降って来た巨大な落下物は林の木々を何本もなぎ倒しつつ、少女の周囲
3メートルを取り囲むように地表に横たわっていた。胴径2メートルの機械じかけの蛇に取り囲まれた
ような体勢で、しかし少女にはかすり傷1つない。一族の中では無能の穀潰しと揶揄される彼女だが、
天からの偏愛ぶりだけは人一倍なのだ。
「ごめ〜ん、大丈夫だった?」
 状況が分からずに立ちすくむ少女の背後から掛けられた声。振り返った先では少女とそう歳の変わらない
女の子が、機械の上で照れ臭そうに頭を掻いていた。黙ってうなずいた和装の少女に対し、機械とともに
空から降って来た女の子は笑顔で手を差し伸べた。
「無事でよかった。私の名前は紫子(ゆかりこ)、あなたは?」
「えっと……」
 何が何だか分からないけど、ご挨拶してくれたのなら答えなきゃ。疑問や警戒心が浮かぶ前にそう思った
和装の少女は、育ちのよさを思わせる完璧な仕草で頭を下げた。
「……初穂……鷺ノ宮(さぎのみや)、初穂(はつほ)です」


「で? 鷺ノ宮家のお嬢さまが、こんなところで何してるわけ?」
「蝶々を追って……」
「ちょうちょ?」
 どこか挑発的な紫子の質問にイノセントな答えを返す初穂。機械の上に引っ張りあげてもらい
正座した初穂は落ち着かなさげに目の前の女性を眺めた。空から降ってきたときは宇宙人か何かかと
思ったけど、こうしてみると普通の女の人。14歳の自分よりちょっとだけ年上みたいだけど乱暴な人
ではないみたい。
「その蝶々、あなたの?」
「いいえ、家の前で飛んでたのを見かけて追いかけてきただけです」
「それでこんなとこまで来て迷子になっちゃってるわけね」
「迷子じゃありません。これは家出ですから、行き先が分からなくなったんじゃないです」
 わずかに語気を強めて否定すると、目の前の女性は呆れたように口をあけて、やがて小さな溜め息をついた。
「あなた……ここがどこか分かってる?」
「分かりません。ここはどこですか?」
「…………」
 しごく素直に返事をした初穂。それに対して紫子は眉間に指を当ててしばし目をつぶると、すぐに
人の悪そうな笑みを浮かべた。
「ここは戦場よ。世界征服をたくらむ悪の首領と、それを倒すために立ち上がった正義の味方との決戦の場なの」
「はぁ……それは大変ですね」
「だから、ね? あなたには、すぐにここから帰って欲しいのよ。さっきみたいに押しつぶしそうに
なったら危ないから」
「いえ、あんな家には帰りたくありません」
「そうじゃなくてさ……」
 困り顔で頭を抱える紫子に対し、初穂のほうはどこか嬉しそうだった。もう蝶々のことなど頭から
飛んでいる。それより目の前の女性の話のほうに興味があった。テレビの中だけの話だと思ってた
正義と悪の大決戦が実在して、自分はその最前線にいるのだ。嫌なことの繰り返しばかりだった
お屋敷での暮らしを飛び出した途端にこういう場面に遭遇できるのなら、世の中もそんなに捨てた
ものじゃない。
「あの……心配して、くださるのですか?」
「……まぁね」
「嬉しいです、紫子姉さま」
「…………」
 裏表のない感謝と信頼のまなざしを向けると、紫子は軽くそっぽを向きながら頬を赤らめた。やっぱり
この人は良い人みたい……そう初穂が夢心地で確信したとき、空から豪快なサイレンの音と別の女性の
声が降り注いだ。
「こらぁ〜ゆっきゅん、やぁっと見つけたで! いいかげんに観念しぃ!!」
「……やばっ、ピカのやつが追いついてきちゃった!」
 そうつぶやいた紫子はすぐに立ち上がると、背後にあった機械のくぼみへと走り出した。そんな
彼女を正座したままポケ〜ッと見つめていると……立ち止まった紫子はすぐに初穂の方へと駆け戻って
きてくれた。
「ごめん、1人で逃げられる?」
「どこへでしょうか?」
「……いいわ、一緒においで」
 紫子に手を引かれて向かった先には、なにやら計器に囲まれたコクピットが小さな口を開けていた。
テレビのヒーローものに出てくるのと同じ、と初穂が胸をときめかせていると、紫子はその単座シートの
背後へと和装少女を押し込み、シートに座ってハッチを閉じた。
「狭いけど我慢してね、このロボット1人乗りだから」
「はぁ……あの、どうかしたんですか?」
「すぐに逃げるのよ!」
 鈍い振動と加速感とともに、周囲の計器があわただしく明滅する。自分が巨大ロボットの操縦室に
いるんだということを、初穂はようやく室内のカメラ画像で把握した。さっきまで機械のヘビだと
思ってたのはロボットの腕、自分は倒れたロボットの脇の間にいたらしい。忙しそうに計器を操作する
紫子に向かって、初穂は緊張感のない口調で問いかけた。
「あの、紫子姉さま?」
「なに?」
「どうして逃げるんですか? 悪が襲い掛かってきたら受けて立つのが正義の味方なんでしょう?」
「……そっか、まだ話してなかったわね、あなたには」
 ひときわ大きい振動がコクピットを襲う。思わずシートの背もたれにしがみついた初穂の手を優しく
握ってくれながら、紫子は衝撃の事実を口にした。
「あなたは今、悪の首領の人質になったのよ」

(2)

「人質……ですか?」
「そう。だからおとなしくしててちょうだい、私いま手が離せないから」
「はぁ……」
「揺れるわよ掴まって!」
 いまいち緊張感に欠ける会話を初穂と交わしながら、紫子は右足のペダルを踏み込んだ。これで
背面のロケットブースターに点火すれば、ロボットは地上から飛び立って襲ってくる敵機と対峙できる…
…はず。でも期待に反して、ロケット特有の揺れと加速感はちっとも立ちあがってこなかった。
「あれ?」
「どうかなさったんですか、紫子姉さま」
 ペダルを何度か踏み込んでみても状況は変わらない。
「こんなときに故障? これじゃピカに狙い打ちされちゃうじゃない!」
「まぁ、それは大変」
 ちっとも大変そうに聞こえない人質のつぶやきとは対照的に、スピーカー越しに響いてくる
正義の味方からの声は元気いっぱいだった。
「なんかよぉ知らんけど、立って来ぇへんのやったらこっちから行くで! サ○ライトキ△ノン、
スタンバイや!」
「ちょ、ピカってば、それ洒落にならないって! だいたい今はまだ月が見えてないでしょうが」
「つべこべ文句いう間があったら避けて見ぃ、行くで!」
 敵と味方が戦闘中にも互いに通信で会話できてしまうのはバトルもののお約束。彼女なりに納得した
初穂は、焦ってあちこちのスイッチを叩きまくる紫子におずおずと話しかけた。
「あの、紫子姉さま。ここは降伏してはどうでしょう」
「そんなことしたら終わっちゃうじゃない」
「大丈夫です、次の週になったら別のロボットに乗ってまた挑戦すればいいんですから」
「…………」
 穏やかな笑顔を浮かべる初穂に向かって、紫子は幼稚園児に教え諭すような丁寧な口調で返した。
「あのね、それでも今週の戦闘はお終いになっちゃうでしょ。そしたらゲストキャラのあなたはお役御免、
家に帰らなくちゃならないのよ」
「……それは困ります」
 美しい眉をひそめた初穂は、ふと指を伸ばして紫子の肩越しにパネルの一部に触れた。すると
コクピットに強烈な加速がかかり……瞬時に横に飛びのいた巨大ロボットの跡地には、黄色い光の
シャワーと激しい爆発音が降り注いだ。
「あ、危なかった……初穂、あなた何をしたの?」
「よく分からなかったので、とりあえず飛び出して光ってたボタンに触れただけですけど」
「……あなたのこと尊敬するわ、マジで」
 一方、必殺の一撃をかわされた正義の味方のほうは動揺を隠せない。
「なんやなんやなんや、卑怯やんか! 先に必殺技を撃たせてエネルギー使わしてから反撃やて、
そんなん反則ちゃうんか! 堂々と勝負せんかい!」
「……失敗してから泣き言いう正義の味方なんて、美しくないです」
「そうよねぇ、悪党としては卑怯呼ばわりされるのってむしろ勲章だし」
 悪の首領とその人質のつぶやきが正義の味方の耳にしっかり聞こえてしまうのも、これまた
ヒーローもののお約束。
「ちょ、そこに誰かおるんか? 2人がかりなんてズルイやんか、参加するんやったらちゃんと……」
「……とりあえず黙っててもらいましょうか、初穂?」
「そうですね。正義の味方だって常勝無敗じゃつまらないですし」
「待たんかぁ〜〜い!!!」
 哀れな正義の味方の叫びを楽しそうに無視しながら、紫子はパネルに並べられたボタンのひとつに
指を掛けた。
「それじゃいくよ〜、一撃必殺・ゆっきゅんキャノン、ズバズバ放って行っちゃうぞ〜〜!!」
 ぽちっ。ばしゅーっ!!!
 ……その瞬間、紫子と初穂は座席シートごと空中に投げ出されてしまったのだった。自信満々で
押したボタンが必殺技でなく非常脱出ボタンだったことに気づく間もなく。


 ちょうどその頃。都内某所に広大な敷地を有する三千院家の門の前に、日本刀を携えた黒服の男たち
数十名と白い和服を着た仮面の童女が集結した。三千院家戦闘執事部隊の筆頭執事に昇格したばかりの
倉臼征史郎は自慢のヒゲをさすりながら童女たちを出迎えた。
「これはこれは、鷺ノ宮家のご隠居さまではありませんか。我が三千院家に何の御用ですかな?」
「ふん、お主のような若造では話にならんわい。帝のガキを呼べ、今すぐここに」
「それは応じかねますな。夜分に武器を携えて訪れた者たちすら追い払えぬようでは、帝様に顔向け
できませんので」
 当主のことをガキ呼ばわりする童女に向かって、クラウスは慇懃な態度を崩さなかった。
なにせ相手の実年齢は74歳、鷺ノ宮家の前当主にして三千院帝の宿敵である。弱みなど微塵も
見せるわけには行かない。
「まぁ誰でもよい、どうせ形だけの交渉だからの。事を公にしたくなければ返してもらおうか、
誘拐した孫娘をのぅ」
「……おっしゃる意味が分かりかねますが?」
「とぼけても無駄じゃ。孫の初穂がこの屋敷におること、とうに調べはついておる。おとなしく
返したほうが身のためじゃぞ」
 幼い瞳に決死の怒りが宿っている。どうやら嘘ではなさそうだとクラウスは思ったが、だからと
いって武装した宿敵を当主の屋敷に踏み込ませる訳には行かなかった。
「犯罪者呼ばわりとは心外ですな。誘拐でしたら警察に行って、確たる証拠と捜査令状をそろえてから
おいでください。それからでしたら協力にやぶさかではありませんので」
「我らの争いに警察の入る余地などあるものか。警視庁上層部に賄賂をばらまきまくっておる成金の
分際で、よくもしゃあしゃあと言えたものよ」
「それではここでお待ちください。これから我々の全力をあげて、ご令孫さまをお探ししましょうほどに。
そうですな、20分もあれば大概は」
「ふん、その手に乗るものか。証拠隠滅の時間をくれてやるほどお人好しではないぞ」
 クラウスの表情に朱がさした。少しでも同情したのがバカだったと悔いたクラウスは、後ろに組んだ
手の指先だけでお屋敷にいる執事一同に指示を送った。総員戦闘配置、と。
「……交渉決裂のようですな」
「残念じゃの。そちらに誠意の欠片でもあれば、無用な血をみずに済んだものを」
 2人の超人は口をつぐんだ。もはや肉体をもって語り合うよりない、と互いに決意した瞬間だった。

(3)

「姉さま、紫子姉さま」
「ん……あれ、ここはどこ、あなたは誰?」
「ここがどこかは存じません。私は初穂、悪い人に捕まった人質です」
「……ごめん、あなたに冗談が通じないの忘れてたわ」
 墜落前にパラシュートが開いたのと落ちたのが林の中だったおかげで、宙釣りの紫子に怪我はない。
しかしシートにしがみついてただけの初穂が怪我どころか着物の裾ひとつ乱さずに涼しい顔で地表から
見上げているのは奇妙な光景と言えた。ひょっとしたら戦争が起こっても初穂の周りだけは爆弾が素通り
するんじゃなかろうか。
「よいしょ、と……さぁて、じゃ、クラウスに迎えに来てもらいましょうか」
「クラウスさんって……?」
「私の執事よ。この発信機のスイッチを入れれば5分もしないうちに……」
「まぁ、執事さんが来てくれるんですか……紫子姉さま、ひょっとしてお金持ちのお嬢さまか何か
だったのですか?」
「そりゃまぁ、だってここは……あ」
 木から降りた紫子は喋ってるうちに何かに気づいた様子で発信機から手を離すと、苦笑いをしながら
初穂のほうに微笑みかけた。
「い、いいじゃない、そんなことどうだって……それより初穂?」
「はい」
「あなた家出したって、家に帰りたくないってさっき言ってたけど……何があったの? 鷺ノ宮家って
いったら由緒ある家柄のことよね、私でも知ってるくらいの」
「事情を言わなければいけませんか?」
「無理にとは言わないけど……まぁ悪の首領としては、人質の家庭の事情って知っておきたいし」
 強引な押し付けに聞こえないように言葉を選びながら、半ば冗談混じりに問いかける紫子。それに
対して初穂は、どこか恥ずかしそうに目を伏せながらぽつりぽつりと話し始めた。
「別に隠すようなことじゃないですけど……」


 うちの家は、お化け退治とか霊脈の操作とかを請け負う退魔師の仕事を代々やっている家柄なんです。
 退魔師として力を振るうためには生まれながらに霊力の器というか才能みたいなものが必要なんですけど…
…私にも私の母にもほとんどその霊力が宿らなかったもので、このままじゃ家が絶えてしまうって
銀華おばあさまは焦っているのです。
 うちには兄弟とか分家とかがいないので、銀華おばあさまは私の子供に期待をかけてる訳なんですが…
…誰の血を入れるのが霊力強化にふさわしいとか、強い子を生むにはどんな修行をしなければいけないとか、
私の顔をみるたびにそんな話ばかりで。子供の頃はまだ話だけだったんですけど最近は食事のたびにお見合い
写真が積み上げられるみたいな有様で、すっかりうんざりしてしまって。
 でも私、自分が情けなくて。お屋敷の外のことなんか何も知らないし、自分で結婚相手を見つける勇気も
ないから、銀華おばあさまの言いなりになる以外の将来って想像もできなくて。実際のところ自分って、
鷺ノ宮の血脈を継ぐ身体の持ち主って以外に何の取り柄もないみたいな気がして。
 それで家を出てみようって思ったんです。銀華おばあさまの庇護の下から外に飛び出せば、鷺ノ宮の血とか
何とか関係なしに、私にできることって見つかるんじゃないかって。誰かの役に立てるかもしれないって、
私のこと必要だって言ってくれる人がいるかもしれないって。
 こんな話、銀華おばあさまが承知してくれるわけないですから家出という形になったんですけど…
…でもダメですね、私って。家出して早々に悪い人に捕まって人質になっちゃうようじゃ、誰かの役になんて
立てませんよね……。


 話を終えた初穂が顔をあげると、正面に座った紫子は涙をポロポロと流しながら初穂の顔をじっと
見つめていた。そして初穂が何かを言いかける前に肩を引き寄せると、初穂の頭を思いっきり抱きしめた。
「ね、姉さま……」
「分かる、分かるわ、あなたの気持ち!! 可哀想に、辛かったのね、寂しかったのよね今まで」
「はぁ……」
 紫子の感激振りについていけず生返事をする初穂。今まで彼女の周りには『甘ったれるなぁ〜!』と
罵声を浴びせかける人しかいなかったので、紫子のような反応を示されるとどう返していいのか
分からないのだった。
「あの鷺ノ宮家にも、それなりに苦労してる子がいたのね……」
「あの、姉さま、それってどういう意味……」
「決めたっ!!」
 表情にクエスチョンマークを浮かべた初穂を胸から離すと、紫子は至近距離でしっかりと
目を合わせながら熱い口調で説得を始めた。
「初穂、あなた私の手下になりなさい!」
「……えっ?」
「人質扱いはもうお終い! 帰るとこがないんだったら私と一緒に、世界征服目指して戦いましょう!
古い血筋とか伝統とかを守ることしか頭にない大人たちに、目にもの見せてあげましょうよ!」
「え……」
 あまりに常識はずれの提案。光の巫女の血筋に連なる自分が悪の組織に入って世界征服なんて、という
逡巡が真っ先に初穂の頭に浮かんだ。しかし次に浮かんだのは巨大ロボットに乗り込んでテレビの
ヒーローみたいに戦っていた先ほどの記憶で……あんな体験がまたできるのかと思うと、知らず知らずに
胸がワクワクしてくるのだった。
「わ、私なんかでいいんですか……?」
「いいも何も、さっきピカの必殺技を避けられたのはあなたのお陰じゃない! あなたと私がコンビを
組んだら怖いものなしよ、世界どころか銀河系だって狭すぎるくらいだわ!」
 世界を股にかけ、宇宙人まで相手にして戦う壮大なイメージが初穂の胸をときめかせた。破天荒で
ハチャメチャだけど元気いっぱいで憎めない目の前の女性が一緒にいれば、異次元に攻めていくのだって
悪くないと思った。鷺ノ宮家のしきたりなんかに縛られていた自分が笑っちゃうくらい小さな存在に思えた。
熱心な説得にほだされた初穂は夢見心地でつぶやいた。
「なります……私、悪の戦闘員さんに、なります」


「どかんか若造!」
「気を抜くな、ここを抜かれたら警備部の恥辱だぞ!」
 クラウスたち三千院家執事部隊と銀華ひきいる鷺ノ宮家執事部隊の激突は、じりじりと屋敷の庭へと
押し込まれつつあった。人数だけなら無論クラウス側のほうが多い。だが三千院家側が侵入者を一人残らず
倒さなくてはならないのに対し、孫娘を探すのが目的の鷺ノ宮家側は精鋭数名を突破させれば勝ちなのだ。
しかも並外れた跳躍力と戦闘力を持つ者が、よりによって侵入者側の総帥だという事情もある。極端な話、
銀華1人を侵入させるために他の全員を捨て駒にする作戦だって侵入者側は選べるのである。
「隙ありじゃっ!」
「あ、待たれぃご隠居っ!!」
 血と怒号の飛び交う戦場をバッタのように飛び越えて、仮面の童女が宙を舞う。クラウス率いる
最精鋭たちは戦場を仲間たちに任せて、その後を追った。


「はぁ、はぁ」
「あの、大丈夫ですか紫子姉さま」
「平気、平気よ……たいしたことないから」
 2人で堅い指きりを交わした後、林の中から脱出しようと歩き始めた紫子と初穂だったが…
…紫子の体調がおかしくなるのに時間はかからなかった。さほど速く歩いてるわけでもないのに
激しい汗が顔を伝い、木の幹に手を付いて立ち止まる。汗ひとつかかずに付き従っていた初穂が
手を添えると、紫子の額からは焼けるような熱が伝わってくる。
「姉さま、すごい熱が」
「大丈夫だって、ちょっと興奮しすぎただけだから。手下の前で格好悪いとこ見せられないしね」
 紫子の笑顔は異常なまでに白かった。発信機で執事さんを呼んだら、という初穂の提案はかたくなに
却下され続けた。嫌がる紫子に無理やり肩を貸して前に進むけれども吐く息は荒くなるばかり。
陽の暮れた林の中を歩き続けることで体力はいっそう消耗する。みかねた初穂は、少し広めの空間に
達したところでピタリと足を止めた。
「は、初穂、どうしたの?」
「疲れました。もう一歩も歩けません」
「私は大丈夫だってば……」
「いえ、私のほうがもう限界です。お願いですから休憩させてください、紫子姉さま」
「……仕方ないわね。初穂がそこまで言うんじゃ」
 力なくその場に座り込む紫子。そしてそのまま糸が切れたように紫子は地面に倒れこんだ。
辛そうに目を閉じて荒い息をする悪の首領と、側で見守りつつもどうしていいか分からない新米戦闘員。
どうしましょう……と初穂が胸に手を当てたとき、林の奥から鋭い光が差し込んできた。
「そこに誰かおるんか?」
「あ、その声は……」
 懐中電灯を手に近づいてくるのは、どこかで聞いたことのある声の持ち主。初穂は倒れ伏す紫子の前に
立ちはだかって両手を広げた。逃げなきゃと思うけれど首領が病気で動けないのではそれも出来ない。
やがて数メートルの距離から懐中電灯の直射を浴びた初穂は、なけなしの勇気を振り絞って声を張り上げた。
「せ、正義の味方さん、私たちを捕まえにきたんですか!」
「あぁ、そないに警戒せんでえぇ。さっき紫子と一緒にロボットに乗ってた子やろ?」
 電灯の光を自分に向けたショートカットの少女は、安心させるように優しい笑顔を作った。
「ウチの名前は愛沢ひかる。そこにおる紫子のマブダチや」

(4)

 パチパチと木の燃える音が聞こえる。焚き火に小枝を投げ込む初穂の向こうでは、眠る少女に
膝枕をした愛沢ひかるが愛おしそうに紫子の頭をなでていた。
「うん、どうやら落ち着いてくれたみたいやな」
「あの、大丈夫なんでしょうか、紫子姉さまは」
「平気平気。ウチこういうの慣れっこやもん」
 心配そうに見つめる初穂にひかるは軽い口調で返事をしたが、それだけでは納得しない初穂の
表情をみて声のトーンを少し落とした。
「こいつな、もともと持病もちやねん」
「えっ!」
「詳しいことはウチも聞いてへんのやけどな。ちょっと運動したり興奮したりすると心臓がバクバク
言ぅて、こんな風に倒れてしまいよるねんて。無理さしたら命にも関わるから言うて、こいつの
親父とか執事とかはハラハラし通しらしいわ」
「そんな……でも、さっきまでは全然そんな風には」
「こいつ意地っ張りでメチャクチャ負けず嫌いなとこがあるよってな。おとなしく寝とき言われて
素直に言うこと聞く子やないし、人前では弱いとこなんて死んでも見せんとこうと頑張っとったんと
ちゃう?」
「……私がいたから、姉さまは無理をしちゃったんでしょうか」
「あんたが気に病むことやない。むしろ嬉しかったんと違うか、こいつのこんな幸せそうな寝顔みるの
久しぶりやもん」
 ひかるは空いた片手で、座り込んだ自分の隣をバンバンと叩いた。そして初穂が腰をおろすと、
初穂の肩を抱きかかえながら話を続けた。
「まったく難儀なやつや。なに不自由ない金持ちの家に生まれたんやから大人しくお姫様しとったら
良かったのに、見てのとおりのアグレッシブな性格やし。思い通りに世界を動かせる立場にありながら、
このお屋敷から一歩も出られへん身体やて、なんで神様はこんな意地悪しはるんやろ」
「…………」
 自分の身を振り返って初穂は恥ずかしくなった。決まりきった将来なんて嫌だと言った自分に対して
紫子姉さまは泣いてくれたけど……姉さまにとっては未来そのものがお屋敷という鳥かごの中だけのもの
だなんて。しかもいつ終わるか分からない不確かなものだったなんて。家出する自由もないなんて。
自分はなんて甘えていたんでしょう。どうして姉さまはあんなに優しくなれるんでしょう。


 ……そんな初穂の気持ちの揺れに気づかぬまま、ひかるの話は続く。
「こいつにとっては、この三千院家の敷地内が世界の全てなんや。帝のおっちゃんからしたら
敷地内でも何でも動き回らせるなんてご法度なんやけど、そんなん言うてたらストレスで干からびて
しまうよってな。ウチがときどきこうして、遊び相手になってやってるわけ」
「……三千院家……」
 その家名には初穂も聞き覚えがあった。石油利権を元にして目覚しく勢力を拡大してきた三千院
コンツェルン。日本古来の名家である鷺ノ宮家から見たら、海外からお金だけを吸い上げて悦に浸る
成金一族と映っても仕方ない。現に祖母の銀華はそう公言して三千院家総帥の帝のことを目の敵に
してきた。都内のどこかに大きなお屋敷を構えていると聞いたことはあるけれど、まさか蝶々を追っていて
辿り着いたのがそこだったなんて。
「あの、ひかる姉さま」
「ピカでえぇよ。仲のいい子にはそう呼んでもらっとるし」
「では、ピカ姉さま」
「……やっぱり名前にしといて。あだ名に敬語つけられたら語呂が悪いわ」
 照れくさそうに首を振るひかるに対し、初穂は素朴な疑問を投げかけた。
「ひかる姉さまの苗字、たしか愛沢っておっしゃってましたよね」
「そう言うたよ」
「愛沢家と三千院家って、すごく仲が悪いって聞いたことがありますけど」
「そうやよ。そやからこいつと会ぅたときも、最初はわがままでやんちゃな小娘を懲らしめるつもりで
喧嘩しにきたんや。そやけど……」
 ひかるは一度言葉を切ると、膝の上ですぅすぅと寝息を立てる紫子の髪を丁寧になでてやった。
「あんたやったら分かるやろ。こいつは傍若無人で無茶苦茶で自分勝手な奴やけど……嫌いになれるか?」
 ぶんぶんぶんと激しく首を横に振る初穂に向かって、ひかるは「ウチかて同じや」と優しく微笑みかけた。
「そんなわけで、ウチはこいつとバトルして叩きのめすという名目でないと、このお屋敷に遊びに
来られへんわけ」
「……嫌ですね、大人の事情って」
「鷺ノ宮家かて似たようなもんやろ、いやしくも光の巫女さんの家柄やからな。なんやったらウチと
組むか? 正義の味方になって、悪の女首領を叩き潰すんや」
「それは出来ません。私は悪の組織に入るって、紫子姉さまと約束したんです」
「そっか。そりゃ残念」
 言葉とは裏腹に楽しそうな表情を浮かべたひかるは、肩を抱いたまま初穂の髪の毛をくしゃくしゃに
かき回した。初穂は気持ちよさそうに目を閉じた。


「ん……」
「あ、起きたんか、ゆっきゅん」
「ピカ……? なんであなたがここに」
 ひかるの膝の上で身じろぎした紫子だったが、ひかるの片手によって膝に抑えつけられる。
「えぇから、しばらく大人しぅしとき。戦士かて休息は必要やろ」
「ん……そうする」
 思いのほか素直に目を閉じる紫子。しかし「大丈夫ですか、紫子姉さま」という初穂の声を聞いた途端、
紫子は顔を真っ赤にして跳ね起きた。
「あ、あ、初穂、これ、違うから! 正義の味方と馴れ合いなんてしてないんだから!」
「この、くそ意地っ張りめが……」
「……(くすっ)姉さまったら」
「違うって、誤解なんだから……ね、ねぇ初穂、軽蔑した?」
 赤い顔でおずおずと聞いてくる紫子に対し、初穂は力いっぱい抱きつくことでそれに答えた。
「は、初穂……?」
「良かったです、姉さまが元気になって。これで正義の味方とも思いっきり戦えますよね」
「え……あはは、そ、そうよね。あたしたちコンビは無敵なんだもん、首を洗って待ってなさいよ、ピカ!」
「あぁ、はいはい」
 堅く抱き合う紫子と初穂、そして少し離れたところで微笑みながら溜め息をつくひかる。
奇妙な友情と因縁で結ばれた敵味方3人の関係が、こうして新たに誕生した。パチパチと鳴る
焚き火に照らされた3人は赤く照らされた表情で小さく頷きあった……ところがそんな穏やかな
空間も、長くは続かない。
「こらあぁ〜、初穂から離れろぉ〜!!」
「!! あの声は銀華おばあさま!」
 月に照らされた空の一角に、白い着物の童女が舞う。思わず叫び声をあげながら紫子の手を
堅く握りしめる初穂。そんな2人の前に、口ひげを蓄えた屈強な少壮の執事がどこからともなく現れた。
「紫子お嬢さま、ご無事で何よりです。危険ですのでお下がりください」
「クラウス、あなたどうして!」
 紫子たちを背に立ちはだかるクラウス、その目の前に舞い降りる鷺ノ宮銀華。退路を断った
超人たちの一騎討ちが、ついに始まろうとしていた。

(5)

「初穂! おぉ初穂や、怖かったじゃろう寂しかったじゃろう。このワシが来たからにはもう安心じゃぞ」
「銀華おばあさま……」
 大切な孫娘をようやく見つけ、誘うように手を差し伸べる鷺ノ宮銀華。間に立ちはだかるクラウスは
状況を飲み込めずに、ちらちらと背後に視線を送っていた。すると戸惑いながら立ち尽くす初穂の背後から、
1人の少女が両手を初穂の首に回してしがみつくように抱きすくめた。
「ダメ! この子はもう私の! あなたなんかには渡さないんだから!」
「ゆ、紫子姉さま……」
「この子は私と一緒にいるって決めたんだから! 私たちはもう一心同体なのっ!」
「おのれ、誘拐したのみならず破廉恥な行為にまで及びおったか、この鬼畜めが! これだから
成金の一族は油断ならんのじゃ!」
「あっち行け、い〜〜だっ!!」
「初穂を返せぇっ!!」
 怒りのままに鎖を投げつけた銀華。生き物のようにしゅるしゅると伸びた必殺の鎖とクナイが、
一直線に紫子の頭部へと襲い掛かる。とっさに目をつぶった紫子と初穂だったが……鎖は直撃する
1メートル手前で急停止すると、勢いなく地面に転がっていった。鎖をたどった先には一本の屈強な
左腕があった。
「……良く分かりました。紫子お嬢さまの大事な方なら、私にとってもお守りすべきお方です。
お客人の素性は聞きますまい」
「クラウスっ!」
 飛来する鎖の途中を片手だけで握り止めたクラウスの左手からは、真新しい鮮血が滴っていた。
守るべき女主人に広い背中を向けたままで戦闘執事は決死の覚悟を決めた。
「一命を賭してお守りいたしますっ!!」
「おのれ、上から下まで腐りきった奴どもよ。正義の刃を受けるがいいわっ!!」
 言うが早いか飛翔した銀華は猛攻撃を開始した。鎖を操って石を投げ、刃物を投げ、木の幹を
引き抜いて叩きつける。街中でも電柱などをぶつける攻撃を得意とする銀華にとって、林の中での
戦闘というのはまさにホームグラウンドといえた。対するクラウスは素手なうえに、紫子に向かって
飛んでくる凶器を避ける訳にはいかないハンデもある。だがクラウスは徐々に生傷を増やしつつも、
一歩たりとも後退しようとはしなかった。


「えぇんか、これで?」
 クラウスたちの戦いをじっと見守る2人に、そっと近づいてきたひかるが声をかけた。紫子は
「なにを言い出すのよ」と言いたげな怖い視線を向けたが、ひかるが話しかけた相手は初穂のほうだった。
「あのままやったら、どっちかが死ぬまで終われへんで。しかも片方はあんたのお婆ちゃんやろ?
このまま放っといて構へんのか?」
「…………」
「あの戦いを止められるんはあんただけちゃうの、なぁ?」
「ピカ、あなたは知らないかもしれないけど、この子は家に帰りたくないって言ってるのよ?」
「ゆっきゅんは黙っとき……なぁ、いがみあってた家同士が仲良ぅなるには時間がかかるんや。
頑固な年寄りが関わってるときは尚更や。大人になりや。ここで人死にが出たら余計にこじれるで?」
「行っちゃダメ、ダメだったら、初穂!」
 ひかるの説得と紫子の制止を初穂は黙って聞いていた。そしてやがて小さく頷くと、自分を抱きしめる
紫子の腕をゆっくりと外し始めた。
「ダメ、ダメよ初穂!」
「ごめんなさい、紫子姉さま」
「ほら、あんたもワガママ言うんやない」
 紫子を背後から羽交い絞めにしたひかるのお陰で自由を取り戻した初穂は、とぼとぼとクラウスたちの
戦場に近づいていった。背後でわめき散らす紫子の声は聞かないようにしていた。誰かに振り回される
ばかりの人生を送ってきた少女は、いま初めて自分の足で未来を選ぼうと決めたのだった。


「おぉ初穂、初穂、よう戻ってきた。さぁ早ぅ帰ろう、こんな所に長居は無用じゃて」
「…………」
 安堵の声をあげる銀華にしがみつかれながら、初穂は元いた場所を振り返った。羽交い絞めにされた
紫子は顔をぐしゃぐしゃに涙で濡らしながら自分のほうをじっと見つめていた。ひかるは辛そうに視線を
外し、クラウスは片膝をついて荒い息を吐いていた。さっきまで自分のいた世界が、生命の消えた彫像
みたいに色あせていくように初穂には感じられた……こみ上げる胸の熱さを吐き出すように初穂は叫んだ。
「紫子姉さま!」
「初穂ぉ!!!」
 あそこには大好きな人がいる。たった数時間の邂逅だったけど、自分のことを必要だって言ってくれた
女性がいる。泣きながら別れを惜しんでくれる友だちがいる……もっともっとあの人たちと一緒にいたい、
距離をとって初めてそのことを初穂は痛切に感じた。そんな彼女の口から飛び出したのは、別れの言葉でも
お礼の言葉でもなかった。

「次はいつですかっ?」

 きょとんと口をあける紫子とひかるに対し、初穂は人生初めてといっていいほどの大声で思いを伝えた。
「もっともっと姉さまと一緒に居たいですっ! 頑張って私、役に立つ戦闘員さんになりますからっ!
だから、だから……今度、世界征服のために正義の味方さんと戦うのは、いつですかっ? また誘って
くれますかっ!!!」
「は、初穂、おぬし何てことをっ!!」
 あわてた銀華が孫娘の身体を揺さぶる。揺さぶられながらも初穂は視線をじっと外さなかった。
そして紫子は……ひかるに羽交い絞めを解かれた紫子はよろよろと膝をつくと、くしゃくしゃになった頬を
ぎこちなく吊り上げながら、初穂に負けないくらいの大きな声で返事をした。
「来週よっ! また来週やるからっ! 世界征服のパートナーとして、あなたにも力を貸してもらうからっ!!!」
「は、はいっ!!」
 紫子はにっこりと微笑むと、安堵したようにその場に崩れ落ちた。あわてて駆け寄るクラウスに
紫子の世話を任せたひかるは「言うやん♪」とばかりに初穂に向かって拳を突き出した。色あせたように
思えた向こう側の光景がこの瞬間、夜にもかかわらず色鮮やかに輝いたように初穂には見えた。
「大変じゃ、うちの初穂が不良になってしもぅた! えらいこっちゃえらいこっちゃ、大事な跡継ぎが
成金どもに毒されてしまいおって! 帰ったら座敷牢で写経じゃぞ、分かっとるのか初穂?」
 錯乱して周囲を飛び回る銀華の声など耳に入らない。初穂はわななく口元を手で抑えながら、
背を向けて去っていくひかるたちに向かって片手の拳を突き出し親指を立てた。それはひかるが
最後に自分に向けてくれたポーズとまったく同じものだった。

-------------------------------------------------------------------------------

「初穂お母様?」
 娘に声をかけられて、昔の回想にふけっていた鷺ノ宮初穂は我に返った。彼女の手にあるのは
17年前のアルバム。世界の全てが輝いて見えた青春の1ページ。もう会いたくても会えない人たちと
肩を並べて笑いあえた、かけがえのない日々の記憶。
「……ああ、伊澄ちゃん」
「どうなさったのですか? 何度も呼びましたのに」
「ごめんなさい、昔のことを思い出してしまって」
「その写真は?」
 伊澄が指差したのは古ぼけた集合写真だった。中央に初穂と紫子が、その後ろにひかるが、両脇に
正義のロボットと悪のロボットの脚が写っている記念写真。初穂は懐かしさに胸を焦がしながらつぶやいた。
「これはね、母さまが世界征服を目指してた頃の、写真よ」
「……? もう、訳の分からないことばかり言わないでください、初穂お母様。ナギたちにお菓子を
ご馳走してくれるんじゃなかったのですか?」
「……そうだったかしら?」
 娘に手を引かれて、初穂は鷺ノ宮家の縁側を歩き始めた。向かう先からは少女たちの楽しげな笑い声が
聞こえてくる。そんな平和なひと時をかみ締めながら、ふと初穂は月日の移り変わりに思いを馳せた。
《そうよね……この子にとっては、ナギちゃんや咲夜ちゃんと一緒に遊ぶなんて、当たり前のことなのよね》


Fin.

タイトル「ハヤテのごとく!エクスタシー」発売決定!
記事No63
投稿日: 2008/05/03(Sat) 20:55
投稿者ウルー
 三千院家のナギお嬢さまが百合にお目覚めになられた。
 理由? そんなもの決まっている。ギャルゲエロゲのやりすぎだ。
「なぁハヤテ、鈴と小毬なら鈴が受けだよな! なにせネコだからな!」
「はぁ、そーですね」
「はるちんと佳奈多なら佳奈多受けが案外イケそうな気がするんだが、どうだ?」
「はぁ、そーですね」
「姉御は……そうだな、アレだからいいのであって、実際に行為に及ぶとなるとちょっと……な気がするぞ」
「はぁ、そーですね」
「美鳥×美魚……これはイケる!」
「はぁ、そーですね」
 最近やったゲームがモロバレな百合妄想を垂れ流しているだけならまだ問題はなかった。平気な顔してエクスタシーを予約しているのも、まだいい。
 問題なのは――。



「はぅ、あん! や、ちょっとナギ、ダメです、ハヤテくんが見て……や、あぁん!」
「ふふ、そんなこと言って、どうせ見られて感じているんだろう? 相変わらずマリアは変態メイドだな」
「そ、そんなこと……! い、はぅあ、やぁん!」
 珍しく早起きしてきたナギとの、朝食の席。
 ナギはもにゅもにゅと、マリアのおっぱいを揉んでいた。ハヤテは目を逸らしてはいるが、だったら部屋から出ていくべきである。しっかり聞き耳たてやがって、このムッツリめ。
 ナギがゲーム世界だけでは飽き足らず現実世界へと侵攻を始めたのは、つい先日のことである。ご覧の通り、最初に餌食になったのはマリアだった。
 毎晩ベッドを共にしている二人だから、機会は作るまでもなく、いくらでもあったことだろう。最初は、ちょっと抱きついてみたり、胸に顔を埋めてみたり、そんな軽いスキンシップから始まった。なんだかんだでナギのことが可愛くてたまらないマリアであるから、そんなナギを微笑ましく思い、「ふふふナギったら甘えん坊さんですね」と受け止めてやっていたのだが……。

「計画通り……!」

 その胸の中でナギがニヤリと笑っていることなど、マリアは夢にも思っていなかっただろう。
 最初は軽く、そして少しずつ少しずつ、夜の触れ合いは過激になっていく。本当に少しずつだったから、マリアの防衛本能はいつの間にか麻痺してしまっていた。マリアは普段あんな感じではあるものの、その中身はわりと初心な17歳の女の子。エロゲのおかげで無駄に(間違ったものも含め)知識豊富なナギが一度攻めに回ってしまえば、ろくに抵抗することもできず、為すがままにされるしかなかった。
 そして――現在に至る、というわけである。
「なあマリア、私がニンジン嫌いなのは知っているよな……?」
「そ、それは……でも、バランスよく食べないと身体に悪いですし……あん」
 片手でマリアのおっぱいを揉み続けつつ、もう片手に持ったフォークに刺さったニンジンの煮付けを恨めしそうに睨むナギ。
「……そうだ、いいことを考えた。マリアの口移しなら、食べてやらんこともない」
「ええっ!?」
 マリアとハヤテが同時に驚きの声をあげた。というかやっぱり聞いてやがったのかこのムッツリ執事。
「なんだマリア、私の言うことが聞けないのか?」
「……わ、わかりました、ナギ。いえ、ご主人様……」
 躾もバッチリだった。





 結局ニンジン以外も全てマリアからの口移しで平らげたナギは、これまた珍しく、学校に行くと言い出した。自主的に、である。無論マリアもハヤテも喜んだが、ハヤテは一抹の不安を拭えないでいた。
 ナギの真意を探るための時間を得るべく、ハヤテは徒歩での登校を提案した。ナギはあっさりと了承する。そんなわけで、場面は清々しい朝の通学路へと移る。
「お嬢さま、一つ聞いてもよろしいでしょうか?」
「ん、なんだ?」
「その……どうして、学校に行こうと思われたんです?」
 回りくどい質問はあえて避けて、ハヤテはストレートな問いをぶつけた。尺の都合もある。
 ナギは然も当然のように答えた。
「どうしてって、そんなのヒナギクに会いにいくために決まってるだろ」
「……ああ、さいですか」
「まあ、いいんちょも捨てがたいところではあるが……いいんちょは攻略難度低そうだし、後回しだ」
「……お嬢さま!」
 もう、ハヤテは耐えることができなかった。変わり果ててしまったナギの行く手を阻むようにして、一歩前に出る。
「いったい……いったい、どうしてしまわれたんですか! ついこの前は、サンデー片手に『現実(リアル)なんてクソゲーだぁああぁああああ!』と叫んでおられたじゃないですか!」
「ああ、確かに現実はクソゲーだ。あれほどの名言に私はかつて出会ったことがない」
「だったら、ああいうのはゲームの中だけにしときましょうよ! 僕、マリアさんのあんな姿見たくありません、ああ眼福眼福なんて決して思ってませんっ! ほんのちょっとしか!」
 無駄に正直者だった。そんなハヤテをジト目で見やりながら、ナギは静かに語り始める。
「なあハヤテ、私は気付いてしまったんだ……」
「な、何にですか?」
「私達が二次元のキャラであることに」
「なにぶっちゃけてんですかぁああぁああああっ!!」
「つまりここは現実じゃない。クソゲーじゃないんだ。むしろ神ゲーと言ってもいい」
 ハヤテのツッコミを華麗にスルーしながら、ナギは淡々と言葉を継いでいく。いや、淡々と、というか少しずつ熱がこもり始めているような気もするが。
「なぜ神ゲーかって? そんなの決まっている。ハヤテ、マリア、伊澄、咲夜、ヒナギク、ハムスター、いいんちょ……他にもいっぱいいるが、とにかく可愛いおにゃのこが選り取り見取りだからだ! グゥレイトォ!!」
「当然のように僕をカウントするのはやめてください!」
「えー」
 だってだって。メイド服のおまえとマリアとの百合シーンなんて、読者の誰もが妄想してることだろ? だろ?
 いやいやいや、何言ってんですかお嬢さま!?
 でもあれだな、私ふたなりは趣味じゃないんだ。よしハヤテ、金は出してやるから性転換手術を受けろ。
 嫌ですよ! 大体、読者の皆さんは男の僕が女装させられてるからこそ萌えてるんだと思いますっ!
 へぇ……。
 うわぁー何を口走ってるんだ僕はぁああぁああああっ!!
「とにかく! 私はこの素晴らしき神ゲーをクリアしてみせるのだ!」
「いやもう、好きにしてください……」
「ふふ、私はトロトロやっているおまえとは違う。一週間後には、ヒナギクは私の愛奴隷となっていることだろう……。ふはははは!」
 高らかに笑いながら、ずんずんと先を歩いていくナギ。そのある意味逞しくなった背中を見て、ハヤテは、HIKIKOMORIから脱却してくれたしまあいいんじゃね? と投げやりな気持ちになりかけていた。





 ナギから泊まりに来ないかと誘われ、それを快く了承してしまった時点で、勝負は決していたと言ってしまっていいだろう。ヒナギクが泊まりに来たのは金曜の夜だったのだが、彼女が自宅へ戻ったのは日曜の夕方だった。ちなみに、土曜は一日中、ナギ共々寝室から出てくることはなかった。
 しかしまあ、ナギとヒナギクでは、その身体能力に雲泥の差がある。それを一体どうやって克服したのか、ハヤテとしても――正直に言ってしまえば――非常に興味があった。薬でも盛ったのか、寝ている間に手足を縛って身動きを封じたか。
 どちらにせよ、マリア相手に実技の経験を積んできたナギによって(途中からマリアも参戦したようだ)丸一日快楽をその身に叩き込まれたとなれば、いかなヒナギクといえども陥落してしまったとしても仕方のないことだと言えるかもしれない。
 ナギがヒナギクの攻略を開始してから、実に三日目のことであった。





 休み明けの月曜日、その朝。
「ふあっ、あぁん! ちょ、や、ナギ、だめ、だめぇ! ハヤテ君が見てるのに、こんなの、ひぃん!」
「ふふ、そんなこと言って、どうせ見られて感じているんだろう? 相変わらずヒナギクは変態生徒会長だな」
 珍しく――というか、最近はそれが普通になりつつある。実に喜ばしいことだ――早起きしてきたナギとの、朝食の席。
 ナギはもにゅもにゅと、わざわざ迎えに来てくれたヒナギクのおっぱいを揉――揉めるようなものなどないので、制服のスカートの中に手を突っ込んであれやこれやとやっていた。むしろ、おっぱいもにゅもにゅよりエスカレートしているような気がしないでもない。
 ちなみにハヤテは目を逸らしてはいるが、だったら以下略ムッツリめ。
 しかしまあ、気の毒なのはマリアである。羨ましそうに、しかし文句を言うことなく、ヒナギクにその双眸を向けている。その視線にどのような複雑怪奇の想いが絡められているか、ある意味人生経験豊富とも言えるハヤテをして読み取ることはできなかった。もっとも、彼は色恋沙汰については驚くほど役に立ちそうもない上、ナギ・マリア・ヒナギクのトライアングルは端から見ても特殊すぎる。
 つまり、ハヤテには視線を逸らしつつも聞き耳を立てるぐらいのことしかできないのだった。
 だが、しかし。
「はふぅ、んあっ……や、そ、そこぉ……ひやぁんっ!」
「うーん、だいぶ濡れてきてしまったな……よし、今日は一日ノーパンで過ごしてもらおうか」
「そ、そんなぁ……」
 ハヤテには、ナギの執事として一つだけ言わねばならないことがあった。
「お嬢さま」
「ん、なんだ?」
 ナギは相変わらずヒナギクの肢体を弄び続けているため、ハヤテもまた目を逸らしたままである。そんな様子では、説教染みたことを言うにもいくらか格好がつかない。
 だが、どこぞの誰かが言ったように相手の目を見て話そうとすれば、この場合ヒナギクの痴態が否応にも視界に入ってしまう。ハヤテの中で如何様な境界線が設定されているかは定かではないものの、ソレは見てはいけないものということになっているらしい。
「その……差し出がましいことを言うようですが……」
「かまわん。言ってみろ」
「はい。では……」
 ハヤテは一息ついてから、少し大きめの声で言い放った。
「僕、二股はよくないと思うんです!」
「…………」
 ナギは動かしていた手を止めた。そしてハヤテを見る。ヒナギクもハヤテを見る。マリアもハヤテを見る。みな一様に、ジト目だった。
「え……あれ? 僕、何か変なこと言いました?」
「いえ、別に変ではないんですけど……」
「ハヤテ君に言われても、ねぇ……」
「え? え?」
 要するに、自覚無しでフラグ乱立させてるような奴に二股どうこう言われても説得力がない、ということだった。
「……まあ、ハヤテのことはおいといて。それは私としても色々と思う所のある問題だ」
 二股をかけられている側であるマリアとヒナギクはいいとしても、かけている側のナギがハヤテの言葉をジト目だけでスルーするわけにはいかなかった。それなりに真面目な顔である。
「しかし、解決法はもう考えてある。実に簡単な方法だ」
 マリアとヒナギクの顔色が変わった。
 簡単な解決法。そんなもの、どちらかと別れてしまえばそれで済む話である。しかし、なかば無理やり手篭めにされた挙句にポイされたのでは、当人達からしてみればたまったものではない。
 二人のなんとも言えない視線に晒されながら、ナギは口を開いた。
「私達三人、全員が二股をかければいいのだ!」
 ハヤテがポカンと口をマヌケに開けている一方で、マリアとヒナギクは目を輝かせていた。まるで、まさかそんな方法があったなんて、とでも言いたげな風に。
「私はマリアとヒナギクに二股をかける。マリアは私とヒナギクに、ヒナギクは私とマリアに。どうだ、これなら公平だ。な、そうだろハヤテ?」
「……いや、そうだろと申されましても」
「なに、心配するな。じきに三股になる」
 どの辺りが心配するな、なのかは全くもって理解できないハヤテだが、自分を見るナギの瞳のその奥で、怪しげな光が瞬いているのだけは分かった。
 ハヤテは助けを求めるように、マリアへと振り返る。目が合った。にぱー、と笑顔を返される。
 次いで、ナギの隣に立つヒナギクへ。目が合う。どういうわけか、頬を染められた。
「いや待てよ。じきに、なんて言わずに今すぐ三股になってしまってもいい気がしてきた」
「いいわけないですよっ! だいたい学校はどうするんですか、ほらヒナギクさんも、なんとか言ってやってください!」
 腐っても生徒会長である、こんな不埒な理由のために学校を欠席するなど、ヒナギクが許すはずがない。……ないのだが、それはもう過去の話だった。
「ナギ、私ちょっと熱っぽくて……今日一日、ベッドを貸してもらっても大丈夫かしら」
「ヒナギクさーん!?」
 熱っぽいのは決して風邪だとかの類ではないという確信がハヤテにはあったが、これはある意味、一種の病気と言ってしまっても間違いではない気もする。もちろんナギは快く了承していた。
「ふむ、ヒナギクがそんな状態では放っておくわけにはいかないな。心を込めて看病してやるから、期待しておけ」
「う、うん……」
 以前ならばママレモン入りお粥を思い出していたのだろうが、今のハヤテには全く別の想像しか浮かんでこない。
 そんな想像をしている最中だったから、続くナギの言葉はすさまじい衝撃となってハヤテの心身を襲うことになった。
「そうだな、ハヤテにもヒナギクの看病を手伝ってもらおうか」
「ええっ!?」
 もわもわーんと、想像、否、妄想の中でやりたい放題していたナギの姿が自身へと摩り替わった。あられもない姿のヒナギクに、やりたい放題しているハヤテの図。
「うわぁああぁああああっ!? 僕が鬼畜だぁああぁああああっ!?」
「き、鬼畜って……ハヤテ君、私できれば、その……優しくしてもらいたいっていうか……」
「まあ、これまで何かと抑圧された人生だったようですからね〜。ハヤテ君が実は鬼畜だったとしても、そんなに不思議ではないのかもしれません」
 自分の妄想に頭を抱えて悶え苦しむハヤテと、顔を真っ赤にしてハヤテとは別の意味で悶えるヒナギク、そして冷静にハヤテの性癖について考察するマリア。場がカオスの様相を呈してきたところで、
「さあハヤテ、これに着替えるのだ。看病ときたらこれが定番だからな」
 ナギが最終兵器を投入した。
 ナース服である。
 今は看護師と職業名も変わって男性も増えてきているが、ナギの持つそれは当然女性用のものだった。
「う、うう……」
 己の鬼畜的妄想でHPに大ダメージを負ったハヤテは、にじり寄るナギの姿をその目に確認して抗うかのようにうめき声をあげる。だが、それだけだ。逃げようにも、金縛りにでもあったかのように、身体が動こうとしない。
 いや。正確には、動こうとしないのではなく、動けない。背中に、柔らかいものが当たっていた。
「ふふ……ハヤテ君、観念したらどうですか?」
「マ、マリアさん!?」
 いつの間にか、マリアに羽交い絞めにされていた。
「離してください、というか正気に戻ってくださいよマリアさん!」
「私はいつだって正気ですよ♪」
「正気だったら三股なんておかしいとお嬢さまに言ってあげてください!」
「いいじゃないですか、三股」
 マリアはあっさりと言ってのける。彼女が何を考えているのか、それはハヤテに知り得ないことではあるが、その言葉はハヤテからしてみれば全く別の意味をも持ちうる。
「……さ、三股ってことは、その。僕とだって……色々と……アレな感じのことを……そ、それでいいんですか、マリアさん!?」
「かまいませんよ」
 何の迷いもなく口にされたその答えに、ハヤテは驚きに目を見張った。
「……実は私も、ハヤテ君のことが……」
 さっきまでと比べればだいぶ小さなその呟きを最後まで聞き取ることはできなかった。羽交い絞めにされたまま、マリアの表情は窺い知れない。
 そうこうしている内に、ナギがハヤテの執事服を脱がしにかかっていた。ボタンを一つずつ、正確に、ゆっくりと……外していく。
(ぼ、僕は……)
 ハヤテには、それを見ていることしかできない。
 ナギがハヤテを見上げ、その幼い顔に笑顔を浮かべる。年に見合わぬ、妖艶すぎる笑み。
 彼の大事なお嬢さまが、笑っていた。
(僕は……このままで、いいのか……? このまま、流されるまま……お嬢さまやマリアさん、ヒナギクさんと……僕は……)










  いい
→よくない










 ガッシャーン、と窓ガラスが割れる音が大きく響いた。と、同時に部屋の中に飛び込んでくる黒い影。その影は、まさしく風のように地を蹴り、駆け、一瞬窓ガラスに気をとられていたマリアから、ハヤテの身をさらっていった。
 突然の侵入者にいち早く反応したのは、ヒナギクであった。その手にはいつの間にか木刀・正宗を携え――足に力を溜めて、一気に踏み込む。
「突きぃッ!!」
 容赦のない必殺の一撃が、侵入者の喉元めがけて放たれる。
 並みの使い手なら避けようのなく突き出されたその鋭い剣先を、侵入者はほんのわずかに首を傾けてかわした。絶対の自信をもって繰り出した技を避けられ、ヒナギクは一瞬その身を硬直させ――しかし侵入者は、その隙をつくことをせず、軽やかなバックステップで距離を取った。一瞬の後、マリアが振るった箒が虚しく空を切った。
「なかなかやりますわね」
 あそこでヒナギクを攻撃していたなら、マリアが侵入者の首を討ち取っていただろう。かなりのやり手であることに間違いはなかった。
「ヒナギクとマリアの攻撃を立て続けに避けるとは……貴様、何者だ!?」
 ナギが、まさしく悪の軍団、その頭領かのように、演技がかった文句を侵入者の大柄な背中に投げかける。
 ハヤテをお姫様抱っこで抱えるその男は、ナギらに振り返って答えた。





「瀬川虎鉄……しがない執事さ」





「こ、虎鉄さん……」
「助けに来たぞ、マイハニー。もう安心だ」
「って、安心できるかぁああぁああああっ!!」





 おわれ。



「ハヤテのごとく!エクスタシー」体験版をプレイいただき、ありがとうございました。
この続きは製品版でお楽しみください。

タイトルWhat did you buy?
記事No64
投稿日: 2008/05/04(Sun) 17:20
投稿者めーき

「はい、ハヤテ君。これが今月のお給料です」
ある冬の土曜日、三千院家のリビングでマリアは二つの封筒を差し出していた。二つの内、片方は大きく、もう片方はほんの少し膨らんでいた。
「こちらはいつも通り借金返済の方に使わせて貰いますね」
そう言って、マリアは大きく膨らんだ方をしまい、小さい方をハヤテに渡した。
「わぁ、ありがとうございます」
ハヤテは渡された封筒をしまった。その様子はいつもよりテンションが高く、嬉しそうに見えた。
そんな様子を見ながら、携帯型ゲームに勤しんでいたナギは一段落したのか、電源を切った。
そしてゲームを机に置くと、
「なんだ。やけに嬉しそうじゃないか。何かほしい物でもあったのか?」
ハヤテに向かって言った。
対してハヤテは、
「え? ええ、まぁ、はい」
と口ごもったように答えた。
その後、マリアの方を向く。
「マリアさん、すみませんが明日の午後、少しでいいですから休みを頂けないでしょうか?」
「ええ、構いませんけど」
マリアは、ハヤテの申し出をすんなり聞き入れた。
自分の願いが聞き入れられたのが分かると、ハヤテは笑顔になった。
「ありがとうございます! じゃあ明日休む分、今からやってきますね!」
ハヤテは頭を下げると、小走りでリビングを出て行く。
扉がバタンと閉められる。閉められたときの音が部屋の中で少し響く。
そして、部屋の中は一気に静かになった。



「なぁ、マリア」
「何ですか、ナギ」
静かになった部屋の中でポツリと小さな声でナギが言った。
未だにハヤテの出ていった扉を凝視しているナギは、続けてマリアに言う。
「ハヤテが口ごもるものって何だろうな」
「さぁ、なんでしょう」
「相当凄いものなのかな」
「そうかもしれませんね」
「人には言えないものなんだろうな」
「そりゃそうでしょうね」
ナギはだんだん熱くなるように問いかける。
一方、マリアはそれを冷ますように冷静に答える。
そんな会話が少し続き、ナギが言う。
「なぁマリア、明日ハヤテを付けてみないか?」
「結構です」
マリアはそう言うことが分かっていたようにすぐ返した。
ナギは答えを聞いて、ナギはむーとうなることになった。
「何故だマリア! お前は気にならないのか!」
ナギが言う。
「確かにハヤテ君があそこまで嬉しそうにするものというのは気になりますが、ハヤテ君を付けるほどではありません」
マリアがキッパリと言う。
マリアが言うことには確かな意志が感じられ、ナギは何も言えなくなった。
ナギが黙るのを見て、マリアは手をパンパンと叩き、
「はい、これでこの話は終わりです。じゃあ、私はお皿を洗ってきます。ナギはそのゲームを片付けてくださいね」
キッチンの方へ歩いていくが、
「じゃあ、マリア」
ナギはマリアを呼び止めた。
マリアはハァと溜息をつき、ナギに振り向いた。
「ナギ、さっきも言ったようにこの話は…」


「もし、ハヤテが女性用の可愛いフリフリな服を買うとしたら、どうする?」



「・・・・・・ 」
「・・・・・・ 」
再び、部屋は沈黙に包まれた。
「ナギ」
「なんだ」
この時マリアが言った言葉は、
「絶対にバレないようにしてくださいね」
ハヤテを追いかける決意表明と同じ意味を持つ言葉だった。

かくして、ハヤテのストーキングは決行される運びになった。



そして、翌日。日曜の午後。
清々しく晴れた空。雲はほとんど無い。
そんな陽気の下、ハヤテはいた。
ハヤテは執事服を身にまとい、ゆっくりと歩いていた。
私服姿の人々が行き交う中、その姿はそれなりに浮いていたが、
「ナギ、ちゃんと付いてきていますか?」
「大丈夫だマリア」
後ろでこそこそしている二人ほどではなかった。
マリアはいつものメイド服。ナギは普通の服の上に少しくたびれた薄茶色のコートを着て、サングラスを着けていた。
二人は建物の陰に隠れ、ハヤテを追いかけている。しかし、その姿は周りからはバレバレで、通行人は二人から少し距離を置いていた。
「でもナギ、何でそんな格好なんですか…」
「何を言う、尾行と言えば刑事に決まっている!」
「刑事のつもりだったんですか…」
そんな会話が尾行中に聞こえる二人組だった。
「それにしても、どこまで行くつもりなのだ。ハヤテは」
ナギが小言っぽく呟く。
ハヤテは未だ止まる様子を見せないが、行き交う人はだんだん少なくなっていた。
きっちり隠れながら、二人は暗殺者のようにハヤテを追いかける。隠れているつもりでも、やはり目立っていた。
「怪しいですね」
マリアはハヤテから目を離さずに言った。
その時、ハヤテは初めて歩みを止め、店名を見た後、古びた店内に入っていった。
「ナギ、ハヤテ君が店の中に」
「分かった」
二人もハヤテに続き、バレないように店内に入っていった。



店の中は外と同じように古びた、ほこりっぽい雰囲気だった。
さらに、商品と思われるものがそこら中に乱暴に置かれていた。
商品はタンスや冷蔵庫など実用的なものから、西洋の鎧や招き猫など何に使うのか全く分からないものや怪しい雰囲気を放つものまであった。
「何なんだ、この店は…」
そんな内部を見て、ナギが呆れたような呟きで感想を漏らす。
「看板には雑貨屋さんって書いてましたけど…」
マリアが言う。
そうしている内にハヤテはレジに向かっていた。
「いかん、マリア! ハヤテがレジに!」
「はい! とりあえずこの置物の後ろに隠れましょう!」
二人は小さな声で素早く言葉を交わすと、ハヤテにはばれないように商品に隠れながらレジ近くのタヌキの置物の後ろに隠れた。
「マスター、こんにちは」
「ああ、あんたかい」
後ろを向いて棚の整理をしていたマスターと呼ばれた男は、声をかけられるとハヤテを見た。
近くにいるおかげかハヤテの声はナギ達に良く聞こえた。
(聞いたかマリア? ハヤテは結構この店の店主と親しそうだぞ)
(ええ、どうやらそのようですね)
今までより一層小さな声で二人は会話する。
「お金は持ってきました」
「分かってるよ。そう言ってくると思って、もう包んであるよ」
そう言って、棚から水玉模様の包装紙に包まれた箱を取り出した。
「ありがとうございます」
ハヤテはマスターから箱を取って貰うと、丁寧に礼を言った。
そして財布の中から、代金を取り出した。
「ちょうど受け取りました。まいどどうも」
気だるげにマスターは言った。
マスターが金を受け取るのを見ると、ハヤテは箱を持って店から出て行った。
(ハヤテの奴、どうやら前々からあれを狙っていたようだな)
(あのやり取りの早さから考えるとそのようですね)
あまりにも早いやり取りに二人は再度言葉を交わす。
その時、マスターがハァと息を吐く。二人はぴたりと口を閉ざす。
「まだあんな理由であれを買うような奴がいたんだな」
そうポツリと呟いて、マスターは店の奥に消えた。
マスターが消えて、たっぷり十五秒黙った後、二人も店を出て行った。



店から出た後、ハヤテはまっすぐ屋敷に帰るようで来た道を引き返していた。
ナギとマリアはハヤテが見える位置にいることを確認すると、話を始めた。
「さっきの続きだが、結局ハヤテの奴が何を買ったのか分からなかったな」
ナギは包装された箱を思い出して言った。
「確かに。でも、ヒントはありましたよ」
「何なんだ?」
マリアが右手の人差し指を立てて、言う。
「マスターが『あんな理由であれを買うような奴がいたんだな』って言ってましたよね。つまり、ハヤテ君は普通の理由であれを買ったわけではないんです」
「なるほど。つまり」
「ええ」
二人は互いに頷きながら、口を開く。
「「女装用の服を買った可能性もある!!」」
二人の声が見事ハモり、空に消えた。



同じ頃、泉は足を止めた。
足を止めた後、キョロキョロとあどけなさが残るような感じで周りを見渡す。
「どうした? 泉」
「何か気になることでもあるのか?」
突然、付いてこなくなった連れに美希と理沙も足を止めた。
理沙の手にはマイク、美希の手にはカメラが構えられており、二人の声はどこか期待するような音を持っていた。
「ううん、なんでもないよ」
泉はそんな二人に向かって、言った。
すると二人は見るからに肩を落とした。
そして泉を見ると、
「「何だ」」
と言った。
「何か面白いことはないかと、街を練り歩いているのに何もないぞ」
「大抵転がっているものなのになぁ」
理沙と美希が交互に言う。カメラとマイクを持った手はぶらんと垂れ下がる。
「本当になにもないよねぇ〜」
泉も二人と意見を同じくした。
「どうする? ブラブラするのもこれくらいにして、桂ちゃんのところにでも行く?」
泉が担任の先生をからかいにいくのを提案する。
「そうだなー」
「雪路のところなら何かあるかもしれないが… ん?」
三人が集まって相談をしている最中に美希が何かを発見した。
「どうした、いきなりそんな声を出して」
「どうしたの?」
二人は美希を見つめる。
「あれよ」
美希は二人の疑問の答えをまっすぐ人差し指で指した
指した方向には見慣れた執事服、水色の髪、女性的な顔。
ハヤテが箱を大事そうに持って、歩いていた。
「あれはあれは」
「ハヤ太君じゃあ〜りませんか♪」
泉と理沙はハヤテの姿を見ると、嬉しそうに言った。その顔はほしい物を買って貰える子供のようだった。
美希はそんな二人の前に出て、
「退屈しそうにないな。ハヤ太君がいたら」
やはり嬉しそうな顔になった。
そして、ハヤテの元に行こうとすると、

「マリア、私たちバレてないよな?」
「ええ、大丈夫に決まっています」

ハヤテを追いかける二人を見て、一時停止した。
後ろには美希と同じように停止した状態で泉と理沙もいた。
「「「・・・・・・」」」
三人とも、こそこそしながら歩いていく二人を唖然として見送る。
「ナギちゃんとナギちゃんのメイドさん?」
三人が一時停止を解いた頃、泉が驚きが抜けてない様子で呟く。
すると美希が再び歩き出し、
「目標変更しない? あの二人といたほうが楽しそう」
後ろの二人に言った。
泉と理沙はお互いに顔を見合わせた後、
「「賛成」」
ニヤリと笑って、二人も歩き出した。



「だが、どうやってあの箱の中身を確認するんだ?」
ナギがこんなことを呟く。
「そうですねぇ、どうしましょう?」
ハヤテを追いかけながら、マリアは言った。
この時、ようやく二人は肝心な箱の中身を確かめる方法を考えてなかったことに気付く。
天才二人のうっかりミスというやつだった。
「これは参ったぞ」
「そうですね。今の内にどんな服か確認しないと何処かに隠されてしまうかもしれませんし…」
もう既に女装用の服を買ったことになっていることに誰も突っ込む人はいなかった。
二人が困った顔で話していると、
「ふっふっふ、話は聞かせて貰ったぞ! ナギ!」
「そういうことなら!」
「私たちにお任せあれ♪」

「「「我ら動画研究部に!!」」」

生徒会三人娘がドドーンと擬音を出しながら、登場した。
三人とも思い思いのポーズをとっており、その姿を見てナギとマリアは絶句した。
「な、何でバレたんだ…」
「いや、バレバレだったから。あれ」
驚くナギに美希が冷静に言った。
「それにしてもハヤ太君をストーキングなんて面白そうなことをしているじゃないか」
理沙が嬉しそうな顔で言った。
「ハヤ太君が謎の買い物をねぇ〜」
やはり極上の笑顔で泉が言った。
「で、でもどうするんですか?」
マリアが驚いた様子で言った。
その言葉を聞くと、三人は顔を合わせ、一斉に頷く。
すると、
「「「じゃじゃーん!」」」
どこからともなく何かを取り出した。それは風にたなびいて何なのか分かりづらかったが、黒いコートと黒い帽子だった。



「そこの少年よ」
「はい? 僕ですか?」
ハヤテは突然呼び止められ、声のした方を向いた。
そこには黒いコートをまとった三人組がいた。三人とも黒い帽子を深く被っており、顔は見えなかった。
「そうだ、君だ」
三人の内の一人が答えた。
「君にはある容疑が掛かっている」
さっきとは別の一人が言った。
突然そんなことを言われ、ハヤテは鳩が豆鉄砲食らったような顔になった。
「嘘ではないぞ」
残った一人が最後に言った。
「そ、そんな、何もしてませんよ」
ハヤテは笑って言った。顔は笑っていたが、心当たりがありすぎて、冷や汗ダラダラだった。
「ほう、本当にそうかな?」
最初の一人が余裕ありげに言った。
「まぁとりあえず。君の持ち物は預けて貰い、話を聞かせて貰おうか」
「はーい、こちらで預かりますよー」
「え、え?」
素早く行動する三人にハヤテは囲まれてしまい、逃げられなくなってしまった。
じわりじわりと三方向から歩み寄られ、ハヤテは捕まりそうになる。
その時、
「はにゃ!」
三人の内一人が躓いたのか、見事に転んだ。転んだときに帽子が取れてしまったようで、帽子を着けていたときには見ることが出来なかった紫色の髪が現れた。
その髪を見て、ハヤテはその人の名前を呼ぶ。
「瀬川さん?」
的確に名前を呼ばれ、ビクッと反応を示す。
「いやいや違うぞ。彼女はその何とかさんじゃない」
「早速、話に入るが、君に掛けられた容疑はフラグ作りすぎ罪で…」
「ちょっと失礼します」
二人は必死にフォローしようとするが、二人ともハヤテに帽子を取られてしまった。帽子の下からは水色の髪をした美希と黒髪の理沙が現れた。
「何してるんですか、花菱さん、朝風さん?」
ハヤテに聞かれ、二人は身を固める。
美希はあーだとかうんと小さく呟いた後、
「撤退ッ!」
大きく叫び、逃走した。
「「アイアイサー!」」
二人もそれに倣い、あっという間に三人で走り去って行った。
その逃げっぷりにハヤテはしばし口を開けていたが、すぐにまた歩き出していた。
「あの人達、何しにきたんでしょうか?」
その疑問に答えられる人はいなかった。



三人が逃げた場所はすぐ近くの建物の角を曲がったところ。そこにはナギとマリアがいた。
「何をしているんだ。お前達は!」
ナギは戻ってきた三人に向かっていらだった様子で言った。マリアはその横で苦笑いを浮かべていた。
泉は頭を掻きながら、申し訳なさそうな顔をした。
「あはは〜 ごめんね〜」
「ああ、大丈夫だと思ったのにな」
「ハヤ太君にバレてしまうとは思わなかった」
三人はそれぞれ反省を述べると、コートを脱いだ。
ナギは溜息をつく。
そして、隣にいる自分のメイドを見る。
「どうする、マリア?」
「しょうがないですね」
マリアはそう言って、ハヤテの様子を窺う。こちらの方には気付いてないようで、まっすぐ屋敷への道を歩いていた。
マリアはその様子を見て、少し考える。
(あのスピードなら…)
その数秒後、マリアは小さく頷いて、
「ナギ、ヘリを呼んで下さい。今なら先回りすることも出来ます」
ナギに指示を出す。
その指示を聞き、ナギは携帯を取り出す。電話した先はクラウスで、無理矢理にヘリを用意させると、すぐにヘリはナギ達の上に来た。
ヘリからするりと垂れてきたはしごをナギ、マリア、泉、美希、理沙が登る。
全員が乗るとヘリはそのまま全速力で三千院家に向かった。



「結局、瀬川さん達以外には知り合いには会わなかったな」
ハヤテは門が見えてきた頃、安心したように言葉を漏らした。
手に持った箱を見て、ハヤテは嬉しそうに微笑むと小走りで門の前まで行く。
門に手を掛ける。開けるときに金属がこすれる音がする。そして、門の中に入るとすぐに門を閉める。
ハヤテは門がきっちり閉まったことを確認すると、屋敷に向かってまっすぐ歩き出した。
しかし、歩き出してまもなくマリアが視界の中に現れて、一旦止まる。
「只今帰りました、マリアさん」
ハヤテが帰宅の報告をすると、マリアはニッコリと笑って、お帰りなさいと言った。
「ハヤテ君、ちょっとこっちに来てもらえますか?」
ニッコリとしたまま、マリアが手招きをする。その笑顔には少しの黒さが含まれていた。
だが、それにハヤテが気付く訳なく、何の警戒もせずにマリアに歩み寄る。
そして、マリアの目の前まで近づくと、
「何でしょうか? マリアさん」
いつものスマイルで言った。
マリアは前まで来て貰ったハヤテに向かって、
「ええ、すみませんが…」
一言、こう言った。

「倒れてもらいます」

「はい? なんのこ…」
とでしょうか と続けようとした時、
ハヤテは地面から足が離れるのを感じた。足が感じるものは空気のみ。
その状態でマリアの方を見る。その両手は自分の身体を掴んで、技を決めており、
顔は笑っていた。
その笑いながら自分に形意拳を食らわすマリアの姿に恐怖を覚えた頃、ハヤテは地面に倒れていた。



「「「やった!」」」
マリアの後ろの茂みに隠れていた三人娘が歓声を上げた。美希はきっちりカメラを構えており、今までの様子を撮っていた。
「凄いね! ナギちゃんのメイドさん!」
泉が興奮した様子でナギに言った。
ナギはサングラスを取って、マリアを目を白黒させて見ていたが、話を振られると、
「ああ、確かにマリアは何でも出来るからな」
ちゃんと答えた。
「みなさーん、終わりましたから出て来てもいいですよー」
マリアの声が四人の前から響く。
それを合図にするように、三人が一斉に茂みから出始めた。
そんな中、ナギが一人呟いた。
「最初からこうすれば良かったんじゃないのか?」



「え!? 皆さんいたんですか!?」
ハヤテが茂みから出て来たメンバーを見て、目を丸くした。
「ああ、いたんだよ。ハヤ太君」
「驚いたかね、ハヤ太君」
「そうなのだよ〜 ハヤ太君」
三人がいつもの調子で登場し、
「んー まあな」
ナギも遅れて登場した。
「では、本題に入りましょうか」
マリアは全員が出て来たのを見計らって、話を切り出した。
そして、ハヤテの横に落ちていた箱を拾う。落としたせいで箱は少しへこんでいた。
ハヤテはマリアが拾ったものを見て、ギクリとした。
「も、もしかしてそれの中身が知りたかったんですか?」
倒れた状態で、マリアに向かって言う。
「ハヤテが隠すなんて、どんな物だろうな」
ナギが嬉しそうに言い、
「ほぅ、ハヤ太君が隠す物か」
「一体どんな物か」
「気になるねぇ♪」
最後に、美希、理沙、泉も言った。
そんな五人を見て、ハヤテは何を言っても無駄なことを悟ったか、身体を起こしてがくっとうなだれた。
「さて、ハヤテ君の買った物を拝見しましょうか」
マリアが言う。他の四人の視線は自然に箱に集まる。
包装紙のセロテープをマリアは綺麗に剥がしていく。みるみるうちにセロテープはなくなっていき、すぐに包装紙は剥がされた。
丸裸になった箱の蓋を掴む。そして、そのまま上に持ち上げると箱の中身が正体を現した。
(さぁ、ハヤテはどんな服を買ったんだ)
ナギはニヤリと笑いながら、中身を見る。
中身は箱だった。

「「「「「は?」」」」」
五人が異口同音に声を上げる。
そんな中、ナギが中から出て来た箱を手に取る。箱は木製の正方形。下の面には足がついており、側面の一つには大きな穴が開いていた。
「これは?」
ナギが箱を見終えて、首を傾げる。
「鳥の巣箱ですよ。それは」
ハヤテが立ち上がり、その疑問に答える。
その答えを聞いて、再び質問を返す。
「何でそんな物を買ったんだ?」
「それは、鳥を入れるためですよ」
ハヤテは正直に答えた。
「そういうことじゃない! 何で鳥も飼っていないハヤテがそんな物を買ったんだ!」
ナギが大声で言う。
「そ、それは」
ハヤテはナギの大声に驚きながら、顔を少し背ける。その顔は話すかどうか悩んでいるような顔だった。
それから、少しして意を決したように顔を上げる。


「庭の鳥たちが肌寒そうでしたから、つい….」


「「「「「はい?」」」」」
再び五人の声が揃う。
そこからハヤテが告白を始める。
「最近、いつもエサをやっている鳥たちが何だか寒そうに見えたんで、どうすればいいか考えていたんです。
すると、たまに通っているお店でこの巣箱を発見したんですよ。
それが欲しかったんですけど、その時、あいにく手持ちが少なくて…
その店のマスターにとっておいて貰えるように頼んだんです。
幸い、マスターはいい人でしたから、とっておいてくれました。
そして昨日、お給料を貰ったんで買いに向かったと言うことです」
ハヤテが口を閉ざす。他の五人はポカンとしてハヤテを見ている。
「女装用の服を買うと思ったのに…」
マリアはポカンとしたまま呟いた。
マリアの呟きが聞こえ、ハヤテは逆に驚く。
「どんな想像してたんですか!?」
焦ったようにハヤテが言う。
そんな声を聞き、泉はハッとなる。
そして手を挙げて、ハヤテに質問する。
「じゃあ! 何で隠してたの?」
ハヤテは泉の質問を聞き、一言。

「何か気恥ずかしいじゃないですか! 見ず知らずの鳥にエサをやっているなんて!!」

あまりに予想していなかった理由に五人は沈黙に包まれる。BGMとして鳥の声が聞こえる。
三人娘は何だか馬鹿馬鹿しくなってきたような顔になり、マリアは今日の労力の無駄について考えていた。
そしてナギは、
「そんな理由で…」
顔をうつむかせ、ハヤテに近づき、

「主に隠し事をするなぁー! ハヤテのバカー!!」
「ごふっ!」

ハヤテの顎にアッパーを食らわした。晴天の下、ハヤテは宙を舞う。
穏やかな鳥の声と共に、本日二回目のハヤテが地面に不時着する音が聞こえた。



後日、三千院家で木に巣箱を取り付けている執事と、それを見守る主の姿があったとか。










------------------------------------------------------
どうも、めーきです。
残念ながら、夜中は基本的あまりパソコンに触ることができないので、
このような形になりました。
この作品は、六巻のカバー裏であったハヤテの日記を見て、思いつきました。
とりあえずこの作品を書いた感想としては、
「どうやって、美希と理沙を区別するんだ?」
でしたね。これには困りました。
では、どうぞよろしくお願いします。

タイトルGW特別企画・批評チャット会ログ
記事No65
投稿日: 2008/05/05(Mon) 01:42
投稿者双剣士
参照先http://soukensi.net/ss/
5/4(日曜)に開催された、批評チャット会のログを公開します。
参加者が少なかったので5/3(土曜)のチャット会は中止しました。

フリー課題ということで各人とも大胆な作品が目に付きました。
また今回は次回お題選定を行う代わりに、この投稿所の参加者を
増やすにはどうしたらいいか、という議題についても意見交換が
できました。

http://soukensi.net/odai/chat/chatsp01.htm

タイトルすいませんでした
記事No67
投稿日: 2008/05/05(Mon) 19:00
投稿者めーき
どうも、めーきです。

昨夜はロクに挨拶もせずに退室してしまって非常にすみませんでした。
あの夜はログに書いていた通りに、親にバレたら退場せざるおえなかったんです。
だったら最初から参加すんなと思われる人もいるでしょうが、参加できるのなら参加しておくべきだと自分は思いました。
結局、自分の作品の批評にしか参加できませんでしたが、楽しかったです。
最後にもういちど、すみませんでした。


P.S. 双剣士さん、謝罪の場としてここを使用してしまってすみませんでした。
  ウルーさんにはどうやって連絡を取っていいか分からなかったもので...
  ごめんなさい。

タイトルRe: すいませんでした
記事No68
投稿日: 2008/05/05(Mon) 19:30
投稿者双剣士
参照先http://soukensi.net/ss/
めーきさん、昨夜はお疲れ様でした。
途中退室することはウルーさんも私も承知していたことなので、
気を悪くしてはいません。こうしてきちんと謝ってもらえたことで
次回以降もわだかまりなくお話しできると思います。
またお会いできるのを楽しみにしています。